Episode.10 この少年に『葛藤』という存在があったら
「......さて、説明してもらおうか?」
「ん?なんのこと?」
「とぼけんな!なんでおまえがここにいるかだよ!」
「何?私ここにいちゃダメなの?」
目を潤ませながら上目遣いで言ってくる。
「っぐ......べ、別にそういうのじゃなくてだな!」
「じゃあなに?」
「今から言おうとしてたわ!途中で切らさせんな!」
「もー、隼斗そんなに怒る人だったっけー?」
「逆にリリってこんなに生意気だったっけって問いたいわ!」
「んまー、説明してあげるよー」
さらっと俺のツッコミをかわしてリリは本題に戻した。
......脱線させたのはリリなのだが。
「簡単に説明するとね、私たちエルフ族は対象の物、人、その他諸々を復活させることが出来るんだよ」
「なんだよそのチート......」
「なにを言ってるのかよくわからないけど、多分その通り。でもね、復活するにはかなり多くの条件をクリアしないといけないのね。それは──」
俺は唾を飲み込んだ。
「──固い友情と魔力だよ」
「少なっ!」
俺のドキドキを返せー!
だが、今はそんなこと言う場面ではないので後で言うことにした。
「少ないけど容易に出来ることじゃないんだよー?友情だけならエルフ族であれば誰でも出来るんだけど、魔力があるせいでかなり限定されるんだよ」
「つまり?」
「つまり、固い友情で結ばれている関係で、かつ、強大な魔力を持っている者に限られるんだよ」
なるほど......これがいわゆる、『チート対策』というものか......ちょっと緩いような気もするけどまー気にしないでおこう。
「なるほど......じゃあエルフ族で仲のいい関係だし、魔力も十分あるおまえらだからできることなのか?」
「そうだよー。それより、なんで私たちの魔力が強いってわかったの?」
「だって現にリリが蘇生されてるわけなんだし......それに、あの時リリに言われてたし......あ、そうだ」
ふと、今まで謎に思っていたにも関わらず、忘れていたことを思い出した。
「ところでさリリ、ちょっと聞きたいことあるんだけどさ──」
一息つく。そして──
「──なんで、あんなことしたんだ?」
淡々とそう告げた。
○○○
「──なんのこと?」
俺の質問は少女の何気ない返事によって呆気なく潰される。
「──は?何言ってんだよ?」
「いや、だから私にはなんのことかわからないって。なんでそんなに怖い顔してるの?もしかして、私なにかした?」
「おまえ......じゃあ改めて聞く。昨日は何してた?」
「昨日は、私たちで遠足に行ったでしょ?」
「そうだ。その時に何かなかったか?」
「え?別に何もなかったでしょ?土砂降りだったから私たちが雨よけの呪術をかけて、雨が当たらないようにしたでしょ?それから木の側でお昼ご飯食べて、まったりしてから帰ってきたでしょ?まーその途中、崖っぷちを歩いていた時に足を滑らせて落ちて私が死んだらしいけど」
「なにを......!それは違くて......」
「隼斗ぉ」
不意に声をかけられ、俺は目を白黒させながら声のした方を向く。
「隼斗ぉ。いきなりどうしたんだぁ?昨日楽しかったのは覚えてるけど、なんか変なことでもあっけかぁ?リリが死んだってのは覚えてるけどよぉ」
「アリオス、おまえまで......リリが蘇生されたのは......」
「隼斗。ちょっとこっちに来てくれるかしら」
またまた別に人に声をかけられて目を白黒させながら声のした方を見る。
見ると夜空が「ちょっとこっちに来なさい」と言わんばかりに手招きしている。
それに大人しく従い、部室内に置いてある荷物の山の影に隠れてから
「隼斗、リリは死んで蘇生されたことは覚えているらしいわ。でも、死んだ理由は崖から足を滑らせたことにしているの。だから、真実を押し付けることはしないでくれるかしら。エルフのお二人さんに注意されたから」
「お、おう......それは......わかったけどよ......」
「何かしら?」
「......顔近いよ?」
「!......ふざけたこと言ってないで、早く戻ったらどうかしら?」
「ぐぉっ!」
普段通りの口調で言っているが、それと同時に行われたことによっていつもよりドSさを増しているのがわかった。
──今までは言葉で侮辱するだけだったのが、俺の存在そのものの侮辱までしてきた。まー突き飛ばされただけだけど。
俺は派手に転び、頭を部室の壁にぶつける。
「ったたたた......」
「おっ、痴話喧嘩は終わったかぁ?」
「誰がこんなやつと痴話喧嘩なんてするのかしら?」
「おーおー、相変わらず怖いなぁ!」
怖いと言っているが、そんな素振りを全く感じない。むしろ大仰に笑っている。
そんなことより、リリに昨日の出来事を聞いてはいけないとなると、事の真意が掴めず終いになってしまう。それだけはどうしても避けたい。
それなら、リリを復活させたあの二人なら何か知ってる可能性が高い。
「レナ、ウミ。ちょっといいか?」
「いいですけど、どうしたんですか?」
思い当たる節がないのか、二人は顔を見合わせて首を傾げている。
釈然としない表情で俺のいる部室の隅っこに向かってくる。
「どうしたのですか?」
レナが礼儀正しく聞いてくる。
「おまえら、リリの身に何が起こってるのかわかるか?」
俺がはっきりと口にすると二人は微動だにしなくなった。
「......仕方、ないですね」
「そう......だね」
「でも、いずれ言うつもりでしたからいい機会ですね」
「おう、頼む、聞かせてくれ」
「昨日、リリはあの化け物に突進されて死にました。死因は腹部に開いた傷口から流れ出た血が致死量に至ったからです」
「つまり出血多量ってことか......」
昨日、俺はリリを抱いた時には気づけなかったことだ。新たな事実がもっと出てきそうで正直、怖い。
「まずはその傷口を綺麗に塞ぎました。かなり大変だったんですよー?」
「そ、それはご苦労だった......」
「はぁー......まーいいです。その傷口を塞いだ後、ある方法を使ってリリの体内に残った血を複製し、元の量に戻しました。その際にリリの記憶も覗いて見たんです。正確には吸い取って戻したんですけどね」
恐ろしいことをさらっと言ってることに自覚ないのかレナは......
「それで、その記憶を見たらどうだったんだ?」
動揺を必死に隠しながら聞いた。
「はい......昨日の記憶が、外部の者によって改ざんされていました。私たちにはそれは不可能です。一応、このことだけは言っておきますね」
「おまえたちに出来ないって......てことは、かなりの魔力を持ってるやつとかが改ざんしたのか?」
「いいえ......こんなことは初めてです。今までこういった事例はなかったですから......」
「──は?」
今までなかった。つまり、新たな種族の出現ということか?それともリリが新たな能力を習得したのか?いや、後者はありえない。レナが証言していた中に『外部から』というのがあったはずだ。それなら、誰が、どんな目的で......?
「とりあえず、今はそっとしておいてあげましょ。突然、天から降ってきたかのように思い出すかもしれませんから」
「そんか奇跡が起きる可能性なんてあんのか?」
「限りなくゼロに近いですがゼロではありません。──ゼロじゃないのであれば、その僅かな可能性に期待しろ。そして願い続ければいつかは叶う──エルフ族に代々伝わる言い習わしです」
「──いい言い習わしだな」
「私も気に入ってるのですよ」
「私も私もー」
みんな同意見のようだ。お互い顔を見合わせて微笑む。
「ま、エルフ族の言い習わしを信じて、俺はリリが思い出すのを待つことにするよ。でも、待ちきれなくなったらこっちから迎えにいくかもな」
「それはもう知りませんわ」
口元を抑えながら上品に笑っているレナ。ウミもにこにこと笑っている。
「さて、戻るかー。悪いな、時間取らせて」
「いえいえ、楽しかったのでよかったですよ」
「うんー。私もいて楽しかったよー」
そう言って二人は俺に背中を向ける。
その背中を見ながら俺は決意する。
「リリ、おまえの記憶を消したやつを俺は見つける。そして倒す」
心の中だけで呟き、拳を強く握る。
何かを忘れているような気がしてならなかったが、いつものように気のせいだろうと決めつけ、俺はみんなのところに戻る。
一人を除いてみんな笑顔だった。
「また......ね」
その声は俺の耳には届かなかった。
○○○
その後は今まで通り、何も無かったかのように過ごした。だが、俺の中のもやもやは消えずに胸の中でわだかまっていた。
──真実を突きつけるべきか、それとも、嘘を貫き通すか。
この場合は嘘を貫き通すのがいいのだろうが、俺は嘘が大の苦手だ。あの忌まわしき世界にいた時に身についてしまった能力だ。
──嘘をついているのか、顔を見ただけで判断できてしまう。
わかってしまったらもうそいつとはもう関わりたくない。例えそれが仲のいいやつだったとしても、だ。
そんな風に俺は思われたくない。故に俺は嘘をつかない。つけないのだ。
軽い冗談交じりの嘘ならぎりぎり許せるが、本気の嘘は絶対に許さない。
このことがきっかけでこの部が崩壊してしまったらこの世界に来た意味がなくなる。
大体、なんで俺はこの世界に来たんだっけ?
楽しそうだったから?違う。
逃げたくなったから?違う。
あの世界に絶望したから?違う。
あいつらからいじめられたから?違う。
──この世界に期待したからだ。
──一からやり直して、本当の俺でい続けるために。
そのためだけに、俺は異世界転移したのだ。
なら、その理由をしっかりと果たそうじゃないか。そうしないと、現実世界にいた時の俺にケリをつけれない。
異世界転移した意味がなくなる。
それなら、真実を突きつけるべきだ。
いや、待て。果たしてその答えをリリは望んでいるのか?記憶にないことを無理やり押し付けられるのを彼女は望むのか?
──わからない。俺には知る由もない。
なら、彼女の望む答えで貫き通すべきか......それとも真実を突きつけるべきか......
──結局、この疑問に帰結するのだ。
現実世界の友達とは呼べない友達もこんな葛藤を抱いていたのだろうか?
そんな訳ない。あいつらにそんなことを考えられるはずがない。
そんな葛藤を俺は今一人で抱え込んでいる。
どうする、どうする──
「隼斗」
不意に声をかけられ俺は肩をびくりとさせたが、冷静を装って
「どうした?」
耳が長く、目は緑色をしている。同じような人物が他に二人いて、それぞれ僅かな違いしかないが、昨日の出来事で俺の腕の中でぐったりしていたのでその顔を嫌というほど見た少女だ。
そして──俺が今日の最初に会った時に泣いてしまった。その時に『本当の彼女』を知った。
「いやー、なんだか暗い顔してたからさー!ちょっと心配になっちゃって!」
「そんなにひどい顔してたのか?」
「うん!人殺してそうな顔してた!」
「どんな顔だよ!」
「鏡見ればわかると思うよ?」
「余計なお世話だよ!」
「お、いつもの隼斗に戻った。それでよし!」
そう言って満足げに戻っていくリリ。
まーうん、彼女のおかげで決心はつけれた。
──このまま、嘘を貫き通す。
○○○
「んじゃ、また明日な」
「おう!じゃあなぁ!」
「ほな、また明日なー!」
「じゃあねー!」
「「さようなら」」
「私も帰るわ。さようなら」
私も帰るわ。この一言で夜空が俺と一緒に帰ることになる。
部室の扉を閉め、今度は屋上から屋内に戻るための扉を見ると、既に夜空はその前まで辿り着いていた。
「おい!置いていくなよ!」
振り向き、嘲笑じみた笑みを向け、夜空は屋内へと入っていく。
「ったく、なんで置いていくんだよ!それより、なんでこんなにこの扉は重たいんだよ!」
もう一度、部室の重たい扉を見つめる。否、睨みつける。
この扉のせいで夜空とかなりの差が出来てしまった。
走って追いかければ間に合うか。
「待てよー!」
そう言って今は見えない彼女の背中を追いかけた。
「おい......おまえ......早すぎんだよ......」
「あら?そんなに早かったかしら?隼斗が単純に遅かっただけなんじゃないかしら?」
息を荒らげながら質問した俺を夜空は嘲笑うかのような笑みでこちらを見ている。
彼女に追いついたのは丁度下駄箱のあるところだ。
ちなみに、下駄箱は階段を下まで降りて長い廊下の途中にある。屋上であれだけしかなかった差がこんなに出来てしまうとは......夜空の言う通りなのかもと疑ってしまう。
「さ、早く帰りましょ」
催促され、まだ呼吸が整っていないが渋々従い、外靴に履き替える。
「ほら、遅いわよ隼斗」
まだ落ち着かない呼吸の中、靴紐を必死で結んでいると不意に声をかけられる。
顔を上げると見下すような目で俺を見ていた。
「......夜空さん、いつからそんなに攻撃的になったんですか......?」
「あら、そんなこと前々から知っていたことじゃなかったのかしら?」
「知らねーよ!今よりは穏やかだったよ!」
「少し引っかかるところがあったけど、聞かなかったことにするわ。それよりも、早くしてくれないかしら?」
「はいはい、丁度終わりましたよー」
そう言って俺は立ち上がり、昇降口から出ようとする。夜空もそれについてきた。
「それにしても、驚いたわね。まさか復活の呪術があるなんて」
「それ以前に、俺はそう言った魔法全般のことを呪術と言っていいのか疑問に思ってるけどな」
「そこは目を瞑っておくのが得策よ」
「まーそうだよなー。でも、確かに復活ができるのは驚いた。あれはチート同然だ」
「でも、その対策は万全なのだから文句はないわ」
「ああ。──友情と魔力。その両方が必要となるとこの世界でかなり限定されるんだろうな」
「つまり、あの三人はすごい存在ということね」
「すごい一言で片付けるか......」
「あら、じゃあなんて言えばいいのかしら?」
再び上から目線で言ってくる。身長的には俺の方が上なんだが。
「そうだなー......常軌を逸した存在、とか?」
「実に中二病っぽい言い表し方ね」
「俺は中二病じゃないからね!?」
「そんなこと知っているわ」
そんなことを言いながら俺たちは既に校門を出て寮への一本道の半分のところまで差し掛かっていた。
「それで、どうするつもりなの?」
突然の質問に俺は真意をくみ取るために夜空を顔を見る。その表情は──
「どうしたんだよ、そんな寂しそうな顔して」
「え?......いえ、なんでもないわ。ちょっと別のことを考えいただけ......」
「そうか、それならいいんだけどよ。あ、話逸れるけど、俺でよければバンバン相談してくれよな。同じ亜人族なんだし、分かり合えるところも多いだろ」
「本当に逸れすぎね......まーいいわ。その申し出をありがたく頂戴するわ」
「おう!じゃあ話を戻すか......えと、どうするんだ、だっけか?」
「そうよ」
「──嘘を貫き通すことにしたよ」
「そう、それはよかったわ」
そうだ、そうすることを夜空は望んでいる。そしてエルフの二人──レナとウミもそれを望んでいる。そのことを俺はすっかり忘れてしまっていた。
「結構悩んだけど、嘘を貫き通すべきだと思ったよ。正直、気が進まないけどな」
「そんなことは知らないわ。......でも、リリのためを思っての決断なら最善だと思うわ」
そう言って夜空は漆黒に飲み込まれつつある夕焼け空を見上げていた。──どこか遠くを見るような目で。
「あ......」
夜空が声を漏らし、俺はその原因を探るために同じ空を見た。
「おお。一番星」
そこにはキラキラとまだ誰もいないところで一際明るく輝いている明かりがあった。
「──私と、同じね」
いきなり訳の分からないことを言い出す夜空。
「何言ってんだよ。おまえはあんなに明るくない。もっと影の方にいるだろうよ。逆に言い換えればそれが夜空だと俺は思っているけどな」
「名前の通り、私は夜空なのね......」
「は?俺は別に夜空は暗い空みたいだなんて言った訳じゃないぞ」
「──そ。それならそれでいいわ。それじゃあ、また明日ね。私はちょっとお手洗いに寄ってから行くから」
気づけば俺らは寮の入り口に辿り着いていた。案外早く着いた。いや、短く感じるだけだ。
「お、おう......じゃ、また明日な」
曖昧な返事をしてとりあえず別れと再会の約束をする。
「はぁー......」
彼女の長いため息を俺は別のことを考えていて聞き取れなかった。
──明日以降、どうやってリリと接するか。
「ま、嘘を貫き通すって決めたんだ。昨日のことは綺麗さっぱり忘れて、今まで通り接すればいいんだ。そうすれば自然と忘れるはずだ。昨日は何も無かった......昨日は何も無かった......」
何度も何度も口にして昨日のことを忘れようとする。──それが逆効果だとも知らずに。
イライラして俺は髪をガシガシと荒く掻き回した。
「よし!勉強でもするかな!」
普段は全くしない勉強をイレギュラーにすることにした。
もちろん、全く頭に入ってこなかった。
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