第14話現実(リアル)を侵食する虚構(フィグメント)⑦

ーーーそんな。


そんな、漫画やラノベの中の様な出来事が、実際に、現実に起こり得るというのか。


魔法や超能力なんて、現実には有り得ない、フィクションの世界の中だけの話の筈だ。


「そんなことーーー」


有り得ない。


そう光流が言葉を発しようとしたその刹那ーー真紅のドレスの少女が放った炎の鞭が激しく光流の右肩に叩き付けられた。


どうやら葉麗と言葉を交わす内につい、いつの間にか足が止まってしまっていたらしい。


「・・・・・っ??!!」


あんなに細心の注意を払っていた筈なのに。


右肩から全身にまで広がるーー焼け付く様に熱く、声すら出ない痛みに光流は思わずその場で激しくもんどりを打ち、地面に倒れ込む。


先程の氷雨により、地面に出来た小さな水溜まりのお陰で、服についた炎は消えた。消えたが、しかしーー背中の激痛は一向に鎮まることはなく。


いや、激痛なんて言葉では言い表せない。

寧ろ、激痛の方が可愛らしいのではないかとすら思える、全身を襲う痛みに、しかし、これはやはり現実なのだと嫌でも光流は自覚させられる。


発火能力とやらも。

今目の前で繰り広げられている異能力バトルも。

到底認められるものではないけれど、認めるしかないのだ。


これが『現実』だ、と。


そして、あの金髪の少女から上手く逃げるか、或いは倒すかをしなければ、光流の命はないーー即ち、『死』在るのみ、と。


だが、残念ながら至って普通の、模範的一般人である光流はこの様な異能力バトルで勝ち残る為の奥義や必殺技等一切持ち合わせていない。


故に、今、唯一光流に出来る事と言えばーーー『敵前逃亡』。


逃げるのみ、なのだが。


「っ、ぅぁ・・・・・く・・・・・」


先程少女に業炎を勢いよく叩き付けられたばかりの右肩が、逃げようと体を動かす度にずきずきと痛み、光流の体を苛む。


高熱の、燃え盛る炎を叩き付けられたのだーー恐らく、背中は火傷でとんでもない事になっているだろう。


右肩から背中、そして背中から全身へーー。

身体中に広がる痛みに思わず目が眩みそうになるが、しかし、それでも逃げなければいけないのだ。


生きる為に。


今立ち止まれば火傷では済まされないだろう。

そう、痛みを感じるということは、まだ、光流が生きているという証拠でもあるのだ。


光流は、地面に倒れ込んだ姿勢のまま、這って逃げようとする。


余りに無様ということなかれ。

これも全ては生き残る為。

光流は、今、必死なのだ。

形振り構ってなどいられなかった。


しかし、無情にもその無防備な、焼け爛れた無惨な背中に向かい、再度、非情の鞭が降り下ろされる。


瞬間ーーー


「お嬢さん。貴女にはこの様な野蛮な物よりも、花束の方がとてもよくお似合いですよ」


余りにこの場にそぐわない、ジョークとも呼べないジョークの様な・・・甘ったるい台詞を、やはりその砂糖を煮詰めた様な甘い声で飄々と言ってのけながら、夜叉丸が立ちはだかった。


光流に向けて撃ち放たれた業火の鞭が、夜叉丸に向けて、勢いもそのままに叩き付けられる。


しかしーーー


「残念ですが」


夜叉丸が口を開くと同時、彼の握っていた直刃の刀の、その刃が蛇腹の様に何節もに分かれるとーーまるで蛇が獲物を絡め取るかの様に炎の鞭をその刀身で巻き取ったのだ。


「私には、この様な玩具は通用しませんよ?」


可愛らしいお嬢さんーー。


そう告げるが早いか夜叉丸は炎の鞭を巻き付けた刀を勢いそのままに、強く自らの方に引き寄せる。


「きゃぁっ・・・?!」


先程まで見せていた憤怒の形相が一転ーーやはり力では男性には敵わないのか、少女は強く引き寄せられると同時、たたらを踏むと、今までの所業には似合わぬ位可愛らしい、小さな悲鳴を漏らし、バランスを崩して倒れ込む。


「やった!僕、チャーンス!!」


瞬間、その頭上からーー少女の脳天目掛け、短槍を構えた蜘蛛丸が一直線に落下する様に襲い掛かる、が、少女はなんとか飛び退いて刃を紙一重で躱すが、穂先は僅かに彼女の頬を掠めたらしく、その白磁の様に白い肌を真っ赤な鮮血が伝っていた。


その血を、御嬢様然とした見た目にそぐわぬ粗野な仕草で手の甲で拭うと、それでもーーー依然として殺意・闘志共に冷めやらぬ瞳で目の前の光流達を見詰め、呟いた。



「・・・・・わたくしは、負ける訳にはいかないのよ・・・」

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