間奏「その日の出来事Ⅰ」

 運命には二種類あると言われる。

 ディスティニーとフェイト。


 何が違うのかと問われれば、辞典でも引けばすぐに答えが知れるだろう。


 しかし、目の前の光景を一言で片付けるには諸々、精神修養が足りなかったようだ。


 泣き喚く事も出来ないし、弱音を吐いて立ち尽くす事も出来ない。


 生まれてこの方、自分の好きな人間が死ぬところなんて見た事は無かったし、祖父や祖母が死んだ事すら、何処か遠くに感じていた。


 本当はあの家にまだ二人とも居て。


 こっそり、自分を見守っているのではないか、なんて……そんな空想すら働かせられるくらいには……死というものは果てにあった。


 あの狙撃で一度死んだ時も。

 あの誰かを庇って撃たれた日も。

 あの骸骨の山の上で目覚めた刹那も。

 無我夢中で誰かを殺した瞬間も。

 呆気なく終わる命の事なんて欠片も実感としては襲ってこなかった。


 自分は聖人君子ではないし、明確に敵や関係の無い人間の死を見ても、心がそう揺れる事は無い人間だと常識的には知っている。


 無論、魚醤連合で己の手で殺した敵兵なんて、悪夢には出てくるかもしれないが、倫理には悖るかもしれないが、やがては忘れ去られていく程度の出来事にしか過ぎなかった。


 だが、ちっぽけな己の手の中に今も血塗れで倒れ込む全ての肉体がある。

 それを抱き締めるだけの感情が自分にある事は良かったのか悪かったのか。


「カシゲェニシ!! 今、廊下に血があ―――」


 触手で全員と繋がれた自分はきっと化け物に見えるだろう。

 もしかしたら、殺した犯人にすら見えるかもしれない。

 だが、その震えるような沈黙の後。

 世界に声は響く。


「……今すぐにあの黒猫に連絡を取りますわ」


 顔を上げた時、其処には強い瞳をした彼女がいて。


「頼む……」


 そう一言しか呟きは零せなかった。


「……涙を棄てなさい!! カシゲェニシ!! わたくしは頭が良くないから、今どういう状況なのかは分かりませんッ!! でも、彼方はまだ諦めていない!! そうでしょうッ!!? でなければッ、そうやって拳を握っているはずがないものッ!!」


 言われて初めて気付く。

 抱き締める手はいつの間にか拳を握っていた。


「………ぁあ、そうだ……な……」


 相手を見上げる。

 そこには涙を流しても未だ真っ直ぐな瞳が自分を見ていた。


「関係各所に連絡を取りたい。アンジュ達の部屋から通信機を取ってきてくれ。耳元に付けるタイプの物だ」


「はい……ッ」


 未だ維持される身体の全てを見て、それでも歯を食い縛るように海の女はその場に背を向ける。


 しかし、その足取りは逃げる為のものではなかった。

 その強さが、まだ胸に燻る、焦がしていく熱を全身に廻らせていく。

 全ては……そう、全ては何もかもが判明した後でいい。

 世界を敵に回そうと。

 己がやる事なんて毎度毎度馬鹿の一つ覚えに過ぎない。

 我侭に心の儘に……為せる事を為せばいいのだ。


 その後で予想出来る限りの悪夢の大半を消し去った後で……最後に残った真実を前にすれば、自分の未来なんて簡単に決まるだろう。


 例え、それがどんな結果に辿り着くとしても、このまま立ち止まる事だけは……それだけは……自分には許されないのだ。


 いや、自分に許せはしないのだ。

 誰の未来にも責任を持つと決めた。

 未だ指に嵌る誓いは消えず。

 拳を手前に合わせて口付けを交わす。


「待っていろ。必ず―――」


 幸せな日々の終焉で制約は為され。

 天は確かにいつもと同じく。

 その夜も静かに清んでいた。


 狂おしい程に………。

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