第294話「永久の渚へ」


 最初の疑問は何故、この世界は止まっているのか、だった。


 それを明確に言葉にするのは時間移動がどういうものかを解き明かす必要があったので保留になっていたが、答えは出た。


 自分が知っている時間移動に関する基本的な知識は5つ程だ。


 宇宙間移動による宇宙の外からの座標転移は時間の連続性を無視して巨視的認識によって現在を確定する。


 その確定された現在は厳密には自分のいた過去ではない。


 確定された宇宙は観測者、認識者そのものの紐付けられた宇宙を模倣する。


 よって、この座標移動転移は疑似時間移動であるが、先に同じような観測者がいた場合はそちらの観測が優先された確定先に跳ぶ事が出来る。


 跳んだ瞬間に確定しているので世界の運行は通常通り為されており、物質が止まっているような状態が時間移動先で起こっているとしたら、それには別の理由が存在する。


 要は最初に世界が止まっていたのは疑似時間移動のせいではない。


 こうなると世界が物質的に止まっていた理由には問いが投げ掛けられる。


 どうやって地球規模の物質を止めていたのか?


 これを疑問に対する答えに一番近いのは自分の魔術コードだが、それが過去を模した世界に存在するはずがない。


 では、存在するはずがないものが存在するとなれば、それにはどのような答えが出せるか?


 答えは2通りだ。

 最初から存在した。

 自分より先に誰かが技術を持ち込んだ。


 だが、後者の場合は確実に自分の過去に近似する世界である以上、自分以外に自分と同じような過去を持つ人間が必要になる。


 だが、これは無しだ。

 理由は単純明快。


 乗り物に乗っていたのは自分一人であり、確定した過去に送られたとはあの送られた時の現状では考えられない。


 過去を見て来いとあの唯一神は行ったのだ。

 ならば、それは自分の過去でなければならない。

 確定していない疑似時間移動が行われていた可能性は9割以上。

 つまり、残った可能性は一つ。


 自分の過ごしていた本物の過去の時間軸でも最初から魔術コードが存在していた、というのが答えとなる。


 この先に待つ知識や疑念は正しく答えそのものに訊くしかないだろう。


「在ったわね……大きい……4000kmはあるんじゃない?」


「ああ、まぁ……オレのいた未来に同じようなのはあったが、デカイな……つーか、内核に収まらない質量……距離感がオカシイのは空間制御のせいか?」


 傍らに猫耳美少女を連れて、周囲の明度を完全に制御して超圧力を球体状の量子転写領域で物理的に保護。


 無理やり相似状態にした周辺の惑星核内部の圧力を操作しつつ、センサー類をフル稼働……するまでもなく。


 ソレはCGでも十分に威容を顕わにしていた。


 船だ。


 外宇宙航行用としか思えない長大な船体はコロニーと呼ぶべきか。


 だが、巨大な長方形型にも見えるソレの全周を走査すれば、未だに魔術コードと同じ反応に守られた領域が後部付近に存在していた。


 超大出力のバーニアらしきものが後方には見えるが、船体そのものが一つ繋がりではない事は予測してみたがほぼ確実。


 ブロック構造で何処かのブロックが壊滅してもそこを組み替えて切り離し、再建造すれば自力で永続的に航行可能のようだ。


 その使われている技術や多くの材質的なものが遥か未来に存在する“天海の階箸”と89%以上同質なものと結果が出れば、もう答えは分かり切ったようなものだった。


「行くぞ」


 球体状の領域を維持したまま。

 外壁に取り憑き、緊急用の入る為のハッチでもないかと捜索。


 すぐに船体側システムからの応答があり、侵入部の開放が始まった。


 全長20m程の小規模な開口部がゆっくりと目の前で装甲内部から現れる。


 蜂の巣状で装甲そのものはどうやら巨大な一枚板ではなく。

 無数の集積されたメタリックな移動式の欠片で出来ているらしい。


 量子転写領域が存在する内部にまではマグマも入って来れない様子だった。


 そのまま侵入する。


 後部で物理的に壁が形成されて閉ざされ、内部に灯りが灯った。


「―――?!!?」


 フラムが思わずなのか。

 こちらの服の端を掴む。


 周囲の全てを見れば、その気持ちも分かろうかというものだろう。


 内部は広大な空間が広がっており、まるで骨組みばかりのような無数の梁に覆われていた。


 見通す先は極めて遠くまで続いており、その空間内を埋めるかのように巨大な物体が外側向けて鎮座している。


 それを最初は攻撃用の誘導弾の類かと思ったが、よく見れば違う。


 それは巨大な数百m級の戦艦群だった。


 どれもこれも宇宙戦艦ですと言いたげな程にアニメ染みて砲弾みたいに巨大なチャンバーに装填され、外部ハッチの外へと艦首を向けていたのだ。


 その特徴は主に外部が一繋がりで継ぎ目が無く。

 流線形で武装らしい武装が外部へ見えない事か。

 それもまた量子転写技術全盛ならば頷ける。

 武装は全て装甲材の変化で生み出すか。


 もしくは装甲周辺の星間物質を用いて生み出されるのだ。


 船体外殻はとにかく強度と気密性を上げる為に完全に物質的な閉鎖型。


 内部構造は全てブロック構造で物理的な連絡通路は無く。


 恐らくは必要な時だけブロック間の接触面の物質を組み替えてゲートを造る方式だろう。


 船体内部の構造材質そのものが超高密度の回路染みた代物であり、演算能力を有している。


 動力源もまた船体の質量そのものとなれば、必要な推進用機関も必要ない時は存在しないに違いない。


 一見すれば、巨大な槍のようにも見えるが、この戦艦一隻で自分の持つ神剣を遥かに凌駕する処理能力を持つ事は間違いない。


 走査すれば一発で分かった。


 神剣が何億本束になったかのような構造がその船そのものなのだ。


 解析した結果だけ言うなら、此処は利用出来るものにとっては銀河団すらも手中に収められる程の宝の山だ。


「この反応……この船のシステム……あの電車と同じか? 疑似時間移動……深雲のネットワークが無限に等しい時間を全て網羅しているならば、システムが存在する時間の連続体は一種の道に見立てられる……超光速移動システムの出来上がり……と……はぁ、要らないもんをまた見付けたな」


「光の速さを超えるって……この船が?」


「オレ達がやってたのは座標移動だ。だが、その移動先はオレ達が知ってる世界じゃない。同じ場所だが、同じ宇宙じゃないって話はしたよな?」


「ええ」


「でも、先に全ての座標を知ってる連中が確定した時間帯が存在してるなら、確定者、観測者がいる宇宙の絶対座標間を移動する際にはその相手が傍にいるなら、そちらの認識が優先される。そして、その時あの電車は座標移動そのものが単なる距離的な移動になる。普通の人間なら時間移動中に確定した宇宙を認識なんか出来ないが、それをやってるのがネットワーク機能を持つ機械なら、その時点でその観測者は疑似時間移動中のガイドラインとして機能するんだ」


「えっと……標識みたいなもの?」


「ああ、そんなもんだ。ほぼ同じ時間に出れば、主観時間と体感時間を消費するだけで何処まででも宇宙を移動可能になる標識だ。移動座標の状態を指定すれば、時間を前後させたのと同じになる。過去にも未来にも行けるな。恐らく」


「自分と出会った移動を阻止したらどうなるの? タイムパラドックスが起きるとか?」


「いや、これは座標移動なんだ。時間移動じゃない。タイムパラドックスは起きない。ただ、別宇宙の物質であるオレ達が自分達の宇宙じゃない宇宙で座標を飛び飛びで出入りしたとすれば、恐らく過去の自分達の行動を何一つ変えられない。因果律的な順序を乱せなくなるように調整されるんじゃないか?」


「順序?」


「宇宙を規定する認識の競合順位は恐らく最初に巨視的視野でこの宇宙を認識したもの。その次に来たもの。その次に来たものという具合に順番だ。先に認識していた奴らが強い。なら、自分達が存在していた場所に行くとなると、先に存在してたのは前のオレ達だ。そちらの方の思考や認識が宇宙を決定付ける序列になる可能性が高い。要は自分達が体験してない事は起こらない」


「じゃあ、未来の私達が過去の私達の直接目の前に跳んだら?」


「オレ達は跳べなくなるか、あるいは事故にでも合って、別座標や別宇宙に跳ぶ可能性がある。宇宙の方からお前らの順位は低いと調整が入るんじゃないか。まぁ、全部推測だし、試してみる気にはまったくならんが……」


「つまり、タイムパラドックスは起きないけど、認識順位差で過去の自分達へのパラドックスが防止されるの?」


「そうだ。この推測を踏まえるとこの疑似時間移動装置は先行する宇宙の観測者をビーコンにして宇宙の外と内部に入る作業に必要な時間だけで光の速度を超えて超長距離が移動可能になる。宇宙の外と内部に入る為の時間で行ける距離は光の速さで行ける距離を超えるわけだ」


「確定、連続した時間に入れれば、それは距離の移動でしかない、でいい?」


「ああ、あくまで観測者が連続して認識、存在する時間帯に限られるけどな。ただ、その観測者が人類よりよっぽど長い時間存在しているシステムだから、宇宙の終わりまでは上手くすれば行けるかもしれない」


「何か今、物凄い事言わなかった?」


「ビッグバンやビッグフリーズ、ビッグリップ、諸々の宇宙の終焉をわざわざ見に行きたい自殺者向けだけどな」


「じゃあ……実質、認識するシステムが存在しなくなるまでは何処にでも同じだけの時間経過で同じ宇宙を移動し放題?」


「そうだ。この宇宙から自分達の宇宙に帰る際も同じ物質さえ傍に保持していれば、システム内の処理、行き先を変更するだけで良くなる。これを応用すれば、レールを切り替えるように何処の宇宙、何処の時間帯にも行けるようになるな。無論、その為にはガイドラインとなる観測者とその宇宙に存在する物質。紐が必要になるが」


「宇宙の何処にでも行けて、自分達の時代にも帰れるようになる?」


「それでOKだ。ちなみにあんまりその宇宙で滞在して、その宇宙の物質で躰とかが代謝すると帰れなくなる可能性があるから、行く時は密閉式の生活拠点から出ずに暮らすか。あるいは完全に代謝しないように色々と気を使う事になる。まぁ、ガイドラインのシステムの方に物質を保持しておけば、何か問題ない気もするけど」


「………ハッ?! 何で私こういうの分かるの?!」


 どうやら今更に思い至ったらしい。


「その猫耳は伊達や酔狂だとでも思ってたのか? 少なからず、頭の回転くらい早くなるさ。個人差はあるけども」


「何か、知らない間に私の頭を弄り回してる奴がいるわ……危険ね」


「ナイフを抜くな!? 別に弄ってない!! ちょっと、脳の使ってない領域が活性化してるだけだって!?」


「……別にいいけど。私の方の空間跳躍とどっちが便利なの?」


「お前の空間跳躍に毎回使ってる生命エネルギーって結構馬鹿にならないんだぞ」


「え?」


「自覚無いだろうが、お前が現在までに空間転移させてきた物体の質量とか距離とか。かなりのものだからな? その猫耳で連結してるシステムからエネルギーとか供給してるんだからな?」


「そ、そうだったの?」


「ああ、そうなんだよ。面倒だから説明しなかったが、お前のDNAから造った無限再生式の先兵の中枢と同じようなコアが日本各地、地球から太陽系外縁まで300個近く置いてあるから出来るのであって、あんまり遠くに行くと通信が途切れた瞬間にエネルギー不足で帰れなくなるぞ」


「知らなかったんだけど」


「ああ、教える暇無かったし。空間転移実験も兼ねてたからな。不安にして失敗されても困るだろ? それに通信距離とかの限界も微妙に研究し切れなかったせいで出力を引き出せる距離が不安定でな。火星圏までは安全圏だったから行かせたけど」


 ギュイッと脇腹が抓られる。


「ちなみにオレの技術が無かったら、お前が4億人くらい枯死してるとだけ言っておく」


「―――も、もう訊かないわ!!」


 さすがに絶句したフラムが思わず喚いた。


「それにしても……そうか。そういう構造なわけか……思ってたよりもヤバいみたいだな」


「何がヤバいのよ?」

「すぐに解る」


 船体側のシステムにアクセスし、船内の情報にアクセス出来る最上位端末を捜索。


 すると2300km程先の制御区画までの地図が開示された。


「今からオレが言う座標に跳んでくれ」

「う、うん」


 ナイフが引き抜かれ、転送した座標へ即座に転移が実行。

 目の前の景色がブレたと思ったらすぐに別の景色が現れる。

 そこは10m程の大きな隔壁に閉ざされた通路の前だった。


 周囲にはざっと侵入者の撃退用に極めてヤバそうな対人兵器が満載されているようだ。


 システム側に入る為の条件を尋ねるが、条件ではなくロック解除の応答。


 ゴグゥンと何かシャッターらしきものが奥で開いたような音と共に四方八方に隔壁が格納されて目の前に丁度良さそうな通路が現れた。


「此処から先は変な事するなよ。基本的にオレ達の方が弱いからな」


「そうなの?」

「ぶっちゃけ普通の魔術以外に此処から脱出する方法が無い」

「……行ってやるわよ。もう決めたんだかから!!」

「なら、離れるなよ」


 袖がギュッと握られた。

 そのまま歩き出して数十秒。


 内壁は薄明りを灯しており、鋼色の通路も圧迫感なく通る事が出来た。


 そうして、その先の部屋が見えて来る。


 室内に踏み出せば、これまた広大な体育館倉庫程度はありそうな段々畑状の場所に出た。


 各フロアが階段で繋がれており、フロアの目前には巨大なディスプレイらしきスクリーンが一つ。


 無数の計器が並んだコンソールがフロア端に幾らも集中しており、この巨大な船の中枢が少なからず千人規模で運用されていた事が垣間見えた。


 フロアを繋ぐ階段を昇って最上階に入れば、半透明の硝子染みた世界が広がっており、殆どのものが色の付かない透明な珪素系の構造材で組まれているのが分かった。


 ただ、中央にある椅子以外には何一つ計器も無く。

 周辺を走査しながら、恐る恐る歩き出して、椅子に座ってみる。


「……何も起こらないわね」


 数秒して少女が首を傾げ。

 しかし、それに応えられもしなかった。

 情報の本流が流れ込んで来る。


 視覚情報からもそうだし、脳内の光量子通信を行う部位からもだ。


 だが、それらは殆どが恐らくドライバのインストールに近い。

 この船のシステムを使う為の環境が脳内に構築されているのだ。

 意識は明滅しないが、途端に処理される情報量の多さに五感が鈍くなる。

 ほぼ全ての感覚が0に近付いていき。


 最後に全てが黒く染まったかと思えば、パチンと呆気ない音を立てて、世界が白く染め上がり、椅子に座ったまま……目前に人影を見た。


 彼女はカッチリとしたトレンチコートに制帽を被り。


 背後の長大な黒髪もそのままにフロア端で背を向けて、目の前の虚空に何事かを喋っている。


 どうやら始まったようだ。


 この世界の本当の姿とやらに辿り着く為の物語が……それだけは見ていて分かった。

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