第24話「胸に辛く」

「それで、一体何がどうなったのです? あの爆発と今回の避難はどんな関係があるのか簡潔に説明なさい。イオルデ・ココナツ」


「はッ」


 四十代の男が片膝を付いて廃墟の一室で少女に事情を説明していた。

 あの爆発から既に三十分程が経過している。


 爆発とは反対方向に向かって数分で辿り着いた場所にペロリスト達のセーフハウスはあった。


「オルガンビーンズのオイル協定諸国の特殊作戦群が現在、このKAIENに浸透、破壊工作を行っています。連中は結局、我々を塩の化身の力を見つける道具にしか思っていなかったようです」


「……団長は?」


「騎士団長は現在、連中を現地防衛隊に誘導して、互いの戦力を削らせています。団長が裏切りに一早く気付いて対処していなければ、我々は一網打尽でした」


「それでは無事なのですか?」


「はい。今は第十七塩掘坑に向かっています。現地はまだ共和国側にも知られていません。団長は彼らが互いに潰し合っている内にあの遺跡を起動させるつもりです」


「……分かりました。では、この地域の人々に退避勧告を」

「出来ません」

「何故ですか!? まさか、共和国と裏切り者をこの地と一緒に屠ろうとでも?!」


「そうではありません。連中が仕掛けてきた事から察して、機動性に優れた本隊が塩砂の海の何処かにいるはず。この地区の住人に避難勧告を出せば、共和国側は民を守る為に防衛を余儀なくされます。そうなれば、あちらへの対応が手薄になる。裏切り者達がそれに乗じて遺跡へ戦力を集め、強襲されれば……我々は一溜まりもない」


「つまり、敵の敵を自由にさせない為にこの地区の住人達に戦場を経験させろと?」


「……遺憾ですが、その通りです。もし共和国側がこの地区の住民達の防衛を放棄すれば、彼らはこの地域での支持を失う事になる。敵も裏切り者も、どちらもこの場で消耗させるのが我々にとって最も都合の良い状況なのです」


「団長の指示、なのですか?」

「はい」

「あなたに課された任務は?」


「あなたの保護が第一優先目標。子供達の保護が第二優先目標。この男の始末が第三優先目標。既に現地防衛部隊と特殊作戦群の戦端は開かれており、街中は騒乱の最中。緊急用の試掘坑への退避をお願いします」


「それが終わった後は遺跡ですか?」


「はい。既に外伝で記されていた起動準備は終わっています。後は化身の末裔であるお嬢様の血をほんの少し頂ければ、全ては動き出します」


「分かりました……器は?」

「此処に」


 男が懐からシャーレのような硝子製の容器を取り出し、小ぶりのナイフをサナリに差し出した。


「ッ」


 躊躇無くナイフを受け取って親指の腹を僅かに切ったサナリが顔を小さく歪めながらも容器に血を入れていく。


 ポタポタと十滴程が落ちると男が懐から白い布と小瓶を取り出して、入っていた中身を指先に掻けると布で巻いてきつく結んだ。


「ありがとうございました。では、向かいましょう。現地には三人残していきます」

「はい」


 どうやら移動らしい。

 本当に時間が差し迫っているらしく。

 早歩きで街の外へと向かった。

 そうして、曲がりくねった煉瓦造りの家々を次々に交すようにして歩き続けた先。

 目の前に白い大地が開ける。

 どうやら塩の海を渡る為に専用の馬車というか。

 馬の背後にボートらしきものが着いている乗り物が二艘用意されていた。

 すぐに乗り込もうと男達が先行した時だった。

 突如として横合いからの銃撃が全員を襲った。

 男の部下達が辛うじて子供達を庇って被弾したらしく絶叫が上がる。

 ゾワリと鳥肌が立ったのも刹那。


 今こそ使うべきかと懐の袋からこっそり取り出して手に握り締めていた丸薬を地面に叩き付けた。


 すると、十秒で駆け付けるとの言葉はまったくの嘘である事が分かってしまう。

 たったまばたき一つ分。

 銃撃の犯人に顔を向けた途端。

 その人影。

 拳銃をこちらに撃っていた男達の首筋から血潮が吹き上がっていた。

 咄嗟の事に男達も騎士団長の副官らしき男も唖然とする。

 合間にも口から何とか声を出せていた。


「こいつらは殺すな!!」


 ヒュンと。

 何かが自分の横を通り抜けて。

 男達と副官が腰に下げていた帯剣を抜く間も無く昏倒する。


 見てみれば、その腕にはクナイのようなものが突き刺さっており、武器を取り出させないと同時に即効性の薬で意識を奪ったようだった。


 子供達が男達の状況にサナリを守らなければと思ったか。

 すぐに彼女の周りへ集まろうとして、駆け抜けた影によって包まれるとやはり倒れ込む。


「みんな?!」


 サナリが慌てて、子供達の方へ向かった。


 ザッと手にしていた鋭い剃刀の刃を脇に落としてやってきたのは黒い外套を身に纏った幼女。


 百合音だった。


「その子には手を出すな!! まだ、聞きたい事がある!!」

「了解したでござるよ。縁殿♪」


 これでようやくペロリストから開放かと溜息を吐く。

 それにしても、銃撃してきた人間達。

 灰色の外套を着込んでいた旅人風の相手は血溜りに沈んでいた。


「……感謝する。感謝はするが、今吐きそうだ……」


 人間が死ぬのを見るのはこれで二度目。

 化け物に殺されるのはまだしも、今度は知り合いに殺されている。

 込み上げて来る昼食を何とか飲み下すだけでもかなりの疲労感だった。


「縁殿は食とあっちは立派だが、心が細いでござるなぁ」


 肩を竦める様子はフラムを躊躇無く撃ち殺そうとした時と然して変わっていない。


「殺す必要があったのは認めるが、女子供に見せていい図じゃないだろ。後、オレの精神が後で確実に病む。悪夢に魘されたら責任取れよ」


「ははは、そんな責任なら幾らでも。殺した連中は特殊作戦に長じた連中でござるよ。今は防衛部隊とドンパチしてる表の部隊とこの男達を追う裏の部隊に分かれておるようだ。本隊は大塩海の此処から北西75km地点の廃棄された塩掘坑事務所に確認しておる」


「話は聞いたか?」

「勿論」

「じゃあ、お前はどうする?」

「どうする、とは?」

「共和国のゴタゴタだ。これを逆に広げて利用しようとか思ってないか?」

「思っておるが、今回は趣旨が違う」

「趣旨?」


「今回、某は他人の物資を掠め取るペロリストを潰す任しか受けておらん。その上、装備は最低限しか持ち合わせが無い。これでは大仕事には取り掛かれない。現地での武器調達なんてのはフラム殿に撃たれても仕方ない事案である事、間違いなしなわけであるからして」


 肩を竦める幼女は事実そのように思っていると何となく今までの経験からして推測出来た。


「……塩の化身の力がどういうものかは分からない。だが、話から推測するに遺跡か、遺跡にある何からしい」


「ほう?」


「これはオレの勝手な推測だが、此処でもしもその遺跡の力とやらが前回の化け物みたいな大問題になったら……たぶん、共和国はソレを使いこなせるぞ」


「理由は?」


「オルガン・ビーンズとかオイル協定諸国とか言うのが今、マヨネーズ何たらの後ろにいる国家だそうだ。そんな連中がよく分かりもしない遺跡に大規模な部隊を派遣して、ペロリスト相手に交渉の真似事までしてた。って事は?」


「事は……それを単独で使う術がある。あるいは使えるという確信を持っている、か」


 その幼女の答えに頷く。


「そうだ。もし大陸一とフラムが自慢する共和国の技術が本物なら、制御出来ない理由は無い」


「ふむふむ。良いでござろう。筋は通っている。で、某へ所望するのは何かな?」


「貸しでいい。子供達を守ってやってくれ。それとこの男達はしばらく目覚めないようにして安全な場所に置いておいてくれると助かる。それと」


「まだ、あるのでござるか?」


「塩の化身の力とやらが、お前達にとって運び出せないような代物なら破壊。もし持っていける類のものなら此処から持ち出して、処分するなり自国で使うなりしてくれ。場所は第十七塩掘坑だ。その副官の懐に鍵となる血が入ってる。使い方は知らない。現地で調べろ」


「必ず破壊しろ、と言わない辺り。縁殿は賢いでござるよ♪ んふふ♡」

「お前は羅丈なんだろ?」

「違いない」

「じゃあ、自国の危機と敵国の有利を潰すのに動くのは理に叶ってるよな?」

「間違いなしに」

「頼む」


 頭を下げると百合音はニヤリと邪悪な笑みで応じた。


「お任せあれ♪」

「気を付けろよ。死なれても目覚めが悪い」


「心配なく。あの装備は整っていても妙に練度の低い奴ら。何処の国の連中かと思っていたが、オルガンと協定諸国とは……あんなのに遅れを取る程、耄碌してはござらん。それにまぁ、数は精々が大隊規模。フラム殿が現地防衛部隊を率いていれば、駆逐するのに半日掛かるまい。では、某はコレで」


「ああ」


「あ、護衛はまだ付けておくでござる。丸薬をもう一個渡しておく故。また頼ってくれてもよいでござるよ。では」


 百合音が紐の付いたお守りらしきものをこちらに手渡してから、船を引く馬に乗って走り出していく。


 その指先がパチンと弾かれ、同じ黒い外套姿の男女が数人何処からとも無く現れた。


 ペロリストの男達はクナイを抜かれてから、全ての傷口にベッタリと止血用の薬らしきものを塗られた後、子供達と共に街中へと運ばれていった。


 残されたのは今までの会話を聞きながら、ずっと黙っていた少女。

 サナリだけだ。


「………ずっと、騙していたのですか」

「騙すなんて上等なもんじゃない。実際、あの騎士団長の副官とやらには殺され掛けた」

「ですが、最初からいつでも助けが入る事は分かっていた」

「最初からじゃない」


「最初からッ!! 私達が必死に戦っていた事を嘲笑っていた!! 私達はッ!! ただ、自分達の祖国を取り返したいだけです!! それなのにッッ!!」


「落ち着け。民間人を巻き込んだ時点で最初から勝ち目なんて無かった。化身の力とやらが何だか知らないが、ズルに縋って人が付いてくるものなのか? あの選択肢を選ばざるを得なくなった時点でお前達は総統閣下とやらの策略に負けてたんじゃないのか? 善悪を語る前に一番大切な事は諦めるべき現実があると妥協する事だとオレは思う」


「妥協?」


「目的があるなら、手段を選ばないって奴が時々いるが、オレに言わせれば、そんなのは言い訳だ。手段は選ぶべきなんだよ。少なくともお前らの敵の総統閣下とやらは敵に情けを掛け、二十年掛けて一つの国を侵略したんだ。でも、お前らは手段を選べず、選ぶ必要を感じても行動に移さず、なりふり構わない手段で戦った。その差が今なんじゃないのか?」


「―――ッッッ?!!!」


 その瞳は確かに潤んでいた。


「あなたは卑劣漢ですッッ!!?」


 昨日、聞いた統治政策は下種そのものだったし、聞いた悲劇は想像していたよりも確実に人の心を荒ませるだろう。


 だが、それでも、ただ感情に押し流される相手と理性と合理性に裏打ちされた行動を起こす相手ではどちらが邪悪か分かっていようと天地の差が開く。


 これは単なる事実だ。

 感情で暴動や革命を起こした連中が歴史上どうなってきたのか。

 そんなのは教科書を開けば、あるいは歴史書でも紐解けば、五万と載っている。


 合理性に従い、理性によって行動する者が義や恩といった感情的なものを尊ぶ相手に勝ってきた事は幾つもある事例の一つなのだ。


「この人でなしッッ!!!?」


 投げられた石が額にぶつかる。

 血が流れるものの。

 僅かに蹈鞴たたらを踏んだだけで前を見つめる事が出来た。


(人でなしか。確かに今のオレは人でなしかもしれない……他人が必死に縋り付いた最後の希望を打ち砕いて……死ななかった事に今も安堵してる……)


 ペロリストにしても、最初からそうだったわけではない。


 戦争に負けたから負っていいと思える程、人々に課されている残酷な義務とやらは軽くない。


 人を救いたいと、祖国の人々を守りたいと戦い続けた人間にしてみれば、正しくポッと出てきただけ何もかもを台無しにしつつある自分は悪魔の類だろう。


「あなたなんて助けなきゃ良かったッ!!!?」


 走り始めた背中は塩の海へと消えていく。

 砂漠ではないのだ。

 日差しとて、厳しいものでもない。

 だが、それでも、動くべきだと思うのに足は満足に動かなかった。

 自分も感情的になっているとは理解出来る。

 それでも追い掛けようとした胸は……どうしようもなく、痛んで―――。

 ガラガラと車輪が回る音がした。

 追いかけられもせずにいた背後に聞こえてくるのは馬車が石畳を渡る音。

 止まったらしき車両のドアが開かれたか。

 バンッと音がして。


「ようやく見つけたぞ!! 無事だったかエニシ!! オイ?! 聞いているのか!!」


 その声にようやく体が動くようになった。


「フラムか」


「フラムか、じゃないッッ?! 貴様はどれだけ人に迷惑を掛ければ気が済むのだ?!! リュティなんかお前が腹を空かせていないかと昨日の夜から数時間おきに致死性の料理ばかり作ってるんだぞ!? 心配し過ぎて、私に幽鬼みたいな顔で『食べますか……?』とか聞いて来るんだぞ!?」


 その美少女はかなり涙目だった。


「それは……まぁ、大変だったな」


「当たり前だ!? 此処に来て、謎の集団に襲われるわ。政庁で防衛線だわ。ペロリスト共は途中で消えるわ。一体何がどうなってるんだ!?」


「そう言えば、戦ってたんじゃないのか? あの爆発とか大丈夫だったのか?」


「当たり前だろう!! 私を誰だと思っている!!? EEがあの程度の爆薬で死ねるか!!  さっき、攻めて来ていた連中は半分射殺、後の半分は行動不能にして来た。まだ、あの灰色の外套の仲間が残っているかも、って……何があった?!」


 フラムがようやく真顔となった。

 死体が少し離れた場所で転がっている事に気付いたらしい。


「百合音に助けられた」

「そうか。あいつが……だが、こちらの同意も無く戦闘とは後で説明責任を果たさせてやる」

「それと悪いが、人を追ってくれないか?」

「人だと? この状況で誰を追うと?」


「内容は全部話してやる。どう考えるかはお前次第だ。ただ、それを語り終える前に一人保護してくれ」


「何が何やら分からないが、面倒事になっているようだな……」

「ああ、とびきりだ」


 馬車に乗り込んで御者にまだ遠くには行っていないだろう相手の向かった方角へ往くように伝える。


 これからどうなるにしろ。


 怨まれる事は確実だろう。


 それだけで体を満足に動かせなくなる自分はやはり物語の主人公には向いていないとつくづく思う。


 結局、誰かに頼り切りの自分は格好悪い男に違いなかった。

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