第27話 休憩時間

 当初衣装合わせに付いて説明を受けた時、シェリルとエリーシアはすぐに終了するだろうと高をくくっていたが、周りの者達にとっては一大イベントであるそれは、いざ始まってみると当人達の意見はそっちのけで、周りの女性達の意見が紛糾した。

 作られたドレスを着ては脱ぐ行為を繰り返していたシェリルは、十着全て披露しても王妃以下女官達の意見が全く纏まらず、結局昼を挟んで軽食を食べながら午後も続いた。さすがにエリーシアは仕事を理由に先に抜け、結構遅い時間になって漸くシェリルも解放され、疲労困憊してよろめきながら自室へと戻った。


「お疲れ様です。先程エリーシアさんが顔を出して、寝室に姿替えの術式を準備しておいてくれましたよ?」

「本当? お願い!」

「畏まりました」

 出迎えてくれたリリスが言ってくれた内容に、シェリルは顔色を明るくして寝室に駆け込んだ。そして笑顔で彼女を追って来たリリスに呪文の詠唱だけして貰って、術式が描かれた布の上で猫の姿に戻る。そして彼女に歩み寄り、預けていた首輪を付けて貰った。

 彼女は勿論、王妃の私室でシェリルが着せかえ人形と化していたのを知っており、「内緒にしておきますから、そのままお散歩してきませんか?」と提案してくれた為、シェリルは勢い良く首を縦に振った。それを見たリリスは再度小さく笑い、庭に面したバルコニーに続く窓を開けると、シェリルが嬉々としてバルコニーの手すりに向かって飛び上がり、そこから一番近い大木の枝に微塵も躊躇わずに飛び移る。


「お夕飯までには戻ります!」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 そして笑顔のリリスに見送られ、シェリルは気分転換に庭園の散歩に繰り出した。


「やっぱりこの格好だと、落ち着くわ」

 独り言を呟きながらシェリルは素早く庭の植え込みの間を駆け抜け、最近一番のお気に入りとなった大木の根元に辿り着いた。そして危なげなくそれに駆け上り、一番低くて太い枝の上に落ち着く。一番低いとは言っても大木であり、そこは成人男性でも見上げないと視界に入らない場所の為、シェリルは安心してうずくまった。

(今日は本当に疲れたな)

 そんな事を考えながら、いつの間にかうとうとしたシェリルだったが、唐突に下から声がかけられた。


「姫? そこでお休み中ですか?」

 聞き覚えのある声に、シェリルは半ば寝ぼけながら頭だけを起こし、枝の下方を覗き込んだ。


「ジェリドさん?」

「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」

「いえ、寝るつもりはなかったのに、考え事をしているうちにうとうとしていたみたいです。下手をすると夕食の時間を過ぎても寝ていた可能性もありましたから、助かりました」

「それなら良かった。ですが、そんな所で考え事ですか?」

「はい、人間って色々面倒だなって……、あ、いえ……」

(こんな事が宰相様の耳に入ったら、『いかにも猫らしい発言はお控えください』って怒られるかも!)

 不思議そうに尋ねてきた相手にシェリルが思わず正直に答えてしまって一人で焦っていると、彼女の心情を読み取ったらしいジェリドは笑いを堪えながら理由を尋ねてきた。


「父には内緒にしておきます。今日は何かありましたか?」

「それが……、作って貰ったドレスやそれに合わせた宝飾品が仕上がってきたのですが、どれを今度の夜会で着るかで大論争になってしまいました」

「大論争……、姫とエリーシア殿が?」

「いえ、王妃様とレイナ様と、その他大勢の侍女さん達の意見が飛び交って、十着を何度も着直す羽目に……。しまいにはエリーが切れかけて、抑えるのが大変でした」

「それはお疲れ様でした」

 口ではそう労いながらも、心底うんざりとしたシェリルの様子がおかしかったのか、ジェリドは口元を押さえて微かに肩を震わせた。それを目にしたシェリルが、盛大に拗ねる。


「ジェリドさん……、絶対笑っていますよね?」

「すみません、つい……。お暇なら、気分転換に、少しお話ししませんか?」

「はい、構いません。今降ります」

 シェリルはその提案に賛同し、すぐさま一回転して音もなく地面に降り立った。それを見たジェリドは思わず拍手しそうになったが、我に返ってシェリルを庭園の一角にある石造りの東屋に誘導する。そして彼女が石造りのベンチに飛び乗ってそこに収まると、ジェリドが周囲を見渡してから軽く右手を動かし、簡潔に呪文の詠唱を始めた。


「ガルース・フェイシス・マイディン・ユーザル……」

 それを興味深そうに見守ったシェリルだったが、周囲を見渡しても何も異常は認められなかったため、ジェリドに尋ねてみた。


「今、何をしたんですか?」

「猫の姿の姫は、王宮の大多数の人間には姫とエリーシア殿の飼い猫という事になっています。猫相手に真面目に話し込んでいるのを見られたら、怪しまれるか頭がおかしいと思われますので、周囲から私達の姿が見えないように魔法で目くらましの術をかけました」

 そんな説明をされたシェリルは、何回か目を瞬かせてから感心したように呟いた。


「なるほど……。ジェリドさんは騎士さんですよね? それにしては、魔術を使うのが、お上手ですね」

「元々、この国の上流階級には魔力が強い人間が多くて、私も幼少期に魔術師としての基本的な教育を受けました。それなりの成果を出して王宮専属魔術師に就任する要請を受けたのですが、元々武芸の方に興味があったものですからある程度の年になったら武芸の修練に専念したのです。ですが攻撃も防御も魔術を使えればはるかに有利ですし、それを実感してからは並行して修練しました」

「……そうですか」

(ジェリドさん、ある意味相当変わっているかも)

 晴れやかな笑顔で告げられた内容に、シェリルは相槌を打ちながらちょっと失礼な事を考えた。すると彼が思い出したように言い出した。

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