第36話 直接対決

 映像で目にしてはいたもののシェリルが直に彼を見た時、(同じなのは髪と瞳の色だけじゃない)と少々僻んでしまった。それは長年辺境暮らしをしていたとは思えない程、自称ラウール殿下の一挙一動が自分のそれとは比較にならない程洗練されていると認識できたためであった。その堂々とした立ち居振る舞いと整った容貌は、この間貴族達の間では賞賛の対象となっており、それが最近密かに囁かれている『ラウール王太子待望論』を後押しする一因となっていた。


「王妃様。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「ラウール殿下、お会いできて嬉しいです。あなたとは、是非直にお話ししたいと思っておりました」

 侍女に促されて大きな楕円形のテーブルに着いた彼は、隣に座るシェリルに微笑んで会釈してからミレーヌに挨拶した。ミレーヌは笑顔でそれに応えたが、彼女の台詞を聞いた彼は、何故か表情を曇らせる。


「王妃様のお心遣いは大変ありがたいのですが、公の場でなければ、できれば私の事はディオンと呼んでいただけないでしょうか。何分にも自分の本当の素性を知ったのがごく最近の事ですので、『ラウール殿下』と呼びかけられても違和感の方が多い上に恐縮してしまいます」

「それは確かに、尤もな主張ですね」

 その殊勝な物言いにミレーヌが頷いてみせると、ラウールは落ち着き払って話を続けた。


「加えて、私は未だ陛下から、正式に第一王子と認められた訳ではございません。ご認可頂ければ、甘んじてその名前を受け入れる所存ではありますが、それまではこれまで慣れ親しんできたディオン・カースド・ハリードの名前で呼んでいただければと思います」

「それは大変殊勝な心掛けです。それではこの場では、あなたを『ディオン殿』とお呼びしましょう」

「ありがとうございます」

「シェリル姫も、是非私の事はディオンとお呼びください」

 そこでいきなり呼びかけられて、シェリルは慌てて首を振った。


「あの、できれば私もシェリルと呼んでください。そんな恭しい口調にも、あまり慣れていないので」

「……分かった。それならそう呼ばせて貰うよ」

 いきなりそう砕けた口調で明るく笑ったラウールに、シェリルは密かに困惑した。

(自分が偽者だと分かっている筈だし、こういうのも演技よね? それとも男爵は承知の上でも、本人はそれを知らないのかしら)

「シェリル。互いに色々立場があるけど、図らずも兄妹と分かったわけだから、これから仲良くして貰えると嬉しいな」

「あの、えっと……。こちらこそ宜しくお願いします」

 何となく毒気を抜かれた感じでシェリルが応じると、黙って二人のやり取りを眺めていたミレーヌが、穏やかな口調で独り言のように告げた。


「急に現れた兄妹でも、すぐに仲良くなれるのは結構な事ですね。この調子であとニ人や三人王子や王女が現れても、驚きませんわ」

「…………」

 微笑みつつサラッと言われたその内容に、思わず室内が静まり返る。

(これってひょっとして嫌味? でも陛下に対しての嫌味なのか、この偽ラウールに対しての嫌味なのか……。第一、どういう反応をすれば良いの!?)

 表面上はなんとか平静を装いながら、内心ではプチパニック状態のシェリルだったが、ここでラウールが思い出したように問いを発した。


「そう言えばラミレス公爵からお聞きしたのですが、シェリルの養い親であるアーデン殿は、稀代の魔術師だったとか。それにご令嬢のエリーシア殿も才能を認められて、この度王宮専属魔術師に就任されたのですよね?」

 それを聞いたシェリルは僅かに動揺したが、ミレーヌは事もなげに応じる。


「ええ、本人は『義妹の七光りでお抱えになるのは心苦しい』と最初固辞したのですが、旧知のクラウス殿も以前から彼女を招聘したかったらしく、今回私が是非にとお願いしました。知らない人間ばかりの中で、シェリルに心細い思いをさせたくはなかったのです」

「なるほど、王妃様のお心の深さに感服致しました。それでエリーシア殿は今どちらに? 是非ご挨拶したいと思っているのですが、後宮にも魔術師棟にもいらっしゃらないとお聞きしまして」

 そこで顔を向けられたシェリルは、気合いを入れ直して打ち合わせていた内容を口にした。


「あの……、エリーは今、街に出ているの。王宮専属魔術師として働くことで私と同様に後宮に部屋を貰ったから、これまでの仕事を継続するのか難しくなったから。本格的に王宮で働き始める前に、これまでの顧客のフォローを済ませることにしたの」

「これまでの仕事と言うと……、何を生業にしていたのかな?」

「王都内の商店や民家での術式構築作業をしていたの。看板や照明器具の明かり、井戸や水道の流水調節、かまどや調理台の火力調節、その他諸々を請け負っていて。エリーの術式は我流な分、細かい調節が容易で人気が高かったみたい」

 そこまで聞いて、ラウールは納得したように頷いた。


「なるほど」

「そういう術式は、定期的に点検や補修をする必要があるらしくて……。でもこれからは気軽に街に出られなくなるし、連絡もつかなくなる可能性だってあるから。我流で調整している分、他の魔術師が気軽に手直しできないみたいだし、これまでの顧客の商店や家を回って事情を説明した上で、その近辺の魔術師に新しい術式構築を引き受けて貰うよう頼んでいるそうなの」

 それを聞いたラウールは、感心した声を出した。


「普通だと魔術師はプライドが高いから、自分が構築した術式を他人に上書きされたりするのは嫌がるのに、中途半端な状態で術式を放置しないで他者に引き継ぎを依頼するとは、エリーシア殿はなかなか責任感の強い女性みたいだね。残念だが、楽しみは後に取っておくよ。彼女が戻ったら是非、挨拶に伺いたいな」

「ええ、勿論その時は引き合わせるわ」

「ありがとう」

(うん、取り敢えず、エリーの不在は誤魔化せたよね?)

 それからは和やかに話しながらシェリルは注意深く相手の表情を観察していたが、その視線にラウールが怪訝な顔になった。


「シェリル、俺の顔に何か付いているかな?」

「違うわ。ディオンはとてもしっかりしているから、とても私と同じ年には見えないなぁと感心しただけよ」

 しかし彼女が何気なくそう口にした瞬間、室内の空気が微妙に緊迫感を増した。

(え? 私、何か拙い事を言った?)

 シェリルが当惑していると、皮肉っぽい笑みと共にラウールがこれまでよりは幾分低めの声で問いかけてきた。


「酷いなシェリル。俺が老けているって言いたいのかい?」

「い、いえ、そうじゃなくて!」

(しまった! これじゃあ私がこの人を年上だと疑っていて、つまり同い年のラウール殿下とは別人物だと疑っていると言っているも同然なのね!)

 漸く自分の失言の意味を悟ったシェリルが冷や汗を流していると、ここでのんびりとした口調でミレーヌが口を挟んできた。

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