第五話 お泊まりしに来たよ♪

「秀介、期末テストも百位以内に入れてへんかったら、分かっとるわねぇ?」

 六月二十四日、月曜日。期末テストまであと一週間となった本日。寄り道はせず普段通りの午後四時半頃に帰宅した秀介は、母から爽やかな表情で問いかけられた。

「うん。烈學館行きと本を捨てるってやつだろ」

「その通りよ。ちゃんと覚えててえらいわ秀介。そうならへんように頑張りやー」

「はい、はい」 

 秀介は不機嫌そうにこう答えて、自室へ。

「秀介君、いよいよ期末テスト一週間前ね」

「シュウスケくん、テスト前はテンションアップするよね」

「秀介お兄ちゃん、今日からはさらに本気出して数学頑張ろう」

「シュウスケトン、化学と生物は普段あまり勉強してくれないからここでいっぱい勉強しようぜ」

「秀介さん、今日からは家庭学習時間を二時間増やしましょう」

 教材キャラ達は普段以上に機嫌良さそうだった。

「分かってるよ。期末は副教科もあるのが面倒だなぁ。中学の時よりは少ないけど」

「副教科も頑張った方が良いかもです。大学入試でAOや推薦を狙うなら評定平均に響いてくるので」

 今日の帰りのSHRで配布された、期末テスト日程範囲表を眺めつつため息まじりに呟いた秀介に、皐月はきりっとした表情でエールを送る。体育、書道、情報は授業評価のみで期末テストは無しだ。

「葵君はAOと推薦は邪道。当日一発勝負の一般入試で挑むべしっておっしゃってたけどね」

「俺、推薦は考えてないし、母さんは副教科の分の成績は考慮しないって言ってたから……とりあえず平均点くらいは取れる程度に頑張るよ」

「それがベストだね。日程はJulyの一、二、三、四、五か。今度のSaturday,Sundayはシュウスケくんをconfinementだね」

「つまり土日は幽閉されて勉強漬け。外出禁止ってことよ」 

「えっ、でも今度の土曜は毎月買ってるアニメ雑誌の発売日なのに」

 エマと州湖良から告げられたことに、秀介はどぎまぎする。

「そんなのはテストが終わってから買えばいいでしょ」

 州湖良はこう意見した。

「でも、きっと売り切れちゃうよ」

「シュウスケくん、雑誌に萌えキャラを求めなくても、ワタシ達がいるじゃない」

 エマはウィンクする。

「確かにきみ達はアニメの萌えキャラに匹敵、いや凌駕するくらいとってもかわいいけど、実際に放送されてあるアニメのキャラじゃないと話題性が……あと、見たい新作アニメの放送開始日とも見事に重なってるよ。中学の頃は一学期末は六月中、夏アニメ放送開始前に終わってたんだけどな」

「それもテスト終了後のenjoymentということでー」

「気になって余計勉強に実が入らないかも」 

 秀介はかなり不満そうにする。

「そういう子はたとえアニメが無くても何かと理由を付けてそう言うものです。秀介さん、期末試験は今学期の成績に大きく響く一大イベントですので、一生懸命頑張りましょうね」

 皐月は笑顔でエールを送ってあげた。

「分かったよ。テスト終わるまで我慢するよ。総合得点で百位以内に入らないと、母さんに塾へ行かされるし」

「Oh,そうなんですかっ! シュウスケくんのマミーはデビルだね。シュウスケくん、これはますます本気出さなきゃいけないね。塾行かされたらワタシ達と付き合える時間が減っちゃうもん」

「うっ、うん」

 こうして秀介は椅子に座るというか、ギラギラした目つきのエマに力ずくで座らされる。

「秀介君の通う高校で上位百位以内なら、国公立大現役合格を目指せそうね。半数くらいが東大に進学する灘や開成や筑駒と比較したらかなり劣るけど、秀介君の高校も毎年東大一、二名、京大七名前後の現役合格者が出てるから、それなりの進学実績があるじゃない。葵君の出身高校とほぼ同じ実績ね」

州湖良は秀介の高校入学時に配布されていた高校生活の手引きの冊子、進路状況の項目を眺めながら話しかける。

「まあ、近隣の公立で二番手みたいだから。三人に一人は国公立大に進学してるようだし」

「秀介さんも、国公立大狙いですか?」

 皐月は興味深そうに尋ねてくる。

「うん。母さんもそれを望んでるし。私立は学費高いからね」

「親孝行ね、秀介君」

「いっ、いやぁ、そんなことは……」

 州湖良に頭を優しく撫でられ、秀介は頬を少し赤らめ照れくさがった。

「シュウスケトン、期末テストで学年順位楽々百位以内に入れる裏技があるぜ」

「そんな方法が本当にあるの!?」

 化能蒸から突然告げられたことに、秀介は驚き顔で問う。

「うん。職員室に忍び込んで問題を盗み出せばいいのだ」

「そっ、そんなことしたらダメに決まってるだろ」

 化能蒸のアイディアに、秀介はすかさず突っ込んだ。

「化能蒸ちゃん、それは校則の厳しい高校では停学どころか退学に値する行為よ」

「あいだぁーっ!」

 州湖良にゴチッと思いっ切り頭を叩かれ、

「不正行為は厳禁です。試験は正当な方法で挑まなければなりません!」

 皐月に険しい表情を浮かべられ、

「ごめんなさーい」

 化能蒸は慌ててぺこんと頭を下げた。

本当は、やりたいんだけどね。

秀介がこう思ったその時、

 ピンポーン♪ いつもの朝のように玄関チャイムが聞こえて来た。

「秀介くん、おば様。こんばんはー」

 智帆がやって来たのだ。

やっぱり来たかぁー。

 秀介は気まずい気分になった。

 テスト直前になると智帆は毎回のように、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに来てくれるのだ。中学一年一学期中間テストの頃から続けている智帆の習慣となっている。

「秀介ぇ、智帆ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃーい」

「はいはい」

 母に叫ばれ、秀介は部屋から出た。階段を下り、玄関先へと向かっていく。

「秀介くん、今日は私、お泊りするね」

「えっ!!」

 智帆からの突然の発言に、秀介は目を大きく見開く。

「秀介、よかったわね。今夜は智帆ちゃんがお勉強、付きっ切りで指導してくれるって」

 母はにこやかな表情で伝えた。

「秀介くん、今夜はよろしくね♪ 外泊許可は播本先生に取って来たよ」

「べっ、べつに、そこまでしてくれなくても……」

 秀介は困惑する。

「だって私、久し振りに秀介くんちでお泊りしたくなったんだもん。英語の授業でパジャマパーティが出て来たでしょ、私もやりたいなぁって思ったの」

 智帆は満面の笑みを浮かべながら言う。大きめのトートバッグも手に持っていて泊まる気満々な様子であった。

「そんな理由かぁ」

 秀介は納得出来たが、やはり動揺している。

「智帆ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」

 母は温かく歓迎した。

「はい! お世話になりまーす。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね」

 智帆は靴を脱いで廊下に上がると嬉しそうに階段を駆け上がり、秀介の自室へ向かっていった。

「あっ、ちょっと待って、智帆ちゃん」

 秀介は大声で叫んだ。しかし智帆は聞く耳持たず、秀介の自室に入ってしまった。

 これも毎度のことなのだ。

「どうしたの? 秀介。今回はやけに慌てて。秀介が持ってるオタクっぽい物、今さら見られたってなんともないでしょ?」

 母はにやにやしながら尋ねて来た。

「確かにそうだけど……」

 秀介はそう答えて、急いで二階へ駆け上がった。

 自室の扉を開けると、

「秀介くん、かわいいお人形さん、また増えたね」

 智帆は収納ケース上を中腰姿勢でじーっと見つめていた。

よかったぁ。あの子達の姿は、見られてない。

 秀介はホッと一安心した。

「秀介くん、テスト範囲のプリント揃ってる? 足りないのがあったら、コピーしてあげるよ」

 続いて智帆は、机の上や引出を物色し始めた。

「全部揃ってるよ」

 秀介はそう言うと、机の上の本立てからファイルを取り出した。

 科目毎にきちんと分けられ、全部で九冊あった。

「本当だ、一枚も抜けがない。えらいね秀介くん。ちゃんと整理整頓出来るようになって」

 一冊ずつ捲って確認してみて、智帆は大いに褒めてあげる。

「いやぁ、それほどたいしたことでもないと思うけど」

 秀介はちょっぴり照れる。あの子達の指導のおかげだし、と彼は心の中で思っていた。

「今までは全然出来てなかったんだから、大きな進歩だよ。そういえば秀介くん、かわいい女の子が表紙になってる参考書買ったんだよね。あっ、これだね。イラストすごくかわいいね」

 智帆は、床に置かれてあった英語のテキストを拾い上げた。表紙をじーっと見つめる。

「そっ、それは……」

 秀介の表情は凍りつく。

「秀介くん、ちゃんと問題解いてるね」

三〇秒ほど見つめた後、智帆はパラパラと捲り始めた。

「えっ、あっ、うっ、うん。ちゃんと毎日続けてるよ」

「えらいね秀介くん。授業中も最近はいつも真面目にノートを取るようになったし、期末テストでは良い点取れそうだね」

「うっ、うん」

 秀介は背中から冷や汗を流しながら適当に頷く。

あの子達、飛び出してこないだろうな?

と、秀介はかなり心配になっていた。

「じゃ、いっしょにテスト勉強始めよう」

「わっ、分かった」

 秀介が椅子に座ると、

「秀介くん、もう少し詰めてね」

 椅子の僅かなスペースに、智帆も座ってこようとして来た。

「あの、智帆ちゃん。そんなに引っ付かなくても」

「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」

 智帆はそう言うと、秀介の腕をぐいっと引っ張った。

「わわわ」

 秀介はベッドの上に座らされる。

「秀介くんのベッド、ふかふかー♪ 私、今夜は秀介くんと同じベッドで寝るね」

 智帆はうつ伏せなって足をパタパタさせながら言う。

「ダッ、ダメだよ」

 秀介は嫌がる素振りを見せる。

「あーん、お願ぁ~い」

「でもぉ」

「秀介ぇ、智帆ちゃん。お夕飯が出来たわよーっ」

 気まずい雰囲気を打ち消すかのように、一階から母に叫ばれた。

 こうして二人はキッチンへ。

「今夜は智帆ちゃんの大好物よ」

 母は機嫌良さそうに伝える。晩御飯のメインメニューはハンバーグステーキだった。

「わぁっ。とっても美味しそう♪ ありがとうございます、おば様。私、貧血で倒れて以来、緑黄色野菜を日々たくさん補おうと心がけてるんです。ハンバーグは最適ですね」

 智帆は満面の笑みを浮かべる。

「秀介も未だけっこう好き嫌いが激しいのよ、ミカンとか」

「だって酸っぱいし」

「秀介くん、ビタミンCが不足して壊血病になっちゃうよ」

「俺、柑橘系やいちごは絶対好きになれないな」

 秀介は苦笑いで主張し、椅子に座った。

「智帆ちゃんはここに座りなさい」

 母は微笑みながら、秀介の向かい側の椅子を差した。

「はい、失礼します」

 智帆は嬉しそうにその場所に座る。

 そこ、母さんの席なんだけどな。

 秀介はちょっぴり気まずく感じるも、ともあれ食事開始。母は普段は誰も使ってない予備の椅子に座った。

十五分ほどのち、三人が食事を終えようとしたところ、

「ただいまー」

 父が帰って来た。まもなくキッチンにやってくる。

「おじゃましてます。おじ様」

「やあ智帆ちゃん、お久し振りだね。ますますかわいらしくなって。秀介の嫁さんに最適だな」

「おじ様ったら」

 智帆は頬をほんのり赤らめた。

「何言うんだよ、父さんは」

 秀介は当然のように迷惑がる。

「ハハハ」

 父は上機嫌で笑いながら、スーツから普段着に着替えるためリビングへ。

「ふふふ、秀介も照れてるわよ。智帆ちゃん、お風呂ももう沸いとるからこのあとどうぞ」

 母は笑顔で伝える。

「ありがとうございます。でも、秀介くん先にどうぞ。私、夕飯のお片づけを手伝うから」

「あら悪いわね、智帆ちゃん」

「いえいえ」

「じゃあ、俺、先に入るね」

 秀介は夕食を平らげるとすぐに椅子から立ち上がり、風呂場へと向かっていった。

風呂椅子に腰掛け、髪の毛をこすっている最中、

「やっほー、シュウスケトン!」

 全裸の化能蒸が湯船からバシャァァァーッと飛び出して来た。

「あの、化能蒸ちゃん。俺の入浴中に入り込んでくるのはやめようね」

 秀介は優しく注意する。こういうことが度々あり、秀介はもはや驚く様子は無かった。

「生チホルマリン、本当にかわいいね。生殖器と内臓のみならず細胞レベルまで観察したいくらいだぜ。ねえシュウスケトン、今夜はチホルマリンとベッドの上で交尾的なことするんでしょ?」

「……何言ってるんだよ。すっ、するわけないだろ、そんなこと」

 にやにや顔で質問してくる化能蒸。秀介は焦り顔で即否定した。

「シュウスケトン、つれないなぁ。普通ヒトのオスにとってのメスの幼馴染っていうのは、お互い仲良いのは幼少期くらいのもので、思春期を迎える頃には敬遠疎遠されるのが普通なのだ。シュウスケトンは三次元世界の住人のくせにラブコメマンガやエロゲー、ラノベの設定みたいに恵まれてるんだから、チホルマリンを大切にしてあげなきゃダメだぜ」

「大切にするってそういうことじゃないだろ」

 化能蒸の力説に、秀介が迷惑顔で反論していたその時、

「おじゃまするね、秀介くん」

 浴室扉がガラガラッと開かれた。

「うわぁっ!」

「ひゃぅっ!!」

 秀介と化能蒸はびくーっと反応する。智帆が入って来たのだ。

「あれ? 女の子……」

 智帆は化能蒸の方に目を向けた。

「やっべ」

 化能蒸はこう呟くと、一瞬で姿を消した。

「ねえ、秀介くん。さっき素っ裸で紫髪の女の子がいなかった?」

 智帆はきょとんした表情で尋ねてくる。

「きっ、きっ、きっ、気のせい、気のせいだよ」

 秀介が慌てて説明すると、

「……そうだよね? まあ、いいや。秀介くん。お背中流すよ」

 智帆はあっという間に普段の表情へと戻った。何事も無かったかのように秀介に接する。

「あっ、あの、智帆ちゃん。せめて服を……」

 秀介は智帆から目を逸らそうとする。

 智帆はバスタオルを一枚、肩の辺りから膝の辺りにかけて巻いただけの姿だったのだ。

「昔はよくいっしょに入ってたんだし、そんなに照れなくても。私、タオルでしっかり隠してるじゃない。秀介くんだって前しっかり隠してるでしょ。いっしょにプールに入ってるようなものだよ」

 智帆は秀介の下半身をちらっと見て、にこやかな表情で主張した。

「そういう問題じゃないって」

 それでも秀介は居た堪れなく感じていた。目のやり場にも非常に困ってしまう。

      

「どうしよう。チホルマリンに微小時間だけど姿見られちゃったぜ」

 秀介の部屋に戻った化能蒸は苦笑いで四人に報告した。

「Oh my god!」 

「化能蒸お姉ちゃん、間に合わなかったんだね」

 エマと理密等はハハッと笑う。

「その後は、何事も無かったかのように普通に接してるけど」

 州湖良はモニターに入浴中の二人の映像を映した。

「幸いなことに智帆さんは、お部屋の様子を見る限りメルヘンチックなお方でしょうから、わらわ達の姿を見られても全く問題ないかもです」

 皐月は冷静に分析する。

「それじゃあさ……」

 化能蒸はあることを提案した。

 それから少し時間が経過した浴室内。

「秀介くん、男子の水泳はすごく大変だよね。五〇メートル途中で足付かずに泳ぎ切らないと夏休み補習に呼ばれるみたいだし。女子の方はノルマないし、遊びみたいなものだよ。秀介くん、一学期最後の授業までに泳ぎ切れそう?」

 智帆は湯船に体育座りをしてくつろぎながら、嬉しそうに話しかけてくる。

「まあなんとか。じゃあ、俺、もう出るね」

 すぐ向かいにいた秀介はそう言うと素早い動作で湯船から飛び出し、浴室から脱衣所に出た。

「秀介くん、もう出るの? 早過ぎだよ」

 智帆は困惑顔で注意した。

 秀介は化能蒸が姿を消してからすぐに逃げ出そうとしたのだが、智帆に捕まえられ、背中を洗われさらに湯船にも力ずくで入れられてしまったのだ。彼は嬉しいという気持ち以上に恥ずかしいという気持ちの方が遥かに凌駕していた。籠に置かれてあった智帆の白系統の下着類には全く気にも留めずパジャマに着替え、リビングへやって来ると、

「あら秀介、十分くらいで出てくるなんて烏の行水ね」

 母から微笑み顔で突っ込まれた。 

「だって母さん、智帆ちゃんが……」

「秀介ったら、小学四年生頃まではよくいっしょに入ってたくせに」

 かなり気まずそうな秀介を眺め、母はくすくすと笑う。

「大昔の話だろ」

 秀介は当然のように不愉快になった。

「智帆ちゃんが昔みたいにいっしょに入りたいって言ってたから、入ったらって言ったのよ。そしたら智帆ちゃん嬉しそうに走っていって」

「母さん、その時引き止めてくれよぅ」

「どうして? べつにええやない。幼馴染同士なんだし」

 秀介と母とでそんな会話をしていた時、

「お風呂、とっても気持ちよかったです♪」

 智帆も上がってリビングへやって来た。

「俺はとても疲れたよ」

 秀介はげんなりとした表情で言う。

「それじゃ秀介くん、お部屋に戻ってテスト勉強の続きやろう」

「うっ、うん」

 秀介が前、智帆が後ろを歩いて二階へ上がり、

「シュウスケトン」

「うわぉ!」

 部屋に入った瞬間、秀介は思わず仰け反った。

 化能蒸だけでなく五人全員、テキストから飛び出していたのだ。

「ちょっ、ちょっと、あっ、あの」

「あらま、女の子がいっぱいいるね」

 慌てる秀介をよそに、智帆は素の表情で的確に突っ込んだ。

「いとうつくしきかたちなる智帆さん、初めまして。わらわは、秀介さんに国語を教えている新玉皐月です」

「あたし、数学担当の三分一理密等だよ」

「アイアム栗巣エマでーす。シュウスケくんにEnglishをレクチャーしてるよ」

「徳川・エリザベス・州湖良よ。世界史と現代社会を担当してるわ」

「理科担当の金星化能蒸なのだ」

 教材キャラ達は陽気な声で、智帆にごく普通に自己紹介した。

「あっ、あっ、あっ、あの……」

 秀介はかなり焦る。

「はじめまして、私、光久智帆です」

 智帆は爽やか笑顔でそう言って、ぺこんと頭を下げた。

「秀介くんの家庭教師さん?」

 続いて秀介の方を向き、興味深そうに尋ねてくる。

「まっ、まあ、そんな、感じ」

 秀介は焦り顔で説明した。

「アタシ達は、この教材の中から出て来たのだ」

 化能蒸はあのテキスト五冊をぴっと指差す。

「そうなんですかぁ。すごいですねぇ!」

 すると智帆は目をきらきら輝かせ、五人のいる方へぴょこぴょこ歩み寄る。

「ちっ、智帆ちゃん、この子達のこと、不思議に、思わないの?」

 秀介は驚き顔で問いかけた。

「さすがにちょっとびっくりはしたよ。でも、飛び出す絵本の進化版だって考えれば、そんなに不思議には思わなかったよ」

 智帆はとても嬉しそうに言う。

「そっ、そう?」 

 秀介はかなりホッとした。

「化能蒸さん、智帆さんにあのことを謝っておきなさい」

 皐月は困惑顔で命令する。

「うっ、うん」

「えっ!? 化能蒸ちゃん私に何か悪いことしたっけ?」

 智帆はきょとんとなった。

「アタシ、チホルマリンちのお部屋に無断で忍び込んで、下着を何枚か盗みましたのだ。ごめんなさい」

 化能蒸は土下座姿勢で謝罪の言葉を述べた。

「なぁんだ。そんなことか。いいの、いいの、私、全然気にしてないよ」

 智帆は爽やかな表情で言う。

「ありがとうございます。チホルマリン」

 智帆の寛容さに、化能蒸は再度深々と頭を下げ感謝の意を表した。

「今夜はみんなでいっしょにテスト勉強しよう。七人でやるとすごく楽しそう」

 智帆は嬉しそうに提案する。

「OK.たまには他の科目もラーニングしてみたいからね」

「もちろんいいよ。あたしもいろんな科目勉強して、もっともっと賢くなりたいから」

「わらわも勿論参加致します。数学と理科の苦手意識をほんの少しでも無くしたいですし」

「アタシもいっしょに頑張るぜ。シュウスケトンとチホルマリンだけにたくさんの科目を学ばせるのは不公平だからな」

「葵君も専門バカにならないように幅広い教養を身につけた方が良いとおっしゃられていたので、わたくしも参加します」

 教材キャラ達は快く了承してくれた。

こうして七人で副教科を除く五教科九科目の重要項目をそれぞれ二〇分から三〇分ほど軽く勉強していき、あっという間にまもなく日付が変わる頃になった。

「秀介お兄ちゃん、智帆お姉ちゃん、おやすみなさーい。いろんな教科が学べて知識も増えて楽しかったよ」

「おやすみシュウスケトン、チホルマリン。二人で太陽の中心のように熱い夜を楽しんでね」

「おやすみなさいです」

「グッナイ! See you again,チホちゃん」

「秀介君、智帆ちゃん。おやすみ」

 教材キャラ達は就寝前の挨拶をして、テキストに飛び込んでいく。

「おやすみーっ。出会えて嬉しかったよ。秀介くん、とっても素敵な家庭教師さん達だね」

 智帆は全く不思議がることなくその様子を眺めていた。

「あの、智帆ちゃん。あの子達の存在は、他のみんなには絶対ナイショにしてね」

「もちろんだよ。二人だけの秘密にしようね」

 智帆がこう言ってくれて、秀介はホッとする。

「あの、智帆ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど、俺と同じ布団で寝るのは、やめて欲しいなぁ。出来れば母さんの寝室で」

「それは嫌だよ。私、秀介くんと同じお布団で寝るぅ!」

 この要求は、智帆は受け入れてくれなかった。秀介は当然のように困惑してしまう。

「じゃあ俺は、床で」

「ダメだよ。そんな所で寝たら絶対風邪引いちゃうよ。いっしょに寝るのは私と秀介くんだけじゃないよ。この子もいっしょだよ」

 智帆はほんわか顔でそう伝えると、

「じゃーん、これ見て。秀介くんにこの間取ってもらったナマちゃん。川の字に寝よう」

 トートバッグからそれを取り出し、敷き布団の上に置く。

「……」

 秀介は困惑顔を浮かべながらも、無いよりはマシかなっと思った。

「秀介くんも早く寝よう。夜更かしは体に毒だよ」

智帆はおかまいなく、いつも秀介が使っている夏蒲団に潜り込む。

「わっ、分かった」

 秀介はそれからすぐに電気を消して、ゆっくりとした動作で慎重に同じお布団に潜り込んだ。

「おやすみ秀介くん」

「……おやすみ」

 そんな会話を交わしてから二分も経たないうちに、智帆の寝息が聞こえて来た。

「……眠れない」

 秀介は極度の緊張で目が冴えてしまっていた。それから三〇分くらい経っても、状況は変わらず。間にあのナマケモノのぬいぐるみがあったため、体が引っ付き合うことは避ける事が出来たのだが、それでもやはり気になってしまう。

「シュウスケトン、今、チホルマリンと交尾する絶好のチャンスだぜ」

「うわっ!」

 化能蒸が突然目の前に現れ、秀介はびくーっと反応した。

「チホルマリンの寝顔、とってもかわいいでしょ?」

「たっ、確かにかわいいけど」

 秀介は智帆の寝顔をちらっと覗いてしまった。

「まず手始めに服を捲りあげて、ブラジャー外しておっぱいじかに触っちゃえ」

「そんなこと、出来るわけないだろ」

「シュウスケトン、草食動物みたいだな。そんなんじゃ子孫残せないぜ」

「化能蒸ちゃん!」

「あいたぁ!」

 突然、州湖良に背後から頭を叩かれた。

「ごめんね秀介君。化能蒸ちゃんがご迷惑かけて。すぐに引き戻すから」

「あーん、スコランゲルハンス島。もう少しだけぇ」

「ダメよ、秀介君困ってるでしょ」

「やっ、やめてぇぇぇ」

 州湖良は嫌がる化能蒸を、自分のものと同じ社会科のテキストに押し込めた。

「それじゃ、おやすみ秀介君。化能蒸ちゃんのことならもう心配ないわ。自分用のテキスト以外からは、自ら脱出も侵入も出来ないからね」

 州湖良はにこにこしながらこう告げて、社会科のテキストに飛び込む。

「あっ、ど、どうも」

そんな仕様もあったのか。よかった。

 秀介はこれで一安心する。

 布団に潜り込もうとしたら、

「あの、秀介君」

「うわっ!」

 再び州湖良が飛び出して来た。秀介は少しだけ驚く。

「今日、というかもう昨日だけど、智帆ちゃんがいたから体罰は控えたけど、また今日から復活するからね♪」

 州湖良はウィンクして、再度テキストに飛び込んだ。

「……やっぱり」

 秀介は苦笑いする。彼は再び布団に潜り込んだが、やはり智帆がすぐ隣で眠っていることもあって、なかなか寝付けなかったのだった。

          ☆

朝、七時四〇分頃。

智帆ちゃん、いないな。

 秀介が目を覚ました頃には、すでに智帆の姿は無かった。秀介はいつも通り制服に着替え、一階ダイニングへと向かっていく。

「おはよう」

「おはよう秀介くん」

「おはよう秀介、今朝の朝食、智帆ちゃんも手伝ってくれたわよ」

「そうなんだ」

智帆もすでに制服に着替え終えていた。制服は持って来ていなかったので、一旦家に戻ったらしい。

「私は卵焼きを作ったよ。食べてみて」

「美味そうだ」

 秀介は椅子に座ると、最初に卵焼きに箸をつけた。

「けっこう、甘いね。俺の好みだよ」

 いつもの塩味とは違い、お砂糖いっぱいだった。

「ありがとう。嬉しいな♪」

智帆は満面の笑みを浮かべる。智帆は秀介と同様、甘党なのだ。

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