第24話夢見る生贄(ひつじ)の視る現実(ゆめ)は⑦
光流達の通う『私立櫻ヶ瀬学園国際高等学校(しりつおうがせがくえんこくさいこうとうがっこう)』、通称『櫻高おうこう』は、富士見坂のアパートから約15分程歩いた台東区上野にある。
谷中の七福神の一柱ひとはしらである大黒天を奉った仏閣である護国院の直ぐ隣に建つ其処は、巨大ターミナル駅でもあるJRの上野駅から歩いて約5分程という利便性に優れた立地であることもあり、毎年志願者が募集者の5倍を越えるという非常に人気のある学園なのだ。
また、3年前より「理系科目及び外国語教育に重点を置いた様々な取組みを国のトップの国立大学等と密接な連携を常に図りながら、将来的には世界中で活躍できる国際的な科学技術系の人材を育成する高等学校」として「super science and foreign language high school(スーパーサイエンスアンドフォーリンランゲージハイスクール)」、通称「SSAFH」のモデル研究開発校としての認定を受けたことでその志望者は年々増える一方なのである。
とは言え、既に其処に通っている光流達からすれば、そんな政府が勝手に作り出したよく分からない認定等貰っても無駄に受けなければならない授業や落としてはいけない単位がわんさか増えるだけで全くもって有り難くもない話なのだが。
学園に向かい通い慣れた谷中の道を歩きながら、突然思い出した様に光流が口を開く。
「なぁ?そう言えば、先週からの宿題、やってきたか」
「宿題・・・???え、そんなのあったっけ?!」
まるで初めて宇宙人に会った時の地球人の様に、楓がその大きな瞳を更に大きく見開く。
(・・・こいつ、すっかり忘れてたんだな)
基本的に楓は、学園から帰ってきたら直ぐに遊びにいく、宿題はー忘れてなければー夜テレビ見てから寝る前にやればいい、そんな小学生、しかも低学年のやんちゃなガキ大将がそのまま大人にった様なスタンスな為、学園から帰ってきてから直ぐに宿題をしたりする習慣が一切ない。
故に、こうして光流や華恵が学園に着く前に確認してやる必要があるのだが。
「華恵ちゃん、ううん!華恵様!女神様!お願い、助けて!写させて~!一生のお願い!」
それを聞いた光流は心の中でぼそっと呟く。
(・・・いやお前それもう30回以上言ってるし)
お前の一生は一体何回あるんだ。
寧ろ死なないのか。
不死身か。
そんな事を考え、つい不死身の楓を想像し思わず吹き出す光流。
彼の想像の中の楓は、まるで某黒くて巨大な怪獣映画の主人公である怪獣の様に何故か巨大化し、口から炎をビームの如く発射させていた。
と、如何やら思っていたことがついつい口と顔に出てしまっていたらしく、いつの間にか楓が、先程まで華恵に見せていた憐れみを誘う捨てられた子犬の様な表情から一転し、まさに視線だけで射殺せる様な、般若の如き形相で光流を睨み付けていた。
「だぁ~れが、カエデザウルスですってぇ~?!」
同時に光流の顔面に勢いよくぶつけられるスクールバッグ。
「ぉぶっ?!」
幸い、楓は基本的に教科書や教材を持ち帰らない主義ーそれもどうかと思うがーなので、光流の顔面が全盛期の頃の抽象画の如く崩壊することはなかったが、これでもししっかり教材が詰め込まれていたら光流は恐らく強い衝撃に鼻血を流し、両鼻にティッシュを丸めて詰めた状態で朝沢山の生徒が通る校門前を通らなければいけないというある種のかなり精神的苦痛を伴う拷問を受ける羽目になっていただろう。
「どーせまた私のこと頭の中でバカにしてたんでしょ?バカって思う方がバカなんだから。光流くんのばーかっ!いーだっ!華恵ちゃん、あんな奴ほっといていこっ!」
好きに言うだけ言い散らかすと華恵の手を引き、先に走って行こうとする楓。
ちなみにスクールバッグは光流に持たせたままである。
そんな楓の様子に、華恵は思わず苦笑し
「まぁまぁ、楓ちゃん。こんなに空も空気も綺麗な朝なのですから。皆で仲良く行きましょう?」
そう言うと、二人に向けて柔らかく微笑んだ。
こんなに、慈母の如く穏やかな、純粋な笑顔を向けられたら二人とて従わざるを得ない。
「華恵ちゃんがそう言うなら・・・仕方ないなぁ。感謝してね!」
「いや感謝してね、じゃなくお前は先ず自分のバッグを持ってくれ」
光流の突っ込みに楓はまた目を吊り上げそうになるが、そこはまた華恵が「まぁまぁ」と宥める。
そうしてじゃれあい、たまには口煩く喧嘩ー主に楓と光流がーをしながら、三人は学園に向け、未だ早朝の為、殆どの店のシャッターが閉まったままである谷中銀座を通り抜けていく。
ちょっとした寄り道にはもってこいの揚げ物屋、片手で食べられるスティック状のカステラの店、焼き鳥の様に串に幾つもの焼売が刺さった商品を売る中華料理屋。
谷中銀座には、高校生がわくわくする様な軽食や甘味処がところ狭しと軒を連ねており、櫻高生の絶好の息抜きスポットとして有名になっていた。
その時、ふと華恵が大きな声を挙げる。
「あ~?!」
「ど、どうした?徳永」
「何?!なんかあった?!華恵ちゃん?!まさか光流くんに何かされた?!」
いや僕はお前を挟んで彼女の反対側に居ますケド?
全くとんでもない濡れ衣である。
すると、張本人である華恵があわあわと必至に頭を振りそれを否定する。
「ち、違いますよぅ~!あの、私、この前またイギリスに戻ったのですが、その時のお土産をお二人にお渡しするのを忘れてしまっていて~!」
すいません~!とひたすら頭を下げる華恵。
そう、実は彼女は、その『クリスティーン』というミドルネームが表す様に純粋な日本人ではなく、母親が日本人で父親がイギリス人の所謂ハーフなのである。
そんな彼女は今年の始めまで父親の母国でもあるイギリスで暮らし、勉学に励んでいたのだが、彼女が通っていた高校が光流達の通う櫻高と姉妹校として提携を始めた為、交換留学制度が開始されたのである。
初回であることや、日本自体やジャパニメーション等の広がりや影響も手伝って応募者は数百人に上ったらしいが、それらの応募者の中から、先生方曰くかなり難しい筆記試験と面接をパーフェクトな成績で突破したのが彼女という訳だ。
しかも、彼女の父方の実家は古くから続く伯爵の家で、イギリスに帰ると別荘ならぬ城の別邸まであるという、まさに生粋のお嬢様なのである。
が、そんな、一見すると非の打ち所のない才色兼備な彼女にも一つだけ難点があった。
それは
「はい!お土産です!」
彼女がどーん!と手渡して来たのは法被。
いや何故イギリス土産で法被?と光流と楓は目が点になる、が、構わず華恵は話し続ける。
「素敵ですよね!ジャパニーズハッピ!」
そう、彼女の難点ーーそれは、重度の日本被れを発症している、ということだった。
華恵は石の様に固まっている二人には気付いていないのか、それとも或いは二人も法被に声も出ない程喜んでいるとでも思っているのかーどちらかと言えば後者の様に見えなくもないがー更に鞄から新しく別の箱を取り出す。
「こんなのも見つけました!ジャパニーズサメラーイプリンセスのタロットです!」
((じ、ジャパニーズサメラーイプリンセス・・・?わ、わかんねぇぇ!))
最早聞いたことのない異界の言語にしか聞こえないそれに、思わず光流と楓の心は一つになる。
ジャパニーズサメラーイプリンセスとは一体何ぞや。
日本で侍でお姫様とかもう単語がチャンポンされ過ぎて原型を留めていない気さえしてくる二人。
取り敢えず、頭で考えても一切わからなそうなので、華恵が二人にずいっと差し出している、その手元を見てみると、そこにはーー真ん中に、恐らく筆であろうか、大層達筆な文字で大きく『戦国姫将 和風タロット 戦姫舞翔せんきぶしょう』と書かれ、青海波や麻の葉、それに亀甲等日本古来の模様が金箔で箔押しされた、美しい純白の化粧箱があった。
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