第13話 お茶会(2)
「……びっくりした。誰かと思った」
「驚いた」
友永くんの発言に、高坂くんが頷いた。私自身、その変貌ぶりに驚いたのだから、彼らの受ける衝撃はその比ではなかったのだろう。
「可愛いじゃん。その服」
「うん。見違えた」
「ありが……って、服? 服だけ?」
お礼を言いかけた私は、友永くんの発言が引っかかって質問に切り替えた。
「じゃあリボンも」
「…………」
「嘘だって。全体的に可愛い。女って化粧すると本当に変わるよな。劇的ビフォーアフターっていうか、はっきりいって詐欺だ」
からかうように笑って、友永くんは白雪先輩に促されるまま席に着いた。高坂くんも友永くんの隣に座る。テーブルは長方形なので、自然と男女で分かれて対面する形になった。なんだかお見合いみたいだ。
「お二人とも、リクエストは珈琲とミルクティーで良かったかしら? 変更もできるけれどどうしましょう?」
白雪先輩は優しい微笑を浮かべて二人に尋ねた。
「あ……はい。それで」
高坂くんは白雪先輩の問いかけに、何故か気まずそうな顔をして頷いた。
……あれ? どうしたんだろう。
気まずい、というより、恥ずかしいのだろうか。高坂くんは白雪先輩とは目を合わせようとはせず、視線をテーブルの端に固定している。
友永くんは美人に対しても気後れせずに「俺もミルクティーでいいです」と答えた。
「じゃあ準備してくるから、三人で雑談でもしていてちょうだい。目の前に可愛い子がいるからって手を出したら駄目よ?」
「しませんよー。俺は日下部さんに手を出すほど物好きじゃないです」
「失礼な!」
あっけらかんとした友永くんの返しに、頬を膨らませる。
「いやーだって、元の顔知ってるしな。いまの姿は完全なフェイクだ。詐欺だ」
「そこまで言う……どうせ私は白雪先輩ほど美人じゃないですよ……」
「あははは」
いじけて言うと、友永くんは笑った。
いや、笑い事じゃないんだけど。ここまで快活に笑われると、もう仕方ないと苦笑するしかない。彼の笑い方には、嫌味なんてまるでないからな。
「なあなあ、高坂って、五組だろ?」
「え。うん。そうだけど」
急に話しかけられて戸惑ったらしく、高坂くんは目を瞬いて友永くんを見た。台所からふんわりと良い香りがする。この香りは珈琲だ。
「やっぱりなー。五組に高坂っていうイケメンがいるって女子たちが騒いでたから。俺、一組の友永っていうんだ。日下部さんとは同じクラスなんで。よろしく」
「ああ、よろしく」
「しっかし確かにイケメンだよなー。これは女子たちが騒ぐのもわかるわー。なんだこの髪。さらっさらじゃん! 天パに対する嫌味か!? 宣戦布告か!? ちくしょう羨ましい、男のくせにCMのモデルにでもなるつもりなのかよ!?」
「えっ、ちょっ」
友永くんに思いっきり髪をかき回され、高坂くんは慌てたように防衛に入った。でも友永くんの攻撃――というかじゃれつき――は止まらない。
「止めろって言ってんだろ!」
最初はまるで小学生男子のようなノリについていけていなかった高坂くんも、次第に緊張が解けたらしく、友永くんの頭をはたいて黙らせた。どちらかといえばおとなしい彼にしてはかなり大胆な行動だ。
「怒られた……」
友永くんは頭を押さえて、ふてくされたように言った。その言い方が子どもみたいでおかしく、私は噴き出した。
「大体、格好良いっていうならお前の方がそうだろ。一組の友永っていったらこっちのクラスでも名前を聞いたことある。天パで長身のイケメンだって」
「へ。そうなの?」
「そうだよ。俺よりお前の方が格好良いよ」
高坂くんは真顔で断言した。
「………………」
あまりにもストレートな褒め言葉に、さすがの友永くんも反応に困ったらしい。しばらく止まった後で、助けを求めるように私を見てきた。
私が無言でかぶりを振ると、友永くんは頬を掻いて、一つ頷くと同時に高坂くんの肩を叩いた。
「お前っていい奴なんだな」
「なんで?」
「いや。もういい。俺が悪かった……お前に敵わねえよ……お前こそ真のイケメン、そう、ナンバーワンだ……」
友永くんは高坂くんの肩に手を置いたまま、遠い目をした。高坂くんはまったくわからないという顔で首を傾げた。その様子が、飼い主の奇行を目撃した子犬みたいで、また笑いを誘う。
「そういや下の名前なんてーの? 俺は旭」
「律紀」
「じゃありっちゃんって呼んでいい?」
「あっちゃんと呼ばせてもらえるなら」
「いいよ」
高坂くんの切り返しに、友永くんは即座に肯定した。頭痛を覚えたように高坂くんが頭を押さえる。
「いいのかよ……わかった、止めてくれ。普通に律紀か、律でいい」
「あはははは。じゃあ律な。愛称のほうが親しい感じするしな」
「え……旭の愛称って?」
「姉貴はあっくんって呼ぶな。母親もそう」
「……父親も?」
高坂くんは深刻な口調で尋ねた。もしも肯定されたら自分まであっくんと呼ばなければいけないのかと思いつめているようだった。彼はとても真面目な人だ。
「父親は旭だな。普通に」
「うん。じゃあ俺も普通に旭と呼ぼう。あっくんなんて呼ぶほうが恥ずかしい」
ほっとしたように、高坂くん。その後も二人の会話は見ているだけで面白かった。
知らないうちに笑みが口元に浮かぶ。
高坂くんがこうして、誰かと楽しそうに会話している姿を見るのは貴重だ。ものの一分で彼の警戒を完全に解いてしまうなんて、友永くんの社交性は凄い。
高坂くんはいま、笑っている。桜の下で見た寂しそうな表情なんてどこにもない。その現実に、私は心底安堵していた。
「盛り上がってるわね。楽しそうで何よりだわ」
キッチンから声が聞こえた。ちょうど紅茶も淹れ終わったらしく、白雪先輩は丸いトレーにソーサーとカップを並べている。リビングの中は紅茶と珈琲の匂いが混じりあって、複雑だ。でも決して嫌な匂いではない。
「手伝いますよ」
私が席を立つよりも先に、高坂くんが動くほうが早かった。
「いいわよ、運ぶだけだから」
「でも、トレーが小さいから一回じゃ無理でしょう? だったら準備する人と運ぶ人がいたほうが速いです」
「……まあそうね。ありがとう」
白雪先輩も高坂くんの申し出を無碍にはできなかったらしく、最終的には折れて微笑んだ。
「いえ」
高坂くんはその笑みから逃れるように、さりげなく目を逸らした。
あ、まただ。
さっきと同じだ。彼は白雪先輩とできるだけ目を合わせないようにしている。
その理由は……?
「あーなるほどな」
ぴんときたように、友永くんが笑った。秘密を握った、そんな感じで。
高坂くんがカップが載ったトレーを持って運んできた。にやにやしている友永くんを見て「なんだよ気持ち悪い」と、結構酷いことを言う。
「べっつにー。次回からは俺ら、お茶会は遠慮したほうがいいのかなって。惚れてんだろ? 美人だもんな、先輩」
「違うし。勘違いするな」
各自に飲み物を配りながら、高坂くんは複雑な顔をした。嫌がっているようにも、照れ隠しのようにも見える。
……ああ、そうか。
高坂くんは、白雪先輩のことが好きなんだ。
何故か、胸に痛みが走ったような気がして、テーブルの下で手を握る。
ミヤビは飼い主のそんな想いを知っていたから『彼女候補生』と言ったのだろうか。
「さあ、お茶会を始めましょうか」
お菓子を並べて、全ての準備を整えた白雪先輩が、席に着いて微笑んだ。私のように、化粧なんてしなくても元から充分に魅力的な、美しい顔で。
「どうしましょうか。まずは入学を祝って乾杯かしらね」
「乾杯って、そんなビールみたいな」
高坂くんが苦笑いする。もう慣れたのか、今度は白雪先輩をまっすぐに見つめた。
「言ったでしょう、このお茶会は『何でもあり』がモットーなのよ。じゃあみんなカップを持って。三人とも、桜庭高校、アーンド、桜庭荘へようこそ! かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「乾杯」
ノリが良いのは友永くんだけで、私と高坂くんは『カップで乾杯ってどうなの?』という戸惑いが抜けないまま、控えめにカップを鳴らした。
私が愛想笑いを浮かべていると気づいたらしく、高坂くんが同志を見つけたような顔で笑いかけてきた。私も笑い返す。難しかったけれど、どうにか笑みを作った。
「ではでは、自己紹介タイムといきましょう。まずは私から、時計回りね。有栖川白雪、三年二組。生徒会書記をやってます。誕生日は8月20日で、しし座です。リーダーシップがあるなんていわれてるけどそうでもないわ」
白雪先輩は苦笑した。
そうかなぁ。お茶会を決行したのは先輩の勇気と決断力だと思うけれど。彼女の行動力をもってしてもリーダーになれないなら、他の誰にもリーダーなんてなれないと思う。
「趣味は音楽鑑賞、ポップもロックも好きよ。なにか質問ある人ー?」
「はーい、彼氏いますか?」
友永くんは片手を挙げて質問した。さりげなく高坂くんを肘で突いて。
高坂くんは嫌そうな顔をしたけれど、無視している。
「残念ながらいません。なかなか理想通りの人にめぐり合えなくてね。理想が高すぎるんだって友達からは言われてるんだけど、好きになる相手に妥協なんてしたくないもの」
白雪先輩は微笑んだ。
「なるほどなるほど。それは良い情報を聞きました。ありがとうございます」
友永くんは一礼した。
「いえいえ。そういう友永くんは?」
「いませんよ。中学のときにはいたんですけど、別クラスになって話さなくなって、自然消滅です。よくある話っしょ?」
紅茶にミルクを注ぎなら、友永くん。予め入っていたミルクの量では足りなかったらしい。
「そうなの。友永くんは社交的で明るい人だから、作ろうと思えばすぐに彼女もできるでしょう」
「だといいんですけどねー」
「じゃあ他に質問のある人は? お互いへの理解を深めるためにも、一人一つは質問してくれるとありがたいんだけれど。どんなくだらないことでもいいのよ」
「ええと、じゃあ、血液型は?」
「Oよ。それっぽい?」
「どちらかといえばAかなって思いました。几帳面そうなので」
「そんなことないわよ。普段は物凄く適当なの。この部屋だって、お茶会のために掃除したけど、普段は結構とんでもないわ」
白雪先輩は片手を振った。
そうなのだろうか。この綺麗に整えられた部屋が台風一過の後のような惨状になっているところなんて、ちょっと想像できない。
「高坂くんは、何か質問ある?」
その言葉に、高坂くんは少し考えるような顔をして、言った。
「好きな季節は?」
「そうねえ。春かしら」
「俺もです」
高坂くんは淡く笑った。白雪先輩もまた微笑み返す。
「雪解けの春は素敵よね。生命が一気に芽吹く、始まりの季節だもの。とても好きだわ」
「…………」
笑い合う二人を見て、胸に見えない重圧がかかる。ずきずきと、心が痛む。
この痛みは、感じないと思い込むには強すぎる。
ああ、そうか。
私、高坂くんのことが好きだったんだ。
自覚するのと同時に失恋なんて、私らしい。いつだって私はタイミングが悪いんだ。
中学のときもそうだった。忘れ物に気づいて、放課後に教室に戻ろうしたら、廊下から聞こえてきた言葉。日下部さんって××くんのことが好きなんじゃないの。ええ、俺、天パはちょっと。そうして笑い合う、クラスメイトたちの言葉が蘇り、胸が苦しくなった。
友永くんが私を見て苦笑している。俺らって邪魔じゃない? と、その目が同意を求めてくるのがわかる。
そうだね。私たちはこの場にいるべきじゃないのかもしれない。高坂くんの目に私は映っていないもの。作り物のお姫様にしかなれない私は、本物には敵わない。
立場の違いを思い知らされて、鼻の奥がつんと痛む。
華やかに私を飾り立てる洋服が、とても重い。この衣装を着るべきは白雪先輩だ。彼女のような美少女こそ着飾るに相応しい。私は何を浮かれていたんだろう。空回りして、馬鹿みたいだ。
「じゃあ次、くるみちゃん。自己紹介お願いします……どうしたの? ぼうっとして」
「あ、ごめんなさい。大丈夫です。自己紹介ですね! ええと、じゃあ――」
萎んだ肺に空気を取り込み、私は笑顔を作って口を開いた。
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