敗北
1159年 12月 27日 夕刻 六条
なにがどうなっているのか、義平でさえ理解できなかった。
平家の左右の軍勢には騎馬武者はおらず、みな金と勝ち戦の恩賞頼みの雑兵ばかりだった。命を失いたくはないが、皆勝ち戦ではここぞとばかりに手柄を立て褒美と恩賞が欲しいのか、じりじり鴨川を東岸より渡り迫ってくる。
義平も父義朝とともに先陣を駆けた。五条大橋は橋板が外されていたが、鴨川の川底には縄など騎馬を禦ぐための張ったりはしていなかった、しかし、源氏全軍の馬脚はどういうわけか鈍った。
義平は、待賢門で
源氏の軍勢は馬乗途中で
平家の矢盾に騎馬の前足を掛けた。思いの外、矢盾には源氏の矢が刺さっていない。そしてその矢盾を踏み倒す。
いける!
義平は、そう思ったが、思わぬ圧力が正面からかかった。今までの戦、騎乗突撃で感じたことのない正面からの圧力。
なんだこれは、!?。
清盛も源氏の騎馬を少し走らせての後に突撃をかけていた。
馬と馬がぶつかりあう。信じられない光景だ。普通馬は馬をかわす。馬同士が頭をぶつけ、胸をぶつけている。ものすごい音が響いているが馬脚の音、川面で水を跳ねる音、騒音という騒音が辺り一面でたちあがり、もう何がなんだかわからない。
義平も平家の騎馬武者四騎ほどに正面からぶつからられ瑞雲ごと、やや左に弾かれた。 それでも、馬腹を馬上靴で蹴り瑞雲をすすめる。頑張ってくれ瑞雲。いまこそ坂東武者の気概を天下に示すときぞ、清盛の櫨匂皮威鎧までもう少しだ。手を伸ばせば届きそうな気さえする。清盛の兜の前たてにさわれそうな気がする、籠手を伸ばせば、眉庇に、顎紐に、、、もう指呼の距離。
「指呼の
「清盛公まであと幾尺、幾寸!いや、たった方寸!」
その時、鮮やかな大袖の櫨匂皮威鎧を着た男が笑っていた。兜の影からしっかと見えた、宋まで販路広げ貿易を行い神託を枕元で受けた男が、天子様の御落胤が笑っている。清盛自身が見えなくともその悪魔のような微笑みだけはしっかと見えた。
その時、右手からもなにやら嫌な音と風を感じた。右の大袖に矢が幾本か刺さっていることに義平は気づいた。
「もうかっ」義平は、父義朝が愚鈍な
これでもう戦の決着はついていた。ちがう、正面では清盛の大軍勢に止められたときに勝敗は決したのだ。源頼政右翼よりの突撃は敗北の確認でしかない。
正面は清盛に止められ、たった百騎で右翼と呼べればの話だが、義朝の右翼は即背として無残な腹をさらしており、源頼政の二百騎に責められ、義朝の軍勢は進退極まり、動きが完全に止まった。
この時点で、義朝軍の組織的な戦闘、抵抗は終わっていた。
源頼政が攻め立てた南、右翼にいた義朝の騎馬兵は馬首すら巡らすことが出来ず。大混乱となった。もう右翼では源頼政の軍による無残で無慈悲な殲滅戦が始まっていた。惨殺と言っても良い。
殲滅戦はそのまま大虐殺へと移っていた。もう戦ではない。
「父上、それでも、南へーっ」
義平はありたっけの声で叫び、己が義朝が生きるための血路を開かんと瑞雲の馬首を右に巡らせ、進もうとしたが、右翼より押し戻される義朝の騎馬軍と功を上げんと我先に先陣をきって突入してくる源頼政の軍で大渋滞となり、もう中央でも馬首すら右に巡らせ進むことができなかった。 しかし、義平は、あくまでも叫んだ。
「父上、右へ、南へ」
義平は、弓を捨て、大刀"石切"を抜くや、生くるため血路を開かんがために右へと石切を振り回し、何が何でも南へ進んだ。
邪魔なもものは全員馬上より払い切った。敵も切ったかもしれない。味方も切ったかもしれない。父との縁も、母との縁も、今や義平は悪源太ですらなく一匹の鬼だった。いや生きるために抗う獣だった。
辺り一面が白くなっていた。源氏の源頼政の白い旗がここまで、と思ったが、違った、雪が降り出していた。否違う、やっぱり頼政の白い旗だ。周りが真っ白けだ。
そうか、白拍子の子のおれにはお似合いだ、、。だが、おれは白い源氏に生まれし黒鷺の筈。
日も大きく傾いていた。
義朝、義平らは思えば朝から戦い通しである。
さっき見た同じ鴨川の川面にある大岩が瑞雲の左前足にあった。
「あれ?」
義平は、己が全然右に南に進んでいないことに気づいた。
刹那左寄り白刃が一閃ひらめき、振りかぶってきた。、
切られる。
そう思うと体が勝手に動き、右手で大刀の石切りで受けていた。なんとか刀で受けたが、南へ向かうことだけを考えていたせいか、膂力がしっかと入っていなかった。相手の白刃の先が兜の頭頂部にものすごい勢いで当たった。
かちーん。
「痛い」相手の刀が義平の兜に当り、相手の刃が石切から幾寸浮いた瞬間。
受ける必要のなくなった石切で相手の喉元を突き切り放った。武者はぐえと音にならない音を立て血しぶきを喉から吹き出しながら、落馬した。
兜事、兜の内面を頭をぶつけたようで、頭がくらくらする。
「父上は、、何処へ、違う、まずは南への血路だ」
「兜の下に何か敷いてこれからは被らなければ、、綿入れがいい、そうすると頼朝みたくになるかな」
「違う、まずは、なんとしても南へ向かう道を開かねば叡山の北へ追いやられる。」
兜をかぶっていて、命こそ助かったものの、大の大人いや武将に思いっきり大刀でうちつけられたのだ、脳震盪だろう。頭がはっきりしない。
途端、瑞雲が立ち上がり大きくものすごい鳴き声で嘶いた。
瑞雲は気位が高く多少扱いにくい馬だが、三国一いや東国一の名馬だ。農耕馬でもないれっきとした軍馬だ。なによりその体躯が
周りの騎馬武者というより、馬がおののき、馬首をに逃げるように巡らした、すると廻いができ瑞雲は立ち上がったまま背をを大きく反り向き変えと北へと向いた。もうここしか退き口はない。
ダメだ、北は、と幾度も思ったが、どうにもならなかった。
「
義平が正面を見ると、義朝の軍勢が我先にと鴨川を逆上り、敗走していた。
あれほど駄目だと戒めた、北へ向かって。
「雪も降りだしておるのに、北は駄目だ」
左後方から、籠手を付けた腕がぬーっと伸びてきた。
「おまえに捕まるわけにはいかぬ」
義平も、籠手のまま拳を作るや、裏拳でその手を伸ばしたてきた騎馬武者の顔を思いっきり膂力の限りに打ち付けた。人のなにかが砕けるにぶいいやな音がして裏拳が兜で守られていない顔面にぶち当たった。
ぎゃーあ。と悲鳴があがり篭手を付けた手が引っ込んだ。
「それ!いざ行け瑞雲!」
それを契機に義平は瑞雲の腹を思いっきり蹴った。
鴨川を遡上し、一路、自身があれほど戒めた北へ、父親を追い北へと。
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