第3話 養父の素性

 それから少しして来訪者が現れると、エリーの表情が微妙に変化した。


「おじさん、いらっしゃいませ……。同伴者がいると言っていましたか?」

「悪い。つい、言い忘れて。大丈夫、怪しい人物ではないから。私が保証するよ」

 慌てて弁解したクラウスの横で、同伴者の二人が冷静に自己紹介と挨拶をする。


「そちらの了承を事前に得ないまま、押し掛けてしまって申し訳ない。私は王太子のレオン・レスタ・エルマイン。こちらは私の従兄でもある、近衛騎士団第四軍司令官のジェリド・ミード・モンテラードだ」

「初めてお目にかかります、凄腕の魔術師殿。よろしくお願いします」

「こちらこそ、初めまして。エリーシア・グラードです」

 さり気なく手を伸ばしたジェリドを見て、レオンは(相変わらず女性にはマメだな)と呆れた視線を送った。その彼と握手を済ませてから、エリーシアは険しい表情で旧知の人物を問い質し始める。


「クラウスおじさん。どうしてこんな偉い人達と知り合いなの?」

「もの凄く今更だし、これまで確かに私も、自分の肩書きを口にした覚えはないが……。私が王宮専属魔術師長だということと、アーデンが私の前任者だったことは聞いていないかな?」

 クラウスが恐縮気味に述べた内容を聞いたエリーの顔から、瞬時に表情が抜け落ちた。


「全くの初耳です」

「……やっぱりそうか」

 二人揃って盛大な溜め息を吐いてから、エリーが冷静に客人達を促す。


「とにかく、中に入ってください」

「すまない」

「失礼する」

 小屋の中に招き入れられた男達は、目の前のテーブルに椅子が二つ向かい合って置かれているのを見て無言で頷いた。そんな中、エリーが何気なく声をかける。


「取り敢えず、メインで話をするのはどなたですか?」

「私だが」

「それならそちらの椅子は、レオン殿下が使って下さい。おじさんは適当に、二人分の椅子を準備して貰えますか?」

「ああ、分かった」

 レオンが応じるとエリーが木製の椅子を勧め、彼はおとなしくそれに腰を下ろした。正直これに座るより、クラウスが魔術で空気を纏めて空中に浮かせた座面の方が座りやすそうだとは思ったが、それに関しては触れずに早速話を切り出す。


「この家には、黒猫がいるな?」

「……なんですか、いきなり」

「時間の無駄だ。いるのが前提で話をさせて貰うが、その黒猫には以前から妙な術式がかけられているよな?」

(シェリルの事がバレている? 昨日の夜の変な気配って、まさかこいつら!? でも術式まで判明しているなら、ここは素直に認めておくべきね)

 完全に予想外の話の流れになったことで、エリーは動揺しながらも瞬時に腹を括った。


「父と二人がかりで頑張ってかなり解析できていますが、あと一歩の所で解除術式が構築できていません。ですが殿下は、どうしてそれをご存じなのですか?」

 心底忌々しげに語ったエリーシアに、クラウスがしみじみとした口調で告げる。


「できれば、私だけには相談して欲しかった……」

「小さい頃は私も、どうして他の魔導師に協力を求めないのか不思議でしたが、父から例の《黒猫保護令》の話を聞いて納得しました。おじさんが王宮勤めの魔術師なら尚更です。例え友人付き合いをしていても、警戒して相談するわけがありません」

「そこら辺の事情も、完全に誤解されていたか。本当に失敗した。思い切ってアーデンには洗いざらい吐いて、協力を仰ぐべきだった……」

「おじさん?」

 クラウスの独白っぽい呟きにエリーシアが首を捻ると、彼はこれまで以上に真摯な口調で懇願してきた。


「とにかく、君とその猫の身の安全は私が保証する。迎えの馬車を差し向けるから、明日にでも王宮に出向いて貰えないだろうか?」

「どうしてですか?」

「その黒猫に施されている魔術の解除術式が、王宮の魔術師管理棟に存在しているからだ」

「ちょっと待ってください。どうしてそんな物が王宮にあるんですか?」

「クラウス、ここから先は私が説明する」 

 ここで警戒心を露わにしたエリーシアに向かって、レオンが単刀直入に衝撃の事実を口にした。


「エリーシア・グラード殿。驚かれると思うが、恐らくあなたと一緒に生活している黒猫は私の異母姉で、この国の第一王女だ」

「……はい?」

(どうして!? 私が王女様!?)

 こっそり屋根裏で話を聞いていたシェリルは勿論、エリーシアも驚愕のあまり固まった。しかしその反応は容易に予測できており、レオンは小さく溜め息を吐いて話を続ける。


「これは王家の恥ずべき失態であるので、今まで外部に漏れないようにひた隠しにしていたが、姉上の保護者であるあなたには聞く権利があるし、私の責任で全ての事情を説明する」

「拝聴します」

 エリーシアは真剣な面持ちで頷き、居住まいを正した。そんな彼女に向かって、レオンは彼女達にとっては予想外、且つとんでもない内容を語り始めた。

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