第282話「第五の将」


「似合うぞ」

「………」


「自分で着ておいて、その顔は無いと思うんだよな。つーか、自分なりに清算してきたって何して来たんだ?」


 魔王様ルックのまま。


 東京都心。


 近頃、すっかり魔窟と化した永田町の与党本部ビルの屋上端に座りながら、役人が引っ切り無しに出入りするのを見つめながら、イチゴ牛乳片手に横へチラリと視線を送る。


 其処には黒に紅の入り混じる水墨画のように複雑な流線形で形作られた衣装。


 和服と制服の中間のような胸元も開いていなければ、スカートもそれなりに長いなんちゃって装束を着る未来の嫁そっくりな人物が一人。


 そのフレアスカートも黒タイツも足元のヒール状のスーツと一体成型の靴も似合っているとは思うのだが……まぁ、何が不満か位は分かった。


 装束と同じ色彩のヘッドフォンの頭部には三角でヒコヒコ動くものが二つ。


 ついでに装束の尾てい骨当たりからはニョッキリと揺ら揺らする1mはありそうな長いものが風に靡いている。


 黒い猫耳尻尾な悪の大幹部がいたっていいじゃない。


 とりあえず、どっかの漫画かアニメからイラストレーター当たりが適当に描いていそうな緩い装束に身を包んだフラム・ボルマンは至ってジト目だ。


 もうそれこそこの人間の屑をどうやって処分してやろうかと頭の片隅で考えていそうだ。


 ちなみに猫耳と尻尾は有機物に見えて金属細胞製だ。

 当人の能力を適当にブーストしてくれる。


 基本的にはいつも使う系統の能力を用いると脳内の活性領域を痛めないよう脳細胞間の伝達物質やら信号やらを調整しつつ、不用意に戦闘中テンションが上がり過ぎたり、下がり過ぎたりしないようにしてくれる優れものだ。


 肉体は極力弄らないよう白血球内に潜ませた金属細胞製のマクロファージ型ボットが血中を監視。


 異変があれば即座にその場に集まって危険物質は自身に取り込んで肌から廃棄。


 ついでに魔術コードが必要なくらいに損傷したりしたら、すぐにその部位をナノ単位で形成してその内部に取り込んでいるHENTAIなIPS細胞っぽいものを放出。


 先兵に使用した細胞塊が遺伝情報に従って即時増殖と修復まで漕ぎ着ける。


 まぁ、肉体4つ分程度の増殖を行える栄養は体内のボットから、水分は衣装側からも補給されるので早々死ぬ事は無いだろう。


「ねぇ、どうして私の話し方がこんなになるの……にゃー」

「ブホ!? く、くくく」


 思わずツボに入った。


「ッッ?!!? 自分でやっておいて何を笑ってるのッ? にゃー?!! このHENTAI野郎ッッ!!?」


「ちょっとしたお茶目だ。言っただろ? 悪の大幹部には個性が大事なんだ。それにお前の精神を護るのにどれだけオレの持ってるチートが通用するかの試験でもある。その内にオンオフ機能は付けてやるから、しばらくはそうしててくれ」


「くッ、覚えてなさいよ……にゃー」


 語尾はニャーで決まり。

 そんな悪の大幹部。


 黒紅将こくこうしょうフニャムの出来上がりである。


「名前も可愛いぞ。フニャムさんは」

「―――ッ」


「ふぅ……久しぶりに心底笑わせてもらった。途中で語尾が変わっても気にするな。で、何を清算して来たんだ?」


「知ってるでしょ。どうせ」


「家にしばらく戻らないから管理任せたって書き置きしてメイドさんを困らせて出て来るのは清算したとは言わないぞ」


「ッ、知ってるじゃない!!」

「で、何を清算して来たんだ? 

「………関係ないって自分に言うの止めたわ」

「そうか」


 相手が以外そうな顔をする。

 もっと、何かを言われると思っていたらしい。


「今、お前が思ってる事に答えると。お前にマシンガントークする必要は今のところないから、そうしないってだけだ」


「人の心、読まないでくれる?」

「読んでない。チートも使ってない。顔に書いてある」

「……まるで別人みたいね」

「オレがか?」

「前は幾らでも要らない事を喋る機械みたいだったのに」

「必要ないからな」

「こんなところで黄昏てるのもそう。思ってたのと違うわ」

「悪かったな。面白魔王様じゃなくて……」


 本日はそろそろ暮れ掛けている。


 明日には委員会への間接干渉の為の国家への働き掛けが始まる。


 ついでにこの数日途切れていた動画もup予定だ。


「新しく入ってきた連中。あっちもまた未来人だって話だけど、そんなに未来が酷いって言うなら、いっそ大昔に戻ってやり直せばいいのよ」


「ああ、そうだな。だが、恐らく出来ない」

「理由でもあるの?」

「この世の中には知らなくていい事なんて幾らでもある」

「……詭弁は無しよ。私は大幹部なんでしょ?」


「オレがこの世界を創ったに等しい。これが文字通りの話なのは教えたよな?」


「ええ、物凄く不満しかないけど」


「腰を折るな。だが、オレそのものが紐付けられた世界の模写。贋作みたいなものだとすれば、そこには要点が必要だ」


「要点?」


「それが過去に行けない理由だ。そして、この世界の人間にも教えられない謎にしておかなきゃならない事実だ」


「私にも?」


「ああ、オレがいなくなった後。それでもこの世界は適当に進んでいかなきゃならない。その時、そんな情報は無い方がいいんだ。それは何れその時に分かった奴らが解決しなきゃいけない事だからな」


 詭弁だとは言われなかった。

 納得はしているようなしていないような。

 しかし、煙に巻いたとも思われていないようだ。


「ねぇ、あなたの妻ってどんな人達だったの?」


「可愛かったぞ」

「他には?」


「優しかったり、強かったり、偉かったり、弱かったり、色々だな」


「恋しい?」

「ぁあ」

「帰りたい?」

「もう少し、したらな」

「泣きそうになる事ってあるの?」

「時々」

「……どうして、答えてくれるの……」

「オレがそうしたいからだ」


 見れば、横に座った少女がこちらを見ていた。


「この時代で適当に生きていけば?」

「却下で」

「でも、帰れるか分からないんでしょ?」


「まぁ、ぶっつけ本番だな。失敗したら、二度とオレは元の時代に戻れないかもしれないし、あるいは永遠に別時間軸や同じような別世界を渡り続けるかもしれない。そもそも時間を渡る途中に永劫止まったままになるかもしれないし、宇宙の終わりまで意識のあるまま固まって死ねないかもしれない。単純に死ぬだけなら簡単なんだろうが、現実はそれよりはシビアかもな」


「大事なのね。その奥さん達が……」

「ああ、世界の何よりもだ」


「なのに命まで掛けて、こんな世界にお節介焼こうって言うの?」


「悪いか?」

「悪いわよ」

「どうして?」

「だって、この世界の住人じゃないでしょ。あなた」

「最もだ。だから、悪党を名乗っているわけだが」

「それ、免罪符にはならなそうよね」

「勿論だ。でも、分かり易いってのはそういう事だろ?」

「分かり易く悪党。それに負ける奴が悪いってわけ?」


「人類は言う程に賢くないし、問題も解決出来ない。残念ながらな」


「自分は違うって言うの?」


「オレだって変わらない。でも、手にしているものが違う。切れるカードの質が、枚数が違う。問題を解決するのに世界が3枚もカードを切れないのに百万枚切れる人間がいるんだ。切らずに投げっ放しに出来る人間が持って無かったのが運の月。諦めてもらう他ないな」


「偽善とすら思って無さそうよね」

「無論だ。単にオレの我儘だからな」

「ねぇ、奥さん達と……した?」


 思わず咽そうになって横を見た。

 その瞳は真っ直ぐだ。


「ぁ~ぇ~記憶にございません」


 その答えをどう捉えたのか。

 苦笑が零される。


「手も出せてない相手を世界と天秤に掛ける必要も無く取るとか。片腹痛いわよね」


「何も教えてないだろ」

「顔に書いてあるわ」


 思わず溜息が零れた。


「赤ちゃんがいるとか。奥さんの身体が弱いとか。そういうのでも無さそうだし」


「身体が弱いのはいたが、全部治したからな」

「お人好しって言われるでしょ?」


「そんなつもりはないさ。これでも現実と戦わないヲタニートだからな。根は」


「戦わなきゃ現実と。そんなキャラかしら? あなたが」


「一応、戦ったんだよ。死にたくなかったから。後、惚れた女の為にちょっとだけ」


「この世界の家族に会わなくていいの?」

「後で時間があれば、そうする」


「好きな女の為に世界だって捨てられる癖に……その女を待たせて自分の過去でもない時代を救おうとする……幾ら似ててもあなたはソレを切り捨てられる……それなのに……」


「出来る事を必ずしもする必要はないだろ」

「世界を変えられるから、変える必要はないでしょ?」


「そうかもな……でも、出会った以上は無かった事は出来ないだろ」


「私と出会った事も?」

「ああ」

「馬鹿じゃないの?」


「ああ、でも、月が綺麗なのは此処でも同じだ。ただ、オレの世界じゃないってだけで、そこにあるものは変わらない。此処にはオレが動くだけの理由がある」


「……その力で何でも出来る癖に……命を賭けてごっこ遊び……理解出来ない世界ね……」


「遊びってのは……遊びだからこそ、全力でやるもんだろ?」


 思わずなのか。

 あちらがクツクツと笑いを零していた。


「……不謹慎で性質が悪い癖に……それでもあなたは大真面目なんでしょうね……」


「やらない奴、やっていてもその力が無い奴が理念や正論を並べても、結果を出さない奴の戯言扱いされる。それがオレの知る世界の現実だ。でも、遊びでオレが命を賭けて結果を出せば、それに文句を垂れる奴はいても、戯言という奴はいない……」


「もう結果も出てる、と」

「そういう事だ……」


 少女は仰ぐ。

 月の光を。

 しかし、また、その瞳は街にも向いて。


「あなたが絶望する姿が見てみたいわ」

「悪趣味だな。だが、それは叶わぬ相談って奴だ」

「……もう、何もかもに絶望してるから?」


「どうだろうな……いつだって、それはオレの傍らに転がってる。でも……オレはオレが見てきた限りの世界に不満はあっても、納得は出来るんだ」


「納得?」


「十年色々とシミュレートしてみたが、どんな結末も誰かがそれなりに頑張った末の答えだ。悩んで悔んで……でも、誰かがいつも立ち上がってくれていた……」


「でも、滅んだんでしょ?」


「だが、その終わりが気に入らなくても、納得するしかない……それが最善の方法と結果でなかったとしても、その誰かは皆が皆よくやった。それは認めないとな」


「結果が付いて来ないのに認めるって言うの?」


「ヨーコ達にも言ったがな。それが人間性ってやつだ」


「……何よソレ」


「人を動かすのは感情だ。合理性も倫理も論理も方法論も全てソレを肉付けするものにしか過ぎない。オレに言わせれば、人間性を捧げよなんて戦争で宣う奴の気が知れない。それは戦うのに一番大事なもんだろ。単なる戦力が欲しけりゃ、この先はドローンが幾らでも優秀なのが造れる。それこそ人間よりもな……」


「あなたにとってソレが、感情が、人間性こそが動く理由になるって言うの?」


「悪いか?」


「誰かが頑張ってるから自分もそうする。そうしたい……そんな理由で沢山の人に迷惑を掛けるの?」


「ああ、不満なものを少しだけテコ入れする」

「病気ね……」


「ああ、悪いな。生憎……ヲタニートと中二病と一人省庁と魔王と神様とハーレム・マイスターと子供が千人出来るかな病に掛かってるんだ」


「病気ね……でも、いいわ。そんな病気染みた希望が世界とやらを救ってくれるって言うのならやってみなさいよ。その時は笑ってあげるから……こんな奴に救われた世界がどうなるのか……どうなっていくのか。見届けてあげる」


 瞳が重なった時、少女はそっと唇の端を僅かだけ歪めた。


「……ありがとう。フラム・ボルマン」


 立ち上がる。


「そろそろ夜だな……ウチに帰るぞ」


「……あそこが、あの秘密基地があなたにとってのウチ?」


「アットホームだろ?」


「アトゥーネの人のご飯はウチのと比べても美味しいけど」


「なら、今日も味わっておけ。夜に最終調整した予定表と工程表を読み込んでおくといい。いよいよ本番だ」


 立ち上がり、すっかり温くなったイチゴ牛乳を飲み干して、そのままソレを空に放る。


 瞬間、分解された質量が光の球体となり、エネルギーへと変換、全世界に増殖分散させている神の水への大号令を発信、ついでに通常の電子機器への干渉を行い始める。


 停電にこそならないものの。


 全世界規模で電子機器を用いる全てのシステムが不安定化。


 あちこちで画面にファースト・クリエイターズの紋章。


 五つの剣。


 其々の将のカラーを束ねた映像が映し出される。


 ついでにあらゆる人命が関わるインフラや集団以外の殆どのスピーカーから12000年台に流行ったオドロオドロシイ狂気染みた中二なパイプオルガン式な音色が響き始める。


 ああ、今にも悪の大魔王様が降臨しそうな感じだ。


 幼い声の束ねられた合唱も相まって、正しく世界にはまたかと思われている事だろう。


 伝えられる内容はこうだ。


―――愚かなる人類へ。


―――哀れなる人類へ。


―――矮小なる人類へ。


―――刻は来たれり。


―――我らが新たなる子らよ。


―――その耀きもて。


―――全ての者へ。


―――等しく裁きを与えよ。


 同時に今まで委員会関連で調べて来ていた末端から中核に続く数段階に分けた階層の情報をさも関係があるかのように一瞬だけ流していく。


「これで末端には捜査の手が入る。後はしばらく委員会が華麗にバックれる姿を横目にしつつの活動だ」


「……相手をさも自分の支配下にあるように見せ掛けて適当に潰すとか……」


 えげつない奴と視線が向けられる。


「関係ないと白を切り通すか。逃げるか。犯行を自供しようとして、組織から潰されるかの3択を選ばせてやるだけ、有情だと思うけどな」


 フッと明滅が消えたシステムが世界規模で復旧するのを確認後。


 屋上から跳躍して秋葉原の方へと飛ぶ。

 それに付いて来た猫耳幹部はやっぱりジト目だ。

 都心の夜景は本日極めて美しい。

 月の無い夜。


 煌々と地の星のようにも見える光景はプライスレスである。


「……空を飛ぶなんて反則よね」

「お前もダイブしてただろ。ビルから」

「跳んで落ちるのとは違うわ」


「これからは飛んだり、跳ねたり、潜ったりしながら、超大量のオブジェクトだの、ドローンだの、適当に世界を弄られちゃ困る系の団体とガチンコだ。世界規模であちこちに異変が起きてる。そういう団体がザックリと動き出したな。魔術師さん家から飛び火しない内に片付けようって腹だろう。先兵がかなりやられてる」


「オブジェクト……あなたが言ってた団体の事?」


「複数存在するが、一致団結は出来無さそうな皆様だ。今、第3期分のロットを追加生産して対応中だ。ヤバそうなのはオレが、他のお前らでも潰せそうなのは任せる。つーか、財団が世界各地でオブジェクトの開放祭りを実施中……先兵相手だからって無茶し過ぎだろ。辛うじてKクラスは出てないってだけで他は使えそうなものは何でも使う感じなのか……後で収容どうすんだよ。イヤ、本当に……」


 怪奇現象がデフォになってしまった世界ではあちこちで異常現象が報告されている。


 特に収集量が凄まじい財団がオブジェクトを開放し始めた事で他の組織もこれに追随。


 制御不可能でも先兵さえ倒してくれればいいと何でも投入し始めている。


「瞬きしてる間に超高速で動くナニカとか。別世界に続く場所からヤバいナニカを連れて来て戦わせる計画とか、生物系と空間系、ミーム汚染系は特に注意だな。ファースト・コンタクトは全部先兵をリモートでやっておけ。認識にはフィルターを掛けとくから、ミーム汚染は心配ないが、根本的には通常火力でどうにもならなくなったら、魔術コードで原子分解するように。手順は全部創っといた」


「はぁ、これから大変そうね」


「どうにもならないと思ったら逃げろ。オレが全部対処する」


「……過保護。にゃー……」

「何か言ったか?」

「何でも……」


 と二人で世界各地のオブジェクトの暴れている状況を映像などで確認していると耳に通信が届く。


『ごはん出来ましたよ~。早く帰って来て下さい~』


『ア、アトゥーネ=サンのごはんだ!!? ヤッター!!』


『アトゥーネ=サン!! ごはんオオモリ!!』


『アトゥーネ=サン!!? サシミ!! ジャパニーズ・サシミ、綺麗!!』


『……はぁ』

『……早めに帰って下さい』


 どうやら未来超能力組は男性陣が餌付けされた犬みたいになってるらしい。


 溜息を吐く米国女性達のさっさとこいつらを黙らせて欲しいという顔が脳裏に浮かんだ。


 明日の事を思う。

 全員生き残れるよう手は打った。

 そして、後は全力でやるだけ。

 それでも今は都市の美しさに僅か癒されておこう。

 いつソレが廃墟か更地にならないとも限らないのだから。

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