第47話 ディオンの疑問

「ところでジェリドさんは、どうしてここに?」

 ジェリドの手が空いたのを見計らってシェリルが声をかけると、彼は冷静に説明した。


「あなたの侍女のソフィアの仲間が、王宮の出入りを逐一監視していましたが、あなたの所在が不明になるのと前後して、黒猫が張り付いた馬車が出て行ったのを目撃したとか。ソフィアが黒猫の姫様付きになっていると知っていたその者が、不審に思って後を付けさせて発覚しました」

「ソフィアさんには、後からお礼を言います」

「ええ。それにここに私が忍び込む為に、正面玄関の方で陽動の為に、派手に暴れて貰っています。事が済んだら、私からも礼をするつもりです」

(ソフィアさんって、できる人だとは思っていたけど、そっち方面でも優秀なのね)

 侍女の意外な一面を知って、シェリルが思わず遠い目をしていると、ここでディオンが戸惑い気味に声をかけてきた。


「シェリル? この人はどういう人?」

 彼に全く悪気は無かったのだが、シェリルとの会話を邪魔された上、彼女に親しげに呼びかけた事でジェリドは忽ち表情を消し、冷え切った視線でディオンを見据えた。その物騒な気配を察したシェリルが、慌てて説明する。


「えっと、ディオン。こちらは近衛軍第四軍司令官のジェリドさんなの」

「今日は国王陛下の即位二十周年記念式典だし、どう見てもこの人の服装は、それに出席するための第一級正装だけど……。その人に姫って呼ばれるなんて、君はどういう人なんだい?」

 自分達二人を交互に見ながら、不思議そうに首を傾げたディオンだったが、ジェリドがその会話を強制終了させた。


「時間が惜しい。無駄話は止めろ」

「……はい」

 空気を切り裂く様にピシャリと言い切られ、ディオンは真っ青になって口を閉ざした。

「さて、姫。姿を消す術式が起動できるなら、連中に見とがめられる事無く、この屋敷から抜け出せるでしょう。私は暫くここで、証拠と生き証人の確保に努めますので、彼と二人で王宮に急行して下さい。時間が勿体ないので」

「それは分かりますが、王宮までの道が……」

「すみません、俺も王都には不案内なのに加えて、現在位置すら分からなくて」

 一緒にこっそり脱出すつもりかと思いきや、予想外の事を聞かされて二人は本気で困惑した。それに苦笑いしたジェリドが、自分の毛髪を四・五本抜きつつ告げる。


「そうでしたね。それでは、二人に道案内を付けます」

 そして自分の手の中の濃い茶色の毛髪を見下ろしながら、静かに呪文を唱え始めた。


「クーシェ・ハルス・リン・メイリス……」

 するとその毛髪が浮きあがり、互いに巻き付き合って円形を幾つか形づくったと思ったら、小さな蝶の形になった。更に不審がられない様な大きさであっても、薄暗くなりつつある外でシェリルが見えにくくならない為に配慮したのか、その全体が淡く光っているという、いたせりつくせりの術式である。その緻密さに、二人が思わず感心して凝視していると、ジェリドが満足そうに指示を出した。


「これは王宮に向かっての最短経路を、常に姫の一馬身程度先を飛ぶ様に、設定しておきました。速度を上げても落としても同様です。安心して、これの後に付いて向かって下さい」

「はぁ……」

「ありがとうございます……」

 半ば度肝を抜かれた二人が礼を述べると、廊下の方から微かな怒鳴り声と、乱暴に走り回る物音が聞こえてきた。


「どこに行きやがった、あのクソガキ!?」

「門番は見ていないから、まだ外には出ていないぞ!」

「それから向こうの女を何とかしろ!!」

 気付かれたかとシェリルとディオンが顔を見合わせていると、ジェリドがシェリルに言い聞かせた。


「姫、この屋敷は、ランセル公爵とつるんでいる某成金商人が、金にあかせて没落貴族から奪い取った別邸です。確認したところ、護衛の兵も人数は居ても私兵では無く傭兵ばかりで、大した抵抗勢力にはなりません。ですからここは私が囮になりつつ、ランセル公爵と繋がっている人間を探して仕置きした上で確保しますので、お気遣いなく王宮に向かって下さい」

 理路整然と言われてシェリルとディオンは無言で頷き、ジェリドに向き直った。


「分かりました。宜しくお願いします。でもジェリドさんも気をつけて下さい」

「私の身を案じて頂いて感激です。それでは行きましょう。二人は先程の様に、姿を消して下さい」

「はい」

「分かりました」

 そして再びシェリルは首輪の術式を起動させ、姿を消した彼女を抱き上げたディオンもジェリドの視界から消え去る。それを確認してからジェリドは静かにドアを開けて廊下へと足を踏み出した。そしてすぐにジェリドは発見されたが、服装がバラバラで統率も取れていない感じの男達が、この場に似つかわしくない派手な出で立ちの彼を見て、不愉快そうに顔を歪める。


「何だ、お前」

「忍び込むには向いていない、随分派手な格好だが、あのガキを逃がしたのは貴様か!?」

「さあ……、どうだろうな?」

 シェリル達の姿は周囲には見えていない為、この場に居るのは抜身の剣を無造作に持ちながら、薄笑いを浮かべるジェリドだけだと思った連中は、早速しびれを切らして実力行使に出た。

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