第31話 悪魔吊り⑥投票

「さあ、それじゃあ次の五人をボックスに入れて確認しようか」


 最初の一時間が過ぎ、次の投票時間に入るや否やあの浦島という男が先ほどと同じようにこの場にいる全員にそう指示を出し数字が後ろの者達をボックスへと移動させる。

 中には浦島の指示に不満な顔をする者達もいたが、現状あの男に従うほかはなく90番から94番までのプレイヤーがボックスに入る。

 そうしてすぐにボックスが開かれ、結果が出るが、そこに映ったのは『人間:5』『人外:0』の数字であった。


「ちっ、今回はあたりはないか。まあ、そんなすぐに悪魔が見つかるはずもないか」


 それはそうであろう。

 むしろ、先程の一発目で悪魔が発見された方が珍しい。

 とはいえ、これでは誰に投票をするべきかその判断が下せない。

 浦島もそう思ったのか少し考えるような素振りを見せるが、何かを思いついたのか最初に彼に噛み付いた男を指差し宣言する。


「そうだ、そこのお前。今回の投票はお前にしよう」


「なっ!?」


 突然そう宣言され、男は驚愕の表情を浮かべる。


「ふ、ふざけんな! なんでオレなんだ!?」


「仕方がないだろう。現状、悪魔を見分ける手段なんてない。すでにボックスで人間だと判明した連中を吊るし上げるのもどうかと思うしなぁ」


 そう言って浦島は離れた位置にいる紅刃お嬢様や陸達を見る。

 無論、そのようなことで感謝をするようなお嬢様達ではなく、むしろそんな浦島を侮蔑するようにお嬢様は眺めている。


「それにお前、最初にオレに突っかかってきただろう? 人がお前らを引っ張ってこのゲームを無事にクリアしようってのに輪を乱すような奴をこの先、生かすのはどんなものよ? つーか、お前が実は悪魔なんじゃねえのか?」


「はあ!? ふざけんな! てめえ、さっきから聞いてれば勝手なことばかり言いやがって!! 何が王だ! 何がリーダーだ!! お前こそこんなやり方で最後までもつものか!!」


「おい、全員聞いたな。今回の投票はそこにいる61番の男だ。全員、そいつの番号を書いて紙を破り捨てろ」


「ッ!! てめえッ!!」


 浦島によって絞首台に立たされた男は殺意にまみれた顔で彼を睨みながら、腹の底から叫ぶ。

 その目は今にも浦島に飛びかかりそうな勢いであった。

 だが、浦島の隣には先ほどデクと呼ばれた長身の顔に包帯を巻いた男が控えていた。

 仮に男が飛び出しても、そのデクという男によって返り討ちにあう。

 そうでなくとも浦島には彼のグループ五十人が付いている。

 この場であの男一人が反抗したところでどうにもならない。


 最初に浦島が言ったとおり、この場における生殺与奪は全てあの男が握っている。

 あの男に目をつけられれば、それは即座に死刑を意味する。

 それを証明するためにあの男は『生贄』として選ばれたのだ。

 いわば、これは見せしめ。

 それを証明するように浦島の背後にいた連中はただ黙々と手に握った紙に何かを書き、それを破り捨てていく。


「ッ、ちくしょうッ!!」


 もはや自分の死が避けられないと知った男は悔しさのあまり地面を蹴り飛ばしながら紙を握り締め、部屋の奥へと逃げる。

 この場にいる以上、どこへ行こうとも逃げられない。

 それでも最後くらいはと男は手に持った紙に憎しみの念を込めながら、何かを殴り書いている。

 おそらくは、いや間違いなくあの浦島の番号なのだろうが。

 それが意味を持つことは決してないだろう。


 そうして浦島の宣言から一時間。

 誰も、何も口を開くことはなく、運命の時間が訪れる。


『はぁい! というわけで二時間経過でーす! 今回は時間までに誰も死ななかったので投票による死刑を行いまーす!』


 この場にいる全員に響く声。

 明らかにこの状況を楽しんでいる悪魔の声にほとんどの者が顔を歪める。

 そして、先ほど浦島に死刑を宣告された男はそんな悪魔の声など耳に入らないように未だに恨み募る目で浦島を見ている。

 だが、次に悪魔の口から出た言葉を聞いた瞬間、この場にいる全員がその耳を疑った。


『では、今回の死者なんと――11人でーす!!』


「……は?」


「ちょ、待て。今、なんて言った?」


「11……? それって番号じゃなく数なのか!?」


 ありえないその数字にこの場にいた全員が戸惑い声を出す。

 そんな彼らをあざ笑うように悪魔は続ける。


『もちろんこれは番号じゃなく数ですよー。投票の結果、死ぬ人数は11人になりましたー。あ、ちなみに番号を言うと5番、14番、22番、27番、31番、59番、61番、63番、70番、82番、88番の人達でーす!』


「!? ちょ、待てよ!? なんでオレ達まで!?」


「どういうことだ悪魔!? 処刑されるのは一人じゃないのか!?」


 騒ぎ立てるプレイヤー達にしかしこの場を仕切る悪魔は告げる。


『いいえ、ちゃんと“ルール通り”ですよー。いちいち説明するのも面倒なので、とりあえずその11人全員退場でーす♪』


「ま――!」


 悪魔の宣言になおも何かを問いかけようとする男達。

 だがそれらは次の瞬間、まるで内部から爆弾が破裂したように一瞬でその場で霧散し、後には血によって出来た影だけが出来た。


「う、うわああああああああああああああああ!!?」


「ほ、本当に殺されたああああああああああああ!!?」


 僅かな一瞬。それこそ本人すら死んだと理解できぬ間にその11人はこの世から消滅し、あとにはそれを見ていた残りメンバー88人の絶叫が広がる。


『はあい! というわけで二時間目も無事に経過ー! あとはこれを八回繰り返せば、生き残った人達は次のステージにいけますよー! いえーい! というわけでがんばがんば! 生き残った皆も殺されないようになんとか悪魔を見つけて、そいつに投票しましょうねー!』


 そう言ってあくまでも他人事のようにこの場を仕切っている悪魔は楽しげな声のままそう告げる。

 生き残った連中の大半は何がなんだか分からないまま、ゲーム開始時よりも一層ひどい混乱の渦にいた。


「ど、どうしてだよ!? なんで11人も死んだんだ!?」


「こ、殺された十一人の票が同じだったとか……?」


「そ、そんなことがありえるのかよ!?」


「そもそもさっきの投票はあの浦島って奴の指示で61番に投票したはずだろう!? なのになんで関係ない十人が死んでるんだ!?」


「オレが知るかよ!?」


「おい、悪魔! どういうことか説明しろ!! てめえ、ゲームとか言いながら嘘ついてやがるだろう!!」


「そ、そうだ!! お前、最初からここにいるオレ達を全員殺すつもりなんだろう!! なんとか言いやがれ!!」


 阿鼻叫喚。

 まさにそう言っていい地獄の底の叫びを上げながら、このフロアに生き残った連中は叫ぶ。


 しかしそんな中、わずか数人だけがまるでこの状況を予期していたかのように静かに事の成り行きを見守っていた。

 内一人はこの場におけるキングと名乗った浦島。彼と彼の周囲に居る数人。


 そして、もう一人は――


「……やっぱり、最悪の事態になったようね」


 その状況をまるで見越していたかのように冷めた表情で見ているお嬢様――音霧紅刃。


「これは早急に見つけないと、次も同じ数の犠牲者が出るわよ」


「……どういうことだ紅刃?」


 事の成り行きを観察していたお嬢様に対し、陸がそう問いかける。


「簡単なことよ。さっきの11人の死はこの中にいるある人物によって仕組まれた罠よ」


「……そんなことが出来るのか?」


 紅刃お嬢様の宣言に陸は眉をひそめる。

 当然だ。

 この館におけるゲーム。悪魔吊りのルールは投票。それも一人一人が誰を殺すのかそれを選ぶものであって、仮にそれらを浦島のように一人のリーダーが指示したとしても同時に多数を殺すことなど不可能。

 先程の十一人にしても同時にそれだけを殺すのは全員が全員投票を合わせてしなければできないことのはず。

 それを一人の人物が意図的に仕組むことなど出来るのか?


「出来るわ」


 しかし、お嬢様は断言した。


「ある裏ワザ。反則技を使えばね」


「反則?」


「ええ。しかも厳密にはゲームのルールを破ったわけじゃない。むしろその範疇。……全くとんでもないゲームよ、さすがは地獄の悪魔が取り仕切る遊戯ね、悪辣この上ない」


 そう言って笑うお嬢様であったが、その顔は今までになく真剣であり、頬を伝う汗は今までお嬢様が流したことのない冷や汗であった。

 それを見た瞬間、陸はあのお嬢様がゲームに対し、初めて『怯え』を感じていると理解し、その背筋を凍らせるのであった。

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