第28話 事前会議

昨日と打って変わって、秘書官がすごく優しい。


それは良いことなんだけど、奴隷と一緒に居るときの視線が気持ち悪い。


特に半兵衛さんと一緒にいると鼻息まで荒いので少し怖いくらいだ。


朝から神経質そうなおじさんに呼ばれた。


僕はまだテンポの早い会話が苦手なのと、前回の献策けんさくの功績で半兵衛さんだけ同席が認められた。


二人連れ立っていると、秘書官が後ろから書類を持ってついて来る。


グフ、グフ言ってるけど大丈夫?


体調悪いなら休んでて。


むしろ良い? そ、そっか……




神経質そうなおじさんが泊っている屋敷にお邪魔する。


大きくて立派なお屋敷だけど、ここで戦闘があったのか玄関ホールのカーペットや壁に血の跡が残っている。


いくら立派でも、僕ならこんなところに泊まりたくないな。


広い応接室に通された。


ここは綺麗きれいだね。装飾品が金ピカ過ぎて目がチカチカするけど……


楕円形だえんけいの机の中央奥には神経質そうなおじさんが機嫌きげんよく座っている。


神経質そうなおじさんは子爵ししゃく様と呼ばないと機嫌が悪くなるらしい。


気を付けないと。


ええっと、席には子爵様と騎士が6名と僕、それに奴隷管理人が座る。


奴隷管理人は騎士爵位なんだけど、特殊な職種なので騎士には含めないらしい。


それぞれの後ろに秘書官が付いている。


なので僕の後ろには秘書官と半兵衛さんが立っている。


「この後にギレッド総隊長との戦略会議がある。何か良い策や気を付けることなどあれば遠慮なく言ってくれ」


みんなに言っているようで、半兵衛さんを見ている。


前回の献策の成功で半兵衛さんに頼りたいのが本音のようだ。


半兵衛さんが僕のそばによって、顔を耳に近づけた。


正式な場では、奴隷は貴族と直接話ができないから僕を通して話すことになると事前に聞いていたけど、近すぎて少しくすぐったい。


ダメだ、ダメだ、ちゃんと聞いてみんなに伝えないと。


「ひうっ」


秘書官が変な声を出して、みんなの注目を集めた。


「失礼しました」


鼻血を拭きながら謝っているけど、体調が悪いなら休んでて良いのに。


「あ~ コホン。この場は非公式である、誰であろうと直言ちょくげんを許そう」


うん、それが良いと思う。


僕を通しても時間がかかるだけで、伝達も正確にできるか分からないから。


「それでは失礼いたします」


半兵衛さんがうやうやしく礼をすると話始めた。


「スライン王国の辺境伯領は落としたので、次の防衛拠点は侯爵こうしゃく領、そこを抜ければすぐに王都となります」


相手国ってスライン王国って言うんだ。


奴隷だと自分のことしか気にしている余裕がないので、会話の中で国名も出てこなかった。


「最大の防衛拠点である辺境伯領は攻略したので、侯爵領を落とすのは簡単でしょう。ただ、時間をかけると他の領からの援軍が間に合ってしまいますから、ここからは時間との勝負となります―――」


スラスラと話していく。半兵衛さんの独壇場どくだんじょうだ。


「――― そのうえでガレトン王国軍は今後、戦線が伸び過ぎてしまうことによる物資不足と多方面からの攻撃を阻止するために―――」


難しいことをいっぱい言われたので眠くなってきた。


昔の僕だったら集中力がなくなって、椅子から離れていたと思う。


半兵衛さんの案は、このまま隊を3つに分け西の部隊は西の伯爵領攻略へ、中央のギレッド軍は侯爵領を、僕達はボーラル子爵が率いていた東の部隊の一部を借り受け、東の伯爵領を攻略し、3部隊はそれぞれで物資を奪い王都を目指す。


子爵様はボーラル子爵の兵を借り受けるという所に興奮している。


名実めいじつ共に一軍を預かる司令官になれるのが嬉しいみたい。


きっと、半兵衛さんが子爵様に作戦を飲ませるためのアメなんだと思う。




子爵様はホクホク顔でギレッド総隊長との戦略会議に向かって行った。


きっと半兵衛さんの作戦を自慢気に発表するのだと思う。


「アロ、私達二人は北東の森の調査に行きましょう」


解散の間際に半兵衛さんが少し大きな声で話し掛けてきた。


ええっと、大丈夫かな? 


奴隷と元奴隷の二人だけで自由に行動するなんて止められそうだけど。


「北東に逃げた辺境伯領の住民や兵士が進軍の邪魔をしないか確認しなければなりません」


騎士爵6人と奴隷管理人が席を立って部屋を出ようとしているタイミング。


だからか疑問を言える雰囲気じゃない。


かと言って、ちゃんとみんなの耳に入っている。


みんな聞いたけど反論はなかった……


絶妙なタイミング。


自分の思惑に相手を上手く乗せる話し方に、それを言い出すタイミング。


自分の意見を通したければ、何も考えずに喋れば良いわけじゃないと知れてすごく勉強になったよ。




◇◆◇◆◇◆


私の名はハーヴェイ・デル・オーブリー。


いえ、今は名実ともにアロの奴隷であるハンベイです。


過去の名は捨てました。もう、不要なものです。


アロも強引なところがありますね。


せっかく戦場奴隷から解放されたのに、私のために力になりたいなんて……


ニヨニヨしてしまった顔を元に戻せません。


気を引き締めて、義弟を救出しみんなで他国に逃げなければいけないのに。


それにしても、アロを奴隷から解放するのは上手くいきました。


これで少しは動きやすくなるはずです。


ギレッドと子爵、奴隷管理人に手柄を立てさせ、気が大きくなるように仕向けたのがこうそうしました。


もちろんアロの一騎駆けなどの活躍も大きいです。


そうでなければ奴隷解放など理由を付けて阻止されたことでしょう。


次は関羽かんう張飛ちょうひをなんとか奴隷解放したいのですが、アロ以上に難しいことが予想されます。


亜人差別が根深いので、多少のことではドワーフの解放はしないでしょう。


これはちょっと強引な方法を取らないとダメですね……




秘書官として来た女は目障めざわりです。


私でも密偵と分かるところからは優秀ではないと思いますが、アロと頻繁ひんぱんに会えなくなるのは辛いです。


解放奴隷が騎士爵になったのです。


いつ裏切られるか分かったものではないのですから、監視はきつくなって当然と思いましたが……


そこまで警戒けいかいしていないのか、人材不足でしょうか?


秘書官はおとりで遠くからベテランが見張っているという可能性もありますね。


どちらにしても頻繁に会っていれば警戒されるでしょう。


「私はお二人の邪魔は一切致しません!」


秘書官の言われた意味が分かりません。


空耳? 何かの策略?


突然奇声を発したり、鼻血を出したり…… 不気味です。


あまり気にすると術中にはまりそうなので、あえて気にしないようにしましょう。


東の伯爵はくしゃく領へ行く仕込みはできました。


あとはギレッドがどう判断するか。


ダメならば次の作戦もありますから、上手くいけば程度で考えています。


それよりも、東の森に行く算段が付いたことの方が重要です。


急いでオールソン殿と今後について話し合わないと。


――― アロ、馬の練習も兼ねますからゆっくり行きましょう。


急ぎますが、せっかくの二人っきりなので……

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