第10話

 俺は眼を覚ました。


 いったい今まで何をしていたのだろう。なんかよくわかんないけど正気を失っていたような気がする。


 ていうか、この状況はなんだろう。


 目を開ければ眼前に夢果がいて、どういうわけか俺は夢果とキスしていた。俺の唇と夢果の唇がくっ付いていた。


 これには驚きを隠せない。


 しばらくして、夢果は唇を離し、それから俺に微笑みかける。そして言うのだ。


「おはよう、夜刀」と慈愛に満ちた優しい顔で言うのだ。


「お、おはよう」


 おはようと言われたので、俺もおはようと言った。


 なんだかんだ言っても夢果は俺を起こしてくれるのだ。


 きっと俺は正気を失っていたのだろう。どうにかなっていたのだろう。記憶が飛んでいることを俺は自覚している。そのことを考えればやはり俺はどうにかなっていたのだ。


「ありがとう。夢果」と俺は言った。


「うん」


「俺は、お前を守るよ。俺を守ってくれたお前を」


 だから。


 俺は夢果を横へ押し退け、前へ出る。


 俺は見たのだ。夢果の肩越しにローズ=デュランがこちらへ迫ってきているのを。


 夢果を危険にさらすわけにはいけない。だから、俺は夢果を押し退け前へ出て、ローズと対決する。


 俺とローズが交差するのは一瞬だ。その一瞬ですべてが決まる。


 俺は刀を振った。ローズは剣を振った。


 刀か、剣か。どちらかがどちらかの身体を斬った。


 交差を経て、俺とローズは背中合わせに立つ。


 血が刃を伝って床にぽたり。


 ――俺の刀の刃に着いた血が、垂れて、その雫は床に落ちた。


 俺の背後でローズが倒れる音がする。


 振り返れば、やはりローズは倒れていた。腹部から血を流して。


「ぐぅう……」と痛みに呻いているローズ。俺の刀に斬られた以上、その痛みはどこまでも続く激痛だ。


「終わりだな」


 そんなことを呟いて、俺は夢果の方を見る。さっき押し退けてしまったから、少し心配だった。


「大丈夫か?」と俺が訊けば彼女は「うん」と頷いた。


 次に、灰ヶ峰椿姫の方を見る。彼女は依然意識を失っていた。近づいて、脈を計ってみると脈はあったので死んではいない。いや、死なれては困るけど。


 と――瞬間。スマートフォンが振動する。


「もしもし」


『もしもし。こうやって電話に出られるってことはもうすべて事は終えたのかな?』


 電話の相手は甘木遊楽先輩だった。


「はい。今、終わったところです」


『それはお疲れ様。灰ヶ峰椿姫は死んでない?』


「はい」


『なら、帰る手続きをしましょう。そこにいなさい。すぐにドウェインがあなたたちを天空集住地へ送るわ。準備をしておきなさい』


 そこで通話は切れた。


 夢果がこちらに寄ってきて、訊く。


「これからどうするの?」


「とりあえず帰る」


「帰れるの?」


「みたい」


 不意に、地面が輝き出す。地面を見ればそこには幾何学模様の魔法陣。


 ドウェインの悪魔・バティンの力の作用だ。どうやら俺たちは天空集住地へ帰られるらしい。


 魔法陣は輝きを放ち、俺たちはその光に包まれる。そうしてすべては光に包まれて――。


 俺たちは地上の世界を後にする。

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