第21話『好きnano差』

 沙織さんから、好きだという告白を受けた。

 しかし、それと同時にホモ・ラブリンスのメンバーであるということも明かされ、彼女を含めた数人の女性が私に好意を抱いているらしい。

 このままだと、彼女達の欲求を満たすための道具になってしまうだけだ。どうにかしてこの状況を脱しないといけない。

「痛いことなんてしないから、そんなに嫌がらなくていいんだよ。真央ちゃんを気持ちよくしてあげるから、真央ちゃんは私達に身を委ねてくれればいいから」

「んっ……!」

 口を塞がれた状態で何も反抗しないわけがないだろ! 

 私はもう、沙織さん達に“愛でられる”しかないのか? ここから逃げることしかできないのか――。

 諦めの感情が湧き始めて、視界が揺らめき始めた頃だった。

 ――ガチャ。

 部屋の扉が開いたのだ。そして、


「こっちです! 刑事さんっ!」


 扉の方からそんな言葉が聞こえた。それはとても大きな声で。そして、その声の主は――。

「あなた、一体誰なの!」

「……安藤さんのクラスメイトだよ」

 声の主はクラスメイトの成宮だった。どうしてここにいるのかは分からないけれど、彼女は間違いなく、私の救世主だ。


「理由は知らないけれど、私の……私の王子様に手を出さないでっ!」


 その声は私の知っている彼女から考えられないくらいの迫力があって。しかし、そのおかげで私を抑える沙織さん達の手の力が緩くなった。

「もし、安藤さんを傷つけたりしたら、そのときはあなた達が血を流すことになるわよ……」

 成宮は冷たい目つきでふふっ、と笑っていた。正直、今の彼女が恐くてさっきまでのことが吹っ飛んでしまったんだけれど。

 それでも、今の隙を見逃さずに私は荷物を持って部屋の外へと素早く逃げる。部屋を出ていくときの沙織さんは悲しげな表情をして、目に涙を浮かべていた。

「本当に警察が来てるのか?」

「そんなわけないよ。でも、そのくらい言わないときっと安藤さんから離れないと思って」

 なるほど。確かにあの状況の中で一番焦る言葉と言えば「警察」だろう。色々と成宮には訊きたいことがあるけれど、

「ありがとう、成宮」

「……私はただ、安藤さんを助けたかっただけだよ」

 そう言う成宮の頬はほんのりと赤くなっていた。

「どうしたんだ、成宮の声が聞こえたけれど」

 小田桐が慌てた様子で私達の所に駈け寄ってきた。

 沙織さん達に襲われかけたとはなかなか言えなかった。さっきの切なそうな顔が頭に焼き付いていたから。

「……女の人達に襲われかけたの」

「何だって! もしかして、その女の人って、安藤と一緒に来ていた月島さん……だったか」

 小田桐から名前を口にしたので、一つ頷いた。

「そうか、分かった。とにかく、2人はここから逃げるんだ。とりあえずここは俺に任せてくれ」

 真剣な表情のまま、小田桐は落ち着いた口調でそう言ってくれた。

「……ありがとう、小田桐」

「行きましょ、安藤さん」

「ああ……」

 私は成宮に手を引かれる形で、カラオケボックスを出る。空は西の方が赤く染まっていて、夕陽がやけに眩しく感じる。

 安全なところがいい、と成宮はどこかへ連れて行ってくれる。その間、私の頭の中では色々なことが駆け巡っていた。

 ――ホモ・ラブリンスの正体は何なのか。

 ――沙織さんがリーダーの『ばらゆり』なのか。

 ――何故、私を「愛でる」と指示したにも関わらず、沙織さんは悲しそうだったのか。

 分からないことだらけだった。沙織さんのことも。そして、彼女の所属するホモ・ラブリンスというグループのことも。

「ここまで来れば大丈夫」

 成宮が立ち止まったところは、誰かの民家の敷地内だった。成宮の家……なのかな。

「……驚いちゃったよね。あの時にどうして、私があの場所にいたのかって」

「あ、ああ……」

 そう、分からないことは沙織さんに関することだけじゃない。どうして、あの時……成宮があのカラオケボックスにいたのか、だ。タイミングからして、偶然、あの場にいたとは考えにくい。

「もしかして、私と沙織さんがカラオケボックスに来るのを知っていたのか?」

 私がそう推理すると、成宮は首を横に振った。

「……私はただ、ついて行っただけなんだよ。朝からずっと……」

「あ、朝から!?」

 全然気付かなかった。まさか、今日……沙織さんと待ち合わせしていたときからずっと、成宮に見られていたなんて。

「ど、どうしたの? 急に顔を赤くして……」

「……い、いや……何でもない」

 ショッピングモールでは沙織さんの勧めで色々な服を着たからな。中には沙織さん以外にはあまり見せたくないようなものもあって。それを成宮に見られていたと思うと途端に恥ずかしくなってきた。

「でも、どうして私の後をつけるようなことをしたんだよ。そのおかげで襲われずに済んだけれど……」

 成宮に感謝の意はあるけれど、私の後をつけていたと思うと、決していい気分にはなれるはずもなく。彼女の行動の理由を訊きたかったのだ。


「……安藤さんのことが好きだからだよ」


 私のことをちらちらと見ながら、恥ずかしそうな表情をして成宮はそう言ったのだ。

 好きという言葉は沙織さんと同じで。

 きっと、私に対する好意の強さだってそこまで変わりはなくて。

 でも、どうしてなのだろう。成宮の告白の方が私の心に深く響いたんだ。沙織さんよりも関わりの薄かった成宮からの方が「好き」という言葉に温かさがあるように思えた。

「体育の時に私のことを保健室まで連れて行ってくれたじゃない。あの時に安藤さんは優しい王子様だと思って。気付いたら、それは好意に変わっていて」

「そう、だったのか……」

 成宮も私が助けたことをきっかけに好きになっていったんだ。私にとっては普通のことであっても、相手にとってはそれがとても嬉しく感じるのだろう。

「恋をしているって気付いたら、安藤さんのことが頭から離れなくなって。いつも安藤さんの事を見ていたくなって、それで今日も後を付けていたの」

「そうだったんだ……」

「カラオケボックスに行ったときに小田桐君に会って。安藤さんのいる部屋から1番近くの部屋にしてもらったの。まあ、実際にはずっと安藤さんの部屋の様子を伺っていたんだけれどね」

 成宮は微笑んでいるけれど、彼女のしていることってストーカー同然なのでは。

「安藤さんが嫌がってないなら、安藤さんが他の人とイチャイチャしても許せるの。でもね、安藤さんが嫌がることや、傷つけられるようなことをしたら、その人のことは絶対に許さないって決めてるの。愛しの王子様を守るのが私の務めだから」

 ふふっ、と笑っている成宮がちょっと恐い。

 私が自分以外の誰かとイチャイチャしているのが気に入らない! というわけではなさそうだからヤンデレとは違うだろうけれど、それでも成宮からの私への愛情は相当深いものであると分かった。

「……そっか。分かった。とにかく、今日は成宮のおかげで助かったよ。本当にありがとう。成宮がいなかったらどうなっていたことか。想像してみるだけで体が震えてくるよ」

 理由は何であれ、成宮がいなかったらきっと今も沙織さん達の餌になってしまっていたと思う。彼女に感謝の意を伝える。

 すると、成宮はそっと私のことを抱きしめてきた。

「もう、大丈夫だよ。安藤さんには私がいるんだから」

 ぎゅっ、と強く抱きしめられる。

「……ありがとう。その気持ちはとても嬉しいよ。でも、その……成宮とは付き合えない。私には好きな人がいるから」

 由貴のことを追いかけたい気持ちを成宮に伝える。

 成宮は私の胸に顔を埋めたままで、顔を見せようとはしなかった。でも、ぶるぶると体は震えていて。それが今の彼女の気持ちなのだと思った。

「……そっか、分かった。でも、私が安藤さんのことを守りたい気持ちはずっと変わらないからね」

「うん。ありがとう。心強いよ」

 守りたいと言ってくれた人は梓以外では初めてだと思う。周りに避けられる経験をしてきた私にとっては、今の成宮の言葉がとても嬉しくて。温かい気持ちになった。

「ねえ、安藤さん。安藤さんのことを名前で呼んでもいい?」

「……うん、いいよ。……桃花」

「あううっ」

 桃花の喘ぎ声は私の体に気持ちよく響き渡る。そういえば、私も桃花のことを今まで名前で呼んだことがなかったなぁ。


「ありがとう、真央」


 そう言って、ようやく見せてくれた桃花はとても可愛らしい笑みだった。それはまるでお姫様のような魅力に満ちあふれたもので。

 桃花のおかげで気分も大分落ち着いて、私は桃花の付き添いで家に帰るのであった。

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