第244話「異説~龍神≒未確認飛行物体~」

 声が聞こえる。

 女の……あるいはそう聞こえるだけの幻聴。

 美声は天に淡く果てまでも届くような喜悦に満ち。


 けれども、嘆きを語るような旋律を響かせながら、失くした故郷を想うようでもあり………何故か呼ばれているような気がした。


「―――」


 現在地、月面地下恒久界月竜臣国首都グロウシール。


 は現在、まるで廃墟。


 否、つい数日前までは人がいたかのような生活跡を残して、人一人存在しない地となっていた。


 生きているのは周辺国から行商にやってきた人々のみ。


 しかし、彼らに話を聞いても3日前にはもうこの状態であった、という事しか分からず。


 それ以前に首都に存在していたはずの者は外国人も併せて纏めて行方不明になっているらしかった。


「ああ、やっぱりか」


 影域のような薄暗い世界にホラーのように広がる大きな市街地。


 巨大な巨大な竜や竜と人の中間のような形態専用の施設などもあり、周囲は超高層な建造物も多数なのだが、そんな一部は巨人の為のような街も小人の気分を味わうには不気味に過ぎた。


 そんな嫌に不気味な気配を漂わせる都市の住宅街。


 商業区と行政区が並ぶ中央に向けて南方の丘に建つ一戸建ての上から辺りを観察していた陸軍の人がやれやれと肩を竦めた。


「もしかして、もう始まってるのかい?」

「うん。始まってるね」

「ええ、僕らってトコトン運が無いよ」

「いつもの事だけどね」

「まぁ、いつもと言えば、いつもの事だけど」

「オイ。お前らだけ分かり合ってないでどういう事か教えろ」


 海軍の人が人差し指を街の端から端まで線でも引くかのように横切らせる。


「此処から此処までホラー映画の撮影会になってるよ。恐らく」

「撮影会? どういう事だ」


 陸軍の人が妖精さんの創った“魔法のショットガン”を装填しながら、テキパキと自分のゆったりとした神官っぽい衣服内部のあちこちに付けたサブアーム……文字通り発条仕掛けの機械式なライン作業用のマシンっぽいアームの動作を確認する。


 ついでにソレに装備された拳銃を抜き打ちする動作を数回繰り返していた。


「残機君と子猫ちゃんが共に逃げて来た時の状況は聞いている。ソレが蔓延しているとこの双子は言っている」


 ジャックが頭の上で何やら虚空に小さなホログラム的な原理で出したらしいラノベとかにありがちそうなコンソールをタイピングしながら、そうサラッと言う。


「な?! あのよく分からん光を放って爆発するゾンビ系なのが蔓延してるってのか!?」


 ビクッとエミが言われた事に驚いた様子で思わず紺色の外套の襟を合わせた。


「詳しい事はこっち専門のこいつらに聞くんだな」

「専門?」


「「掃除専門の間違いなんだけどなぁ」」


「掃除……昔にもああいうのが沢山出てたのか。この世界で……」


 そこまで話すと横のエミがこちらに身を寄せてボソボソと話し掛けて来る。


「そ、それ、恐らく本に書いてあった……世界に終末が訪れる時の……」


(終末か……オレにしてみれば、此処は十分終末の先なんだがな)


 軍人ズを見やれば、海軍の人は何やら?魔法の対物ライフル”を構えて、スコープで市街地のあちこちを覗いている。


「ああ、僕らが知ってるのは今回のコレの大本になったオブジェクトに関する事だけだけどね」


「そうそう。此処がこういう風になって最初の頃には地球へ降りてたし」


「どういう事だ? その頃はまだ地球と往来する方法があったのか?」


「ああ、そうじゃないんだ。ほら、僕らって身体はあちこちにあるから」


「つまり、此処で一回死んで地球で蘇る事で降下。いや、移動したと」


「うんうん。君ってそういうところは呑み込み早いよね」

「そりゃどうも。で? アレは何なんだ?」


「う~ん。オブジェクトの複合要因によるGH-クラス/シナリオの亜種、かなぁ?」


 陸軍の人が顎に手を当てて、微妙そうな顔で告げてくる。


「亜種?」


「ああ、君にも分かり易く言うと。本来はそもそも人類全体に対して危害を加えるような代物ではなかったオブジェクトが複数、諸要因で同時に効果を重ねたせいで起こる最悪じゃないけど、面倒なシナリオって事」


 海軍の人が解説しながら、ライフルのスコープを外して、息を吹き掛けるとキュコキュコと手の袖で拭き始めた。


 一応、ライフルみたいな精密機器のレンズにそんな事していいのか、とかは突っ込まない。


 脱線していく会話が長くなっても困る。


「で、アレはどうやって人類全体に危害を加えるんだ? 伝染するのか?」


「いや、伝染というよりは“元に戻ろうとする副作用”なんだよね。アレ」


「元に、戻る?」


「【再現災害リヴァイヴァル・ハザード】って僕達は呼んでる」


「リヴァイヴァル……何か? 死人でも蘇るってのか?」

「正解。君ってそういうのだけ鋭いよね」

「ね」

「は?」


 陸軍の人がようやく満足した様子で抜き打ち動作を止めて、屋根の上に広げている魔王印の缶詰を適当に缶切りで開け始める。


 それを見て、海軍の人もまたパーツを衣嚢ポッケに仕舞うと同じように缶詰を開け始めた。


 ギルドに何だか恐ろしく大量に安値で出回っていのだが、聞けば魔王軍の備蓄の一部が民間にタダで卸されているらしい。


 これはいいと大量にリュックで買ったのが二日前。


 妖精さんの魔術で空を飛んでやってきて、一休みしているのが今し方。


 そういや、この十数時間何も食べていなかったと思い出せば、ギュルッと腹の音がして、何やら赤くなった様子のエミがオズオズと離れると屋根の上の缶詰と缶切りを恥ずかしそうに切り始めた。


「いや、大正解なんだよね。ぶっちゃけ、詳しい原理を省くと幽霊が蘇ろうとしてるようなもんなのさ」


「そうそう。大昔の幽霊が蘇る依代にした連中が」


 ダガンと乾いた音。


 片手抜き打ちのデザートイーグルがいつの間にか放たれており、住宅街の一角の窓が割れたかと思うと猛烈な爆発が起こった。


 その瞬間にエミがビックリした様子で跳び上がり、缶切りを跳ね上げたかと思うと空中でジャグリングでもしてるのかというような慌てようで何回か掴み損ね、最後には屋根の下へと自由落下していくのを涙目で見送る。


「ああなる」


「……あの家にいたのか? 全然今まで見えなかったし、それっぽい気配や反応はしてなかったかと思うんだが……」


「君が出会ったのは原住民に憑依するタイプだよ。実際には再構成用の物質で適当なのを“引き当てた”運の良い連中ってだけだけどね。大半はそもそも実体を突然に持った瞬間に此処のシステムのせいで自壊する。だから、存在しないも同然なんだ。けれど」


 陸軍の人が缶詰を開け切るとエミの前にフォークと共に置いた。


「実際に人間なんかで再構成が始まった個体は消去しようとするシステムに対して自壊しながらも強力に抵抗する。そのせいでゆっくりと壊れるのさ。君が見たのはソレだ」


「つまり、複数のオブジェクトの相互作用で蘇ろうとしてる連中の中でも人間を使って蘇ろうとしてたのがオレとエミが見た連中。今、お前らが撃ったのは人間を使わずに此処の環境を維持してる委員会分派の連中が使うシステムで消去寸前だった連中、って事か?」


 軍人二人が軽く拍手した後。

 次々開けた缶詰にフォークを突き刺して、適当に食べ始める。


「あ、コレ……オイル・サーディン?」

「こっちは豆のパテみたい」

「……生きてて良かった♪」


「うん。さすがエニシ……よく分かってる……コレがカレー味じゃなければ、最高だったね」


「オイ……オレは関係ないだろ。あっちの仕事だろ」


 何やらいつもの胡散臭いにこやかな表情が張り付いているのに心底喜んでいるらしい事が分かるのは長い付き合いだからだろうか。


「「はは、冗談だよ。冗談」」


 エミも難しい話には付いて来ないのだが、初めて食べるらしい缶詰の味に何やら驚いた表情になった後、夢中で平らげ始めた。


 糧食が極めて美味いというのは戦う兵にとって幸福な話だろう。

 戦争中の自分はそれくらいは最低限やっているらしい。


「状況は分かった。で、どうしてこの新しく出来た古都は無人なんだ?」


「ああ、それなら簡単だよ。あのギュレ野郎のシステムが一部乗っ取られたのさ」


「乗っ取られた? 仮にも委員会……それに此処のメインシステムはマスターマシンじゃないのか?」


「ああ、それ以外にも幾つかシステムがあるんだ。マスターマシンの利用や深雲の演算割り当てだけじゃやっていけないから、あの天才は5つのシステムをこの世界の中央付近に据え置いてる」


「5つのシステム……」


「恒久界は複数の独立したシステムを持ってて、全体的な運営には深雲の処理能力をあまり使わないよう独自のメインサーバーが処理能力を提供してる」


 持って来た荷物類の入ったリュックから陸軍の人が片手で地図を取り出しつつ、缶詰を食しつつ、器用に広げてこちらの前で一つずつ地域を指差していく。


「1つ目のシステムはこの世界の初期化を司る。消しゴム……【クリーナー】」


 指し示された場所にある名前には月兎の名前があった。


「2つ目のシステムはこの世界の再構築を司る。鉛筆……【クーゲル・シュライバー】」


 海軍の人が二つ目の地点、月亀をフォークで差す。


「何でドイツ語なんだよ」

「「いいよね。叫ぶとほんのり必殺技らしくて」」

「はぁ、続けろ……」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 次に陸軍の人に差されたのは月蝶だった。


「3つ目のシステムはこの世界の維持を司る。物差し……【ルーラー】」


 海軍の人が今度は上空を指差した。


「4つ目のシステムはこの世界の管理を司る。糊……【パステ】」


「まさか、あの空の海か?」


「そうそう」

「そうそう」


 コクコク頷く二人が最後に同時に差したのは斜め前。


「最後のシステムはこの世界の設計を司る。人……【デザイナー】」


「人ってことは……そいつがこの世界の創り主か」


「「まぁ、全部、僕らが勝手にそうアダナを付けてるだけなんだけどね♪」」


 思わずハリセンがあったら突っ込んでいるところだ。

 大きな溜息が零れた。


「フッ、残機君もいよいよ私の側だな。ガチホモインモラルADVを強制プレイさせられるようなあの頃の私の苦痛を味わうがいい。くくく……」


 何やら闇墜ちしてそうな妖精のこっちへおいで的な声が頭上から聞こえて来る……いや、ツッコミさんは不在にしておいて、シリアスさんに息をしてもらわねば困るので何も言うまい。


「昔はもう後二つシステムがあったんだけどね。此処に……」


 6つ目のシステムとやらが示された位置は月猫が描かれていた。


「それはどうなったんだ?」


「「ああ、この世界が始まってすぐの文明期で破壊されたのさ。とあるオブジェクトが今みたいな状況で乗っ取ったから」」


「……核心はソレか。何があった?」


 目を細めれば、同時に双子の肩が竦められる。


「簡単に言うと」


「あのギュレ野郎が一時的に封印されて、こいつらが破壊されたシステムそのものとして活動してた」


 グチャッと音がしたかと思うと陸軍の人が拳で屋根の一部を叩き潰し―――いや、その拳の下に何やら白く蠢くブヨブヨとした何かがあった。


 ソレがスゥッと消えていく。


「オイ。あの竜から出て来た奴か!? ていうか、今何処から現れた!?」


「ああ、これも見ない方がいいよ案件だから。目とか凝らさない方が」


「うん。人間の精神て結構どうでもいいことでポロッと行くから、見ない方が」


「お前ら……ソレはフリなのか?」


 思わず片手で額を抑える。


「「やだなぁ♪ 僕らはいつだって君の事を考えてるんだよ。エニシ」」


「気持ち悪いわ!! つまり、見ない方がいいようなのが“本当”なんだろ?! 生憎と想像だけでお腹一杯だ!!」


「そういう事だ残機君……此処は“存在していたが、もう無い場所”をデータから引っ張り出して来たものに過ぎない。つまりは失われたシステムの焼き回しだ。故に破壊跡とも言える……そして、其処に【再現災害リヴァイヴァル・ハザード】が発現、便乗して再構成途中にあの蟲共が乗っ取った可能性が高い。強引な解釈過ぎるが、“破壊されたものの再構成”という点で入り込む余地を与えたあの男の失策だな」


「……つまり、システムで再構成されたこの国があの爆発ゾンビ現象で破壊されるところを芋虫が乗っ取ったとか訳ワカンナイ事になってるんだな?」


 妖精さんがようやく降りて来たかと思えば、屋根の上から僅かに離れて浮遊し、こちらを向く。


「ちなみにこの蟲共の特性を教えておくと。破壊されたものを修復し、ソレそのものになる」


「何?」


「言った通りだ。そして、ソレは通常の知覚では一切まったく捉えられない。ついでに修復されたソレの性質の全てを蟲は引き継ぐ……」


「何か今サラッとヤバい事を告げられたような気がするんだが」


「数日前に話したと思うが、此処を作り出した創造主気取りはこの世界と地球を初期化するつもりだ……蟲共が動き出した理由があるとしたら、そこだな」


「……生憎と身体は芋虫で出来ているとか……そういう性癖は無いんだオレ」


「言ったはずだ。全ての性質を引き継ぐと。ソレは如何なる物理事象も込みでの話だ。、御の字だろう」


「―――ッ」


 嫌な話を聞いてしまった。


 思わず自分の身体を見たが、普通では分からないと断言されている以上、何も分かりはしないのだろう。


「その蟲って言うのは結局、何を目的にしてるんだ?」


「さぁ?」

「さぁ?」


「下等生物の気持ちを考えろというのは苔類の気持ちを理解しろと言うに等しい」


「お前らなら分かりそうなもんだけどな」


「「ああ、僕らの信頼がマッハでマイナスを突破してる♪」」


「今更な……とにかく、その芋虫とかをどうにかしに来たんだろ? 具体的にどうするんだ?」


 缶詰をいつの間にか数個食べ終えた二人が口元を親指で拭ってから、自分の得物をガチャリと構えた。


「「勿論、これで」」


「安易だな……蟲は群体っぽいが、倒せるのか?」


「倒せるならとっくの昔に駆逐してるんだよなぁ」


「まぁ、害虫だからね。1匹見掛けたら3京匹いると思えって、おばーちゃんが言ってた」


「G扱いなのか……」


 困惑を通り越して、こいつら本当に大丈夫なんだろうかという疑惑の視線になったが、考えても始まらない。


 どうせ、本当に重要な事はケロッと忘れた頃に喋り出すのだ。


「さて、腹が膨れたなら行こうか。蟲共があっちに引っ張り込んだのがどれくらいの量か知らないが、生憎と手加減してやる理由も無い。ケツ穴が閉じなくなるまでブチ込んでやれ」


 お下劣残機妖精が物騒な笑みで片手を上げると。


 魔法陣のような輝く円環が浮かび上がり……何やら非常識そうな質量がゆっくりと半径3mのソレから出て来る。


 全長で8mはあるだろうか。


 榴弾発射用にも見える“砲”に近い銃身が9つ束ねられた巨大な手持ちのグレネードランチャー的なガトリング……正しくゲームにでも出て来そうな代物が冗談みたいに小さなグリップで発射可能な様子で出て来た。


 全体的なフォルムは銃剣のようにも見えるのだが、ぶっちゃけ……コレで突撃する光景を考えたら恐ろしくなるより噴き出す方が早いだろう。


 絶対、片手で持てないどころか戦車に載せてどうこうというレベルの外見は極めて片手持ちするような重量に見えない。


 ソレがほぼ銃身の真後ろを持ってトリガーを引くというだけのシンプルな構造になっているのにも溜息しか出なかった。


「残機君の分だ。振り回すも良し、薙ぎ払うも良し。適当に使ってくれたまえ」


「持てないだろ」


「持てるようになっているから、出されたと考える君のような賢い人物にこそ、使って欲しい威力にしてある。グリップを握って適当に市街地へ撃ってみるがいい。もうこの都市から商隊や商人達は退避させてある」


「……さっきから何かやってたのはソレか」


 妖精がクツクツと嗤う。


「あの男のシステムを少し弄っただけだ」

「まぁ、いいさ。やらなきゃ結局、人類滅びますって言うんだろ」

「イグザクトリーッ」


 妖精さんが再び頭上に戻って来る。


「じゃあ、撃つからな。エミ、後ろに下がっててくれ」

「だ、大丈夫? エニシ」


 さすがに心配そうな少女がオズオズと話し掛けて来る。


「大丈夫じゃない。でも、だから、誰かがやらなきゃならない事もある。巻き込んで悪いと思うが、最後まで面倒見るから許せ」


「―――う、うん!!」


「「(………こういうところで鈍いよね。エニシって)」」


「何か言ったか?」


「「なんにも?」」


「残機君、まずは連中を炙り出す。掴んでトリガーを引いて振り回してみるがいい」


 言われた通りに今もどんな原理で浮かんでいるのか分からない巨大ガトリングの小さな後方に埋まるようなトリガーを握って指を掛ける。


「撃て!!」


 言われた通りにトリガーを引いて、左から右へと振り回した。


 途端だった。

 まったく何一つ反動も無く。

 重さすら感じさせず。


 市街地の端から端まで妙に明るく光る弾が人の目に視認出来る程度の高速でばら撒かれた。


 瞬間。


 まるで、金属を軽く刳り貫くような、小気味良い音が、ココココンと遠方で響き。


 数十にも及ぶ全長で100m以上はあるだろう光の柱が無数に市街地で乱舞し、融合したかと思えば、猛烈な炎の壁の如き様相となり、呑み込んだ巨大建築群を内部で融かしていく。


「………オイ」

「ん? どうしたかね?」

「今、中心市街地が消し飛んだ気がするんだが」


「ははは、何を今更。火力は全てを解決する。それに見たまえ……あちらからようやくお出ましだ」


「何―――!?」


 炎の壁の中。


 崩れ去っていく建造物の上に揺らぐような陽炎というのもおかしいだろうが、そのような揺らぎが出来たかと思えば、100m級の巨大な影が顕現し、その内部からゆっくりと外皮を焦がされながら、こちらに歩き出してくる。


 これでは怪獣映画だ。


 世界とか滅ぼせそうな巨体がズシンズシンと歩く度にその後ろから腋から次々に大小様々な竜の群れが焼かれ落ちるようにして、後ろから押し出されるようにして、溢れ返ってゆく。


 その最中から何かが猛烈な速度でこちらに近付いて来たかと思うと、両側から海陸連携のライフルとショットガンが次々に撃ち放たれ―――しかし、その全弾を回避し切った小さな蜥蜴のような手乗りドラゴンっぽい白い鱗に赤い瞳のソレが眼前の虚空で滞空する。


『貴様ら帰って来たか。この悪魔めッ』


 烈火の如く、と言うべきだろうか。

 その蜥蜴の瞳には猛烈な憎悪。

 いや、それよりも純粋な憤怒のようなものがあった。


「「ああ、そうか。道理で明確な意識が無いはずのオブジェクトが面倒な動きをしてると思ったら……君も目覚めてたんだね。でも、覚えてくれてるなんて、思わなかったよ。F-39999-1」」


『僕は貴様らを許さない。至高天に至ったならば、真っ先に滅ぼしてやるよ』


「そんな、昔はもっと純真無垢な優しい系だったのに♪ wwww」

「君がそんな口を僕らに叩くなんてザッと100万年早いよ。wwww」


『―――僕は力を手に入れた!! 人類の悪意の塊よ―――見るがいい!!』


 怪獣。


 そう、今まで100m級の巨大竜達がズシンズシンとやって来ていたわけだが、何やらその背後の光の柱を割る勢いでその最中から何かが巨大な100mはありそうな脚が顕れた。


「な?!!」


 驚いている合間にも虚空に滲むようにして巨大なソレが顕れる。


 人型の竜にして神の如き威厳。


 正しくゲームにありがちだろう禍々しい龍神の如きものが逆立つ鱗に巨大な盾と矛を持って、街を踏み潰しながら迫ろうとしていた。


「ぁあ、確かに大きい。こういう玩具を持って勘違いしちゃったのかな?」


「うん。子供にはよくある事だ……まぁ、僕らの教育が悪かった気もするけれど」


『その余裕の面が何処まで持つかなッ。この狭い世界を割る事なんて造作もないんだぞ!?』


「ああ、僕らって本当、何かを育てるのに向いてない」

「まぁ、教えなかったから、しょうがないんだけどさ」


 余裕綽々。


 何やら過去に一悶着あって憎悪されまくりらしい双子がそろそろ紅茶にしようかとか言いかねない軽い口調で肩を竦めた。


 ドラゴンの事など眼中に無いらしい。


「あぁ、そう言えば、コレ倒したら何かドロップするかな?」

「ぁあ、そう言えば、ドロップ品とか狙っていいのかな?」


 無視され、妖精に話し掛ける双子軍人ズの様子にドラゴンはかなり青筋が立っていたが、そのドロップという言葉に何やらハッとしたような顔となる。


「残念だが……このドロップシステムは―――勿論、神格を倒してすらドロップするに決まっているだろう!!」


 ドヤ顔になった妖精がフッと状況にそぐわぬ落ち着き用で前髪を掻き分けた。


「「さすが稀代のマッドwwww ああ、僕らよりヤバい狂人枠wwww」」


「ふ、その褒め方は後で泣いたり笑ったり出来なくするがな」


「「wwwwww」」


 何かゲラゲラしているコント三人組に相手の顔は引き攣りまくりだ。


 さすがに何だかカワイソウになったらしいエミがこちらの横で弄られスルードラゴンに同情するような、痛ましそうな視線を向けつつ、ハッとしてイヤイヤそんな事してる場合じゃないと遥か頭上から振り下ろされようとしている巨大な脚に真っ青となった。


「エエエエ、エニシ!!?」


「残機君。そこの構ってちゃんに教えてやるがいい。世の中の理不尽というやつは大抵、それを一番持っちゃいけない奴が持ってるのだという事をな。撃て!!」


「虐められてる最中に悪いが、此処で死んでる暇は無いんだ」

「高がの落ち零れがッ!!?」


 と何やら言っている合間にも猛烈な速度の脚が巨大な嵐の如き遠吠えにも似た音色を奏でて落ちて来る。


 風音の中で引き金を引いた。


 先程と同じように光弾が飛び出たかと思えば、足裏をすぐに輝く柱が覆い隠し、それが次々に内部を貫通でもしたかのように足から胴体部へと続いて、最終的には500m近くあるだろう巨体の半身を嘗め尽くした。


 それでも撃ちっ放しにしていると上空から降り注ぐ質量そのものが次々に焼けながら砕けて振って来るのだが、それもまた柱の中で消え去っていく。


 こちらはと言えば、光の柱に天を覆われたような状態。


 ギリギリの状況でもしかし双子の顔からは笑みの欠片も失われておらず。


 余裕綽綽お下劣残機妖精さんは何やら消滅していく巨体を見上げながら、何が出るかなとガチャを回す子供みたいな顔で鼻歌交じり。


 ドラゴンがあまりの状況に逆上。


 突撃しようと双子に向き直った刹那、その顔面にショットガンと片手持ちの対物ライフルから吐き出された弾丸がブチ当たり、消し飛ばされた。


 それと同時か。

 グラリと傾いだ巨体に思わず掃射を止める。


 すると、光が消え失せた後、半身を失った巨竜がその肉体の断面から白い物体を大量にボトボトと垂らしながら絶命の金切り声を挙げ崩れ落ちていく。


 だが、その次の刹那には断面からその数倍はあるだろう白い膨大な滝が、何匹になるかも分からないブヨブヨとしたイモムシの濁流が大地を覆い尽さんとする程に溢れ出した。


「おばーちゃんの言ってた事って本当だよね。大抵」

「まぁ、案外真理なんて一般人が知ってる事だからね」

「馬鹿と煙は高いところが好き」

「偉そうな事を言うと死亡フラグ」


 二人は口を揃えて悪人よりも悪そうな嗤みを浮かべた。


「「やられ役にIFもしもなんて必要無いんだよなぁwwww」」


 雪崩てくるイモムシの瀑布が遥か矮小な双子の軍人達の笑顔―――明らかにアルカイックな代物を前に波打ち震えた、ような気がした。


 フルオートで掃射された散弾と対物ライフル弾が次々敵の中心を抉りながら丸い穴を開けていく。


 明らかに不自然だ。


 質量に対して携行火器の弾丸なんてちっぽけなものが穴を開ける威力であるはずがない。


 だが、そんなのは釈迦に説法と言わんばかりに異常は更に続く。


 穴の周囲が燃え上がったかと思うと。

 瀑布そのものが猛烈に奔る炎によって消失していったのだ。

 ソレは焼いているのではなく。

 質量を消滅させているようにしか見えなかった。


 その度に上がる紅の燐光が花火にも思えるような満点の輝きを暗い夜空に解き放ち。


「たーまや~wwww」

「かーぎや~wwww」


 哀れ……芋虫的な番号で呼ばれた何かの歯軋りが聞こえるような巨竜都市の空は真夏の花火大会の会場と化したのだった。


「残機君。覚えておく事だ。君の保護者は極めて凶悪だという事を……」


「ああ、うん、敵にだけは回したくないタイプなのは身に染みる。うん、いや、本当……シリアスさんに謝って欲しい切に……」


 空から何かがその燐光の最中落ちて来る。

 隣の家に落着する何かを見れば、もう笑うしかないだろう。


「おっと、UFOが落ちて来たか」


 妖精がコレは良いものを拾ったと言いたげに円盤の方へと向かっていく。


「まぁ、アダムスキー型とか、散々昔は作られてたけどさ」


 50m程の鋼色な円盤状物体がフリスビーが何かのように地面へ突き刺さっていた。


「技術がロマンを追い越すって哀しいよねぇ……造れちゃうのと実用性や性能は別だし」


「しょうがないね。結局、核融合炉にラムジェット推進、ついでにロマンの欠片も無いバーニア姿勢制御だし」


「「あ、これはオブジェクトじゃなくて、財団所属の博士と有志達の大昔の記念品みたいなものだから安心してくれていいよ」」


「それの何処に安心材料があるのか切実に知りたい……」


「お、おっきい。コレ、乗り物なの? エニシ」


「……たぶん、な」


 半分投げやりにエミへ肯定を返す。


 どうやら此処からの移動は宇宙人式になるらしかった。

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