第34話「油主義者に裁きの鉄槌を」

 お菓子と言えば、一体何を思い浮かべるだろうか。

 ケーキ、チョコ、ドーナッツ、グミ、飴、色々とあるだろう。

 だが、この夢世界において最もポピュラーなのは麦芽を原料とする飴であるらしい。

 だから、食べられる者は多いが、殆どの人々が口にする、という事も無い。


 また、砂糖類は其々に原料となる植物類に耐性がある事を強いられる為、甘味というのは基本的に嗜好品の中でも食える人間は少数だとか。


 砂糖の精錬技術が高ければ、問題無いのだろうが、現在は砂糖のみを取り出す技術なんて言うのは一部の先進国にしかないらしく。


 大陸規模では然して普及していない。


 つまり、複雑な料理であるお菓子は基本的に高耐性者御用達の代物で殆ど出回らないレアなものであるらしい。


「おいひぃ~~~のよ!? これすごいのよ!? はむ、んぐんぐ♪ ん~~~!!!」


 パシフィカが感動した様子で美味そうにケーキをホールごと食べていた。

 至ってシンプルなイチゴ無しのショートケーキだ。

 主原料は小麦、生クリーム、砂糖、牛乳、バター諸々。


 極めて珍しい精錬済みの上白糖と乳の国の乳製品と小麦が一つになった結果は大そう聖女様の舌を喜ばせているようだった。


 朝の一件から数時間。


 まだ修理に時間が掛かるとの話で一度何処かに身を寄せようという事になり、聖女とセットにされたままヴァルドロックが宿を取った。


 近くに村はあったが、宿屋があったのは行幸。


 殆ど何も無い草原と牛ばかりの国の端を通っていたらしいので、野宿かとも思ったのだが、カイゼル髭は聖女様にそんな事をさせるわけにはいかないと村の端にすぐ寝泊り出来る場所を見付けてきた。


 オリーブ教の信徒は大陸中にいる、というのは比喩やハッタリではないらしく。

 実際、村人の内の何人かは感激した様子でパシフィカを出迎えた。


 それから一時間も経たない内にが集まり、パシフィカもそれが耐性のある食材であった為、料理と相成ったのだが……生憎と料理人も飛行船の修理中。


 そういうわけでサナリが手を上げた。


 勿論、監視付きであったが、見事な手際とガチムチなおっさんが褒め称えた彼女の料理の腕はまぁまぁらしい。


 絨毯の敷かれた客室の中。

 テーブルを囲んでご相伴に預かっているのだが、食べられないものが混じっているらしく。


 ケーキを作った当人とおっさんは少し離れた椅子に腰掛けて、こちらが食べる様子を見ている。


「A24!! サナリはスゴイのね!!」


 パシフィカは超笑顔だ。


「まぁ、確かに美味い。素材が良いのもあるだろうが、作り方は丁寧だな」

「それはどうも……何か引っ掛かる言い方なのはどうしてなのですか?」


 ジト目のサナリの横には自分もお傍で食べたかったと悔しげなおっさんがいるのであまり大っぴらに知識をひけらかすのは良くないかと最低限の事を伝えておく。


「このケーキ、作りは丁寧だが、生地とクリームの重さや舌触りが合ってない」

「合ってない?」


「漠然と今あるもので作ってるからしょうがないとは思うが、普通の人間はくどいものとくどいものを一緒に食べたら胸焼けする。ケーキは要素が総合的に一つの味で判断される。だから、生地とクリームがどっちも主張する代物だと飲み物と合わせてワンセットにしないと食べていて飽きたり、残したくなるわけだ」


「どうすればいいのですか?」


「生地の甘さを控えめにしてもっと空気を含ませて、クリームはあまり立て過ぎずに甘く重厚な味にすれば、調和が取れる」


「どちらかの主張を弱めて、どちらかと強めるという事ですか?」


「そうだ。逆でもいいし、飲み物を考えるなら、どちらも重くしたっていい。その場合はまた別の材料を入れて工夫するべきだろうが」


「「………」」


 パシフィカとヴァルドロック。

 双方がこちらをジッと見つめていた。


「な、何だ?」


 夢中になっていたケーキに刺したフォークもそのままに少女が小首を傾げる。


「A24って……実は料理評論家だったのね!?」


「有り得ない!? 下層民が料理評論家!? 政府首班の諮問機関に入れる高耐性者オンリーな知識職ですぞ?! エーニシ君が下層民だとしたら、パンの国は下層民ですら料理評論家がいるトンでも国家という事に?!」


 何やらおっさんが戦慄いていた。

 どうやら共和国の怖ろしい実態(勘違い)を知ってしまったらしい。


「いや、普通の常識的知識だろ」


 現代情報社会を生き抜く為には料理くらいは出来なければならない。

 男料理しか作れないものの。

 それでも食事には結構煩い方だった。

 両親はあまり帰って来ないし、デリバリーは基本的に美味いが健康に悪い。


 無論、菓子類で誤魔化せてしまう長期休暇なら別にそれでも構わないのだが、まともな食事が出来るなら外出して食べるか。


 あるいは自分で軽く作っていたのだ。

 サラダ、目玉焼き、トーストの三種の神器に始まり。

 簡単な丼ものやカラ揚げの類。

 入れるだけで出来る鍋や味噌汁。

 適当な炒め物や煮物くらいは出来た。


 さすがに分量の計測が面倒な菓子類や作り方が複雑な料理はやらなかったが、それでも美味い店や贔屓にしていた店舗くらいはある。


 そう言えば、日本に帰国してから一週間に一度は大量にケーキを購入していた店があったのだが、今頃どうなっているだろうかと遠い記憶になりそうな日々に思いを馳せた。


(それにしても料理評論家は国家の重鎮にアドバイスする立場なのかよ。料理漫画の評論家とかこいつらが見たら、完全に指導者層なんだろうなぁ……)


 口から光線を吐き、背景が妄想と化し、何故か脱げる人々が脳裏に浮かんだが、とりあずは関係ないとケーキを口に運ぶ。


 作りが丁寧だから十分に美味しく食べられる。

 これ以上を出せというのは基本的にこの世界では罰当たりだろう。


 まずは食べなければと夕食、朝食共に何も食べていなかった胃袋を満たす目的でケーキを味わおうとした時だった。


 扉の外からドタドタとけたたましい足音がやってくる。

 そして、部屋の扉がバンと開かれた。

 既にヴァルドロックが壁のように其処で立ち上がっていた。


「どうなされたか?」


 やってきたのはオリーブ教の教徒で家主だ。

 その血相を変えた様子は尋常に見えない。


「大変だ!! 鉄牛てつぎゅう兵団が来る!!?」

「鉄、牛……」


 何ともまんまなネーミング。

 牛の国だからというので飲み込んでおくが、物騒なのは兵団というところだろうか。


「もう居場所がバレたのか?! 聖女様!!」

「ん?」


 ようやくホールを食べ切ろうというところでパシフィカが首を傾げる。


「どうやら本国からの追手が掛かりました。アーモンド号に戻ります」

「そうなの?! じゃあ」


 パシフィカが立ち上がると慌ててやってきた男にそっと頭を下げた。


「あなたの信仰、忘れないの……これからも女神のご加護が在らん事を……」

「はい!! 聖女様!!」


 感動した様子で男が涙を零し、その場で平伏した。


「A24!! サナリ!! あたしに付いて来て!!」

「行くぞ。ご両人」


 サナリと顔を見合わせるものの。


 状況は分からずともヤバイのは分かったので、ヴァルドロックを先頭にして早足にその家を後にした。


 外に出ると高原から見える密林の中に土埃が上がり、道のように見えた。


「来たか。あの油主義者共め……現地軍をさっそく抱き込んだな」


 その言葉に何やら不穏過ぎる推測が頭を掠める。

 1km程先にある飛行船。

 どうやらアーモンド号と呼ばれているソレの前まで来ると。

 男女別なく出発準備に追われていた。


「船の修復状況はどうか!!」

「ああ、ヴァルドロック船長」

「船長?」


 思わず呟いたが、それに反応する事なく。

 やってきた男に修理状況をおっさんが確認している。


「パプリカはこのお船の船長さんなのよ」


 それを背にこっそりと静かな声でパシフィカが教えてくれた。


「そうなのか……」

「それでシー君がコウカイシとか言うのなの!!」

「航海士ねぇ……」

「聖女様。とりあえずは出られます。ただちに乗船して下さい」

「分かったの」


 教徒達が次々に開け放たれたエアロックから入っていく。


 それに続いて全員が入ると教徒の一人がロックを閉めて、前方の通路へと走り去っていった。


「我々も行きましょう」

「あ、A24達も連れて行っていい?」

「そこらをウロウロされても困ります。いいでしょう」

「やった♪ サナリ!! A24も一緒に行くのよ」


 ご機嫌でサナリとこちらの間に入ってくると両手を掴んで歩き始める少女は……少し幼いだけで聖女様とやらには見えない。


 背後から何やら名状し難い六十代の視線が突き刺さっているような気がしたものの。

 そんなのを考えている暇も無いのだろう。

 ゆっくりと窓から高度が上がっていくのが見えた。

 そうして歩き続けると開きっぱなしの扉の先。

 操舵室が目に入る。

 中央の艦長席らしい場所の横にある副座に座っていたのは四枚目の青年。

 シーレスだった。

 指示を飛ばしている顔は平静だったが、とにかく急かしているのが分かる。


「シー君!!」

「聖女様。座席にお掛けを。これより緊急発進致します」


 高度は既に20m近くまで上がっている。

 その様子を驚いた視線で見つめる村人達が僅かに手を振っていた。


「さて、これからあの連中の追手を撒いて逃げます」

「やっぱり、来たの?」


 パシフィカがもう片方の副座の座り、中央にヴァルドロックが座る。


「ええ、現地軍である鉄牛兵団の一部隊のようですが、総数で400程を監視が確認しました。見知った督戦官の顔もあったと報告が。ですが、ご心配無く。このままの上昇速度ならば、何も問題ありません」


「それでこれから何処に行くの?」


「本国が重い腰を上げたという事はあの油主義者達が台頭しているという事。そのまま乗り込むわけにも行かないとなれば……まずはお膳立てを考えるべきです。父君の安否は済みませんが、もう少しお待ちを」


「分かったわ。シー君が言うんですもの」

「済みません……僕の力が至らぬばかりに……」


 シーレスの表情は本当に申し訳なさげに沈んでいた。

 初めて男が人らしい感情を顕にした様子にサナリと共に驚く。


『高度400に到達!! 安全圏まで後200』


 もう数百mを上昇した飛行船はゆっくりと進み始めた。

 広大な樹林と山岳部の高原が斑模様に続く世界は高空から見ただけでも随分と美しい。

 サナリも初めて見たのだろう世界の頂からの景色に目を見張っていた。


「一つ聞いていいか? シーレスさん」

「……答えられる事であれば」

「さっきから会話を聞いていて思ったんだが……もしかして祖国の連中と敵対してるか?」

「シーレス殿」


 ヴァルドロックの言葉が重く響く。


「分かっています。安易に情報を漏らすべきではない。ですが、此処で不審に思われて、面倒事になっても困ります。それに聖女様のご意向も聞いてみなければ」


「A24って実は料理評論家だったのよ!! それとサナリはとっても美味しい料理を作ってくれたの!! 凄く甘いやつ!!」


 そういう事を聞かれているわけじゃないのだが、その毒気を抜かれるような答えに六十代の巨漢は溜息を吐いて頷いた。


 それを見て、シーレスがこちらを向く。


「情報を開示しよう」

「何となく分かったが、もしかしてオイル協定諸国絡みか?」

「そうだ。何故分かった?」


「さっき油主義者云々言ってたからだ。それとオルガン・ビーンズはオイル協定諸国の一角だが、軍事面でも色々協力しるって話は聞いた事がある。つまり」


「つまり?」


「本国がオイル協定諸国派と保守派に分かれて分裂騒動。聖女は旧来から続くオリーブ教の顔なんだから、保守派だ。ついでにその争いが共和国の一件で一気に噴出、表面化したんじゃないかと思ったわけだが……合ってるか?」


「85点」

「シー君は先生もしてるから、数字には厳しいのよ!!」


 聖女の声にこほんと気を取り直したシーレスがそっと懐から取り出した眼鏡を装着した。


「大まかには君の言った通りだ。オルガン・ビーンズ内部で協定諸国派の蠢動が活発化している。故に諸国歴訪という形で聖女様を逃がしてきた。本来なら、もっと事態は緩やかだと思っていたが……何処かの誰かさんが聖女様に共和国は悪い国だと教えたものだから、さぁ大変。うっかり記者の前で口を滑らせてしまわれて……この有様だよ」


「ああ、ええと……全部、オレが悪いと」


「その通り!! 君が聖女様に諸々を吹き込まなかったら、あの国と交渉するつもりだったんだよ。だが、交渉寸前にこちらの言い分を載せようとした新聞社の記者にああいう言動をしてしまったものでね。釈明しようとしたが、寸前で協定諸国派の襲撃だ。相手側からすれば、こちらを貶した相手だ。低く見られれば、協定諸国との取引材料に差し出されかねない。だから」


「逃げたと」


 シーレスが溜息がちに頷く。


「君達が出会った爆破は協定諸国派が送り込んだペロリストの仕業だ。だが、機材や諸々はオルガン・ビーンズ製だろう。我々に残された道は欺瞞情報を出して、この希望の船で脱出する事だけだった」


「これはオルガン・ビーンズの遺跡にあった船なのか?」

「そうだ。本来はコレも取引材料にして共和国と手を結ぶ手筈だった」

「……即射殺されてない事に一応は感謝する」

「そうして欲しい」


 シーレスが額を揉み解した。


「ちなみにどうしてパーティー会場にパシフィカが居たんだ?」


「本来はそこで大物との極秘会談が予定されていた。しかし、周辺を既に協定諸国派のペロリストが監視していたんだ。共和国の内部にもかなり入り込んでいるという話をあの区画に行ってからキャッチして、聖女様をパーティー会場内に留め、逆に外側で逃げ出したように見せて霍乱した。相手が引っ掛かってくれて、何とか合流出来た後、そのまま逃亡となったわけだ」


「聞けば、聞く程、罪悪感を感じるんだが」

「なら、しばらくは働いてもらおう」


 安全高度まで達したのか。

 静かな空には鳥以外にはただ地表の壮大な風景と空の青さ以外に何も無かった。


「シーレス殿。それで航路はどうなさるつもりか? さすがに修理が本国の技師達程ではない為、大陸を横断するような移動は不可能だが」


「……腹案は常に抱えているものでして。それについては問題ありません。ただ」

「ただ?」


「これから助けを求めに行くのはかなり危うい相手です。聖女様を何処かで降ろすべきか悩むくらいには……」


「相手次第だが何処だ? ごはん公国か? それとも魚醤連合か? まさか、仇敵であるオ・イモではあるまいな? シーレス殿の事だ。信じているが、それでも詳しいところを聞きたい」


「どうせ本国は我々をペロリストと国際指名手配しているか。あるいは【白紙令状リット・オブ・アシスタス】でとにかく捕まえた国には報奨金を出す、くらいの事はしているでしょう」


「そうだな……まぁ、それくらいはやるか」


「ですが、この大陸には一国だけ、如何なる国家とも軍事同盟、軍事条約、犯人引渡し協定を結ばず。絶大な資本力と軍事力を誇り、君臨する国家がある」


「まさか……」

「そう、カレー帝国ですよ」


 その言葉に噴出さずにいられたのはシリアスさんが仕事をしている時に不謹慎な話は出来ないというか……やったら、確実に死にそうだなと思った故だ。


(カレーって帝国なんだ)


 ポツリと内心で呟く。


 隣のサナリはゴクリと真面目に唾を飲み込んでいるし、あの真面目とは縁遠そうなパシフィカですらも黙ってシーレスの話を聞いていた。


「目標はカレー帝国、少数民族自治区旧ハヤシ族領。同地域は未だに隣接する帝国内のシチュー伯領とボルシチ候領の間でジビエ三国に端を発する乾肉ジャーキー関税騒動が治まっていません。内紛とまでは行きませんが、一触即発。そのせいで治安は最悪ですが、あらゆる国家の諜報機関を遮断出来る」


「……分かった。では、カレー帝国に進路を取れ!! 高度2000!! 全速で向かう!!」


 復唱する男女達が計器を操り、進路を変更したのが分かった。


「あの地域の領地間には深い入り組んだ渓谷が幾つもあります。其処に隠せれば、アーモンド号の停留も何とかなるでしょう」


 シーレスがヴァルドロックに頷く。


「あの油主義者達に裁きの鉄槌を下し、から聖女様を守る。それが僕の使命です……」


「シー君……」


 パシフィカが少しだけ不安そうな顔をした。


「心配しないで下さい。これから向かう場所で会う人物との交渉が纏まれば、聖女様を受け入れてくれる場所も見付かるでしょう」


「シー君、お父様みたい……」


 ニコリと笑んだ聖女の顔に静かにシーレスは顔を綻ばせた。

 横のサナリをチラリと見れば、顔が少しだけ柔らかい。


「(彼女が動けば……帝国は新しい翼を手に入れる。その時、片翼に立つのは……)」


 小さく呟くシーレスの声は機関の推進音に紛れていく。


 とりあえず、何かが起こる事は確定的らしかった。


 せめて、それが自分の知る人々にとって良いものであればいいとそう今は願うしかないだろう。


 結局のところ。


 自分は異邦人で単なるゲーマーなのだから………。

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