Ⅱ-Ⅱ

「おおっ、美女!?」


『貴様はそれしか考えていないのか!? 言いたくはないが獣なのか!?』


「ええ、理性的な獣ですよ! んでどこから――」


 視線を左右に振っていると、木々の間に人影が映った。線の細い、明らかに女性と思われる影である。恐らくは悲鳴の発信者だろう。


 ならば物語のように、颯爽と助けてやらねばなるまい。


「行ってきます……!」


『お、おい待て!』


 待ちません。

 繰り返される静止を無視して、俺は木々の間を突っ走る。住み慣れた獣だろうと、離れないようにするのが精一杯の速度で。


 危機の場に辿り着くまでは数秒。

 敵を見定めたのも、その時だった。


「ふん!」


 蹴散らすまではほんの一瞬。

 愛用している槍の切っ先では、一匹の大蛇が串刺しになっている。大の大人だろうと一飲みに出来そうな、巨大な蛇が。


「でもま、脳天ぶち抜かれりゃあ誰だって同じだろ」


 もはや痙攣するしかない蛇の頭蓋。そこを、槍の矛先が貫いている。

 鈍っていない自分の腕前に関心しながら、俺は近くで倒れている女性に目をやった。――よし、紛れもない美人である。


 身に纏っているのは、アテナと似た白い上着。頭には植物の枝や蔦、花で作られた冠を乗せている。


 突然の出来事に混乱しているのか、彼女は口を開けたまま固まっていた。

 しかし時間が経過するのに合わせて、生来持っているんだろう、理知的な表情が戻ってくる。


 男に対して愛想を振りまくというより、その立場を影から支える女性の印象。


 一方、胸元に寄せられた布はしっかりと谷間を作り、男の欲望を誘うだけの魔力がある。いろいろな意味で、射止めることが出来れば男を幸せにしてくれそうな女性だ。


「大丈夫か? お嬢さん」


 それでも冷静に、俺は倒れた彼女へと手を差し出す。


 にしても本当に美人だ。ヘルミオネに勝る女はいないと確信していたが、目の前にいる彼女は肩を並べることが出来るんじゃないか?


「――」


 何を思ってか、美女は俺の顔をじっと見つめている。甘い吐息を、ゆっくりと紅い唇から零しながら。


 もしや一目惚れでもされたか? わずかに赤面までして、誘っているとしか思えない。

 無論、


「空気の読めねえやつらだな……」


 周囲から続々と現れた影を、見逃せる筈はなかったが。

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