第267話「週休2日戦闘技能必須」


『くくくく、はーはっはっはっはっはっ!!!!』


 狂人全開の哄笑を響かせる皺枯れつつも若い頃は二枚目で通ったであろう老人が片手で自身の三倍はありそうな長さの黒い火器を虚空でばら撒き、地表のあちこちで半径数mの爆心地を量産していた。


 その衣装は黒と銀一色。

 トレンチコートのような白の正鍵十字をあしらった外套。

 鍔の長い軍帽。


 軍装に見えて、ギラ付いた銀の勲章が多数鏤められた肩幅の広いパット入りなダブルのスーツ。


 口元に葉巻を咥え、虚空に立つ男はCG染みた趣味全開の七連ガトリング。


 それも弾倉すら見当たらないアニメにでも出て来そうな代物で次々、地表の人影を薙ぎ払いながら、周辺から僅かに上がる刃や銃弾の類を半透明のシールド。


 彼を中心にして多重形成される分かり易い防御幕で受け止め、次々にその発射元となる者達を武器の餌食としていった。


 爆圧に拉げる木々は瞬間的に燃え散って消し炭となり、残る人影もまた同じ色に染まってはバタバタと面白いように抵抗を止めていく。


 カッと顔がクローズアップされ、止まった映像の中。


―――黒銀将ナットヘース。


 と、ゴツいフォントの銀の縁取りが為された名前が挿入される。

 フッと画面が暗転し、次なる修羅場を映し出された。


『貴様らに未来無し』


 次々に襲い掛かる人間とは思えない化け物や獣、獣人やスーツ姿の人々。


 そんな人々が十把一絡げに何かに拉げさせられ、血反吐を吐きながら木々を薙ぎ倒しつつ、数十m以上吹き飛ばされていく。


 その中心点。

 桜色と黒。

 二つの色を寄り合わせたメタリックなスーツ。


 そう、正しくアニメや漫画にありがちな無駄にカッコイイ全身スーツに虚空へ浮かぶスカート状の未来的な造形の重火器の輪を引き連れたロシア系のオッサンがいた。


 ゴツイ筋肉をパツパツに張らせながら、両腕から両肩までを包み込む10トン以上ありそうな鉄塊―――巨大ガントレットを振り回し、次々に遠距離から襲い来るお札や黒い粘液状の化け物を薙ぎ払っては見えざる衝撃波を拳で打ち出して、森林地帯を縦横無尽に薙ぎ倒していく。


―――黒桜将ベリヤー。


 荒々しい字体で桜色のメタリックな名前が挿入され、ニヤリと男が唇の端を吊り上げる。


 今度は更に上空へと視点が移された。


『浅ましい足掻きです……』


 炎上する森林地帯の上昇気流を受け。


 その流麗な長い黒髪を靡かせた黒いサングラス状のバイザーで下を見下ろす美人が一人。


 薄紫色のルージュの引かれた唇から僅かに舌を見せ、蛇の如くチラチラと艶かしく揺らめかせた。


 その衣装は何処かプレイ用のチャイナドレスを思わせ、大胆なスリットを入れた黒と紫紺の二重層。


 胸元と臀部辺りの大きさ以外は細いと言っていいだろう彼女はその艶かしいストッキングを穿いた太ももを剥き出しにして、他の二人と違い衣装と同じ色のクリスタル状の扇子を持つに留まる。


 だが、彼女の下に存在するソレは他の男達を圧倒する超弩級。

 50m近い大きさの黒い何かが浮かんでいる。


 彼女と同じ色を表面装甲の幾何学模様に奔らせながら、その合間を次々に開かせ、原潜のミサイルハッチを思わせて開口、内部から雨霰と下に巨大な缶詰のような形をした爆雷を投下、地表のあちこちが炎毎吹き飛ばし、無尽蔵かと思われた人影達を跡形も無く消去っていく。


 船というにはデフォルメされた三角錐型のボート状物体。


 しかし、これが浮かんでいるとなれば、もはや何を言う必要も無く脅威であると多くの者が思うだろう。


 地表から僅かばかりの攻撃にも満たない何かが船底に当たるも傷一つ付ける事すら叶わなかった。


―――黒紫将アトゥーネ


 彼女の顕す仄暗い紫の透き通る文字が、一瞬のクレジットの後、水に流されるかのように消えていく。


「「「我らファースト・クリエイターズ」」」


 カッと背後で山岳部が消し飛ぶ様を背に三者が歩き去る先。

 未だシルエットのみの何者かが佇み。


 トゥー・ビー・コンティニューと文字が入ったところで映像が黒く染まった。


 最後に白い文字で中央に一文が記される。


『―――人類に絶滅を、魔術師に死を』


 投稿日時12:00分。


 さっそく出来立てホヤホヤの動画を錆びれた都内の漫画喫茶のPCでUPする。


 うぽつの文字がゆっくりと流れ始める動画は錆びれた動画サイトの片隅でひっそり上がったが、カウンターを見てみると数分で数百は再生されているようだ。


 大手のサイトでもちらほらと話題になっており、何処のスタジオが造ったんだろうかという声が書き込まれ始めていた。


 CGスゴイ。

 悪の女幹部(^ω^)ペロペロ。

 新しい戦隊か何かの番宣?

 外人さん日本語流暢。

 ありきたりな武装やな。

 せやなぁ。

 こんな俳優さんや女優さん日本に居たっけ?

 流れてるBGM知ってる方いませんか?


 等々のコメントから次々に『このCGおかしくね?』という鋭い指摘や『この山見た事あるよ』というさっそく調べ始めたものまで、投降者への質問が付き始めた。


 とりあえず、題名は『ファースト・クリエイターズ/プラン1』だ。


「………帰るか。やっぱり、妙に眠くなるな。時差ボケ直さないと……」


 久方ぶりのネット・サーフィンと洒落込みたいところだったが、それどころではないというのが本音なので適当に反応を見てから、切り上げる事とする。


 他人のカード情報を適当に魔術で造った見た目を変化させられる万能なハッキングツールに入れて運用したら、あっという間に偽会員である。


 雑居ビルを出れば、其処はアキバの一角。


 久方ぶりに買い物をしたい気分だったが、とりあえず止めておく。


 そもそも過去なのだから、買い物自体する必要は無いというか、好きなゲームは買い逃さない性質だったのでまた買い直すのも何か気が引けたのだ。


 バイトをしているならまだしも確実に真っ黒なお金で娯楽を買うというのも気が咎めるのがこの小物の限界だろう。


 食糧雑貨関係は活動に必要だし、重要物資も計画に不可欠なので資金を注ぐのに何ら躊躇は無いのだが、こういうところで妙に善人というか善良ぶりたい自分に苦笑しか出なかった。


 本日の恰好は光学的に見せ掛けただけの黄色いパーカーとTシャツにジーンズ姿。


 スニーカーを含めてダサいで通る姿。


 自分の美意識に絶望とかしたくない。


 なので奇を衒ったりする必要も無く適当に済ませている。


 だが、祖国にようやく返って来てまだ一週間も経たないという事実に成れないというか、一般人として周辺へ溶け込むにはまだまだ時間が掛かるような気がした。


「………さて」


 そのまま駅に行こうと大通りに出て曲がった途端。


「―――」


 何故か、フラム・ボルマンが隣に気の弱そうな同年代の男子を連れて歩いていて。


「………」


 何事も無く通り過ぎようとしてガシッと耳を横合いから伸びた手で掴まれる。


「野暮用よ。此処でお開き。いいわね?」

「え、いや、あの?!!」


 ちょっと背が高い眼鏡男子が泡喰った様子で目を白黒させる。


「残念だけど、リエには貴方とは合いそうに無いって言っておいて。これからこの男にちょっと用があるの」


「え!? ちょ、フラムさん!!?」

「何か?」


 凍て付いた瞳にキロリと睨まれ、男子が泣く泣くガックリと項垂れてハイと返事をし、トボトボと歩き去っていく。


「酷い事するなお前。今、確実に婚期を逃したんじゃないか?」


「いつの時代の話をしてるのか知らないけど、またやったそうね」


「また?」

「……教王会を破壊したそうじゃない」

「そういう名前だったのか。あそこ」

「それもあのクソジジイを殺したんですって?」

「クソジジイって、あの微妙に不死身そうだった奴か?」


「そうよ。どうやって倒したのか知らないけど、よく呪われなかったわね」


「いや、精神世界とかで削り合いして勝ったらサクッと消えたぞ?」


「―――呆れた」


 もはや、ドン引きな様子でジト目なフラムが溜息を吐いた。


「で、何してたんだ? 合コンか?」


「……友人がどうしてもって言うから、学校が休みになってるウチにこっちで遊ぼうって事になったのよ」


「で、騙されて男とお買い物か」

「もう無理と思ったら、途中で抜けてもいいからって……」

「ああ、それでアッサリ引き下がったのか」


「……アンタは何がしたいの? あの組織が無くなったら、下が暴走するわよ」


「暴走ね。残念だが、本部にいた連中の9割は善人に生まれ変わった。後の一割は今年一杯くらい悪夢に魘されて健全引きこもりライフだぞ?」


 もはや、キチ○イを見る瞳というか。

 コイツ、本当にロクな事しねぇな、的な顔をされた。


「そんな表情されてもやったものは仕方ない」

「……あの蜘蛛の化け物もアンタの差し金?」


「魔術師と世界を仲良しにする為の仲人役だ。普通なフォルムで親しみ易い形にしてみたんだが、評判はそっちだとどうだ?」


「ウチまで襲ってきたんだけど」

「倒せるだろ?」


「……それにアレ、本当の意味で壊れてなかったわよね?」


「まぁ、そういう仕様だからな」

「警察に検挙されればいいのに」


 ジロッと睨まれる。


「残念だが、公的権力がオレを拘束出来る可能性は極めて低いな」


「……一つ訊きたいんだけど」

「答えられる事なら」

「ツリーの上に乗っかってるの何?」


「一般人にも魔術師にも見えない仕様なんだが、どうやって気付いた?」


「タワーがいつもよりグラ付いてれば、調べもするわ」

「デートコースだったのか?」

「デートじゃない……」


「まぁ、そこは置いておこう。答えは単純だ。世界中にばら撒いた先兵レギオンの本体だ」


「レギオン……ピッタリな名前ね。ついでに破滅すればいいのに」


 ふぅと溜息が零された。


「で、訊きたい事はそれだけか? オレはこれから帰る途中だ。話が終わったならお暇させてもらいたいんだが……」


「……二駅付き合いなさい」

「?」


 こちらを真っ直ぐな瞳が見ていた。


「そして、何か一言喋ってからなら、帰っていいわ」

「拒否権無さそうだな」

「………」


「分かった降参だ。そんな睨むな。眉間てのはあんまり使うと険が取れなくなるんだぞ?」


 お手上げのポーズで降参してから、言われた通りに駅から二駅程付き合う事となった。


 電車に揺られながらよくよく見れば、本日はフレアスカートの白いワンピース。


 ポシェットなんぞを持っていれば、外国人のお嬢様然とした姿だ。


 髪に菱形の簪にも似た飾りが一つ。


 よく見れば、唇には薄くルージュが引かれ、メイクという程ガッツリではないにしても、ちょっと薄く化粧っ気がある。


 ちょっと繁華街に出たら即座に芸能事務所のリクルーターがやって来そうな容姿だが、自然と目を引かないのは恐らく魔術の類なのだろう。


 妙に髪飾りの方に視線が引き付けられて、顔が印象に残らないのだ。


 電車を降りて、一分程歩いた場所に辿り着くと。

 其処は雑居ビルが本来立っていたと思われる砂山だった。


「ああ、この間のか」

「此処には友人が住んでたわ」

「そうか……」


「思い出のある家だったそうよ。二階が父親の探偵事務所、一階が母親の喫茶店、三階が全員の住む住宅」


「………」


「全部、無くなった……アルバム一つ、思い出の品すらね……」


「………」

「帰っていいわよ」

「……一つ訊いていいか?」

「何?」


「お前にとって、それは思い入れのある場所だったのか?」


「時々、バイトしてたわ」

「友人の両親とも家族ぐるみの付き合いか?」


「そうね。父親の方はこっちと同じ世界の人間。母親は一般人。友達も」


「そいつらの事、好きか?」

「嫌いじゃないわ」


「もし元に戻してやると言ったら、お前はオレに何か差し出せるか?」


「随分と道徳的な事を聞くのね。テロリストの癖に」

「これでも一般人を標榜してるからな」


「……取引はしない。もし、あなたを殺してそう出来るって言うなら、躊躇もないわ」


「ははは、まぁ、そういうシッカリしたところは好感が持てる。ちなみに現在、オレは仕事仲間を募集中だ」


「ソレ、応募する奴いるの?」

「現在、三人もいるぞ。パートだけど」

「……信じられない」


 どんな奴がやってるんだろうという世界の真理すら疑いそうな顔をされる。


「それにしても友達想いだなんて美徳持ってたのか。オレはてっきり学校じゃ孤立しまくりの浮きまくりでボッチ飯を毎日ベンチや机で食べてるような姿を想像してたんだが」


「ッ、余計なお世話よ」


 どうやら図星だったらしい。

 だが、だからこそ、友達が大事という様子は理解出来た。


 数少ない理解者が困窮する元凶を造ったならば、殺そうともするだろう。


「今日は気分がいい……コレでケリを付けよう」


 ポケットの中から今大気から抽出したばかりのコインを一枚取り出す。


 よくコインゲームなどで使われるゲーセンのメダルだ。


「付けるケリなんてあったかしら?」


「不満そうな顔で不満そうに不満を並べられたからな。掛け金は要らない。その代わり、当てたらその家族の持ち物を一つだけ元に戻してやる」


「こっちが賭けに乘る理由があると思うの?」


「友達想いなフラムさんは友達想いだから友達の事を賭けの理由になんかしたくない、とでも言うつもりか? 人間は物を食わなきゃ生きていけない。身の丈に合っただけの物を持って無いと没落なんぞあっという間だ。心が荒み、身体が荒み、最後には身を持ち崩すってのが道理ってヤツだろう。心労や過労でその家族が不和だらけ、夫は別の女に奔り、妻は別の男に奔り、娘は見知らぬ男に身体を売る、なんて事にならなきゃい―――」


 グーだった。

 一応、殴られてから顔を相手に向ける。

 その顔には殺気よりも明確に敵意が混じる。


「どうする? 機嫌の良いオレと賭けをして一つ取り戻すか。それとも此処で引き下がって、ただ友人の一家を外側から見守るか。どっちでもいいぞ?」


「……やるわ」

「じゃあ、コインをどうぞ。表が1、裏が鳩のマークだ」


 渡したものをジロリと一瞥し、指で微かに触ってから数秒の沈黙。


 そして、それが返された。


「1」

「じゃあ、鳩だな」


 弾いたコインが虚空で回る。


 そして、掌の中にペタリと収まる寸前にもう一方の手で蓋をする。


「結果はどれどれ?」


 鳩のマークが表になっていた。


「じゃあ、お前に勝ちを譲ってやろう」

「な?!」


「ついでに頭に血が上ってる事くらいは自覚した方がいい。こういうのはちゃんと取り決めないとすぐに騙されるぞ? 流れに身を任せ過ぎだ。直観だのに頼って視野が狭くなりがちなんじゃないか? 後、友人の前で気を抜き過ぎ……」


「!?」


 後ろを振り向いたフラムが何やら頭の後ろに赤いリボンを付けたショートカットの女子高生の姿に驚いていた。


 今、丁度駆けて来た様子で息を切らせた少女はフラムの後ろでハァハァしながらも何とか喋れるようになったようで顔を上げる。


「フラムちゃんっ。彼方君が振られたってリエに聞いたよ!!?」


「瀬奈……」


「ウチの前に歩いて来てるの見えたから、どうしたのかと思ってさ。今、お母さんと借りたアパートが近くだから、ちょっと寄って行か……え?」


 友人らしい相手の声にこちらを振り向いたフラムが思わず目を見張った。


 現在、こっちの姿はズングリムックリなファースト・クリエイターズのマスコットキャラ原案第一号。


 小悪魔な感じのゆるキャラっぽい着ぐるみだ。


 そっと、風船と共にファースト・クリエイターズの募集チラシ、動画のアドレス入りを渡す。


 その下にあるのは一冊のアルバム。


 崩壊させる前に綿密にスキャニングして情報を取っておいた物品を復元した代物だ。


 大きくバイバイと手を振ってようやく帰途に付く。


 後ろからはアルバムの存在に喰い付いた友人にフラムが質問攻めされ、要領を得ない様子となりながらも、探してくれてありがとうと抱き締められる仄々空間が出来ていた。


 今日はちょっと奮発してお持ち帰りの牛丼トッピング全部乗せ大盛×10にしよう。


 そんなよく晴れた日の午後だった。

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