第130話「黒と蒼」

 現在位置は襲撃地点から10km程離れた荒野のど真ん中。


 どうやら、あのレーザー兵器群からの一斉掃射で死人は一人も出なかったらしい。


 周辺1km四方が余波で溶鉱炉に為ったようだが、黒の羽根が熱量をある程度遮断する事に気付いた部隊が周辺に散ったものを集め、路を作ったとの事。


 周囲の警護に当たっていたNVの大半はAIで隊長機は会場の男達と宗導者であるアンジュの傍にいて無事だったのだとか。


 しかし、施設は完全に蒸発。


 また、乗ってきた車両も消えて、更に広範囲で散らばっていたヘリは直撃こそ免れたものの。


 レーザー照射地点の大気の爆発に低空で煽られて墜落。

 人員は軽症だが、機体は破棄。

 最終的にNVが12機。

 トレーラー型の車両が4両。

 砲塔付きの装甲車が3両。

 それ以外は使い物にならず廃棄されたらしい。


 本来なら宗導者とトップの男ノ娘達を真っ先に帰すべきと判断するのが正しいはずなのだが、帰りの護衛戦力が足らず。


 また、離れた場合に何者かの襲撃を受ける可能性も否定出来ず。


 更には“天の階箸”からのレーザーが再び襲ってくる事も考えられ。


 それならば、移動は遅くても全員で、となったらしい。


 本来なら車両内部へ収容されているはずの自分が外に出されているのはどうやら現場指揮官があのレーザー攻撃を防ぎ切った女神の能力は貴重だといつでも即応出来るようにしておきたい旨を上申し、アンジュやクシャナを説得したからのようだ。


 もしもの時はもう一回お願いしますという話である。


「ふぅ……で、どうしてそんな話を知ってるんだ? ヒルコさんは」


 黒猫がこちらの膝の上で欠伸をしつつ、キロリと見上げてくる。


『ワシの身体はこう見えても高性能なのじゃ。耳も良くて当たり前であろう? 最後の弾丸を受けてやった恩は千倍くらいで返してもよいぞよ?』


 最後に飛び込んできた黒い物体の正体はヒルコ(黒猫バージョン)だったわけだ。


 とりあえず、両手で持ち上げて見つめる。


「……オレを探してたのか」


『うむ。丁度2週間前から探しておった』


「どうしてトップであるアンタが下働きしてる? 配下の連中はどうした?」


『うむ。こちらとしても色々とあったのじゃ。特にお前さんが見付かってからは色々とな』


「その言い方だとかなり前からオレを見付けてた事になるが……」


『いいや、お主ではない。ううむ。ややこしいのう。厳密にはもう一人のお主が見付かってからは、と言うべきじゃな』


「もう一人……この身体になってから考えてはいたが、本当のオレ。いや、この世界におけるフラム・オールイーストに拾われたカシゲ・エニシのオリジナルの話か?」


『ん? ああ、そちらではない。というか、そういう事まで考えておったのか……何とも肝が太いのう。前の身体のお主ではないじゃろう。どうやらお主がNINJIN城砦で見付かるよりも前から活動していた個体のようであったらしいぞよ』


「オレが見付かる前?」


『うむ。ワシから見ても、お主はワシと出会ったお主そのものじゃ。故に心配せずともよい』


 その黒猫の声に内心でホッとしているのはさすがに顔へ出た。

 それを少しだけ複雑そうに見る黒猫はやはり変わらず人間臭く。


『身体は変わっても早々心は変わらぬよ。それが例えお主が本当にコピーの類であったとしてもな』


「………」


『状況を説明しようかのう。数ヶ月前、お主が“双極の櫃”内部の爆発を止めてから、お主の捜索は秘密裏に共和国と合同で行っておった。だが、都市内部は全て焼け焦げておって何も見付からなんだ。その後、時間が幾月か経過して、不意に記憶を失ったお主が現われたのじゃ』


「オレが?」


『そう、NINJIN城砦から見付かった時よりも更に記憶が失われておったような感じであったらしい。まぁ、それでお主の伴侶達が甲斐甲斐しく世話をしておったのじゃが、それが2週間前に失踪。いや、脱走と言うべきじゃな。共和国首都から正体不明の飛行船によって逃げ去った。直ちに共和国は公国に捜索を依頼。また、もう一人のお主を最後に見たフラム・オールイーストが自身の心象から、お主は別の何処かにいると確信した様子であの怖ろしき巨女に直談判してのう。本物を探す為に合同捜索部隊が再結成されたのじゃ』


「普通な展開だな」


『探してくれるだけ涙が出るじゃろう?』


「視界が滲んで前も見えないくらい在り難いとだけ言っておく」


 黒猫が機嫌を良くした様子で尻尾を揺ら揺らさせた。


『ワシら羅丈はその頃、公国の統合に向けた共和国への内部工作が一通り済んだところでのう。一息吐いておった。それで後はお主が結婚したら、菓子折りを送ってお終いかと思っていたら……』


「大陸全土を探して来てくれと依頼されたわけか?」


『これはあの老人からの直接の依頼でもある。そのせいで羅丈はまた一気に人手不足よ。あちらも再び現われた別のお主の身体が違っている事には気付いておった為、それが本物かどうかは半信半疑であったらしい。記憶が戻らないなら、戻らないなりに利用しようとしておったが、それもパーとなっては黙っておれぬのが道理よ』


「で、オレをどうやって見付けた?」


『単純な推理ぞよ。遺跡から発掘される蒼き瞳の英雄の肉体を片っ端から探しておったら、教団が最重要機密を奪われていたのを思い出して、もしかしたら、“そういう身体”の類やもしれぬと今まで様子見で手を出してこなかった【統合】に探りを入れていたわけじゃ』


「でも、この姿でオレだとよく分かったな」


『……お主の口調そのまんまのよく似た女子が咄嗟にあの黒羽根と白羽根を肉紐を使って出しておって、怪しまぬ方がオカシイであろう?』


「仰る通りで……」


『まぁ、何にせよ。見付かって良かった。お主の伴侶らはもう一人が消えてからというもの、どうしていいのか分からず、大抵抜け殻みたいになっておったからのう。さっき連絡を入れたら、ウチの百合音も含めて、物凄い喰い付き様じゃったぞ?』


「オイ……まさか、現在位置を知らせたのか?」


『まだ、そこまではしておらぬ。じゃが、本国のワシに情報を寄越せと現在、あのEEを筆頭に全員が飛行船で首都に向かっておるようじゃ』


「そっか。じゃあ、まだしばらく留めておいてくれるか?」


『………よいのかや?』


「まだ、帰れない。いや、さっきの事で幾らか確信した。オレにはまだ此処でやらなきゃ後悔する事がある。真実とか事実とか昔の話とか。そういうのは別にいいんだ。でも、此処でこいつらから目を離したら……取り返しの付かない事になる気がしてる」


 黒猫を降ろすと。


 僅かに後へと下がって、こちらを透明な瞳が瞬きすらせずに見つめる。


『お主の可愛い伴侶達を差し置いてもやらねばならぬ事なぞ、と……普通ならば言うところであろうが……愛想を尽かされるやもしれぬぞ?』


「それは困るが、あいつらを……あいつらのいるこの世界を破滅させられないだろ? それであいつらに嫌われたり、怒られたり、見捨てられたりするなら、それはオレの人徳の無さと自業自得ってやつだ……甘んじて受け入れるさ……」


 黒猫は真っ直ぐな視線が僅かに下を向き。

 頭が垂らされる。


『―――相解った。その覚悟があるのなら、ワシも今しばらくは口を噤もう』


「感謝する……」


『だが、ワシが捕まるまでじゃぞ? お主の伴侶達の様子的にワシの身が無事で済むか怪しい。あの老人との協定もある。最大で期限は2週間。それ以降はさすがにお主の居場所は吐かせてもらう』


「構わない。こっちはこっちで努力しよう」


『ふぅ。ドッと疲れたのう……で、何がどうなって【統合】の連中に女神なんぞと呼ばれておるんじゃ?』


「それは―――」


 ザクザクとこちらに歩いてくる足音が複数入り口とは違う方向から聞こえてきた。


「あいつらにお前の事はバレてないんだよな?」


『うむ。ワシはあの場に居合わせた可愛い小動物じゃからな!! あ、ちなみに此処の会話は漏れぬようテントの入り口に白羽根を施しておるのじゃ』


「知らないフリでニャーって鳴きながら横に座っておけ。オレも起きたフリするから」


『うむ!! ネコォ!!』


「わざとやってるだろソレ?」


『は!? ライブラリエラー? ええと、ええと、これか!! マ、マヲ~?』


「もうツッコまないからな……」


 横になって目を閉じてから、ゆっくりと身を起こす。


 すると、横にはもうただの小動物みたいなフリで丸まった黒猫が寝たフリをしていた。


「ッ、起きられたようです!! メディック!! メディィィィック!!?」


 やはり入り口から音は聞こえないが大声が周囲から聞こえてくる。


 ぼんやりした風を装うとガタガタと周囲に男達が集まって来た。


 更には少し硬い足音も駆けて来て、内部に軍医らしき男達を伴ったアンジュ達一同が防護服姿で入ってくる。


『大丈夫ですか?! エミ!!』


「あ、ぁあ、どうやら無事みたいだな。で、全員助かったか?」


『―――ッ』


 ギュっと抱き締められた。

 クシャナ他の男ノ娘達にもだ。

 代わる代わる涙目で抱擁されて一分弱。

 嗚咽は静かに『良かった』の声に呑まれて。


『しばらくは休んで下さい。今、エミがちゃんと起き上がってくれて……っ、私ッ……私ッ……』


『馬鹿、アンタみたいなナヨナヨしたのがあんな事したら倒れちゃうに決まってるじゃない!! もう無理しないでよ!! いい!!? 解った!?』


 アンジュとクシャナが左右からそう迫ってくるものだから、頷く以外無い。


 だが、その本来なら嬉しいなぁとか感動しているところを……バッチリ、白い目となった黒猫が半眼で見ている。


 言葉にするのなら『ああ、またか。伴侶殿……いい加減、刺されるぞよ?』といったところか。


 これからどうなるにしろ。

 きっと、また面倒事になるだろう。

 悪意ある遺跡からの攻撃。

 少なからず。

 敵と言っていい何者か。

 あるいは“何か”がいるのは確定的なのだ。

 次々に渡される水や薬。


 造血の為の糧食のパッケージを見ながら、掛かっていたブランケットの下で拳を握る。


 きっと、戦いと呼べるものがあるとするなら、それは此処から先の未来にきっと転がっている。


(さて、まずは体調を戻すとこからか……)


 乾麺麭を取り出して齧りながら、横合いの黒猫を撫でた。

 次の何かしらのリアクションはきっともうすぐ。

 準備の為にまずは体力と血の回復が最優先。


 横合いで良かった良かったと涙目な気の良い狂信者達を死なせたくなければ、戦うしかないだろう。


 それが例え、どんな技術の果てにある力に挑む事になるのだとしても……人間、情も湧けば、合理で割り切れないこともあるのだ。


 自分を好いてくれる者達の事なら、尚更に………。

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