第13話 童話の中のお姫様のような

 高坂くんに会えたら、昨日の――正確には今日の――お礼を言わなくちゃ。

 ひょっとしたらゴミを出すときに会えるかもしれない。

 そう思いながら、アパートの前の集積所にゴミを出し、備え付けのネットを被せていた私は、

「おはようございます」

 背後から聞こえた挨拶に振り返った。


「初めて見るお顔ですね。ひょっとしてあなた、昨日引っ越してきた方ですか?」

 そう言って愛想よく微笑んだのは、美しい少女だった。

 艶やかに流れるストレートの長い髪は、まさに私の理想の髪質そのもの。陽光を浴びて天使の輪ができている。

 筋の通った鼻梁、二重の瞳、桜のつぼみのようにピンクに色づいた唇。細身なのに胸は大きめで、佇んだその姿には品がある。


 ……なんて綺麗な人だろう。

 私は彼女の存在感に圧倒されてしまった。

 デフォルメされたクマがプリントされた野暮ったいフードつきのパーカーに、歩きやすそうなサンダル、片手にはゴミ袋。ありふれた庶民の格好をしているのに、溢れ出るオーラが彼女を庶民という簡単な言葉で片付けることを許さない。光り輝く宝石のようだ。


 今朝見た夢を思い出す。

 彼女のような人こそ、お姫様に相応しいんだろうなぁ……


「あの?」

 私が絵本の主人公と彼女を重ね合わせ、ぼうっと見惚れていたせいだろう。少女は小鳥のように小さく首を傾げた。その仕草がとても似合う。


「あ、はい、そうです。おはようございます」

 私は我に返るや否や、会釈をした。

 同性相手に見惚れるなんて前例のない経験だった。慌てて口早に言う。

「昨日104号室に引っ越してきました、日下部くるみです」

「私は203号室の有栖川白雪ありすがわしらゆきです。ちなみに桜庭高校に通ってて、今年3年生になります。よろしくお願いしますね」

 あ。

 胸中で呟いて、私は口を半開きにした。

 私の隣をすっと横切った、凛とした背中を見つめる。彼女の動きに合わせて揺れる髪は陽光を受けて、一本一本が透けるようだった。


 203号室の住人。

 彼女こそ、ミヤビが高坂くんの『彼女候補生』と言っていた人だ。


 なるほど、彼女ならば高坂くんの隣にいても全く見劣りしない。もしも二人が交際することになったら、誰もが羨む美男美女カップルが出来上がるだろう。ミヤビが見た目だけで勝手に判断したのだとしても、この美しさならば納得できる。


 有栖川白雪。名前すらもお姫様らしい。不思議の国のアリスと、白雪姫。

 アリスはお姫様というわけではないけれど、童話の主人公であることには変わりない。彼女がお姫様なら、私は名もない村娘Dくらいかな。


「ありがとう」

 ゴミを出しやすいように、私がネットを上げると、有栖川さんは口角をそっと持ち上げて微笑した。


「い、いいえ」

 あまりにも魅力的な笑顔に、どぎまぎしてしまう。

 お姫様に笑顔という名の褒美を賜ってしまった。

 こんな顔で微笑まれたら王子様も虜になるだろう。同性の私ですら不覚にもときめいてしまったのだから。


「あの、私もこの春から桜庭高校に通う1年生なんですよ。有栖川先輩……と呼ばせてもらってもいいでしょうか?」

「ええ、もちろん。気軽に白雪先輩と呼んでもらえたら嬉しいわ。良かったら、私もくるみちゃんと呼ばせてもらえたら嬉しいのだけれど……とても可愛いお名前だし」

 有栖川先輩はねだるように、じっと私を見つめた。上目遣いの、少し潤んだ瞳で。


 ……余談だけど、『ねだる』と『ゆする』はどちらも『強請る』と書く。

 何が言いたいかというと、こんな美人にこんな顔で見つめられて、断れる人はいないということだ。もうこの世の真理といってもいいほどに。


「どうぞ。それでは、白雪先輩」

「ありがとう、くるみちゃん!」

 美人が童女のように無邪気に喜んでいるのを見ていると、名前にちゃん付けされて感じる気恥ずかしさなんてまあいいか、という気分になるから不思議だった。

「やったわ、桜庭荘に待ち望んでいた女の子が来てくれた! 存続の危機だったけれど、最後の一年も開催できるかも……!」

 喜色満面に、白雪先輩は不思議なことを言った。


「なんのことですか?」

「あら、ごめんなさい。私ったらついはしゃいでしまって」

 彼女はこほん、と軽く咳払いしてから、悪戯っぽく笑った。

「くるみちゃん、紅茶はお好き?」

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