第16話現実(リアル)を侵食する虚構(フィグメント)⑨

光流達を襲う白薔薇の花弁は高温の炎で出来ているだけではなくーーその一枚一枚が、まるで研ぎ澄まされたナイフの様な鋭さを以て、触れた瞬間四人の体を切り裂き、傷付けていく。


「っつぅ・・・!へぇ、やるじゃん、オバサン!こんな技隠してたんだ!」


四人の中で最も少女に近い最前衛に位置していた為か、蜘蛛丸は見る間に無数の花弁に取り巻かれると、全身を次々と切り刻まれる。


降り注ぐ、一見すると美しい・・・しかし、確実に命を削り取っていく花弁のシャワーに、しかし、蜘蛛丸は先程までより一層愉快そうなーー尚且つ、好戦的な笑顔を少女に向けると、刻まれて出来た己の右腕の切り傷から流れる血をぺろりと舐めとりながら、至極楽しそうに言った。


「僕にこれだけ血を流させたんだから、覚悟は出来てるよね?オバサン」


『オバサン』という単語に、金髪の少女は片方の眉をピクリと少しだけ跳ね上げる。


やはり、幽霊でも気になるし、嫌なものなのか。


初めて『殺意』や『決意』以外の少女の表情を見た光流の頭には、一瞬、そんな、目の前の現実とは余りに解離した考えが過よぎる。


すると、少女は、夜叉丸に肩を借り、傷だらけの

・・・自らの血に塗れ、ぼろぼろの体で立つ光流に改めて目を向けると、口を開いた。


「コンドウ ヒカル」


先程までの苛烈な調子とは打って変わり、何処か悲しみを感じさせる様なーー静かな声で、少女は初めて光流の名前を呼んだ。


そして、彼女は静かに言葉を続けていく。


「貴方に怨みが在る訳では、ありませんの」


一つ一つ言葉を選ぶ様にして、少女の喉から絞り出された言葉。


しかし、静かな声音の響きとは正反対に、少女の告げた台詞は、光流に新たな混乱を齎す。


(怨みが在る訳じゃない・・・?いや、おかしいだろ。なら・・・・・)


「なら、何でっーーー」


少女の言葉が孕む矛盾を光流が問い質そうとしたその瞬間ーー


「怨みがないのに人をぶっ殺そうとする訳?あははっ!面白いよ!オバサン、頭おっかしいんじゃないの?」


花弁に更に全身を切り刻まれることすら厭わず、一直線に少女に肉薄した蜘蛛丸が勢いそのままに短槍の穂先を少女に向けて突き出す。


「っ?!・・・・・あなたこそ、もう少し、命を大事にしたらどうなのかしら?」


「あはは!それ、笑える!亡者のあんたが言う台詞じゃないよね!」


まさか、あの猛り狂う花弁の嵐を抜けてくるとは思わなかったのか、少女は一瞬かなり驚いた様な表情を浮かべるが、しかし即座に反応し、右の掌に炎を集めると、それを焔の三又槍と為し、蜘蛛丸の短槍を受け止める。


ギィンッという激しい音と共にぶつかり合う短槍と三又槍ーーー。


不思議なことに、炎で構成されている筈の三又槍は、先刻葉麗が予測を立てていた少女の能力故かーー理屈は分からないがちゃんと質量があるらしく、蜘蛛丸の得物と打ち合い、何度も激しく火花を散らす。


まるで歴史に名を残す牛若丸の様にーーあの高下駄でよくもまぁと思う位の身軽さで少女を翻弄する蜘蛛丸。


どうやら、少女の炎の能力は、先程の炎の鞭や燃える薔薇の様に遠距離且つ広範囲向きらしく、完全に間合いを詰められ、至近距離となった今ではそう簡単に撃ち放つ事が出来ず、蜘蛛丸への対応に苦慮していることが少女の表情から窺い知ることが出来る。


確かに、それはそうだろう。


謂わば現在の戦況の様子は超近距離戦。

蜘蛛丸が少女の間合いに完全に入っている状態だ。

況してや、刃を打ち合っている現状では互いが互いの懐に入っている状態とも言える。

その様な状況で、蜘蛛丸に向けて先程同様炎の薔薇を放てば如何なるかーーー。


答えは、至極簡単だ。

あの薔薇に、敵味方を識別する知能や機能が備えられていない限り、あの様な超至近距離で花弁の雨を降らせれば確実に少女自身も巻き込まれ、浅くはない傷を負うからである。


故に、少女は己の十八番であろう炎を操作する術を今は敢えて封印し、ひたすら蜘蛛丸の対応をしているのだ。


間合いを取り、己の必殺である技を放つ隙を窺いながら。


しかし蜘蛛丸はと言うとーー折角詰めた間合いを取られる訳にはいかないとばかりに先程から矢継ぎ早に穂先を繰り出して来る。


少女も三又槍で応じてはいるが、それでも時間が経てば経つ程に近距離戦を得意としているらしい蜘蛛丸の速さや身軽さに徐々に圧され、遂にはーーー


「ぅっ、く・・・・・!」


その三又槍を振り上げた一瞬の隙をつき、少女の右肩を蜘蛛丸の短槍が捉える。


華奢なその体から鮮やかな赤い鮮血が溢れ、少女の足下に紅い水溜まりを作り出していく。


しかし、ほぼ同時に、


「ーっ??!ぐ、ぁぁっ!!!」


光流の右肩に突然激痛が走り、誰にも攻撃をされていない筈の其処から鮮血が溢れ出す。

激痛に思わず膝をつき、肩を抱え、その場に蹲る光流。

同時に、彼の脳裏に先程の『あの出来事』が鮮明にフラッシュバックする。


(・・・・・また、だ・・・・・)


確か先刻、あの少女が傷を負った時も・・・僕の体の同じ場所に傷が出来はしなかったかーーーー?

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