episode17 生死
車両は先頭車両を含めたった二両になってしまった。最後尾の二両目に侵入したものの、武装した戦闘員の姿はない。格納庫にあった銃器、特殊弾、レーション。それらは影も見当たらない。普通の列車。普通の座席。ただ、普通より速度が速いか?
炭酸が抜ける音の先に、中肉中背の男と首から鎖を垂れ下げた髪の長い女の子の背中があった。
長い鎖は地面をつたい、男の手の中に収まっていた。
単調なリズムで車内は揺れる。
「これで全部積み込み完了かな?」
背中はこちらを振り向かない。
「社長、何を考えているんです?」
「もちろん。社員の明日だ。わが社はもっと発展しなければいけない。発展には摩擦が必ず必要になる」
「だから戦争をふっかけにいくのか?」
その言葉に何か思い当たる節でもあるかのように、こちらに振り向く。
「私が知っている井上くんの話し方ではないな、ビリーくんか。お初にお目にかかる。」
「その女に何をした?」
「争いを放棄し、単調な堕落した日々を欲した会社の関係者に社会の秩序を教育してあげたのだ」
「鎖で秩序か。笑わせるな。そんなもんはただの拷問だ。」
「私は教育と言うものは徹底してやる主義でね。私の言うこと以外は聞かないように教えてあるが、立派に成長してくれたよ」
「さて」
仕切り直しとでも言いたげに目の前で手を叩くと、社長は前のめりになりながら言葉を続ける。
「君の想像通りわが社のPR活動をかねて今から過去に攻め混む。私の右腕として君に来てもらいたい。もちろん真理君も一緒だ。欲しい物はなんでも言いたまえ。こちらについてくれるなら準備しよう。」
「「ふざけるな」」
「二人同時に声をあげるとはまた器用な真似を。そんなに拒絶しなくともこちらの博士が様々な兵器を譲渡してくれてね。一瞬で型がつくと思うんだが」
「俺は欲しいものは自分で手に入れる質でな。おこぼれを貰うより自分でぶんどる」
頬が、機械か何かで釣り動かされているかのように強制的に柔らかく曲がる。
言葉の意味がうまく飲み込めず、言葉を反芻した。ようやく理解した時には体が勝手に握手をしていた。
(ふざけるのも大概にしろ。お前の体はもうこの世には存在しないんだぞ?)
(…いや、ここにある)
(お前、まさか。)
(俺は生前やり残した事が色々あってな。悪いがこの体はいただく。)
ふざけるな。巨大スクリーンに殴りかかってもむなしく拳が空を切る。その後アイツに何を叫んで罵倒しても返ってくることはなかった。
兵器と言えど仮にも女だ。血生臭い話になるから席を外させろ。
アイツのわがままに瀬良は鎖を放し、乱れた髪の真理を後部車両に移動させた。
衣服はズタズタ。泥で汚れたみたいに裾の辺りが汚い。多分、「兵器として」存在させられている。
「まず、ひとつ。武器だ。こんなちゃっちい銃じゃ蚊も落とせやしない。持ってるんだろ?よこせ」
説教でもしているのか?人差し指を真っ直ぐ上へ。前後に動かしながらやや攻撃的に言葉を発する。
「そう思って準備しておいたよ」
顎の関節が疑わしいほど口を開いた。手を突っ込み、中から取り出したのはシルバーのアタッシュケース。口から出てきた割に汚れはない。
主導権をなくした俺の目は、それを汚物でも見るような目で見ていた。
「大丈夫。私の体はワームホールと繋がっていてね。そこから無尽蔵に武器が取り出せる。さぁ。」
促されるままに体は勝手に動き、アタッシュケースの留め具をひとつひとつ外していく。
「現代の武器より君には少しアンティークな物が似合うと思ってね。ダブルアクション式と言って撃鉄を起こさなくでも連射ができる」
「予備にもうひとつだ。無尽蔵に出せるんだろ?」
巨大なゴムの塊が重量に引かれて落ちるように、また顎が大きく開かれる。
「なんだこれは?」
渡されたのは護身用の小型の銃。
「私も伝説と吟われた君の腕を見くびっている訳じゃない。これくらいにしておかないと君に足元をすくわれかねない」
「ビジネスパートナーじゃなかったのか?外交の基本はウィンウィンだろ?」
「仕方ない。」
一枚一枚衣服を脱いでいき、ついに上半身は裸になった。真っ黒なその肌はまるで冬の夜空みたいだ。
泥から木を引き抜くような音の後、丁度脇腹の辺りからぬっと二丁のハンドガンのグリップが出てきた。
「好きなのを選ぶといい」
瀬良の真ん前に立ち、グリップを握る。
「…その二だ。俺は欲しいものはぶんどる主義だ。この体も。願いも…。こんな風になぁ」
トリガーを引き抜く。暗闇のような肉体の中にうずくまる銃口。こちらからはなにも見えないけど、弾丸が放たれた振動だけが両腕に伝わった。
「今、何かしたかね?」
不適な笑みを張り付けて、瀬良は舌に弾丸をのせて出して見せた。
後ろに飛び、距離をおく。すぐ真後ろは真理がいる二両目のドアだ。
「ならず者だった君だ。いずれ裏切られることも計算してはいたが、まさかこんなに早くとは。」
「お前は言ったな。あの女は堕落へ導くと。だけどそれは違う。あの女は逆境から立ち上がり、民衆を争いのない社会へと導いた。自分で資料を集めて、自分で配った。真の怠惰とはお前のように自ら動かず、部下を騙して利用するやつのことだ」
瀬良の足元に五発の特殊弾丸が金属音をならし、めり込んだ。直後放たれた六発目で炸裂した地面から現れたのは、カプセルに冷凍保存された部下の寝顔。ガラスは白く曇っている。
「…いつから気づいていた?」
「最初。なにも加速とはいえわざわざ切り離す必要もないだろ?しばらく寝床になるかも知れないスペースを」
背負っていたウィンチェスターを一回転。銃口を瀬良に向ける。
「燃料として部下を使い、要らなくなった電池はどんどん捨てて身軽に。最終的にあの女さえいれば部下なんてたいした労力にならないもんな?」
瀬良は天井を仰ぎ、肩を上下に揺らしている。
「大体あってるよ。ただひとつだけ違う点がある」
沼からガスが溢れるように、ごぼっと言う音の後に黒い体表から無数の銃口が現れた。
「最悪私さえいれば、あの女なぞ用はない。あの女は見せしめと争いを放棄した罪滅ぼしの為に向かうのだ」
バラバラだった銃口が一斉にこちらに向かった。まるで軍艦だ。
「人間火薬庫。君と銃で対決するには、私は年を取りすぎた。だが、一千発同時に撃てば流石に勝機はあるだろ?」
瀬良の指先が赤く光り、まっすぐ伸びたレーザーポインタは俺の額を赤くしている。
「さっきのはあまり殺意が見られなかったぞ?井上君との日々に自らの本質を見失ったなら思い出させてあげよう」
ヤバい。
瞬時に踵を返し、ドアを蹴りあげ、宙を舞う。
狭い車両を体を丸め、回転しながら瀬良の頭上を越えて、運転席を背に着地。前に映画で見たことがある。子供をさらわれた仲間と共に、特撮オタクが子供を救出に向かう。最初は覚悟が足りず、捕まってしまう。だが、後にその子供の母親の激励に今まで培った肉弾戦の技術で悪漢を葬っていく。
(出血大サービス。子供の頃の夢、叶えてやったぞ?まぁ、悪漢は今から調理開始だが)
(お前、裏切ったんじゃ…。)
(意識を集中しろ!お前に騒がれると意識が揺らぐ)
一瞬のことで何が起きたのかわからない。いや、何かを楽しんでいる…?
一千回の「点」の攻撃は、その回数故「面」の攻撃へ。鋼鉄のドアは白煙を上げて歪み、二両目へ倒れ混んだ。瀬良はそれを眺めている。
「フェーズ2。まさか足もワイルドメタルとは。しかも異常なまでの反射神経。私が認知していた凱人薬のイレギュラーの中でこれまでに進化を遂げた兵器はない」
「兵器?」
「タイプイレギュラーは戦闘に特化した偉人の遺伝子情報が含まれている。今はコルトと名乗っているんだろ?やつのことだ私に密かに対抗しようと画策でもしてたんだろ。ただ、まだ不完全なようだ。実に残念だ。」
ぶら下げた左腕の裾から血が…。
「流石にその傷では君のオモチャもまともには」
ドン。話を割り込むようにウィンチェスターから火柱が上がった。
「俺をなんと呼ぼうがどうでもいい。時間がない。こっちは急いでいるんだ。再起不能にしてやる」
弾丸は瀬良の体表下をなぞり、ウマバエのように体外へ排出される。
「とんだじゃじゃ馬だ。少し身分をわきまえさせないと」
後頭部に顔の表情が浮かび上がり、手は甲から指が生え、足はかかとから爪先が生えた。
(おい、ヤバいぞ。どうすんだよ)
(うるせぇ、黙ってみてろ)
「本来なら手投げ弾で木っ端微塵。だが、それでは捕獲がでなきない。今後の研究材料として、君には強制的に来てもらう」
体表から突き出た銃口は、再び動き出す。
(右手をつき出せ)
(あれはまぐれだろ)
(いいから早く)
前方から無数の弾丸が一直線に飛んでくる。
瞬間、右手が盾へと変化して弾丸をからみとる。以前と違って型がとれている。羽のように軽く、ガラスのように透き通っている。
「甘い」
その言葉が聞こえた時、盾は薄い氷のように砕け、突進してきた瀬良から片手で締め上げられていた。
「…がっ…あ、あがっ…」
「なんでも掴む腕とやらを突き破ってやったぞ?次は足か?」
勝った気でいやがる。眼下の瀬良は薄笑いに力を強めていく。息が出来ない。
こん。
上着のうちポケットからウシュマル遺跡で拾った赤い弾丸が転げ落ちた。車内の照明で黄色と赤のグラデーションがまばゆく輝く。
「これは…。」
それは明らかな動揺。瀬良は俺から視線をはずし、弾丸を凝視している。
「弱点らしいな」
焦りの表情を隠せない瀬良に一発見舞う。
「知ってるか?サタデーナイトスペシャルって医者泣かせの銃を」
取り出したピースメーカーを無理やり体表に沈め、引き金を引く。
ボン。
阿保のように大きく開けた口から白煙を吐き、膝から崩れ落ちる。
弾丸も効かない生態兵器がようやく沈黙した。
が、微かに指が動いている。
生きている。
それを確認すると、くらくらする頭のまま弾丸を拾い集める。
(何やってんだよ?)
(弾丸が効かない相手が暴発で死ぬわけないだろ?こいつが何なのかは知らんが、アイツはこれに明らかに動揺した)
その時。
「会いたかった。ずっと探してたんだから」
背後ではっきりと日向さんの声がした。日向さんは切り離された車両にいるはず。この速さならもうとっくに地平線の彼方に置き去りのはずだ。
「日向さん…何で?」
振り向くと日向さんはぼろ雑巾のようなマリの肩に手を回している。もう、人の表情を感知することもないマリの瞳を覗いているようだ。
「何で?君に任せたじゃないか。後始末。なんだ、まだ生きてるじゃないか」
日向さんが腰からアンダースローで何か投げた。
鋭い光が俺のほほをかすめる。
「…がっ…。」
背後で瀬良のうめき声と倒れる音。
「甘いなぁ。相変わらず。でもこれで終わりだ。」
急に目の前に日向さんが現れた。
次の瞬間、左足から力が抜ける。
背後。数ヶ所脇腹を切りつけられる。
「会社の組織ぐるみでこの計画を推進しててね、まぁ、君みたいな万年平には関係ない話だけど冥土の土産ってやつ?」
立っていられず膝をつく。
「どうして…?」
「どうしてって?君の協力なしでは妻に会えなかった。君には感謝してるよ。散々嗅ぎ回ってくれたおかげで凱人薬の薬効テストはずいぶんできた。」
たん。床を一歩蹴る音を最後に日向さんが視界から消えた。
「僕も君と同じさ。あの男に会社の目論みの阻止できる逸材と見られて、密かに非公認〔イレギュラー〕を投与された。そして」
(壁だ。早く背中を壁にくっつけろ)
二両目の最後尾に突っ走る。
が、膝に思うように力が入らない。
(来るぞ。伏せろ)
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