第1話『春麗』

 4月6日、月曜日。

 今日はこれから私が通う、私立ゆかり高等学校の入学式の日。今日から高校生活が本格的に始まるんだな。

「あの子がいれば最高なんだけどな……」

「……また言ってる。もう、何回目なの?」

 小学生の時からの幼なじみであり、親友の女の子である香坂梓こうさかあずさは私のことを呆れた様子で笑っていた。

「いいじゃん、別に。言ったところで減るもんじゃないし」

「聞かされる身にもなってよ」

「そうは言っても、梓は聞いてくれるよね。そんな梓だから言っちゃうんだよ」

「う、うん……」

 梓は頬を赤くして照れくさそうに笑った。その様子がまさに女の子らしくて羨ましいほどに可愛らしい。採寸以来、2回目の制服姿だからか普段より増して可愛い。ふんわりとしたセミロングの茶色い髪と合っている。

「じゃあ、そろそろ学校に行こうか、真央ちゃん」

「そうだな」

 午後1時。私は梓と一緒に家を出た。

 空は青く、春の麗らかな日差しが心地よい。まるで私達の高校生活の始まりを祝ってくれているようだ。

「そういえば、彼女と会った日もこんな風に晴れていたな……」

「また今日も言ってる。本当に真央ちゃんにとっては運命的な出会いだったんだね」

「まさにその通りだよ」

 かっこいい男子に比べれば、可愛い女子の方がよっぽど興味がある。4月1日に出会った少女は梓に匹敵するほどの可愛さを持った子だった。私と同い年くらいの感じはしたけれど、縁高校で出会えることがあったら本当に夢物語。

「運命って1度きりだから運命って言うのかね」

「自分が運命だと思えば全部運命じゃないかなぁ。私は真央ちゃんと出会ったことも運命だったし、ここまでずっと一緒にいられることが運命でもあるし」

 梓は優しい笑顔をしてそんなことを口にする。

「……本当に梓みたいな子が側にいてくれて助かるよ」

 私だって梓と出会えたことは運命だと思っている。それだけ、梓に感謝する場面がこれまでにたくさんあったからだ。


「うわっ、暴力女ってうちの高校なのかよ……」

「高校でも荒れるんじゃないの? 真男がいるなんてこの先の高校生活不安しかないわ」


 私や梓と同じ制服を着ている生徒からわざと聞こえるように、そんな心ない言葉が発せられる。地元にある私立高校に通うんだから、こんなことを言われるのは覚悟していたけれど……やっぱり、ちょっと萎えてくるな。

 背が高くて、声も低くて、胸以外は男だって言われたこともあって。困っている人を見ると殴ってでも助けようとして。気付けば、「真男」や「暴力女」と言われるようになった。そして、そんな私のことを殆どの人が恐れたり、今のように遠くから私へ向かって悪口を言ったりしている。

「ああいうこと言うなんて、酷いよね。別に真央ちゃんは人を傷つけるためにやってるわけじゃないのに……」

「……梓さえ分かってくれば、それでいいよ」

 梓とこうして仲良くなったきっかけも、困っている彼女を助けたことからだった。中には私が助けた人と仲良くなったりするけれど、それでも大抵は私を恐れて逃げてしまう。

 だからこそ、あの日に出会った彼女は眩しかった。最後に見せてくれたとびきりの笑顔に私は惚れてしまった。

「また、会いたいな……」

「その様子だったら大丈夫そうね」

「……まあね。あとは梓と同じクラスになれればいいなって思ってる」

「……うん、私も」

 そう言うと、梓は私の手をそっと握ってきた。

「学校の近くまで、こうしていてもいいかな」

「……いいよ」

 そういえば、小学生の時は登下校のときにこうして手を繋いでいたな。でも、気付いたら手は繋がらなくなっていた。隣にはずっといるのに。あのときは何の気もなしに手を繋げていたのに、今はちょっとだけ気恥ずかしかった。もしかしたら、それが理由の1つなのかもしれない。

 あの子と手を繋ぎたいなぁ。きっと柔らかいんだろうなぁ。

「きっと、運命の女の子のことを考えているんでしょ」

「あははっ、ばれちゃったか」

「もう、手を繋いでいる人のことも考えてよ。ちょっと嫉妬しちゃう」

 梓はそう言うと、不機嫌そうな表情をして頬を膨らませた。可愛いな。

 気付けば、私立縁高等学校の校舎が見えていた。今日から3年間、この学校で高校生活を送ることになるのか。嫌味とか言われてもいいから、中学校よりもまともな高校生活を送っていきたいな。

 体育館での入学式、そしてクラス分けが発表されて、それぞれのクラスで軽いオリエンテーションという流れになっている。なので、まずは梓と二人で入学式が行なわれる体育館へと向かった。

「大きいところだね、真央ちゃん」

「うん。私立だけあって凄い」

 一つ一つが中学よりも凄くて。未だに憧れの場所だと思っているからかもしれないけれど。

「……あれ」

 新入生の座席に座ろうとしたとき、運命の彼女とそっくりな人がいたような気がした。他人の空似かな。

「どうかしたの、嬉しそうな顔をして」

「……いや、何でもないよ」

 例え、その人が運命の彼女であっても、そうでなくても。ほんの少しだけ心が温かくなったのは確かなことで。

 そして、午後2時。入学式が始まった。



 校長先生の話とか新入生代表の話はただただ眠いだけで、意識を失いかけたこともあった。高校生になっても、式典での先生の話がつまんなく感じるのは変わらない、か。

 1時間ほどで入学式は終わり、私達はクラス分けが発表されているエントランスへと向かった。私達が行ったときには既に人だかりができていて、騒がしい。

「私達は何組だろうね」

「どうやら、5クラスあるみたいだ」

 梓と一緒になれる確率も低そう、かな。

「おっ、私の名前があった」

 こういうとき、安藤っていう苗字は探しやすくていい。名簿の一番上とその周辺を見ればいいんだから。1年3組、か。

「真央ちゃん、私も3組! 同じクラスだよ!」

 嬉しそうに梓は私の手を握ってきた。ずっと私と同じクラスだけれど、こんなに喜ぶ梓を見たのは初めてかも。

「梓と一緒だから安心できるな」

「……うん、私も。真央ちゃんと一緒だから、きっと楽しい高校生活になるよ!」

「そうだね」

 私達は1年3組の教室へと向かう。

 その途中、同じ中学出身の生徒を中心に、冷たい視線を浴びせられる。何でお前がここにいるんだって言われているような気がした。そこから逃げたい気持ちになって、いつもよりも早足で歩いていた。

 けれど、そんな歩みは教室に入りかけたときに止まったんだ。


「えっ……」


 あの日に出会った、運命の彼女が教室にいたのだ。その顔を見て胸が躍った。

「あの子だよ、梓!」

 私は運命の彼女の方に指をさす。

「へえ、あの男の子か。確かに可愛いね」

「は? 何言ってるんだ、あの子は女……あれ?」

 目を凝らして運命の子を今一度見てみる。

 顔は……うん、女の子だよな。とっても可愛らしいし、近くにいる男の子と話しているときの笑顔はあの時に私へお礼を言ってくれたときの顔と全く同じだ。

 そして、問題は服装だった。

 運命の子は……男子生徒の服を着ていたんだ。

「う、嘘だ……そ、そんなことがあるわけない……」

 そうだ、眼鏡が悪いんだ。きっと、レンズが汚れているから、女の子であるはずの運命の子が男の子に見えちゃっているんだ。

 ブレザーでレンズを拭き、眼鏡をかけて再度、運命のあの子を見てみる。

「……え、えええっ……」

 あの子が男子生徒の制服を着ていることに変わりは無かった。

 何故だ! どうして、あんなに可愛い子が男子の制服を着ているんだ!

 そうだ、きっと、本来着ていた制服が何かのアクシデントで着られなくなって、それで緊急に用意できたのが、あの子が今着ている制服しかなかったんだ。きっとそうに違いない! それ以外に納得できる理由が――。

「岡本君、同じクラスだったんだね!」

 とある女の子が、そう言いながら運命のあの子のところに向かう。

「うん、高校になっても同じだね。よろしくね」

「岡本君と一緒のクラスで嬉しいよ」

「あははっ、そう言ってくれると僕も嬉しいな」

 あの、可愛らしい顔からぼ、僕だって? しかも、あの子のところに向かった女の子……岡本君って言ってた。

「ま、まさか……」

「……そのまさか、みたいだね。真央ちゃん」

「そんな……」

 女の子だと思っていた運命の子は男の子だったのかよ! 一瞬、立ちくらみを起きる。

 運命の子とこんなところで再会できたことは嬉しいけれど、胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に陥るのであった。

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