第46話・悪魔な天使の天使な姿

 長く厳しい冬がようやく明け、異世界にもようやく春が訪れ始めた。冬真っ只中の時はずっとこの辛さが続くんじゃないかとさえ思っていたけど、それもこうして明けてみればあっと言う間だった様に思える。

 明けない夜はない、止まない雨はないって言葉が日本にはあるけど、それはこの異世界でも通用しそうだ。

 俺達は冬の間、冒険者としての活動の一切を自粛していた。いや、自粛せざるを得なかった。その理由は前にもチラッと言ったけど、主な理由は冬場の冒険者活動が厳しい事と、ラビィとクエストを一緒にやるとろくな事が起きないから。

 だから冬の間は前に雇ってもらっていた店でバイトをしたり、ティアさん達の店でまた店番をさせてもらったりと、本当にバイト三昧の越冬生活だった。

 しかしそれも春を迎えるまでの話。無事に冬を越えた今、俺達はまた冒険者としての活動を再開する事ができる。だがそれは同時に、またラビィによって面倒事を背負い込む事になるかもしれないと言う事。

 春の陽気を帯び始めた外で青空を見上げつつ、またろくでもない異世界生活が始まるかもしれない――と、春を迎えたばかりの頃の俺はそんな風に思っていた。


「おはようございます。涼太さん」

「お、おはよう。ラビィ」

「朝食ができてますよ。さあ、みんなで一緒に食べましょう」

「おう……」


 丁寧な口調でそう言うと、ラビィは気品溢れる振る舞いで屋敷にあるダイニングルームへと歩いて行く。


「やっぱり今日もおかしいな…………」


 ラビィがこんな風になったのは、つい三日程前の事。

 それまでは異世界に来てからずっと変わらない、傍若無人なラビィのままだった。それが急にこんな態度になれば、誰だって変に思うだろう。

 最初は何か善からぬ事を企んでの態度だと思い、ラビィが怒りそうな事を色々とやってみたりしたけど、その効果はまったくと言っていい程なかった。今までのラビィなら一瞬で怒り狂いそうな事ばかりだったと言うのに、ラビィは『そんな事をしてはいけませんよ?』と、まるで天使の様に優しく注意をするだけ。

 あまりのおかしさにこれまでラビィの様子を観察していたんだけど、特に何かを企んでいる様子は見えず、無理をしている様にも見えなかった。

 しばらくして到着したダイニングルームには既にラッティやリュシカ、ミントが集まって居て、俺とラビィが席へ着くとすぐに朝食が始まった。


「――では、私はお庭のお掃除をしてきますので、皆さんはゆっくりと食事をなさって下さい。食器はお庭掃除の後で片付けますので、そのままにしておいて下さい」


 朝食が始まってから十分も経たない内に、あの酒好きで大飯喰らいのラビィがパン二つと野菜スープだけを摂り、そのまま席を立ってダイニングルームを出て行った。これも以前では考えられない光景だ。

 このラビィの変化についてリュシカ達とは何度か話をしてみたんだけど、それが俺の中で別の疑問を生じさせている。

 その疑問が何なのかを端的に言えば、みんなのラビィに対する認識が大きく変わっている事。それはつまり、今のラビィが元々からのラビィだとみんな思っていると言う事だ。これはどう考えたっておかしい。


「――いったいどうなってんだか…………」


 朝食後。俺は気まぐれにみんなの使った食器を洗って片付け、その後で自室の大きな窓から一生懸命に掃除をしているラビィを見ていた。

 こんな大きなお屋敷の庭を一人で掃除なんて大変だろうけど、掃除をしているラビィの表情はとても明るく、どことなく楽しそうにしている様にも見えた。そんな様子が俺に更なる違和感と気持ち悪さを感じさせる。

 窓から離れて大きなベッドへと向かい、そこに大きく身体を預ける様にして寝そべる。白い天井を見つめながら色々と思い返してみれば、ラビィがこんな風になったのは三日前の夜からだったと思う。

 あの日は陽の沈んだ後に人目を避ける様にしてラビィが屋敷を出て行くのを見かけたから、いったい何をしているのやらと思っていたけど、しばらくして帰って来たら今の様なラビィになっていたわけだ。だから多分、あの出かけていた間に何かがあったのだという事は想像に難くない。と言うか、それしか考えられない。

 まあ色々と思うところはあるけど、現状のラビィは俺が最初に思い描いていた天使そのものだから、例えこれが誰かの仕組んだ事だったとしても、特に何かをしようとは思っていない。要するに俺が今のラビィに慣れてしまえばいいわけだから。

 しばらく変わり果てたラビィについて色々な事を考えていると、部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえ、その後で優しく問いかける声が聞こえてきた。

 その音で誰かが訪ねて来たのは分かるので、身体を起こしてベッドの端へと移動を始める。


「涼太さん、中に居るでしょうか? もし居られるのでしたら、少しお時間をよろしいでしょうか?」

「あっ、どうぞ」

「失礼します」


 ゆっくりとドアを開いて部屋へと入って来たラビィは、ベッドの端に座った状態の俺を見てペコリと丁寧に頭を下げた。今までの凶悪なイメージが色濃く残っている俺にとって、今現在のラビィの態度は本当に気味が悪い。


「話って何かな?」

「あ、はい。まずは朝食の後片付けをしていただいてありがとうございます。とても助かりました」

「あ、いや、別に大した事じゃないから」

「いいえ。私はこうして涼太さんにお世話になっている身ですし、あれくらいはちゃんとしないと罰が当たってしまいます」


 いつもは俺に対し、『罰でも当たって死ねばいいのに』とか言ってるとんでもない奴なのに、今ではそれと正反対の事を言っている。本当に何があってこうなったんだろうか。その理由だけはとても気になる。


「いや、庭の掃除も大変だろうし、本当に気にしないでいいから」

「ありがとうございます。涼太さんは本当にお優しいですね」


 にこっと優しく微笑むラビィの笑顔はとても素晴らしく、思わず惚れてしまいそうになる。だがその度に悪魔ラビィの顔が俺の脳裏を横切り、その思いを打ち消していく。


「今日は久々にクエストを受ける予定なんですよね?」

「あ、うん。そのつもりだけど」

「それでしたら、回復薬などの準備は私がしておきますので、ギルドで合流する形にしませんか? その方が後の事を考えても効率的だと思いますので」

「ああ、確かに。それじゃあそうしよっか」

「はい! それでは準備が整い次第ギルドへ向かいますので、涼太さん達はゆっくりとクエストを選んでいて下さい。それでは失礼しますね」


 ラビィは張り切ってそう言うと、再び頭をペコリと下げた後で楽しそうに部屋を出て行った。これが今だけの事なのか、それともずっと続くのかは分からないけど、できればずっとこのままのラビィでいてほしいもんだ。

 俺は淡い期待を抱きつつ、クエストを行う為の準備を始めた。


× × × ×


 お昼を迎える少し前、俺達はギルドで受けたクエストを実行する為の場所へと向かっていた。今回俺達が受けたクエストは、街外れのゴミ山に住み着き始めたリザードフライの討伐だ。

 地球に居た時にもゴミの投棄問題は世界中にあったけど、それは異世界でも変わらないらしい。本当に人間て奴は、どの世界でもろくでもない事ばかりしている。仮に俺が全てを屈服させる力を持っていたとしたら、そんな悪い奴等は全員消し去ってやろうと考えるかもしれない。


「リザードフライはその名のとおり、リザード特有の硬い鱗と蝿の俊敏さを持ち合わせているそうです。その対処法は氷属性の魔法やアイテムなどで動きを鈍らせ、その隙に止めを刺していくのが常套手段だそうです」


 回復アイテムなどの用意をしてくた後で俺達と合流したラビィは、クエストを受けてから出発するまでの時間で討伐モンスターの情報を可能な限り集めてくれていた。以前は全て俺がやっていた事だが、こうしてラビィがやってくれるのは非常に助かる。

 ラビィがこんな風になってから行う初めてのクエストではあるけど、これなら大した問題も無く討伐クエストを行えそうだ。

 それから目的の場所であるゴミ山へと着くまでの間、俺達はラビィが集めてくれた情報を元に戦いの進め方を検討しあった。

 そして無事にゴミ山へと着いた俺達は、大人の頭二つ分程の大きさをしているリザードフライと激しい戦闘を繰り広げていた。

 相手は硬い鱗を纏ったすばしっこい蝿。しかもその数はかなり多い。一匹を相手にするだけでも大変なのに、それが複数になるととんでもない苦戦を強いられる。

 しかしいくらすばしっこいとは言え、幸いにも大きくて重さがあるせいか、リザードフライはそんなに高くは飛べない。せいぜい飛べても二メートルから三メートル程度と言ったところだ。

 俺が通常使っている短剣で戦うにはちょっとキツイけど、クエストを受けた後で用意した投擲とうてきアイテム、炸裂玉を使う事で何とかリザードフライを一箇所に集めている。


「行ったぞラビィ!」

「はいっ! お任せ下さい! そりゃあーっ!」


 ある程度の数を一箇所に集中させた俺は、待機していたラビィに合図をした。

 すると気合の入った返事と共に、ラビィが集まったリザードフライの中心に向かって氷結玉を投げ込む。


「「「「「「ピギャッ!?」」」」」」


 投げ入れられた氷結玉が集団の中心付近に居たリザードフライの一匹に命中すると、弾けた氷結玉から出てきた強い冷気が一瞬にして周辺に居たリザードフライの動きを鈍らせた。


「よしっ! ラッティ! 今の内に魔法を頼む! みんなはできるだけ遠くに離れろっ!」

「――ルーデカニナ!」


 ラッティが魔法の詠唱をしている間に距離を取り、ある程度逃げたところで多重魔法陣が展開した杖先から眩い一筋の光が走り、リザードフライの中心で大爆発を起こした。

 その爆発はリザードフライやゴミ山のゴミを巻き込み、爆発が終わった後の爆煙が晴れた後には、リザードフライや巻き込んだゴミなどの塵一つ無い大きなクレーターだけがあった。


「残りを追い詰めるぞ! ミント、次はお前のブレス攻撃で動きを止めてくれ!」

「了解なのですよぉー!」

「よしっ! 行くぞ!」


 俺は先程と同じ様に炸裂玉で残りのリザードフライをある程度集めた後、今度はミントの氷結ブレスでリザードフライを凍てつかせて完全に動きを止め、ラッティの魔法で止めを刺した。その後は僅かに残っていたリザードフライをじっくりと各個撃破していき、リザードフライ討伐クエストは開始から約一時間程で終了となった。

 戦いのせいでゴミ山にいくつかのクレーターを作る事態になってしまったけど、ラビィを含んでの討伐クエストでは初めてと言っていいかもしれないくらい、まともにクエストは完了した。

 こうして無事に討伐クエストを終えた俺達は一旦ギルドへと戻り、報酬を受け取ってから更に別のクエストを受け、準備を済ませてからその場所へと向かった。

 このラビィとならまともな異世界生活が送れそうだと、俺は期待と希望に心を躍らせていた。

 そしてその期待と希望通り、それからもラビィはパーティーの役に立ち続けた。しかしある日を境にしてラビィは徐々に元気を失っていき、ついにはベッドに寝たきりの状態に陥ってしまった。

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