こぼれ話

初夜の作法は妻の心得です!?

 一連の出来事から無事にオルフェリアはアルンレイヒへと戻ってきた。

 現在オルフェリアはトルデイリャス領の実家で過ごしている。フレンはずっと留守にしていたファレンスト商会のミュシャレン支店に戻り、仕事に勤しんでいる。オルフェリアが領地にとどまっているのはルーヴェで行われる結婚式の支度をすることと、バステライドがオルフェリアの婚約破棄をミュシャレンで大々的に報じさせたため、要らぬ好奇の目から隠すためだ。


 結婚式は来月十一月の初めにルーヴェで行われる予定だ。というかもうあと二週間後だったりする。

 やたらと長かった婚約期間の割に結婚式の準備が超特急なのは、長かった婚約期間のうちの大半が偽装婚約だったからで、想いを通わせた途端にフレンがこれ以上待てるか、と宣言したからだった。

 オルフェリアもフレンと同意見なので十一月といういささか結婚式日和とはいけない秋も深まった季節だろうと関係なかった。


 大切なのはフレンと早く一緒になることだ。


「ええと、リネン類はこれだけで足りるかしら」

「ええ。これだけあれば不足はないでしょう」

「ミュシャレンに置いてある荷物はもうすぐ叔母様と一緒にこちらにやってくるのよね」

「ええ。その予定です」

 オルフェリアは着々と用意されていく花嫁道具の目録を確認していく。


「フレンは身一つでおいで、なんて言いうけれどそういうわけにもいかないものね」

「当たり前でございます。お嬢様はメンブラート伯爵家の令嬢でございます。それに見合ったお仕度というものございます」

 オルフェリアの言葉に厳かに相槌を打ったのは家政頭であるシュトナーゼ夫人だ。

 結婚式が現実味を帯びてきてオルフェリアの身辺も何かと騒がしい。


「食器類や銀器なども届いておりますが」

「わたしとフレンはしばらくはミュシャレンに住むし、彼の屋敷には一通りそろっているもの。銀器も持って行く必要あるのかしら」

 オルフェリアは首をかしげる。

 食器類などは父が手配をしてくれたものだ。


 と、そこへ使用人の少女がやってきた。

「お嬢様。ファレンスト様から贈り物が届いております。銀食器と、陶器の食器類や水回りのお仕度品などです」

 オルフェリアはシュトナーゼ夫人と顔を見合わせた。


 二人して部屋から出て、贈り物を運び入れた部屋へ向かった。

 部屋の中で見分をしていたのはなぜだかリシィルだった。一緒にマルガレータを抱いたエシィルとエルメンヒルデもいる。


「なんていうかフレンはそつがないね。ああ、でも送り主はカルラ・ファレンストってなっているね。彼のお祖母様だね」

 リシィルが同封されているカードをオルフェリアの前に示した。

 オルフェリアはみんなに促されるように、荷物の包みをほどいて中身を改めていく。確かに中身は銀食器だった。

 正式な晩餐会が開けるよう、前菜・スープ皿、ソース入れなど一通りのものがそろっている。曇り一つないぴかぴかのものだ。


 エルメンヒルデはうっとりため息をついた。

「さすがはファレンスト商会ですわね。とても美しいですわ。この細工はおそらく、南のレイティス公国製だと思いますわ。お目が高いですわね」

 さすがは淑女中の淑女であるエルメンヒルデは物知り、というか目利きである。


 アルンレイヒよりも南に位置するレイティス公国は昔から銀細工が国の主力産業になっている。国に銀鉱山を抱えているのだ。

 他の箱には遠い東方の国から取り寄せたような、精緻な模様の描かれた焼き物の食器が納められている。


「なんだか、わたしお嫁に行くのに、先方でいろんなものを用意してもらって悪いわ」

「まあ。よろしいじゃありませんか。もらえるものはもらっておけばいいのですわ」

 おおよそ公爵家の嫁の発言とも思えないようなちゃっかり発言にオルフェリアは目を丸くした。

「そうだよ」

「そうだわ。そんなに気兼ねするのならわたしが育てた鶏ちゃんたちを嫁入り道具につけてあげる」

リシィルとエシィルも追随する。


「コ、コケー」

「まあ、マルガレータったら。あなたは駄目よ。わたしとずっと一緒なの」

 エシィルがいつもと同じようにマルガレータに合いの手を入れる。

 エシィルの気持ちはうれしい。しかし、鳥はいらない。


「お、お姉様のは、その思いだけ受け取っておくわ」

「東の砂漠地帯ではね、花嫁さんは鳥や羊を持参金代わりに持って行くのよ。あなたも遠慮しなくていいのに」

「いや、遠慮するし」

 オルフェリアは丁重にお断りをした。

「まあ、鶏と一緒だなんてしばらくごはんに困らなさそうですわね」

 エルメンヒルデがにっこり言うものだからマルガレータがエシィルの腕の中でばさばさと大きく動いた。


「ほんとうね」

「じゃあ今日の夕飯は鳥にしようか」

「コケー」

 双子姉妹が悪ノリをしたからマルガレータはますますそわそわしだす。


「……四世も気苦労が絶えないわね」

 代替わりをしてもマルガレータの気苦労は変わらないのだ。

 オルフェリアは心の中でマルガレータ四世に同情した。


 オルフェリアは気を取り直してシュトナーゼ夫人に声をかけることにした。貰ったのはオルフェリアなのだから、自分が采配をしないといけない。

「じゃあ、今日届いた道具たちも一緒にルーヴェに送る手配をしておいて頂戴」

「かしこまりました」

 シュトナーゼ夫人はお辞儀をして、部屋に備え付けてあるベルを鳴らす。

 使用人を呼んで運ぶのだ。


「結婚するのってお金も手間もかかるよね」

 しみじみ言うのはリシィルだ。

「わたしのときはそんなにもかからなかったわ」

「ま、あのときはセリシオが急がしたからね。うちも借金で大変だったし」

「早くわたしと一緒になりたかったのですって」

 エシィルは会話の端々にのろけを組み込む。

「でもお父様がみつかって、それじゃあよくないからエルお姉様の分も今更だけど用意するっておっしゃっていたじゃない」


 バステライドはディルディーア大陸に戻ってきて、伯爵家に残していった借金分をきちんと返済した。

 おかげで伯爵家の財政はだいぶ持ち直した。フレンの力を借りなくても資金くらいお父さんがなんとかするから、とバステライドは妙な対抗心を燃やしている。


「今更過ぎる気もするけれど、子供たちも生まれたし産着や布製品は何枚あってもいいものね。お言葉に甘えることにしようかと思って」

 エシィル初めての子供は男女の双子だ。

 今は屋敷の上の階にある子供部屋でお昼寝中である。

「あと準備するものは届いていますの?」

 エルメンヒルデがこっくりと首をかしげた。


 彼女はオルフェリアがトルデイリャス領に戻ったと聞きつけてこちらに駆けつけてくれたのだ。到着したのは三日前である。

 しばらく伯爵家に滞在をして、彼女もルーヴェに向かうことになっている。

 結婚式に出席してくれるのと、彼女の実家はフラデニアの公爵家であるため出産まで実家に戻るというのだ。


「はい。夜着や下着類なども届いています」

「まあ、ぜひ見せていただきたいわ」

 エルメンヒルデが興味を示したので一同は部屋を移動した。


 女性はフリルのたくさんついた衣装に目がない。オルフェリアの花嫁道具の大半はトルデイリャス領で用意をしている。

 花嫁道具は実家とゆかりのある土地で用意するべきだという慣習が残っているからだ。


「うわ。ふりっふりだね」

「まあ、可愛らしいですわ」

 リシィルとエルメンヒルデの感想は真逆だった。

「ちょっと、可愛らしすぎると思うんですけど」

「あら、初々しい花嫁さんですもの。このくらいが丁度いいんですわ。わたくしは二年ばかり使う機会がありませんでしたけれど」

「……」


 エルメンヒルデはあっけらかんと言うが、彼女は去年の年末夫が迎えに来るまで王都で自由を謳歌していたのだ。ここの夫婦は仲がいいのか悪いのか、オルフェリアにとって謎である。エルメンヒルデは常時にっこり飄々とした態度なのだ。

 お姉様の側にいるためにアルンレイヒ人と結婚しましたの、なんて臆面もなく言いのけてしまう人なのだ。政略結婚で一緒になったアルフレイドとうまくいっているのかいないのか、掴み切れていない。

 現に今だって彼女は少数の使用人をお供に一人で自分の嫁ぎ先の領地からトルデイリャス領にやってきた。


「にしてもほんとうに新婚仕様な夜着だね」

 リシィルが少しだけ呆れた声を出す。

「あら可愛らしいじゃない」

 リシィルの突っ込みににこやかに返すのはエシィルだ。

「でもさあ……あからさまというか」

 リシィルはなにか不満げだ。

 オルフェリアも用意された夜着については物申したいことがあった。


「わたしよくわからなくて。今まで後ろボタンだったのに、どうして用意されているのが全部前空きだったりリボンだけがついていたりするのかしらって」


 オルフェリアの質問に三人はしばらくの間沈黙した。

 三人はそれぞれ目線で会話をする。

 沈黙の最中マルガレータが「コケッコー」と鳴いた。エシィルがぎゅっと強く抱きしめたからだ。

 オルフェリアはそんな三人を見て、何かまずいことでも聞いたかと困惑した。


「そりゃあ、なんていうか」

「そうねえ……」

「結婚ですものね」

「え、だからどうして?」

 三人は一様に歯切れが悪い。


「あらいけない。そろそろ双子たちの様子をみに行かないと」

「あ、じゃあわたしはフレイツと乗馬をしに行こうかな」

「わたくしも午後の運動の時間ですわ。妊婦は定期的に体を動かすことも必要なんですわよ」

 三人それぞれ銘々に用事の内容を言ってそそくさと部屋から出て行ってしまった。

 オルフェリアは訝しむ。

「そんなに、変なこと聞いたのかしら」


 一人取り残された部屋でオルフェリアは改めて夜着を広げた。

 薄い青色や桃色をしたそれらは繊細なレエスが縫い付けられている。クルミボタンは前衣に取り付けられていて、機能性抜群である。しかもなぜだか上から下までボタンがついているのだ。全部取り外すとガウンのように前がはだける。

 化粧着もなんだか生地が頼りないような気がする。

 フレンに聞いたら教えてくれるだろうか。

 オルフェリアはもうすぐ会える恋人の顔を思い浮かべた。

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