9mm parabellum bullet

明日葉叶

episode1 REAL

 暗がりの地下室にカンテラが揺れている。

 俺は散々しごきを受けて意識を保つのがやっとだ。

 俺は監視役であるこの屋敷の主人の息子二人に今しがたボコボコにされたばかりだ。

 息子二人に両腕を押さえられひざまづいてこの屋敷の主人が来るのを待っている。

 忌々しい鼻唄と革靴の音が通路側から響く。

 アイツだ…

 薄ら笑いを浮かべていると入口のドアから背が低い肥満体型の男が入ってきた。

 この屋敷の主人アルカポネだ。

 入口のドアを閉めるとさっきまで辺りをうろちょろしていたネズミが一目散に何処かへ逃げた。

 アルカポネは錆び付いたノコギリを持ってこちらに近づいていくる。

 「少しは反省したか?」

 ニヤニヤしながらヤツは言った。

 「昔昔あるところにダイダロスとイカロス親子が塔に幽閉されていました。親子は蝋で出来た翼を作り脱出を計ります。しかし、息子イカロスは大きな過ちを犯してしまいました。なんだか分かるか?」

 ノコギリを俺の頬にペチペチ当てながら問いかけてきた。

 どうせ、自分の求めている回答以外正解ではない。意味のない質問と俺自身の運命に笑えてきた。

 「神に対する傲慢だ!」

 俺の髪を掴み顔を近づける。

 「傲慢故に翼が溶けて地面に墜ちて死んだんだよ!お前もそうだ。お前が何かをつかめるとでも思ったか?」

 薄ら笑いを浮かべて中指をたてて 

 「おとといきやがれ…」

 漫画とか映画に出てくる日常会話ではまず出ない言葉を言ってやった。

 ついでに顔に唾も吐いてやった。

 どうせなにもかわらん。

 カンテラの回りには羽虫が飛んでいる。

 「…覚悟はできたらしいな?!」

 俺の肩に冷たい刃が当たる。

 「お前にはまだ使い道がある。片腕一本ですむなんてラッキーだよなー?!」

 刺々しい痛みは地獄の断末魔と共に地下室に響き渡る。

 「まだ死ぬんじゃないぞ。お前にはまだ多のみたい仕事があるからな」

 体から力か抜け意識が消え行くなか遠くのほうで扉が閉まる音がした。



「入社して何ヵ月たったとおもってん

だ!!」

 あたりでは始業開始してまだ十分もたっていないのに受注の電話やらPCを叩く音やらで騒がしい。

 僕はは井上陸。実家の恐怖政治が嫌で東北の片田舎から東京に出てきた。

 親からの家畜とも言える扱いから解放されるべく出てきたはすが今じゃすっかり社蓄。

 「聞いているのか!!」

 「…はい。すいません」

 さっきから怒り狂っているのは僕の職場の上司。五十嵐所長。基本的に社長、課長に媚びへつらい必要なら平気で嘘をつくなかなかのゴミだ。部下にはやたら厳しい。

 「…これだからゆとりは…」

 今日は支店の上司からの頼まれごとをしてたらこの様だ。理由なんか言う暇さえない。

 時計を見るともう10分も嘘と脅しに溢れた説教(ご指導)を受けてる。

 こんなガミガミ言われても皆は見て見ぬふり…。皆相変わらずPCの画面に無機質に文字を打ち込んでる。それはまるで責め苦の果てに感情を捨てた奴隷のよう…。

 「次こんなへましたら転勤させるからな!わかったのか?!」

 「はい、すいませんでした。」

 何をどう釈明したのか、はたまた適当に逃げ延びたのか記憶すらない。

 これが毎日。

 

 「まぁたへましたのか?」

 自分のデスクに戻るとニヤニヤしながらやって来たのは田中先輩。

 入社当時は右も左もわからずこの人にに頼っていた。

 だが…。

 「お前、やる気あんの?」

 「また、黙りこくってさ、何か言ったら?」

 「…すいません」

 以前仕事上のミスを相談した時、五十嵐所長にあることないことそれこそ話を盛って…。

 それ以来僕はこの人に相談はしてない。

 伏見がちに視線をとなりのデスクにやる。

 同期の日向さんは今日も法事で休みらしい。いつもなら愚痴も聞いてくれるはずなのに…。

 とにかく今日は早く家に帰りたい…。それだけだ。


 明日は休み。明日は休み。

 それだけ考えてようやく帰宅。

 気づけばスーツのままベッドに沈んでた。

 テレビは興味もなくなっていた。

 もうシャワーも浴びる気になれない…明日浴びることにしよう。


 (ピリリリッ ピリリリッ)

寝ぼけ眼の僕に電気が走る。…アラームか…。

そういえば今日は休みだった。…勘弁してくれ…。休みな日ぐらい自由にさせてくれ…。そう呟くとまた布団に潜り込んだ。

 今日は休み。幸せ充実度で言えば昨日の家についた辺りが最高値。アラーム音のせいで昨日の悪夢が頭をよぎる。

 食器はもう何日も洗ってない。


 ドン!ドン!


 ドアを叩く音がした…。ー ドアの向こうに誰かがいる ー

 

 「いねぇねか!?ったく」


 上から目線のあの口調、耳障りな声。間違いなく田中先輩だ。休日だってのに出勤を強要する。もう3回目だ。

 最初は行っていたが、もう行かない。

 どうせまたあの人の仕事の肩代わりさせられる。経験値が足りないとか言って。

 息を殺して先輩の気配が消えるのを待つ。

 音をたてないよう着替え、部屋を出た。

 階段を降り、再度確認…。…よし、帰った。

 初任給でかった安物の自転車で近所のスーパーに向かうことにした。

 下手に動くとかえって遭遇しかねないからだ。

 スーパーに行くには2通り向かう道がある。

 一つは人通りが激しい商店街を突っ切る道。

 田中先輩のアパートもその通りにある。

 もう一つは人の代わりに海猫が飛び交い、真っ青な海を望む海岸線を通る道。多少遠くなってもいつもそちらを通る。

 リスクの問題より、唯一あの職場を忘れ癒しをくれる場所だから。

 緩やかな下り坂を夏の夕暮れの風を切って下る。夕日をバックに海猫が並走してくる。

 …明日からまた地獄…。つい、そう考えてしまう。

 突然振動が走った気がしてポケットの携帯を恐る恐る覗く…。

 気のせいか…。

 まだ、17時前。明日まで7時間はある。そう言い聞かせ、ペダルに足をのせると水平線に何か見えたきがした。

 よく、凝視する。

 白い何か強烈な光のようなものが見える。

 (なんだ…、あれ…)

光から視線を離すと今度は往来する並みの間隔が短くなっていることに気づく。

 「ヤバイ、何かく…」

 光と突風にのまれ、手は完全に自転車を放し、幾度も何かに叩きつけられ、悪夢にうなされるように身を起こすと、海岸線とはかけ離れた草原に立っていた。

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