第9話『呼び出し-後編-』

 昼休み。

 例の呼び出しの手紙を持って、私は指示通りに体育館の裏へと向かった。昼休みが始まってすぐにここに来たからか、まだ誰もいなかった。

「……あそこにいて大丈夫なのかねぇ」

 体育館の角から梓が顔だけ出してこちらの方を見ていた。できれば、誰にもバレずにここに来たかったんだけれど、さすがに梓には怪しいと思われてしまったようで。距離は取りつつも堂々と私の後をついてきていた。

「相手のためにも2人きりが良かったんだけれどなぁ……」

 他の人がいては話しづらいから体育館裏に呼び出したはずだと思うんだが。……って、告白前提で考えてしまっているけれど、手紙を出しただけで誰も来ないという新手の嫌がらせかもしれないじゃないか。今、1人で突っ立っている私を見てどこかで笑っているかもしれないし。

 そんなことを考えていると、梓のいる方から黒髪の女子生徒がこちらに向かって歩いてきた。梓のすぐ側を歩いて行ったけれど、全然気付いていない様子だった。それだけ緊張しているのか、梓のステルス能力が凄まじいのか。

 黒髪の女子生徒は私の目の前で立ち止まった。綺麗というよりも、可愛い感じの女の子で第一印象では由貴と重なる部分は多い。

「あ、あのっ! 安藤真央さんっ!」

 女子生徒は顔を真っ赤にしながら私のことを呼ぶ。

「手紙通りにここに来てくれて嬉しいです。もっと、別の場所が良かったんですけど、まだ入学して間もないので、2人きりになれそうところがここしか思いつかなくて」

「そう……なんだ」

 梓にこの様子をはっきりと見られているけれど。今の彼女の言葉から、梓のことに全く気付いていないことが分かる。

「それで、私をここに呼び出して、何かあるの?」

「え、えっと……」

 元々緊張している感じだったから、今の言い方はまずかったかな。彼女、ちょっと下を向いてもじもじとしている。

 ちらっと梓の方を見てみると、梓は真剣な表情でこちらの方を見ていた。そ、そんなに気になるのかねぇ。

「あ、あのっ! 安藤真央さんっ!」

 二度目だな、そんな感じで名前を呼ばれるの。

 彼女は少しずつ溜めていた勇気を解き放つように私のことをしっかりと見て、


「あなたのことが好きです!」


 とても大きな声で私に向かってそう言ってきた。

 生まれて初めて受ける告白は女の子からだった、か。それはとても胸に来るものがあって、今までに経験したことのない感覚が体を包み込む。

 彼女はとても可愛くて、誠実そうだ。

 でも、そう思うときにはいつも由貴という私の好きな人がいて。彼女は由貴と同じように可愛くて、由貴と同じように誠実そうで。そう思ってしまう私の気持ちは決して揺らぐことはなかった。


「ごめん。私には好きな人がいるから。君の気持ちには応えられない」


 付き合う可能性があるのは由貴以外に考えられないから。その想いは彼に恋心を抱いた瞬間から変わっていない。

「……そっか。それじゃ、仕方ないね」

 女子生徒は儚げな笑みを浮かべていた。それは悲しい表情よりもよっぽど悲しく見えて胸が苦しくなった。

 そうだ、女子が私に告白したんだから、あのことを訊いてみよう。

「……1つだけ、訊きたいことがあるんだけれどいいかな」

「うん、なに?」

「君はホモ・ラブリンスっていう団体に参加しているのかな。同性愛推進グループらしくて、中高生に人気らしいんだ」

 私にくれた手紙も、ホモ・ラブリンスの助言で出したんじゃないかと思って。彼女の緊張した様子を見たら、加盟していなくとも相談している可能性がありそうだったから。

「……ホモ・ラブリンス、か。あそこに相談しようかな、って思ったけれど、思い切りも大事だと思って。手紙を出したのは自分で決めたこと。まあ、実際に安藤さんの前に立ったら凄く緊張しちゃったけれど」

「……そっか。分かった、ありがとう」

 全ては自分の判断で動いたってわけか。

「安藤さん、ホモ・ラブリンスのことを訊くってことは、安藤さんの好きな人って女の子なの?」

「そう思っちゃうよね。まあ、とっても可愛い子、かな」

「へえ、そうなんだ」

 可愛いということに偽りはないからな。このくらいにぼかしておいていいだろう。でも、女の子でなくて可愛い子で由貴だとバレる可能性もありそうだけれど。まあ、言ってしまったものはしょうがないか。

「じゃあ、私は教室に戻るから」

 そう言って、私は教室の方に戻っていく。

 その途中、体育館を横切るときに見えた梓のほっとした様子がとても印象的だった。

 あと、これは不確かなことだけれど、今の体育館裏でのことを梓ではない誰かに見られたような気がしたのであった。



 呼び出しについても無事に終わって、これで平穏に週末を迎えられそうかと思ったら、それはちょっと難しい模様。

 5時間目と6時間目の間の休み時間、私の筆箱の下に再び二つ折りの紙が置かれていたのだ。


『放課後、円加川の橋近くのベンチに来てくれ』


 また呼び出しか。

 今回も手書きだけれど、その字はとても綺麗で力強い。差出人は男子である可能性が高そうだな。

 昼休みのことがあり、しかも本日2回目なのでどうしても告白の可能性を考えてしまう。まあ、仮にそうだとしても私が付き合うのは由貴だけって決めているから、その決断が覆ることはないだろうけれど。

 差出人が誰なのかは気になるけど、きっと待ち合わせ場所に来るだろうと信じて、探るようなことは一切しなかった。



 放課後。

 呼び出しの通り、私は円加川の橋近くにあるベンチに来た。まさか、由貴と会う以外の理由でここに来るなんて。

 そして、昼休みの時は違って、今回は既に差出人らしき人間が立っていた。そいつは私が知っている生徒だった。

「こんなところに呼び出してすまなかったな、安藤」

「気にしなくていいよ。昼休みにも同じようなことを経験しているからな、小田桐」

 差出人の正体は、クラスメイトの小田桐蓮おだぎりれん。由貴の後ろに座っている茶髪の超イケメン君である。

 小田桐が私のことを悪く言っているという話は聞いたこともないし、きっと評判通りのいい人間なんだと思う。おまけに男女問わず人気がかなり高い。クラスでは一番じゃないだろうか。1年3組の王子様のような存在だ。

「単刀直入に訊こうか。こんなところにわざわざ呼び出して何の用かな。2度目となると前振りみたいなものが嫌になるんだ」

「……そっか。まあ、俺もすぐに本題に入ろうと思っていたから」

 そして、彼の持ち前の爽やかな笑顔から一変して、真剣な表情へと変わる。そして、私の目をしっかりと見つめ、


「……好きなんだ」


 小田桐の放ったその言葉は春の温かな風に流されることなく、私へと確かに届いているのであった。

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