第4話 彼らの天職
翌朝。晴れ渡る青空は裕也の気分とは裏腹に雲ひとつなく、清々しさを存分に表現していた。朝日が目に染みる。身体を撫でるような肌寒さを感じた。少々気温が低いらしい。何となく外を眺めようと窓際に行くと、そこで部屋にもう一人いることに気がついた。
「おう、起きたかよ」
振り返ると、そこにいたのは海堂だった。裕也は部屋割りで卓也や晴人と一緒だったので、ここに彼がいるのはおかしい。
「……何してんの?」
「昨日の恨みだコラァ!」
海堂の拳が裕也に炸裂し、愉快な悲鳴が城内に響き渡る。やがてトイレを済ませていたらしい卓也と晴人が戻ってきて、倒れ伏す裕也を発見すると、彼らは呆れたように嘆息した。
◇
魔王の討伐。その使命を手伝う以上、彼らには戦う術が必要だった。王女フィアは「貴方がたの意志に任せます」と言っていたが、結局、クラスメイトの皆は明人の覚悟に後押しされて、魔王討伐を手伝うと承認してしまっていた。――実際には、何もしないことにより、王女が知らないところで追放されたりする可能性を恐れたのだが。
ともあれ。そんなわけで今日、裕也たちは中庭に集まるように指示されている。城に囲まれた中庭から見上げると、やはり中世風ファンタジー世界なのだなと実感する。
元の世界に帰れない。その絶望感とは、また別の要因として、少しだけ気分が高揚していることも事実だった。
「……来たか」
裕也たちが鏡夜の異世界テンプレ語りを適当に聞き流していると、やがて王女フィアと騎士の装いをした中年男性、そして黒ローブの一人が現れた。そこに騎士団長アルフレッドの姿は見えない。何となく理由を聞くと、単に忙しいらしい。王様との謁見がなされないことも、忙しいからなのだろうか、と裕也はぼんやりと思う。
余談だが、鏡夜曰く、この世界でも言葉が通じるのはあの魔法陣に翻訳術式が組まれていたからなのだそうだ。彼はなぜ、ここまで知っているのかと疑問に思うが、ドヤ顔で「テンプレだから」という回答しか言わなかった。
◇
王女フィアは裕也たちに真っ白な紙を配った。
「今からあなた方の"天職"を確かめます」
「"天職"?」
「簡単に言えば、神に恵まれた資質の方向性ですね。この神木からつくられた紙を、中指と人差し指で挟んで力を込めて下さい、それで神託が下ります」
裕也が言われた通りに、渡された何の変哲もない紙に力を込める。こんな中世ファンタジー風の世界にも紙はあるんだなと、そんなどうでもいいことをつらつらと考えていた。やがて、紙に文字が浮かび上がる。異世界の文字。見たこともない模様のはずなのに、なぜだか読める。これが鏡夜の言う翻訳術式とやらの効果だろうか。
ともあれ書かれていた内容は簡単だった。
――――――――――――――――――――
【名前】木戸裕也
【種族】人族
【年齢】17歳
【天職】召喚師
【レベル】1
【スキル】なし
――――――――――――――――――――
これが"神託"。まるでゲームのステータス画面のようだった。実に簡素な内容である。
(……召喚師、か)
裕也は紙片を眺めつつ、ふと思う。具体的にどういうものであるのかよく分からない、と。
「なあ王女様」
「は、はい?」
裕也はフィアに尋ねる。
なぜか怖がられているようだったが、おそらく海堂を殴ったのが原因だろうと推測する。
「召喚師っていうのは何だ?」
そう聞くと、フィアは驚いた表情を見せた。
「召喚師の才を持っているんですか……珍しいですね」
「珍しいのか、これ」
「はい。召喚師っていうのは、討伐した魔物を召喚して使役できる戦闘職です」
「強いのか?」
「ええと……召喚できる魔物と、一度に操れる数に左右されますね。召喚師本人を狙われると弱いのが欠点かと」
「つまりは、術者によって強くも弱くもなると」
「そういうことになりますね」
まあそんなものだろう、と適当に納得した裕也は辺りを見回す。近辺には卓也と晴人がいた。
「どうだったよ卓也?」
「戦士だと。肉弾戦に長けるらしい」
「お前にぴったりじゃねえか。晴人は?」
「ボクは剣聖だったよ」
「剣聖? 剣士じゃなくて剣聖か」
「なんか強そうだな」
「えぇ……ボクは後方援護するぐらいで良いんだけどなぁ」
などと雑談を交わしていると一際大きな驚きの声が聞こえた。そちらに目を向けると、成宮や明人たち、そして黒ローブのところからである。
「やはりお前が勇者だったか」
「まぁ俺は明人が勇者だと思ってたッスよ」
「……そうか」
黒ローブ、成宮、明人の順で声が聞こえる。明人のもとに皆が集まり出した。フィアなど飛び跳ねて喜んでいる。だが、明人の表情が優れないことに裕也は気づいていた。
――明人のことだ。どうせ、俺が皆を巻き込んでしまったのか、とでも考えているのだろう。そんな結果論を嘆いていても仕方がない。気にするなと言いたいが、わざわざ裕也が言わずとも、明日香ま凛などがフォローしてくれるはすだ。
ともあれ。その間に、裕也は卓也たちのもとを離れ、ひとりで佇んでいる冬華に近づいた。
「何よ?」
「いやショートカットのクーデレって珍しいんじゃないかと思ってな」
「どういうこと?」
「何でもない。それで、どうだった?」
裕也の問いに主語はないが、それが何を意味しているのかは分かるだろう。
「…………精霊師」
「お、なんか良さそうじゃん」
「木戸くんは?」
「召喚師。てかいつも言ってるだろ? 裕也でいいって」
「……やーよそんなの」
「ガード固いなあ」
裕也は苦笑するが、冬華はそっぽを向いている。それでも、裕也は柔らかく微笑んだ。
「……なんで笑ってるのよ」
「なんでだと思う?」
「……私を、見てて面白いとかでしょ」
「可愛いからだよ」
「……ふ、不意打ちやめてよ」
「撫でてもいい?」
「それは駄目」
冬華の頬が紅くなり、目が泳いだ。裕也はそれを見てもなお、優しげに笑っていた。この時間が、一番幸せだとでも言うように。たとえ世界が変わっても、裕也がやることは変わらない。
◇
「成宮殿は魔法戦士か、これは強くなるぞ」
「おおマジか!? 桜井は?」
「ん? 俺は幻術士」
「明日香たちはどうだったの?」
「私は白魔道士だったよ?」
「私は剣士だった!」
クラスの皆で話が弾み、誰かどういう天職を持っているのか、明らかになっていく。そして残るは、海堂のグループと転校生の草薙、そして冬華だけになった。
「柊はどうだったん?」
裕也は海堂と仲が良い、柊優雅という少年に聞いてみる、常にニコニコとした笑みを絶やさない彼は、柔らかい口調で答えた。
「俺は賢者だったよ」
「海堂は?」
「覇王」
「なにっ!?」
和やかな空気が一瞬で凍りついた。クラスメイトの近くにいた、魔術師や騎士たちが信じられないといった表情で海堂を見やる。
「覇王の天職だと……!? 貴様、その紙を見せてみろ!」
鬼気迫る様子で黒ローブの老人が海堂に近づく。海堂が無造作に紙を投げると、黒ローブはそれをキャッチして目を通した。
「信じられん……まさか覇王とは」
どうやら相当に凄いものらしい。裕也たちにはそれがまったく分からないので唖然と見ているほかは無かった。
◇
「精霊師だと!?」
「いや爺さん流石に驚きすぎだろ」
またもや驚愕する爺さんに、冷淡な口調で裕也が指摘する。だが、その驚きは海堂の比ではなかった。しまいには周囲の騎士まで騒ぎ出し、「王様に報告だ!」などという声も聞こえる。
(精霊師ってそんな珍しいのか?)
裕也は純粋に疑問を抱く。RPGなどにも似たような職業は見るし、大して重要な職業ではないように思える。
「なあ、そんなに精霊師って珍しいのか?」
鬼気迫る様子の爺さんの前に、さり気なく割り込んで冬華の身体を隠す。意外と彼女は怖がりなのだ。こんな注目を浴びせるわけにはいかない。
「……かつて絶滅した天職だ」
落ち着きを取り戻した爺さんはそう言って、"精霊師"の重要さについて語り始めた。
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