調味料大戦~果てなき醤~

第49話「海戦×海鮮」

ごパン戦争~果て無きひしお


 栄えある魚醤連合大海洋東征艦隊諸君!!

 我々はついに新たなる力を手に入れた!!

 あの屈辱の敗戦から八年!!


 我らが麗しの都ショッツ・ルーが今や大陸の各地に魔の手を伸ばすパン共和国によって蹂躙されてから八年!!


 此処まで苦難の道であった!!

 数多くの誉れ高き戦友達が母なる海に帰り!!


 我ら艦隊の数は最盛期の三分の一まで減んじ、もはや風前の灯とすら囁かれた!!


 あの忌々しい通商条約によって祖国の海運業は危機に瀕し!!

 国民の多くは海へ満足に出られない苛立ちと苦悩と飢えに苦しんでいる!!


 だが!!

 だが!!!!


 それも今日、この時までだ!!

 全ての準備は整った!!

 敵の拡大は今も続いている!!

 母なる海すらも手中にせんと跳梁跋扈している!!

 だが、これを撃滅し!!

 再び、自由に溢れた日々を取り戻す為!!

 我々は苦難の先に大いなる力を得たのだ!!


 西部域より齎された技術革新と同胞達の血と涙の結晶は今、我々の目の前にある!!


 盟友諸国が次々に脱落してから二十年にもなろうが、彼ら沿岸諸国が残してくれた残存艦隊が稼いでくれた時間と我々に齎してくれた叡智が日の目を見たのである!!


 今こそ全ての恩を返す時!!

 仇敵!!

 パン共和国沿岸防衛艦隊を破り!!

 全沿岸諸国を救済せよ!!

 魚醤連合大海洋東征艦隊出撃!!

 目標!!

 塩砂騎士団領!!

 藻塩湊港湾基地!!


「………」


 髭面の左目に眼帯、左手が鍵爪の義手という海賊みたいな容姿の青い軍服の男が埠頭に集まる男達を前にして敬礼した。


 それに敬礼で返した男達は咽び泣き。


 感涙と決意を胸にした様子で次々に湊に無数浮かんでいる艦船へと乗り込み始めた。


 望遠レンズで捉えたらしき映像と機材を海兵達の間に紛れ込ませて録音したらしき音声。


 どうやらこれは共和国の沿岸地域の解放を謳う国の決戦前夜の様子らしい。


「なぁ、これってオレが見てていいものなのか?」


 オールイースト邸の一室。


 暗い場所に映し出されたモノクロの映像を前にして尋ねてみるが、フラム・オールイーストは至って冷静な様子で肩を竦めただけだった。


「ベアトリックス様からは私が持ち込んだ機密扱いの情報にお前が触れても問題ないとだけ言われている」


「物凄く雑な気が……」

「貴様に情報を与えたところで私の傍にいて何が出来る? そういうことだ」

「それには納得するしかないけど、サラッとディスられてないか?」

「ディス? まぁ、いい……それにしてもまったく度し難い連中だ」


 紅茶を一口啜った後。

 フラムがやれやれと映像の先にいる男達に溜息を吐いた。


「これ見る限り、沿岸防衛ヤバイんじゃないのか?」


「フン。この情報が私のところに来ている時点で連中の動向など筒抜けだと思わないか?」


「まぁ、それは確かに……でも、艦隊決戦とかになったんなら、普通に痛いんじゃないか? さすがに共和国だって艦隊を丸々消耗したら、国力的にきついだろ」


「消耗したなら、な」


 フラムの顔は皮肉げだった。


「……これ何時の映像なんだ?」

「一週間前だ。電信と音声だけは先に届いていたらしい」

「で、結果は?」

「海戦において双方撃沈無し。というか、海でまだ戦闘は起こっていない」

「は?」


 思わず首を傾げる。

 気炎を上げる兵達の所属国。


 魚醤連合というらしい相手国の名は時々、聞いた事があったのだが……少なからず望遠レンズに映し出された艦隊はかなりの数に見えた。


 これと激突して沈没していないとか言われても首を傾げざるを得ない。


「電信でこの報が届いたのは六日前。閣下が極秘に沿岸部の都市に避難勧告を出して港を棄てたのが五日前。敵艦隊の来襲は四日前。敵艦隊の上陸部隊に湊が占領されたのが三日前。沿岸から艦砲が届かない場所に部隊を布陣させたのが二日前。そして、昨日防衛部隊が上陸部隊を内陸に引き込んで一部包囲殲滅に成功したらしい。一個師団狩って、こちらの消耗は十人以下だとか」


「つまり……敵の上陸前に湊を棄てて、周囲を陣地で固めたのか?」


「その通りだ。連中の新型艦の艦砲はかなりの飛距離と威力らしいが、それとて限界はあろう? 事前に情報さえ分かっていれば、敵の射程外まで下がって、こちらの砲だけ敵軍に届く地域を設定する事など造作も無い」


 フフンとフラムが得意げになる


「でも、根拠地失った艦隊はどうするんだ? ずっと、遠洋に退避させとくわけにも行かないはずじゃないか?」


「艦隊の備蓄は万全だった。物資は積めるだけ積ませて出させたとの話だ。武器弾薬や艦の燃料補給や修理は無理だろうが、2ヶ月は余裕だろう。今は北部の極秘基地のある海域で待機中。敵が小規模の偵察を出してくれば餌食。大規模に出てくれば、その隙を突いて手薄な湊の上陸部隊を陸軍で殲滅する手筈になっている。戦力集中は戦略の基本だ」


「……何かすぐにでも湊の奪回作戦とか発動されそうだな」


「分かっているではないか。上陸後、陸戦部隊が多くないと湊を維持管理するのは難しい。あちらは強襲上陸の利点を生かせず、こちらの軍に一切の打撃を与えられなかった。また、常に陸側から多方面の圧迫を受けている。何処まで出れば攻撃されるのかが分からず。無闇に内陸へ足を伸ばせば、狩られる運命。あちらも痛い目にあって内陸への進出は一端停止したとなれば、とりあえずは戦線膠着と言えるな」


 不機嫌そうなナッチー少女が立ち上がって室内に電灯を付ける。

 そして、テーブル上に海沿いの地図を広げた。


「上陸地点は五箇所。敵の艦隊は何処から攻撃されるか分からないまま、戦力を分散させている。現在の沿岸地域の周囲は歩兵17個師団での包囲陣形が完成していて、これを連中が食い破るとすれば、倍以上の兵力が必要だろう。まぁ、陸戦最強と名高い我が軍の歩兵師団相手に海しか知らない兵が何処まで出来るか見物だな」


 小さな黒炭を取り出して、沿岸部の上陸地点を○で囲み、その周囲に囲いを書いたフラムが鼻を鳴らした。


「それで艦隊の補給切れまでに湊を取り戻そうとしているわけか?」


「そうだ。敵主戦力の情報を参謀本部が分析中だが、どうやらかなりの数の大型艦と輸送船、揚陸艇が確認されているらしい。その癖、速度は従来より怖ろしく速い。ついでに艦砲は我が国の3倍強の射程だとか。虎の子として、ええと……コウクウキ? とか言うのが常備された、だだっ広い船もあるとか言われていたな。恐らくは西で実用化の目処が立ったと言われる新式の内燃機関を積んでいるのだろう……これは噂だが、西側からこの大陸東への介入を疑う声も出ている」


(空母運用開始してるとか……ちょっと洒落にならないんだが、事の重要さ教えたら、死人の数が減ったり増えたりしそうだな……というか、そんな大規模な海軍戦力が運用されてるとしたら、大戦前夜確実な気がするのは……気のせいであって欲しいが……)


「どうかしたのか? 奥歯に物が挟まったような顔だぞ……」


「いや、ペラペラ喋ってくれるフラム・オールイーストさんの今後のご予定を聞きたくなっただけだ」


 ニヤリと悪い笑みで美少女がこちらを見てくる。


「特命だ。ベアトリックス様直々のな」

「えっと、何だかお腹が痛くなっちゃっ―――」


 ミシッと逃げ出そうとした肩がかなりの握力で掴まれる。


「光栄に思え。この私の軍務に付き合わせてやるぞ。エニシ」

「守ってくれるんじゃなかったのか?」


「守ってやるとも。貴様が勝手に人の傍を離れなければ、私が死なせるわけもないだろう」


「……拒否権は?」

「あると思っていたのか?!」


 フラムが逆に驚いたような顔をする。


「デスヨネー(涙)」


「貴様の無駄な知見は時々だが役に立つ!! ベアトリックス様からの伝言だ。この間の一件での工作は見なかった事にしてやるから、私に付き合え、との事だ」


「バレてたのか……」


 共和国の実質ナンバーツーの巨女を思い浮かべてゲッソリした。


 たぶん、その一件というのは自分を出汁にして共和国軍を豆の国に猛進撃させた事に違いない。


 百合音に裏工作させて、軍の動向をある程度操作したのだ。


 この数週間、何も言われてなかったので露見していないと思っていたのだが、どうやらお見通しだったらしい。


「敵国首都ショッツ・ルーへのバカンスだぞ? 喜べ…く、くく、フフフ……」


 どうやら逃げるという選択は何処にも無いらしい。

 その時、ガラッと扉が開かれた。


「はいはいはい!! パシフィカも行くのよ!!」


「縁殿にはそろそろ前回分の取立てを申し入れようとしていたのでござるが、まぁ……移動中で良いでござるよ♪」


「エニシ、何処かに行くのなら妻を伴うのが自然とは思いませんか?」


「カシゲェニシ様!! このリュティッヒ!! バカンスと聞いたからには付いて行かないわけにも参りません!! 準備はお任せ下さい!!」


 順にパシフィカ、百合音、サナリ、リュティさんの声がドッと押し寄せてくる。

 どうやら、何処からか聞いていたらしい。


 プライベートも何もあったものではないなと思いつつも、とりあえずフラムを見ると。


「貴様らを軍務に連れて行けるわけあるか!?」


 散れ!! 

 散れ!!


 と、犬でも追い払うように手を振っていた。


 どうやら、また賑やかな事になるらしい。


 というか、パシフィカ・ド・オリーブは外交官で大使様な身分な上、現在併合作業中のオルガン・ビーンズから仕事が山のように出されているはずなのだが……こんなEEの邸宅で油を売っている暇があるはずも無く。


「帰りますぞ。聖女様」

「帰りましょう。聖女様」


 そう何やら後ろからやってきたお付きのオリーブ教の高僧達にズルズル引きずられて「行~~く~~の~~~!!?」と不満タラタラ廊下の先へ消えていった。


 だが、それに続いて今度は百合音と同じ黒い外套姿の二人組みが廊下の後ろに現れ、ガシッと幼女の左右に付く。


「羅丈様。本国からの召還命令が届きました。お父上様からの最優先命令です」

「先日の一件での報告書に一部、不備があったとか」

「ぬぬ?! 何だか此方も行けぬような気配?! というか、どんな不備があったと?」


 思わず百合音が雲行きの怪しくなったバカンスへの動向に眉を曇らせる。


「新式の音声通信機器と録音装置の使用。それから他の羅丈配下の者を動員した件ですが、結果的に共和国の国力が増しましたので。査問だそうです」


 部下達の答えに百合音が嫌そうな顔で溜息を吐いた。


「むぅ。仕方無い。あ、縁殿は気にする必要ないでござるよ」


 複数の裏工作を頼んだ手前。

 百合音に申し訳ない感じがした。

 しかし、美幼女が何でもなさそうに肩を竦める。


「こちらも収穫はあった故」

「あの一件で収穫なんてあったか?」

「まぁ、フラム殿の手前言えない程度の事を色々と」


 ジロリと美少女が美幼女を睨む。


「ま、査問と言ってもお咎めは無しであろうから。もし時間が合いそうであれば、後から合流という事で」


「では、羅丈様。行きましょう」

「お父上様がお待ちです」


 百合音の小さい身体が両側から抱えられて通路の先へと消えていく。

 これで二人去ったわけだが、さすがにサナリは策も0だろう。


 リュティさんとフラムと四人での旅行ぐんむになるのかと思いを馳せた時だった。


 いつもオールイースト邸を回している金髪メイド達の一人が廊下からやってくる。


 その手には何やら手紙らしきものが握られており、サナリに手渡された。


「手紙?」


「緊急のものかもしれませんし、それくらいなら此処で開封しても構いませんよ」


 リュティさんの声に頭を下げて、サナリが手紙の封を切って、中身を読み始め……何やら真面目な表情となる。


「どうやら付いて行けなくなったみたいです。エニシ」

「どうかしたのか?」


「その……姉さんが、“兄さん”の奥さんだった人がこっちに来てお産する事になったとか何とか……明日には来るらしいので手伝いに行かないわけにもいきません」


「そうか……会うのは久しぶりだろうし、手伝ってくればいい。こっちは危険そうだしな」

「危ない事はしないで下さいね?」


 何処か心配そうに言われて、心の何処かが嬉しくなる。


「フラムが守ってくれるさ。それよりも家族ならちゃんと大事にしろよ」

「……はい。これから出ないと行けなくなりました。では、私はこれで」


 ペコリと頭を下げて、サナリが通路の先へと消えていく。


 何やら今までの遣り取りでだいぶ機嫌が良くなったらしい美少女がフフッとほくそ笑んでいた。


「リュティ!! 出発の準備だ!! 三人分だぞ!! それ以上は不要だからな!!」


「はい!! おひいさま!! あ、新しい下着の方がファナディス様の店舗から届いていますので、そちらのご試着を」


 何やら愕然とした表情でフラムが固まる。


「な、何を言っている?! リュティッッ!?」


「この間の塩砂騎士団領へのご旅行の後。奥方様が注文した品がようやく届いたらしく。どうやらあちら側の自信作だとか。これで夜も安心でございますね。おひいさま♪」


「な、何も安心じゃないぞ?! わ、私はそんなの着な―――」


 ガシィッと金髪メイドとリュティさんがいつの間にかフラムの両腕を左右から固めていた。


「奥方様のご命令です。ささ♪ きっと、カシゲェニシ様にも喜んで頂けますよ? この間よりも随分と華やかになったようですから……きっと、似合います♪ ふふふ……」


「オイ?! 止めろ!? い、今着ているやつよりもだと!? わ、私は!!? 私は軍務に行くんだぞ!? リュティッ!? 聞いているのか!?」


 ズルズルと涙目で引きずられていく邪悪だったはずの美少女が部屋の外へと消えて。

 バタンと何処かの一室の扉が閉まると同時に悲鳴だけが聞こえてきた。


『ぴぁあぁあぁあぁあああああ?!!?! 布!! せめて、布にしてくれぇぇぇぇえ!!?』


 どうやら、物凄いらしい。


「そして、誰もいなくなった、と。オチが付いたな」


 チラリとフラムの地図を見る。


 魚醤連合と書かれた沿岸国はオルガン・ビーンズの沿岸部から国を三つ程跨いだ所にある海岸線沿いに長い海運国らしい。


 その中にあるショッツ・ルー……たぶんは東北で郷土調味料の一つである“しょっつる”なのだろう名前の都市を指でなぞる。


(………図書館通いの成果で考えるなら、全部偶然。数千年前からよく“不意に出てくる”ような食材の名前は偉人や現地由来の言葉が使われているだけ、って話らしいが……実際、どうなんだろうな……偶然にしては意図的に見える……)


 共和国首都でも最大の書架数を誇る大図書館に通い詰めて数週間。


 調べれば、調べる程に夢世界の常識やら言語やらは偶然という単語で思考停止させるような、唐突な起源ばかりという事実が浮かび上がって来ている。


 まだ確証は無いものの。

 それでも怪しい事この上ないのは間違いないだろう。


(まぁ、いい。ゆっくり調べよう……とりあえずは旅行先で食べる海鮮料理でも楽しみにしておけばいいか)


 魚醤と言えば、ナンプラーと思い浮かんだので地図に地名を探してみたが、どうやら地図にそんな名前は無いようだった。

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