第9話「悪の帝国Ⅸ」


 悪の帝国には今まで冷蔵庫が無かった。


 これの意味するところは単純だ。


 食料の保存において未だ帝国は兵站の限界が長くない。


 兵糧の殆どが乾物に頼られる関係上、嵩張る食料は使えず。


 乾燥させた脱穀前の穀物類と現地調達の果実と干し肉や干し魚が主力だ。


 少しでも長持ちさせる為の工夫で補っているが、それにも限度はある。


 この事実から恐らくは侵略活動も国土から1400km程で打ち止め。


 本国以外の制圧地域からの食糧供出も行っているが、事実上の重税を敷いている以上は暴動抑制の為に一定以上の食糧の搾取は厳禁にされている様子だ。


 制圧や侵略時の初期には滅茶苦茶な略奪が常態化されているが、それも搾取しても構わない少数民族や小規模国家に限られ、奴隷として他国に輸出して食い扶持を減らしているのである。


『隊長!! 連中の本陣のある学園内部で大きな叫び声が上がっていると!!』


『何だとぉ!?』


『そ、それが絶叫する男達の声が響いて来ており、今すぐに仕掛けるべきかどうかと監視部隊から具申が来ております』


『ま、待て!? 不用意に仕掛けるな!! 少数で偵察をだなぁ!?』


 まぁ、世の中はどう頑張っても技術や叡智無しには大幅な進歩はしない。


 なので、それを持ち込む異世界転生ラノベ主人公様が無双するのは大抵普通の事だが、ご都合主義に陥ると何でもかんでも解決してしまえるのが玉に瑕だ。


 根本的にソレを生かすには叡智を具現化する資本、創造する為の技術的なハードル、それを実現する為の環境、マンパワーを動員する為の人材、諸々がいる。


 超常現象っぽい生物はいるが、魔法の無いこの大陸でこういうのを実現するとすれば、それは単純に社会の中での地位の高い人間である必要がある。


 手っ取り早くソレを造るのならば。


『で、伝令!! 蒼い衣服を着た男達が数十名!! 現在、劣等種共が制圧している玄関ホールから出て来たとの事です!! アルローゼン姫殿下を囲んで何やら黒い袋を担いでいると!?』


『何ぃ!? い、急いで部隊をそちらに向かわせろ!? 一体、どういう事なんだ!?』


 ランタンを片手に黒く大きな長い袋を担ぐ仮面を付けた男達。


 その白い仮面に描かれているのはアルローゼン家の家紋だ。


「ひ、姫殿下ぁあ!!?」


 男達を後ろに控えさせて、部隊の後ろから叫ぶ指揮官らしき中年のすぐ傍まで共に行く。


「お、御身はご無事でありますかぁ!? そ、それにその怪しい者達は一体!?」


「う、何だ!? 血生臭いぞ!? そ、その袋……」


 兵士達の1人がポタポタと紅い雫が垂れる袋に顔色を蒼褪めさせる。


「残念ですが、あの方達は我が家の部隊が片付けてしまいました」


「ぶ、部隊? ま、まさか?! か、閣下の下で働くあの極秘の―――」


 中年の男の唇を人差し指を立てて閉ざす。


『た、だず、げぇ……』


「ひ?! 何だ!? 隊長!? この袋からこ、声が!?」


 途端、袋の一つからボチャンと内蔵と生暖かい血が零れ墜ち。


「ひぃ?! な、まさか、その、な、中身は?!!」


 首を横に振る。


「貴方達は何も見なかった。そう御爺様にはお教えしておきます。片付けを……」


『は!!』


 袋を持っていない男達が内蔵を再び袋の中に詰めて紐で縛る。


「この部隊の事はご内密に。死体はこの神聖なる学び舎から運び出す旨は御爺様や周辺の憲兵師団には連絡しておきます」


「そ、そのぉ……い、生きている劣等種もいるようなのですが」


 出来るなら引き渡して欲しいといのが相手の本音だろう。


「数分の命です。尋問する事も意味がありません。身体を生きたまま捌かれた状態で何を聞いても要領を得る言葉は返って来ないでしょう」


「―――」


 ポタポタと袋の中から未だに血が染み出していた。


 その雫をランタンの下で見ていた兵士達の顔は今や蒼白だ。


「ただ部隊の事を秘密にすると誰が制圧したのかという疑問が残ります。その点では公式には貴方の部隊が行ったとなるでしょう」


「そ、それは……よろしいのでしょうか?」


「はい。此処での会話は隊員も含めて沈黙して頂ければ……無論、御爺様はご承知ですから、何か咎められるような事はありません」


「そ、そう、ですか……」


 隊長が安堵した様子になる。


 誰だって責任問題は回避したいものだ。


「死体の処理及び見分に関しては憲兵師団にもこちらからアルローゼン家が責任を持って預かり、処分すると伝えておきます。何も心配なされぬよう」


 頭を下げる。


「お、恐れ多い事です!? あ、頭をお上げになって下さい!?」


「いえ、このような事になってしまい。我が身の迂闊さを嘆かずには居られません。幾ら学友達が心配だったとはいえ、不用意でしたし……この方達の命も散らせてしまいました」


「そ、そのような!? この劣等種は学院を襲ったのです!? そこまで慮られる事はありますまい!? 何もアルローゼン姫殿下の責任ではありません!!?」


「そう言って頂けると胸のつかえが少し取れたように思えます。では、あまりこの場で彼らを待たせる事も出来ませんので……学園裏に来ている馬車のところまで案内役を付けて、後は襲撃者を制圧したと憲兵師団にお伝え下されば」


「わ、解りました!!」


 男が何やらフルフル打ち震えながら大きく大きく頷いた。


「お前達!! 妃殿下を必ず馬車まで送り届けるんだ!! 後、そちらの方々の方はあまり見ないようにな!!」


「りょ、了解しました。隊長殿!!」


 部下達を数名付けて急いで男達が壁の外へと戻っていく。


 裏口まで辿り着くと兵士達は馬車に大量の黒袋と男達が乗り込むのを確認してから、こちらの一頭立ての馬車に最敬礼してくれる。


 それに僅か頭を下げてから出発。


 こうして、現場から一時遠ざかる事に成功したのだった。


 *


「リージ」


『はい。何でしょうか?』


 馬車の御者台から聴き慣れた声が響く。


「言ったものは用意出来たか?」


『ええ、用意だけは出来ましたが、彼らを逃がすおつもりですか?』


「せっかく死人が手伝ってくれるんだ。取り込む事にした。御爺様の部隊員で周囲を固めるのはいいが、手は出すなよ」


『あはは、お見通しですか。いやぁ、アルローゼン閣下は今にも議場の仮眠室から学園に軍馬を奔らせそうな勢いでしたね』


 『フィーチュワァアアン?!!』という声が遠くの議場から聞こえて来たような気がしたが、幻聴であって欲しかった。


 祖父は議場を管理している事務員達に極めてまた迷惑を掛けている事だろう。


「はぁぁ……使えそうな人材なんだ。御爺様にはこちらから話しておく。部隊の方にはそっちから手出し無用と言っておいてくれ」


『……そもそも、あの部隊にいるって話、しましたか? 私』


「あの御爺様が単なる優秀なだけの若手軍人だからって、こっちに投げて来るわけないだろ。出会った瞬間から、そうだろうなって思ってたぞ。いい加減にしろ」


『ああ、アルローゼン閣下も怖い方でしたが、今の主である貴方の方が倍くらい怖いですね』


「そんなわけない。こっちはカヨワイ乙女だぞ」


『カヨワイ乙女は襲撃してきた敵部隊を懐柔して、自分の手駒にしようとは思いませんよ?』


 御者台から溜息が吐かれ、肩が竦められているのが見える。


「手駒じゃない。ちょっと目的を共有出来そうな人材ってだけだ。丁度、裏の仕事を任せられる人間が欲しかったしな」


『それでどうなさいます? 彼らから背後関係は?』


「単なる槍の穂先がロクな情報持ってると思うか?」


『それでも拾わないよりはマシなのでは?』


「竜の国。ついでに使ってた武装から言って南部の継承戦争関連の連中が大掛かりな会戦が終わって、こっちで商売してるみたいだな」


『そういう事でしたか。それで彼らを何処に?』


「山脈の方に人員を裂きたい。主に帝国を狙う連中との橋渡し役だ」


『御一人で交渉なされるつもりですか?』


「何も戦争だけが全てを解決する方法じゃない。それと商売ってのは戦争を行う上での敵味方は左程区分しない。それこそ竜の国が傭兵だって事を考えれば、相手との交渉や商談役は絶対に必要だ」


『軍部はもう動き出していますが?』


「相手だって一枚岩じゃないし、こっちだって一枚岩じゃないだろ。一応、聞いておくが、オレと御爺様。どちらに付く? いや、肩を持つ?」


『……はぁぁ、言い難い事をお聞きになられますね。解りました。今の主は貴方です。フィティシラ様の肩を最初に持つ事はお約束します』


「それで充分だ」


 それから貴族街を出て帝都の外縁部に辿り着くまで一時間弱あるのだが、さすがに途中の帝都の内部にある森林公園で一度降ろさせた。


 すると、男達がようやくかという顔になっているだろう仮面を付けたままにゾロゾロと出て来る。


 一際大きな仮面。


 ゾムニスが蒼い貫頭衣姿のままに此方を見やる。


「本当にこんな小芝居であの場を離脱出来るとは思わなかったよ。それにあの肉の塊にも驚かされたな……」


 後方の荷馬車には大量の黒い袋。


 死体袋染みたソレが積まれている。


 ヒタヒタと血が滴るソレの中には牛や豚の肉や骨が内蔵込みでお湯で人肌まで温められて詰まっていた。


 黒い袋に詰められた哀れな犠牲者の声役も肉臭ぇと言いながらもぞもぞと仲間達に芝生の上で袋から出され、小柄な体躯の背筋を伸ばしている。


「策がちゃんと効いて良かったです」


 肩を竦めつつ、内心で一番危ない橋を渡り終えた事に安堵した。


 全ては学院の秘密施設があった故に可能な事であった。


 学院の食堂には入学に伴って御爺様経由で大量に手を入れたわけだが、その内実は大学生が知ってる程度の科学知識を使って簡素な冷凍庫を軍の技術者に造らせるという代物だったのだ。


 帝都の重要施設ともなれば、上下水道は完備している。


 そこに動力だけで動くスターリングエンジン式の冷凍庫を設置。


 帝国の技術者というか。


 紹介して貰った軍の技術研究職上がりの一般人を数名動員して、制作させたソレはまともに動いたので大量の食材を常時冷やして置けるようになった。


 アルローゼン家の人間を受け入れる際の食事のテコ入れだと学院側を納得させて大規模な工事をやらせたのは数か月前の話だ。


(ホント、食事が美味くなるって聞いたら、あの怪しい工事も受け入れてくれる我が学院には頭が上がらないな)


 嘗て偏食なオサナナジミに振った料理の腕を再度研ぎ直す為の投資でもあったのだが、案外安く付いたというのが本音だろう。


 ソレが実用化可能であった故に現在は経営中の店舗の食材保管庫には二号機三号機を置いて量産化態勢が出来つつある。


 帝都の貴族が店舗の料理に食い付くのも無理はないのだ。


 産地の食材を現場で可能な限り〆方まで教えて捌いてもらい、塩と香辛料で味付けして直送。


 届いたら冷凍庫で寝かせているわけで通常とは鮮度も味も違う。


 学院入学や店舗の開業までに帝都周辺の産地へ独自の物流ルートを作れた事は大きかったし、それが様々な物資の移動手段として活用出来るというのも事前準備の賜物だ。


 未だ氷が作れない程度の代物だろうと温度管理が出来るだけで塩蔵した食材から脱却出来るのだ。


 やらない理由は無かった。


 それこそ各地の手を入れたオリーブ染みた果実から絞る油で肉の類を油漬けにして保存したり、瓶詰、缶詰、発酵食品、その他諸々、出来る限りの食材の保存流通に関する研究をやらせて実戦させている。


「後はこちらで事態を動かしておきます。貴方達の願いは間接的にはそのものではなくても、改善されていく事にります。それでよろしいですか?」


「上の連中が考えるくらいの宣伝にはなっただろうし、構わないさ」


「ですが、同時に貴方達が生きていては困る人間が多いのはお解りですか? ゾムニスさん」


「我々から情報が洩れるとは思わなかったら、ああしてあそこに送り込んだ以上、味方……いや、我々を利用した者達からも生きているのは歓迎されないだろうなぁ」


 大男が溜息がちにボリボリと頭を掻いた。


「ええ、主に外套や装備。貴方が今も持ってる自決用のソレも含めて大きな火種になる可能性が高いです」


「そちらで処分して貰えると考えても?」


「それはええ……しばらく故郷に帰れない事を承知で私の依頼を受けてくれるのならば、活動資金も出しましょう」


「依頼?」


「誰もタダで助けるとも言っていません。共に肩を並べるならば、対等な立場で目的を達成しましょう。私からの依頼を受けてくれるなら、それ以外の事に関してはとやかく言いません。無論、無差別な破壊活動は無しで、ですが」


「………最もだ。単なる使い捨ての剣である我々が生き永らえて何をするのか。そう訊かれて咄嗟に答えられないようでは……先も無いだろうしなぁ。しかし」


 ゾムニスの言葉の先は言わなくても解っていた。


「貴方達の故郷にとって貢献する事。または帝国の侵略活動とは関係ない点での依頼をさせて頂きます。依頼以外の動きには干渉しません」


「そこまで信じられると言われるのも逆に困ってしまうものなんだな。いやぁ、本当にとんでもない方を人質にしたな。我々は……」


 信じる信じないの話ではない。


 待遇が良過ぎれば、どうしても疑いが首を擡げるのだ。


 それはこの短期間での話し合いや交渉では仕方ない事だろう。


「時には命を掛けて頂く事もあるでしょう。ちゃんと要求や支援に関しては十全なものをお渡しするつもりですが……」


「期待しておこう。では、こちらから―――」


 ゾムニスが手に持った大きなカバン。


 自決用の爆薬が入っているのだろうソレを差し出そうとした時だった。


 いきなり、カバンの内部が蠢いたかと思えば、黒い何かが月明かりに噴き出すように周囲へと放たれる。


「ぬぅぅッッ?!!!」


 手を離したゾムニスが肩と右足に何かを喰らった様子で咄嗟に背後へと跳んだにも関わらず血潮が噴き出す。


「(こいつは?!!)」


 辛うじて直撃は避けた。


 いや、弾いたと言うべきだろう。


 カバンの中から飛び出した何かが、いつの間にか変化した掌と指先で咄嗟に払われ、上空に浮いてからビュルビュルとカバンだったモノの内部へと戻っていく。


「爆薬じゃなくて、あの外套のお仲間ですか?!」


「くッ、総員!! その外套を脱げ!! 食い殺されるぞ!!?」


 男達がこちらを見て慌てて未だ蒼いローブの下に着込んでいたヤバイ生物を咄嗟に引き剥がして捨てようとし、次々に悲鳴が上がる。


 それは外套が剥がれる際に次々に乱杭歯らしきものを展開して、男達の背中を引き裂こうとしたからだ。


「がぁ?!」


「ぐ!? この化け物!?」


 何かされるより速く化け物達がベチョッと地面に落ちた。


 引き裂いた血肉の一部を纏いながら芝生の上で蠢き、思っていた以上の速さでカバンの方へと跳躍して次々に集合していく。


「まさか、元々一つだったのか?!」


 ゾムニスがその月明かりの下で融合肥大化していく悍ましい何かに顔を引き攣らせながらも、脚を引きずる様子もなく仲間達の下へ合流する。


 こちらを庇う位置に付いた男の顔は痛みに蒼褪めているが、歴戦の兵士たる風格だろう気迫に衰えは見られない。


 部下達が次々に男の背後から包帯だの傷を止血する為に持ち寄ると剣を構えた。


 彼らとて重症でこそないが、背中を裂かれて激痛が走っているのは間違いない。


 そういう点で言うと明らかに我慢強いでは済まない精神力だろう。


「!?」


 矢先の事だ。


 公園の芝生の上で蠢いていたソレがようやく月明かりの下、明瞭な姿形を取り始め、誰もがそれに顔を強張らせた。


「りゅ、竜?!!」


 それは確かにそう見えた。


 カバンの中の体積と男達の外套。


 ソレが合わさっても、そこまで大きくなるとは思えなかった。


 が、相手の厚みが無く。


 薄っぺらいのは骨すら無さそうな相手を見れば解る。


 暗褐色の骨組みに薄く青白い肉の布……金属光沢の皮膚を張り付ければ、そういうものになるかもしれない。


 全長は恐らく4m。


 だが、最も恐ろしいのはその壁画のレリーフのようなものが滑った質感で悍ましい程の奇声を上げた事だ。


「リージ!! 炎だ!!」


「すいません!! 今、持って来てません!?」


 遠間から声がする。


 馬車の御者達と数人の人影。


 月明かりの下でも真っ黒な光を吸収する外套を羽織った墨色の者達が数名。


 その手に弓矢らしきものを持って遠巻きにしている。


「周囲一帯を封鎖しろ!! 正規師団に連絡!! 装備は火責め用のものを持って来い!! 油の類を満載して散布出来る馬車もだ!!」


「了解しました!!」


 すぐに男達が高速で公園の外へと消えていく。


「どうやら、上は我々をそれなりに信用してくれていると思っていたが、実際には完全な捨て駒だったらしい。いやぁ、本当に気が滅入る」


 ゾムニスが溜息を吐きつつ、片手に剣を構える。


「ああいうのは大体冷たくするか熱くするかでどうにかなりますが、時間が必要です。正規師団が到着するのは恐らく現状なら10分前後でしょう」


「それまで生き残れと?」


「せっかく死んだのに生きていたとバレるのも困りますし、出来るなら後退したいところですが……」


 竜の青白い顔の最中、瞳がギョロギョロとゾムニスやこちらのテロリスト達を視線で追っていた。


「血の臭いでも覚えられたかなぁ……」


「口封じは完璧にしたかったと考えれば、ああいうものを使ったのも納得が行きます。それに力というのは本質的に身を亡ぼすモノですから」


「ははは、無敵の力はこの上ない死への路って事かな?」


 苦笑が零れたゾムニスの顔色は悪い。


 痛みはいいが、止血しても脚をやられている以上、まともに動く事は出来ない。


 真正面から相手と戦うわけにも行かない以上、相手の攻撃を分散させて、凌ぎながらジリジリと後退するのが関の山なのだ。


「考えがあります。先程の一撃から考えて、相手は金属の防御は無駄ですが、樹木のようなものならば、喰らうのにも限界があるはずです」


「そう思う理由は?」


「竜は金属を食べても死なない生き物ですが、消化出来る体積には限界があるはずです。それに幾ら食べられてもあの皮ばかりの身体……再生直後の肉体にまともな胃があるとも思えません」


「公園の樹を盾にするのか?」


「はい。出来れば、身体を持って頂けると幸いです。足が遅いので」


「解った。無理難題だが、此処は君の頭脳にも働いてもらわなきゃ化け物の腹の中だろう。やらせてもらうさ」


『大将!! き、来ます!!』


 竜がようやく動き出す。


 四枚の翼と骨に皮と金属を張り付けただけに見える体躯。


 まるでゾンビのようなソレがゆっくりと弛んだ皮を虚空に蠢かせながら歩き出す。


「総員散開!! 樹木を盾にしろ!! 走り回って攪乱するんだ!! 攻撃が突き抜けて来る事も考慮して、2本以上は相手との間に樹を置け!!」


『りょ、了解!! し、死ぬなよぉ!!』


『おらぁ、まだ帝国に復讐してねぇからな!! 死なねぇよ!!』


「行くぞ!!」


「はい」


 男達が剣を片手にして後方の林へと走り出す。


 ゾムニスと共に後退すると。


 相手の竜もまたそれに合わせるかのように四足歩行スタイルで速度を上げ始めた。


『く、普通の獣並みじゃねかよぉ!?』


 竜が口を開き無数の乱杭歯が口内まで続く様子を満月の下で見せ付けてくれる。


 男達と共に林に入った途端。


 弛んだ竜の皮の一部。


 金属光沢の装甲がまるで剣のように鋭く横薙ぎされた。



 まるで蛇腹剣だ。


 右から左に一線。


「!!!」


 咄嗟頭を下げて、ゾムニスもまた身を低く、タックルのような姿勢で前に加速すると真上を何かが通り過ぎ、ゾムニスの髪の毛が数本落ちて後方へ。


『ぎゃぁあぁ?!! が、か、肩がぁ!?』


 ギリギリで躱し損ねて斬り付けられた男の1人が後ろから肩の一部を抉られた様子で叫びながらも必死の形相で走る。


『こっちだ。化け物ぉ!!』


 男達の幾人かが腰に装備していた弓矢で気を引いた。


 すると、今度は竜の皮が細い錐のように尖って拭き伸び。


 ドスッと樹木を一本貫通し、遠間の男達が隠れた森林の樹木に大穴を開けて吹き飛ばした。


 その威力に回避した男達の数人が脇腹に掠った傷に顔を歪めながらも、更に後退して弓矢を弧を描くように射掛ける。


「マズイ。これだと数分持たない」


「……一応、アレを倒せるかもしれない方法が一つあります」


「何でも言ってくれ。このまま全滅するよりはいいはずだ」


「相手の懐。出来れば、口にコレを叩き込めれば、勝機はあります」


 胸元にペンダント代わりに掛けていた小瓶を取り出す。


「ソレは?」


「毒薬です。この量で並みの人間なら2万人は殺せるくらいの」


「―――物騒なお嬢さんだ。どうしたものかな」


「私を護ってあの化け物の至近まで行ければ、可能性はあります。相手の体内が望ましいですが、無理なら頭部に掛けるだけでも構いません」


「弓矢に括り付けて打ち込むのは?」


「一つしかありません。確実でなければ、皆殺しになります」


 ゾムニスが樹の間を巧みに動きながら笑う。


「解った。そろそろ脚も限界だ。それに賭けてみよう」


「いいんですか? 良くても重症ですよ? たぶん」


「元々、死ぬつもりで来たんだ。それは要らぬ心配じゃないかな? フィティシラ・アルローゼン」


 ウィンク一つ。


 これから8割方死にそうな作戦を聞いて尚お茶目に笑う男は何処か清々しい。


「……解りました。総員に援護要請を」


「ああ!!」


 ゾムニスが男達に大声を張り上げ、援護しろと叫ぶ。


 それに次々、男達が頷いて月明かりの下。


 遠方から夜警の笛の音がやってくるのを背にして反撃が始まった。

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