2011年の大魔術師

 うん、確かに私は魔術師だ。魔法を使える。魔法を使えるというのを言いふらすと極めて面倒だから、人には言わないけどね。で、なんだい?僕に何か用?

 うん。なるほど。地震ね。で津波。私も知ってるよ。え?埋まってる人を助けてほしい?君ね、そりゃだめだ。引き受けられない。

 血も涙もないのか?いやあるよ。私のこの真紅の真実の血で動く心臓を君に見せてあげたいぐらいだ。でもね、僕がここで人助けをするのは、良くないことなんだ。

 僕が魔術で人助けをするとしよう。僕はすごいから、多くの人を救うことができる。最初はそれでいい。人は喜び僕はそれなりの報酬や尊敬を得られる。そして、しかる後には?地震や津波は一度きり、ってものじゃない。必ず次がある。でも、もし「僕に助けてもらえる」と多くの人が思ったらどうだろうか?次の大地震や大津波まで、防災のノウハウを伝えていこうと思うだろうか?防災のための予算を十分に割り当てるだろうか?とてもそうとは思えないね。

「次もあの魔術師に助けてもらえばいいじゃないか」って言うに決まってる。そして、どうなる?僕が生きているうちは、それでもいいだろう。でも、僕だって死ぬ。魔術で延命はできるけど、いずれは死ぬ。賢者の石は存在しない。僕の救済には対価が必要だ、失伝という対価が。そして、それで苦しむのは誰だ?防災ノウハウが失伝し、僕が死んだ後の、数百年後の人々だ。埋まってる人たちも、数百年後の人たちも、みんな同じ命だ。それを今の都合で、片方を助けて片方をないがしろにしていいわけじゃない。わかったかい?だから、僕は助けないからね。助けたくないわけじゃない、僕だって名声や報酬はほしい。でも、僕はそうするべきじゃないんだ。

「むずかしいことわからないよお!おかあさんをたすけてよお!ここにおかあさんがいるの!こえだってきこえたの!できるんでしょ!たすけてよお!」

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