第6話「悪の帝国Ⅵ」


 悪の帝国と言っても、悪人が国を作っているわけではない。


 傲慢と差別は別に何処の世界の何処の国でも程度の差はあれど、存在しているはずだし、今がどんな時代であるかを考えれば、この世界にもいよいよ文明化の波は押し寄せて来ている。


『カ、カカカ、カータさん!? ど、どどど、どうしましょう?!!』


『そ、そんな事言われてもぉ!?』


『で、殿下が暴漢の手に落ちて、我々が何もしていないと知れたら、く、首が!? 首が幾つあっても足りません!!』


『む、無理ですよぉ!? あんな、屈強な劣等蛮族相手に騎士様もいないのに我々だけで立ち向かうなんてぇ?!』


『どうしましょう!!?』


『ど、どどどうにもなりませんよぉ……(´Д⊂ヽ』


 ぶっちゃけるが差別は無くならないが、差別がずっとそのまま続くというのも時代の転換点に差し掛かれば、状況によっては幾らでも変わるものだ。


 劣等だ。


 野蛮人だ。


 蛮族だ。


 と、相手を蔑んでみたところで、その考えが100年後も世界のスタンダードで同じかどうかかなり怪しい。


 数百年は持っても千年は持つだろうか?


 2000年持っても1万年は持たないに違いない。


『大将!! こんな美味い肉喰った事ねぇ!! この長ぇーのは何なんだ? まさか、そこらの豚や牛のアレじゃぁねぇだろうな?』


 下品な話だが、この世界ではそういう話が出るのも止む無しだ。


 根本的に経営中の飲食店が大盛況なのはこの世界の料理が未開な事。


 そして、人一倍偏食で好き嫌いの激しい幼馴染に何とか野菜とか肉とか魚とかをバランス良く食べさせようとした青春真っ盛りに得た知識のおかげだったりする。


「単なる【ソーセージ】ですよ。ウチの食品加工業者が学内に降ろしています」


『しょく、なんだって? 大将!! いいんですか!? 縄も解いちまって!?』


 劣等種、蛮族。


 と、普通の貴族の子女なら言うだろう垢染みた様子もない男達がワイワイガヤガヤしながら食堂から持って来た食料をガツガツと貪っている。


 ようやく縄が取れた跡が手首に付いた。


 が、これは袖で隠しておく。


 この帝国の春と呼ばれるご時世に貴族の子女に縄の跡など付けたら、劣等人種と言われて久しいアバンステアの諸服従民族は縛り首だろう。


「それで我々とどういう話をしたいと?」


 対等な位置で縛られる事もなく座る大将と呼ばれた男の周囲には誰もいない。


 男が敢て今の内に食事して来いと言って遠ざけたのだ。


「まずは名前を教えて貰っても?」


「ゾムニスだ」


 ゾムニスに頷く。


「では、まず……この事件の内実を紐解いて行こうと思います」


「内実?」


 肩を竦める。


「爆発物の製造と所持。門の破壊。突入。迅速な人質の確保。要求。自決用の品。お膳立ては先日の帝都の襲撃者。竜を使っていた事から竜の国の工作部隊。一緒に降下して現地の各地にいる奴隷集団に匿って貰い。用意されていた装備を回収して貴族街の壁を乗り越えて侵入。馬車は貴族街に出入りする奴隷に用意して貰って、一番警備の薄い時刻に突入。目的は恐らく此処で騒ぎを起こす事。貴方達が自決と言うからにはそもそも貴方だけしか本当の目的は知らない。あるいは薄々勘付いているものの、部下達には単なる示威や要求の為と説明している……」


「――――――」


 相手の顔はまるでお前は最初から全部見てたんじゃねぇのかという非常に驚愕とも狼狽とも思える無言だった。


「……どうして、そう思うんだい?」


「単なる推測ですよ。此処に入り込む方法を考えて、貴方達に出来そうな選択肢を絞り込んだだけです。先日の竜の襲撃は見ました。それを使って厳重な帝都の出入国管理を誤魔化すくらいしかあの人数を潜入させる術も無いでしょうし」


「……さすが、アルローゼン。と言ったら、君は怒るかな?」


「いいえ、そう思われてるのはいつもの事なので」


「貴族には貴族の苦労があると言うが、その歳でそういう事が解るのには同情するよ。それで推測が当たっていたとして、君は何を言いたい?」


「ハッキリ言いますが、御爺様相手には無駄な死を積み上げて、様子見されるとウチの悪評がまた高まってしまうので止めて欲しいところです」


「無駄?」


「そちらの上層部の方々は貴方達を使って様子を見ているのですよ。実際、帝都の人間には効果があるでしょう。でも、御爺様には効果が無い」


「………効果とは何の事か聞いても?」


「御爺様は軍を帝都や本国に留め置く事は無い、という事です」


 その言葉にゾムニスが本当にコイツは見た目通りの少女なのだろうかと内心で訝しむを通り越した様子で凝視してくる。


「大枠での大戦略において御爺様は非常に優秀です。独裁者として帝都の住民を黙らせる権威もある」


 相手は無言だが、その瞳は確かに先を促していた。


「だから、国民の不安から来る非合理的な戦略や戦術は取りません。恐らくは憲兵隊を拡充して外地の戦争の宣伝を強化するだけです」


「……ふ、あははは……はぁぁ……そうか。君はオレ達の命の使い道は意味が無い、とそう言ってるのか」


「ええ」


「優しいな……腹が立つ事に今、反論出来る材料が無い」


 ゾムニスが大きく息を吐いて肩を落とした。


 そして、キロリとこちらを見やる。


「そんな上層部の意向は関係無い。と言ったら、君は困るんだろうな」


「ええ、此処で感情のままに貴族の子女を弄んで殺して回る相手になって欲しくはありません」


「此処には死にに来たのに肝心の君達帝国貴族……いや、君にオレ達は……今更人間扱いで死ぬなと言うのか?」


 それは実際、実感が籠った言葉だった。


「自分が人間である事以外誇れるモノが無くなったら、人間お終いですよ」


「劣等種だ。野蛮だと言ったのはアバンステアが先なんだが?」


「だからこそ、そういう人間性を剥奪する手練手管に乗れば、御爺様の思う壺です。相手を愚かにして勝つ……やる時は徹底的に……が、御爺様のやり方です」


「見て来たようじゃないか」


「孫ですから」


 殆ど本で仕入れた知識とは此処では言うまい。


 孫馬鹿な祖父は家では殆どふぃーちゅわぁんとベタベタしてくる完全無欠の孫大好き人間なのでぶっちゃけ仕事の話とかは訊ける雰囲気ではないのだ。


「相手の民族や思想、文化、そういうものを完全に潰せるようにして管理。要らなくなったら存在毎抹消。御爺様は結構えげつないですよ?」


「………」


「やられたらやり返すのは良い心掛けですが、現実は決してソレを許容するばかりでもないでしょう」


「やり返せる場所に今、オレ達はいると思うが?」


 苦笑する。


「やり返せているんじゃありません。御爺様のやってる大戦略の駒にされてるだけです」


「駒?」


 肩を竦める。


「今の貴方達は御爺様が発生を予期していた単なる世論誘導用の駒です。この帝都の中で調理される食材と何も変わりません」


「復讐するなと?」


「復讐するなとか。そんなの空しいとか。悔し紛れの命乞いやお説教をして欲しいわけじゃないですよね?」


「気は晴れるかもしれない」


「私を凌辱して殺しても殺される時に後悔するだけです。御爺様は殺すよりも人間の絶望の限界をお見せするのが得意なようですし」


「絶望の限界?」


「貴方達の故郷の女子供を貴方達の前で凌辱して生きながら解体して命乞いを貴方達にさせるとか。そんなのです……」


 相手の顔が僅かに歪んだ。


「言っておきますが、御爺様が昔やってた拷問集の軍の資料を見ただけで事実ですよ? ちなみに相手が自分の言いなりになるまで拷問相手の見知った者を探し出して同じことをすると脅したとか」


「……脱帽だよ。お嬢さん」


 ゾムニスがポリポリと片手の指で頬を掻いた。


 相手に脅されていると普通なら思うのだろうが、生憎と相手はちゃんと冷静な復讐鬼であった。


 今の状況でこう言ってみせる事自体、相手を信頼とは言わないまでもちゃんと見ていなければ、言えるものではない。


 それは解ってくれたらしい。


 まぁ、こちらもあまり煽るような発言は出来ない。


 殺されては意味が無いのだ。


「単なる復讐。やり返す為だけに此処までやって来たとしても、何か意味を求めるのが人間です。なので、貴方達の命の使い方に付いて一つ提案があります」


「提案?」


「何も難しい話じゃありません。死にに来たなら、幸せに死んでいって下さい。貴方達の背後にいる同じモノを背負う人達に何かを遺して死んで下さい」


「それを……君が言うのか? アルローゼンの君が」


 ゾムニスが僅かに顔を歪める。


「一度死んだ人間からの忠告です。カヨワイ貴族子女を悪辣に絶望させて殺し、故郷の女子供が全員同じ目に合わせて死ぬよりは余程に建設的だと思いますよ?」


 ニッコリしておく。


「それは脅しかな?」


「いいえ、私がそうされた場合、9割近い確率で御爺様がそうなるように仕向けるだろうという程度の推測です。あれで御爺様もご自身の身内には甘いんですよ」


「………その提案とやらを訊こう。本当に意味のある死とやらを、オレ達に教えてみせてくれ。恐ろしいお嬢さん」


 相手の額には汗が一筋伝っていた。


「フィティシラ、です。ゾムニスさん」


 手を差し出す。


 そして、一時的にとはいえ。


 その手は確かに取られたのだった。

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