二章 メンブラート家の子供たち2

◇◇◇


 翌朝早くフレンは目覚めた。

 今年一年最後の日だ。休みの日でもフレンは朝早くに目を覚ます。これは昔からの習慣だ。伯爵家から与えられた客間は居間と寝室の二つの部屋が続きになった部屋である。


 ミュシャレンよりも南に位置するトルデイリャス領とはいえ、アルンレイヒ自体が西大陸中部に位置するため冬場の冷え込みは厳しいものがある。

 フレンがミュシャレンから連れてきた従僕があらかじめ暖炉に薪を足してくれていたおかげで寝台から抜け出しても、凍るような寒さが襲ってくることはなかった。


 フレンは窓の近くへと足を向けた。

 外は曇り空だ。遠くで鳥のなく声が部屋の中にまで伝ってくる。静かな、森の中にたたずむ城館はたしかに箱庭のようだった。


 ふと、扉の方へ視線をやると、何か白いものが挟まっているのが見て取れた。近寄って、手に取るとそれは封筒だった。

 中を開けて便箋を取り出した。


『話したいことがあるから、中庭の先の、森で待っています』


 簡素な文章の後ろにはオルフェリア、と記されていた。

 話したいこととはなんだろう。フレンは内心首をかしげた。


 彼女の実家滞在二日目。昨日はお互いにぼろを出さずになんとか乗り切ったと思う。数か月恋人のふりをしてきて、二人とも息が合ってきているようにフレンは思う。

 相変わらずオルフェリアは可愛くないことを言うこともあるけれど、フレンは彼女のそんなところも可愛いと思うようになってきた。個性だと認めてしまえば内心面白がっている自分がいる。

 問題があるとすれば、まだまだ恋人演技に慣れていないオルフェリアはふとした時に素になることがあるくらいだ。


 頭の中でオルフェリアのことを思い浮かべながら、フレンは忙しく手を動かして身支度を整えていく。

朝早くから呼び出しとは。外は冷えるだろうに、せめて時間くらいは書いておくべきだと思う。

 フレンはコートを羽織って、厚手の肩かけを手に持った。

 万一オルフェリアが震えていたときのためだ。


 中庭へと続く扉から外へと出て、フレンはそのまま早足で中庭の先に広がる木立へと向かっていった。木立を抜けるとカリティーファが手塩にかけて育てているハーブ園がある。そこを超えるとあとは森が広がっている。

 その先にはいくつか離れの建物があるとのことだったが、そんなに離れた所にはいないだろう。


「オルフェリア?」

 何か、黒いものが視界を横切ったような気がしてフレンは小さな声で婚約者の名前を呼んだ。


 しかし、それに対する返答は何もない。

 フレンはそのまま森の中へと足を踏み出した。

 森とはいっても下草が刈り取られた、きちんと手入れの去れた森である。

 うっそうと茂った原生林とは違い、光がフレンの足元まで差し込んでいる。

 ガサっと音がした。


 そちらの方に目をやれば、黒髪と白いドレスを着たオルフェリアが森の奥へと進んでいくのが確認できた。

「オルフェリア、どこへ行くんだ」

 フレンの問いかけに、またしても返事はない。


(自分から呼び出しておいて、一体なんなんだ?)


 何が目的なのか。話したいこととは何なのか。フレンは訝しながらも、オルフェリアが進んでいったであろう方向へと迷わず進む。

 大体、朝とはいえ、女の子一人で森の中をうろついていたら危ないではないか。もし誰か悪意を持った人間が入り込んでいたらどうするつもりか。

 フレンはそのままずんずんと森の中へと進んでいった。

 黒髪の少女は森の奥へと進んでいく。


「オルフェリア、どこへいくんだ?」

 立ち止まって、名前を呼んで、足を踏み出して。

 何度か同じことを行っていたその時である。

 何かが足首に引っかかった。


「え、って……。うわぁぁぁぁ」


 一体何が起こったのか。フレンは太い縄で編まれた編みの中にいた。

 太い木に巻きつけられたロープが上から垂れ下がっている。その先に網がつながっており、その中にフレンはいた。

 まるで網にかかった魚である。もしくは罠にかかった熊か。


(獣用の鉄製の罠じゃなかっただけましか……)


 仕掛けを踏むと鉄製の仕掛けが足を挟む、あれである。フレンは自分で想像した光景に肝を冷やした。

(それにしてもどうしてこんなところに罠があるんだ?)

 母屋からそう離れていない森の中である。通常、このような仕掛けはもっと離れた森の奥深くに張るものでないのか。人間のすぐ近くに熊や鹿などが近寄ってくるとは思えない。


 フレンは手元をさぐった。

 ほんの散歩ついでに外へ出ただけだったから、役に立ちそうなものなんて何も持っていない。

(誰かが気が付いてくれればいいが……)

 フレンはもう一度天を仰いだ。


◇◇◇


 どのくらい時間が経っただろうか。

 がさごそと下草を踏みつける音が聞こえてきた。近い場所からだった。少なくともフレンが先ほど進んできた方向からではない。森の奥の方からだった。

もしかしたら近くに身を潜ませていたのかもしれない。


(もしかしたら、俺はまんまと一杯食わされたってことなのか)


 ほどなくして現れたのは金色の髪を頭の高い位置で一つに結わえて、馬の尻尾のように垂らした少女だった。街娘が着るような、ふくらはぎの真ん中くらいまでのスカートの上から同じ丈の外套を着ている。足元は長靴である。


「やあ、お嬢さん。朝からお目当ての獲物は捕獲できたかな?」

 フレンは悔しさを微塵も顔に出さないよう気をつけながら笑顔を顔面に張り付けた。

 フレンの余裕のある声に少女はおやっと眉を持ち上げた。


「きみは、ええと。リシィル嬢の方でいいのかな?」

「そうだよ。ふうん、もっと怒るかと思ったけど、どうしてなかなか……」

 リシィルは感嘆した。


「怒る前に状況を説明してもらうか。あと、早くここから出してくれ」

「分かった。ごめん、悪かったよ」

 ごめんというわりにはあまり悪びれた様子もなく、リシィルは少しだけ肩をすくめた。


「ほら、ね。リシィル、悪い人じゃないもの。ファレンストさん」

 別の木の陰からエシィルが出てきた。

「はいはい。……クレトー、悪い、ちょっときてー」

 リシィルはエシィルに返事をしたあと、森の奥の方へ向かって大きな声を出した。


「昔、親戚の男の子に罠をけしかけたらとっても怒ったのよ。今でもリシィルと犬猿の中なの、その子」

「ああ、あいつは二度とうちには来なくなったな」

 エシィルの言葉にリシィルが相槌を返した。

「きみたち、いつもこんなことをしているのか?」

 フレンは呆れて口を挟んだ。いい年して子供じみたいたずらだ。


「普段はもっぱらリュオン相手だけどね。この森はわたしの遊び場なんだ。色々と仕掛けてあるよ」

「色々って……」

 そんなことを話していると、森の奥から巨体が現れた。

 薄手の上着をひっかけただけの青年だ。森番か何かだろうか、茶色の髪は短く刈り込まれている。


「クレト、縄切って上げて」

「へい、お嬢」

 クレトは野太い声で応えてから、ナイフを取り出し縄を切った。

 フレンは久しぶりに地上へと降り立った。


「この手紙は偽物?」

 フレンは懐から部屋の扉に挟まっていた紙きれを取りだした。

「まあね。でも、筆跡でばれるかな、って思ったんだけど。だまされるものなんだね、婚約者なのに」


 今度はフレンが黙り込む番だった。

 実はオルフェリアの筆跡を知らないフレンである。日ごろの連絡事項はアルノーやミネーレに言づけることが多く、手紙をかわす習慣などない。


「オルフェリアは、あまり筆まめじゃなくてね」

 フレンはとりあえずここにいないオルフェリアのせいにした。

「ああそれは言えてる。彼女ミュシャレンに行ったきり手紙全然寄こさないし。たまに届いたと思ったら簡素な一文のみ、とかだし。へえー婚約者さん相手でもあの調子なんだ」

「で、手紙でまんまと呼び出された私はきみたちの潜む罠にかかったというわけだ」


 フレンは一応事実確認をした。

 もちろん口調は嫌味たっぷり、だ。

「リュオンってつけ毛をつけたらオルフェリアそっくりだろう?」

「後ろ姿だけだったからわからない」

「まあ、そういうことにしておくよ」


 そういうこともなにも本当のことなのだが、リシィルはにやにやと笑ったままだ。

 年下相手にそろそろ本気で怒っていいか、フレンは考える。

「リルもあんまりまぜっかえさないの。ファレンストさん、ごめんなさいね。オルフィーの旦那さんになる人だもの、わたしたちと気が合う人がいいなあって、ちょっといたずらしちゃったの」

 エシィルがリシィルの頭を押さえた。半ば強制されてリシィルは頭を下げた。


「それで、私はきみたちの試験に合格できたのかな?」

「うふふ。それはあとのお楽しみよ。さあ、帰りましょう。朝ごはんにスープを用意してもらっているのよ」

 その一言で四人は屋敷に向かって歩き出した。


 フレンはリシィルの方に視線をやった。

 まさかこんな幼稚ないたずらを仕掛けられるとは思っていなかったフレンは、オルフェリアが以前言っていた言葉を思い出した。


 失踪した父の代わりに姉が晩餐会にでればいいのに、とぽつりと漏らしたとき彼女は即座に首を横に振った。

 たしかに、こんなとんでも姉妹が王宮に突撃しようものなら、色々と大変なことになるかもしれない。彼女らの口ぶりからすると、この手の悪戯は日常茶飯事のようだからだ。

 まるでどこかの小説のようだ。新しくやってきた家庭教師がどんな人間か試そうと兄弟があの手この手のいたずらを仕掛ける。


「まさか、オルフェリアにも同じことをしていないよね」

「最後にオルフィーが罠にかかって宙づりになったのってあの子がいくつの時だっけ……」

 平然ととんでもない答えが返ってきた。

「昔はカリストによく怒られたわね。そういえばリルったらオルフィーのこと池に落としたこともあったわねぇ」

 エシィルが懐かしそうに言い添えた。


「なんだって!」

 フレンは険しい顔をリシィルに向けた。


「うわ。エルったらそれは言っちゃ駄目なやつだから! ……ふうん。そんな顔するんだ。オルフィーのこと好きなの?」

「あたりまえだろう」

 リシィルが不思議そうに問うてきたから、フレンは即答した。

「ふうん……。ま、あの子顔はとびきり可愛いからね。顔だけで選んだって言ってもわたしは驚かないし、そっちのほうが納得」

 リシィルはじろじろとフレンの顔を眺めまわしてきたから、フレンは落ち着かない。


「彼女は確かに綺麗だけど、中身もとびきり可愛いと思うよ」

「へえ……。どのへんが?」

 フレンの半分やけくそな反論にリシィルが食いついた。


「手をつなぐとすぐ赤くなるところとか、夜会で踊っている最中に人の足を踏みつけよう虎視耽々と狙ってくるところとか」

 可愛くフレンに甘えてくるところ(脚本生)などと答えるつもりが、気がつくと、つい本音で応えていてフレンは内心たじろいだ。

「あっはは。オルフィーらしいね。顔の表情はあんまり変わらないけど、はっきりした子だろう」

 フレンの答えにリシィルは腹を抱えて笑った。


「そこが可愛いと思うよ」

 こうなったら自棄である。いまさら可愛く甘えてくるとも言えずにフレンはそのまま続けた。

「そうそう、決闘受けてくれるよね」

「あれ、本気だったのか」

「もちろん。リュオンはやると言ったらやる子だよ。面白そうだし、やろうよ決闘。婚約破棄したくないだろう?」


「なんですか、決闘って?」

 リシィルの決闘の言葉にクレトが興味を示して口を挟んだ。

 リシィルはクレトにかいつまんで、昨日の晩の出来事を説明した。それを聞いたクレトの瞳が輝きを増した。


「いいっすねー、決闘。しかもオルフィーお嬢を賭けて、なんて盛り上がりそうっすね」

「オルフィーはアレシーフェの街を一人で歩くこともよくあるから、街の男どもにも人気なんだよ」

 リシィルが茶化して言い添えた。

 そういう話を聞けばフレンとしては内心面白くない。


「いやあ、リルお嬢のほうが人気すごいっすよ。このあたりの男はみんな姐さんに惚れてますから」

「クレトはリルの舎弟なのよ」

 エシィルがのほほんと付け加えた。

「しゃ……」

 フレンは絶句した。従僕なら分かるが、舎弟を持っている令嬢がこの世にいようとは。


「クレト、今日の午前中にでも稽古付けてやってよ」

 フレンを抜きにして話はどんどん進んでいく。どうやらフレンの意思は関係ないようだった。決闘に参加するという方向で調整事項が進んでいく。

「私はまだ了承していないのだけどね」

「なあに、婚約者のくせに逃げるの? それとも本気にしていない? おたく、剣術の経験は?」


 リシィルの「逃げるの」発言にフレンは器用に片眉を跳ねあげた。

 別に、逃げるとは言っていない。馬鹿らしいと思っているだけだ。もとより、決闘に負けたら婚約破棄だとか、前時代すぎる。


「私も一応、寄宿学校時代に型だけは習ったよ」

「じゃあもう、ずいぶんと前の話だね」

 いちいち年齢のことで引っかかるのはフレンが狭量なだけなのか。年下相手に大人げないが、フレンはどうにもオルフェリアと自分が釣りあっていないと言われているようで気にとめてしまう。


「クレトは捕吏なんだ。彼と特訓したら、大昔のことでも思い出すんじゃない?」

 やっぱり馬鹿にされているのか。

「いいだろう。乗って上げるよ、その話」

 ここまで言われて黙っているのも癪に障る。なにより、この令嬢に理屈を振りかざしてもすべて一蹴されてしまうだろう。「オルフィーのこと、好きじゃないんだ」と。


 ときおり女性は感情論のみを正論としてかざそうとするからたちが悪い。

 別に、オルフェリアのことを嫌いだとかそういう話ではない。

 進んで見世物になる必要はない、というだけだ。


「わぁお。おもしろい余興が増えるね。さて、賭けはどっちが優勢になるかな」

「いやあ、楽しくなってきたっすねー」



◇◇◇

 フレンよりも少しだけ遅く起きたオルフェリアは食堂で朝ごはんを食べた後、屋敷の外へと出た。

「オルフェリアお嬢様、どちらへ行かれますか? ミネーレお供します」

 オルフェリアの外出を目ざとく見つけたミネーレがさっと近寄ってきた。

「わたし一人で平気よ」

「そんなこと言わないでください。わたし付添人ということになっているんですから」


 ミネーレは今日も侍女のお仕着せではなく、藍色の襟の詰まったドレスを着ていて、そのうえから薄い灰色の分厚い肩かけをかけている。髪の毛は普段よりも簡単に結わえて、くるりと頭の後方でお団子にしている。

 付添人というより、家庭教師のような雰囲気を醸し出している。


「姉上、散歩なら僕も一緒に」

 そこへリュオンまでも乱入した。

 リュオンは慌ててきたのか、彼にしては着衣にわずかながら乱れがあった。心なしかタイの結び目がいささか乱雑だ。

 一人でふらりと外へ出ただけなのに、予想外ににぎやかになってオルフェリアは内心嘆息をついた。


「それにしても、本当にそっくりな姉弟ですね。お二人とも。ミネーレ、お二人におそろいのドレスを着せたくなります」

 姉弟並ぶと鏡映しのようにそっくりだ。 

 ミネーレは両手を前で組み合わせて感激している。

 心なしか瞳が普段よりも潤んでいる。オルフェリアにとってはある意味日常になり果てたミネーレの言動だが、リュオンはなにかただならぬものを感じ取ったようで、一歩後ろへ下がった。

「こいつ……レイン姉さんと同じ匂いがする」


 オルフェリアはじゃれあう二人を放っておいて、ヴェルニ館の前庭へと歩いた。

 正面玄関の前の馬車寄せへ続く道の左右対称に幾何学模様に選定された樹木が均等に植わっている。

 季節外れの花があれば貰いたかったが、あいにくと園丁の姿はない。


「オルフェリア姉上、もし花がほしいなら僕があとで用意しますよ」

 リュオンが遠慮がちに口を挟んできた。

「オルフェリアお嬢様はお花がほしいんですか?」

「ええと……」

 オルフェリアは困ってしまって言いよどんだ。


「おい、姉上のことを何も知らないくせに、口を挟むな」

 リュオンはフレンが雇ったというだけでミネーレに対しても角の立つ言い方をする。

「リュオン、強い言い方しないで」

 オルフェリアの言葉に、リュオンは不服そうに口をとがらせた。


 オルフェリアは小さくため息をついて、けれど足は気の向くままに屋敷の横側へと向かっていく。西側には正面馬車道とは別に、主に荷物を搬入するための小道が整備されている。

 すると、男性が一人のんびり歩いているのが確認できた。

 金髪の青年だった。ややくたびれた上着を羽織っている。前髪が長いため、人相まではわからない。全体の雰囲気をみるかぎり若い男のようだ。


 ミネーレがさっと、オルフェリアの前に躍り出た。

「あれー? そこにいるのはリュオン坊ちゃんですか?」

 青年がリュオンを確認して明るい声を出した。

「……ああ」


「知っている人?」

 オルフェリアは隣のリュオンに尋ねた。

「ああ。ポーシャールっていって、フレイツとレインの家庭教師をしている男だ。僕も帰ってきてから紹介された。フレイツのところに毎日通っているんだ」

 リュオンはオルフェリアよりも数日早く帰省していたから先に紹介をされている。


「おはようございます。大学が休みなのでここのところ日参しているんですよ。ところで、そちらのお嬢さんは、もしかして噂のオルフェリアお嬢さんですか?」

 青年はミネーレの横から身を乗り出してオルフェリアをまじまじと見つめた。

 紫色の瞳をしている人間はこの界隈ではめずらしい。

「あなたはどちらさまでしょう?」

 ミネーレがにっこりと笑みを深くして青年に尋ねた。


「これは失礼しました。僕はダヴィルド・ポーシャールという者です。普段は近くの大学で研究をしています。副業でミファイサス城の資料館で学芸員をしていたり、こちらのフレイツ坊ちゃんとレインお嬢さんの勉強をみています」

「まあ、そうなんですか」

 ミネーレはまだダヴィルドとオルフェリアの間に立ちはだかったままだ。


「わたしはミネーレと申します。お嬢様の付添人ですの」

「それはそれは。いやあ、それにしてもお嬢さんとリュオン坊ちゃんは本当にそっくりですね。すぐに分かりましたよ、あなたがオルフェリアお嬢さんだと。常々お会いしてみたかったんです」

 ダヴィルドはミネーレの言葉をおざなりに聞き流して、今度こそずいっとオルフェリアの方へと進み出た。

 ミネーレの笑顔が深くなった。そして背後にまとう空気は数度下がった。


「おい!」

 リュオンが抗議の声を上げた。


「ど、どうして?」

 オルフェリアはミネーレの後ろから言葉を返した。

「そりゃあ、やっぱりメンブラート家六人姉弟全員の顔を拝んでみたいじゃないですか。一人だけ会ったことないって、なんとなくすっきりしませんし。いやあ、今日お嬢さんのご尊顔を拝めて良かったです」

 ダヴィルドは屈託のない笑顔を浮かべた。


「あ、寒いので中に入りましょうか」

 ダヴィルドはそう言いながら素早くオルフェリアの手を取った。

 ひょい、とミネーレの背後に体をずらしたのだ。

「ちょっと! あなた、失礼ですよ」

 ミネーレは抗議の声を上げた。

 良家の子女の手を了承もなしに取るなんて、なんて非常識なのか、とその目が訴えている。


「あ、お嬢さん鎧とか興味あります? トルデイリャス領はアルンレイヒの中でも独自路線を貫いていましたし、歴史的に見てもフラデニア文化が混ざっていたりと面白いんですよ」

 ミネーレの抗議をさくっと無視してダヴィルドは自身の研究分野について話し始めた。


「なんなのです、あの男! お嬢様のお手にあんなにも気安く触るなんて!」

「同感だ!」


 ミネーレとリュオンは息もぴったりに声をあげた。

 しかし、一度研究話を始めたダヴィルドはそのまま話を止めることもなくオルフェリアの手をとったまま屋敷の中へと入ってしまったのである。

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