松風/水円 岳

「あなたの街の物語」コンテスト公式

松風/水円 岳

「ふうん……」


 三大松原の一つっていうから、どこが端っこか分からないほど松並木が続く開放感のある景色を期待していたんだけどなー。


 つる駅からとことこと歩き続け、やっと辿り着いたの松原の風景を目の当たりにして、わたしは正直がっかりしていた。


「なによこれ」


 わたしの第一印象は、ぼっさぼさ。解放感ていうより、うざったいって感じ。これって、どう見ても松林じゃないじゃん。はくしゃせいしょうっていうイメージからは程遠い。いやいや、入り口だけ見て判断するのはよくないよね。どれどれ……。


 きょろきょろと辺りを見回しながら、海岸線に向かってゆっくり歩く。確かに、入り口で受けた印象よりはずっとましだったけど。やっぱり、ぼさぼさという印象は変わらなかった。はっきりと砂が見えるのはてい線沿いだけ。松林の中は落ち葉と草だらけ。そして、どの松もひょろひょろで貧弱そのもの。日本画に描かれるような枝ぶりのものなんか、ほんの少ししかないじゃん。


「これで、三大の一つなのー? なんだかなー」


 写真を撮る気も起きないわ。落胆したわたしがためいきを連発していたら、竹の熊手を手にしたおじいさんがにこにこと話しかけてきた。


「いらっしゃい。松原にようこそ」

「あはは……」


 わたしが露骨にがっかりしていたのを見ていたんだろう。おじいさんは、いきなりど真ん中に突っ込んできた。


「がっかりしたかい?」

「……正直に言わせていただければ」

「ははは。そうだろうなあ」


 目を細めて薄暗い松林を見回したおじいさんは、突然怖い話をし始めた。


「ここはね、もうほとんど死にかけてる」


 えっ!?


「かつて見渡す限り広がっていた松林は、切り開かれたり、他の林に変わったりして、ここにしか残らなかったのさ」

「……」

「それだけじゃないよ。松林は、昔は生産の場だったんだ。ここで集めた松葉や枝は燃料や肥料になった。でも、今そんなもんが必要な人なんかいるかい?」

「……いいえ」

「だろ。誰も落ち葉や枝なんか使わない。それがどんどん積もると土が肥える。そうしたら、痩せ地にしか生き残れない松は退場しちゃうんだよ」


 おじいさんは、入り口のこんもり丸く茂った大きな木を指差した。


「あんな風に広葉樹が入ってきたら、松は競争に勝てない」

「……」

「それだけじゃないよ」


 今度は、ひょろひょろと鉛筆を立てたように並んでいる、か細い松の木を指差した。


「あれは戦後植えられたアカマツさ。海岸に多いクロマツじゃない。しかも間伐が遅れて、下枝が枯れ上がっちまった。頭が重くなって、風で折れたり倒れたりしやすいんだ。そうなりにくいはずの松なのにね」


 おじいさんは、次々と木を指差していく。その先にあるのは葉が全部赤くなった松。


「その上、松枯れが入ってね。毎年、少なからぬ数が枯れていっちまう」

「なにもしてないんですか?」

「そんなことはないよ。営林署さんが薬剤散布してるし、枯れた木を伐り倒して運び出すのもやってる。でも防げないのさ」

「えー、どして?」

「松があるのはここだけじゃないからね。他で松枯れが出れば、虫が病気をここに運んできてしまう。いつでもね」


 うわ……。


「四方八方ふさがってるんだ。余命宣告されてる重病患者みたいなもんだよ」


 し、知らなかった。でも絶望的な話をしているのに、おじいさんの顔はどこまでもにこやかだった。


「どうにか……ならないんですか?」

「ならないよ」

「……」

「私だけじゃね」


 おじいさんが、ゆっくり両腕を広げた。それで松林を抱きしめるように。


「私はここで生まれ、ここで育った。松原は私の庭であり、私の一部、私の誇りなんだよ」

「すごーい!」

「ははは。そしてね。敦賀に住まう者で、私のように考えるのは私だけじゃないよ」


 おじいさんは、竹の熊手をわたしに手渡す。


「松を元気にするには、落ち葉きをしないとならん。その松葉にもう使い途がなくても、松を残そうとするなら手を抜けん。ちょっと掻いてごらん」


 ようしっ! 腕まくりしたわたしは、受け取った熊手で落ち葉を……う……お、重いー。うっそお!


「はははっ! きついだろ? あとで筋肉痛になるぞ」

「こんな、大変なんですか?」

「そうさ。こんなの、私一人がどんなにがんばったって出来ないよ」


 わたしの手から熊手を取り返したおじいさんが、もう一度松林を見回す。


「松枯れを防ぐ。新しい松の木を生やし、弱々しい木と入れ替える。勝手に生えてくる広葉樹や雑草を退治する。落ち葉掻きをして落ち葉や枝を取り除く……。松原を元気にするには、たくさんの人の知恵と手伝いがいる。金もかかる。しかも、誰もその結果を保証してくれない」


 厳しい……。


「勝手に生えて出来上がる松林なんてのは、もう全国どこを探してもないよ。私たちの郷土の誇り、気比の松原をこれからもずっと残していきたいのなら」


 どん! おじいさんが熊手を地面に強く叩き付け、がりがりと引っ張った。


「私たちが覚悟するしかないのさ。絶対に子々孫々まで残していくんだとね」


 さわっ。海から吹き寄せる風に、松の樹脂がかすかに香った。


「いい松風だ」


 鼻をひくひくさせたおじいさんが、頭上の松緑を見上げる。


「最近、松原の再生事業が始まったんだ。林に手を入れるから、毎年表情が変わる。その途中の姿は、あなたの思っている松原のイメージとは大きく違ってるかもしれないね。でも……」

「はい」

「きっと、よくなる。いや……よくする」


 おじいさんは、熊手をひょいと担ぐとにこやかに歩き去った。


「そいつを、また見に来てな」


 ぱしゃっ。わたしは松原の景色ではなく、胸を張って松原に踏み入ってゆくおじいさんの後ろ姿を……思わず撮っていた。

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