第40話 試着とアイス

 明日からイベントという日の午後のことだ。

 文化祭準備と言われて、いつものように今できる準備作業が行われている。

 どうやら、クラスに被服部が2人に趣味で裁縫が得意なメンバーが揃っていたらしい。


「秋乃。どうだ!」

「あぁ、似合ってる似合ってる」

「感情が感じられねえぞ!?」


 気づけばノリノリで、仮案である服のモデルにされている隼人が目の前にいる。


「アキちゃーん。それじゃあ、空き教室に行くわよー」

「ゴー!」

「嫌だァァああ!」

「あー……どんまい」


 隼人に対して反応が鈍かった理由――俺のこの後の展開が読めていて、嫌で仕方がなかったからだ。

 空き教室にやられて、試着用ともいえるカーテンが設置されている。


「それじゃあ、最初はこれ!」

「はい……」


 それでも女子のお願いもクラスの総意も断ることが俺にはできない。心で泣きながらカーテンを閉めて渡された制服に着替える。

 カーテンあけると、目の前に全身鏡を用意されて、辛くも自分の姿を見ることになる。ただ、予想外だったのは少なくとも最初に渡されたこの服は、オーソドックスなファミレスなどで着られるものに似たウェイトレス男子の制服だったことだ。


「うぅん……やっぱり、こういうのは背が高いほうが似合うと思うのよ。他のクラスに勝つにはインパクトが足りないわね」

「でも、男装女子って需要高そうじゃない?」


 性別が逆なんですけど。今の俺は普通に男子の制服を着ている男子ですよ。


「じゃあ、次はこっち」


 次に渡されたものは学ラン。


「インパクトが薄いわ!」


 さらにどこから調達してきたのか不明のパイロット服に駅員の制服――さらには自作にしか見えない軍人っぽい制服まで着させられる。

 でも、男の制服でよかった。さすがに思春期の複雑な俺に対して慈悲や、元ある素材で頑張ろうと努力できるメンバーだったってことだな。

 俺がそんな感動を覚え始めた矢先だった。


「じゃあ次はこれ」


 特に渡されたものを見ずに、感覚だけで服を着る。そして、次の瞬間、全身鏡にうつったのは――この学校の女子の冬制服である黒セーラー服をまとっている俺の姿だった。くそ、違和感が少ない。


「ダメね。普通過ぎる」

「いつもこれで登校してるじゃない」

「してねえよ!? あと、文句言いながら写メ取るのやめろ!」

「あとで比較に必要なのよ。えっと、じゃあ次は」


 どんだけ、持ってきてるんだよというツッコミの有無も言わさずにどんどんとまたきせかえさせられていく。

 女子ウェイトレスの服、メイド服、ウェイトレス服バージョン違い、女子ブレザー、ウェイトレス服種類違い――なんかおかしくなってきてる気がする。


「ねぇ、今更なんだけど」

「なんだ?」


 西洋の図書館司書を思わせる、制服でいいのか怪しいラインのものを着せられポーズ指定されながら答える。鏡に映る俺の顔は真っ赤だ。


「なんで、教えもしてないのに着方わかるの? やっぱり女子なの?」

「お前らみたいなのにいじられ続けた人生送ってきたからだよ。もうポーズいいかな?」

「うん、じゃあ最後にこれで」


 最後に渡されたのは下はスカートだが、上はYシャツの上から更にシャツを着るようなユニフォームっぽいものだった。


「あ、結構これよくないかしら?」

「いい気がする……でも、あれもよかったし悩む!」


 話しながら相変わらず写メ取られる。そしてやっと開放された俺は帰りのHR中は机に突っ伏したままだった。


「あき、大丈夫?」


 放課後になって、覗き込むように確認してくるのは智愛だった。

 智愛は裏方担当だから、あの惨状を詳しくは知らない。


「ダメ、ゼッタイ」

「これはダメね……帰りなんか食べにいかない?」

「アイス食べたい」

「じゃあ、駅前のあそこでいい?」

「うん」


 無性に甘いものを食べたくなっていたので、智愛の誘いに乗らせてもらおう。むしろ、智愛が気を使ってくれたんだな。

 帰り道でありアイス屋までの道を歩く途中で、ふと思った。

 こうやって一緒に帰るのが久しぶりな気がする。


「ついたわよー。おーい」

「あ、お、おう」

「ほんとうに大丈夫?」

「わりと回復してきた」


 俺はバニラキャラメル味を、智愛はチョコミントを頼んで、近くのベンチに座って食べる。ちなみにここのアイス屋はカップ限定だ。コーン好きにはちと寂しい店になっている。


「んぅー、久しぶりだとやっぱり美味しい! この甘くて爽やかな感じ!」

「…………」


 なんとなく――本当になんとなく、久しぶりに智愛の行動を観察してみる。

 昔っから変わらないんだよな。こういう反応する所は――口の中ものすごい甘い味が広がってるんだけど、これこんなに甘かったっけ。


「ん? 私の事みてどうしたのよ」

「いや、別に」

「なによ」

「なんでもな――んぐっ」


 智愛にスプーンでチョコミントアイスを口の中に突っ込まれた。ミントの爽やかさとチョコとアイス本来の甘さがいい感じに合わさってて上手い。


「美味しい?」

「美味いけど」

「へーい、じゃあもらいー。……あまっ」

「めっちゃ甘いだろ」


 高校1年目でクラスが離れてしまったが、やっぱりあんまり変わらないな。こんな風にふざけ合うかんけいも――あれ、まって。今ものすごいことされなかった?

 今、智愛が食ってたスプーンをそのまま突っ込まれなかった?

 ――え?


「ねえ、やっぱりあき熱でもあるんじゃないの? 顔真っ赤よ?」

「いや、自然現象だ」

「そんな自然現象があるの!?」

「気にすんなっ! いいから、食って帰ってOAOで明日の準備済ませるぞ!」

「まあ、たしかに元気そうね」


 若干強引だが、ごまかしながらその日は家まで帰った。なんか最後の方はアイスの味なんて全然わからなくなってた気がする。

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