第27話・暗闇の中にはいつもの二人

 闇商人のニャンシーから行方不明事件解決の糸口を見つける為の依頼を受けた俺は、お風呂から帰って来たラビィと、一緒に居たニャンシーを連れて祝福の鐘へと向かい、そこに居たラッティとリュシカに今回受けた依頼についての説明をした。

 俺としてはいきなりの事で反対されるかと思っていたけど、ラッティもリュシカも一切反対する様子は無く、あっさりと今回の依頼について了承を得る事ができてしまった。

 けれどこんな依頼を受ける原因となったラビィだけは、最後の最後までご不満のご様子だった。ホントにコイツだけはいつまで経っても変わらない。


「ここが例のダンジョンか……」


 みんなに今回の件を話した翌日の早朝。俺達は昨日の内にある程度の準備を整え、ニャンシーと共に今回の事件を起こしている犯人が潜伏していると思われる儀式のダンジョン前へと来ていた。

 ギルドで得た情報によると、このダンジョンは難易度的に初心者向きのモンスターが出るダンジョンらしく、中にある宝は既にその全てが回収されていて、行く意味は皆無と言っていいダンジョンに成り下がっているらしい。

 このダンジョンが作られたのは遥か昔の事らしいのだけど、その名が示すとおり、当時は何かの儀式を行う為に作られた専用のダンジョンだったと言うのが一般的な見解だ。


「そんじゃまあ、さっそく入りますか」


 クールを装って軽くそうは言ったものの、どんな奴が潜伏しているか分からないダンジョンへと足を踏み入れるってのは想像以上に怖い。だからこうして自分の気持ちを誤魔化しでもしなければ、こんな物騒なダンジョンへ足を踏み入れるのは無理だ。

 軽口を叩いた後、恐る恐ると言った感じでダンジョンの入口へと進む。

 心情的には結界に阻まれないかなーと思っていたけど、そんな期待も虚しくダンジョンの入口から中へと入る事が出来てしまった。


「やったニャ!」


 依頼をして来たニャンシーは俺が結界を通過出来た事を喜んでいるが、こちらとしてはまったくもって嬉しくも何ともない。

 何せ結界を通れた事でこの依頼をやらないで済む口実が無くなった訳だし、何よりここを通れたという事は、俺が冒険者として取るに足らない実力しか持ち合わせていない事の証明にもなってしまった訳だから。


「では、次は私とラッティちゃんが入ってみましょうか」

「うん!」


 未だ乗り気ではないラビィを後目に、リュシカとラッティが洞窟の入口へと向かい始める。


「あわわっ!?」


 二人がダンジョンの入口へ足を踏み入れようとした瞬間、凄まじい衝撃と光、轟音と共に侵入を阻まれる。

 結界に阻まれた事で起きた現象によりラッティは驚きの声を上げたが、リュシカはその涼しい表情を変える事なく結界に触れた手を見つめていた。


「大丈夫か!?」

「私は大丈夫です」

「ラッティは大丈夫か?」

「うん、ちょっとビックリしただけ。全然痛くなかったよ」


 リュシカはともかくとして、いつもの可愛らしい笑顔でそう答えるラッティを見る限りは本当に痛くなかったらしい。それは素直に良かったと思う。

 しかしまあ、この二人が結界に阻まれる事は想定内の結果だ。リュシカは謎が多いけどその実力は相当なものだと推測できるし、ラッティは攻撃力だけなら恐らく裏ボスクラスだろうから、結界に阻まれて当然の危険対象と言える。

 俺としてはどちらかが結界を通過できればいいなと期待する気持ちが無かったわけじゃないけど、それはやはり激甘な考えだった。

 それよりも問題なのは、こんな事をしなくてはいけなくなった張本人であるラビィがこの結界を通過できるのかという事だ。これでもしラビィが結界に阻まれでもしたら、俺はこの依頼を一人で遂行しなければいけなくなってしまう。それだけは何としても避けたい。

 その理由はもちろん一人だと不安だからと言うのもあるけど、一番の理由は原因を作った本人が蚊帳かやの外でのんびりと待っているのが許せないからだ。


「ラビィ、早く入って来いよ」

「分かってるわよ」


 渋々と言った感じで前へと歩を進め始めるラビィ。その様は大型連休明けの駅のホームで、会社や学校に行くのを憂鬱そうにしている人々の表情と似ている。

 そんな表情のラビィがこちらへ歩を進める度に、俺の中の緊張感は高まっていく。


 ――どうかラビィが結界に引っかかりませんように……。


 女神様にそう祈りながら、ラビィが近付くのを見守る。

 そしてラッティとリュシカが弾かれた辺りまでラビィが来た時、本当に一瞬だけど右手の部分が小さなスパークを起こした様にバチッとなったのが見えた。

 それを見た俺は、一瞬だがラビィが結界に阻まれたのかと焦った。けれどラビィはそんな俺の焦りをよそに、すたすたとこちらへ近付いて来る。

 どうやら俺の感じていた心配は杞憂きゆうだったようだ。


「おっし。それじゃあ行くか」

「待って! これはどういう事よ……」


 ラビィが結界を越えた事に安堵した俺は、さっそくダンジョン探索を開始しようとしたが、ラビィは身体を細かく震わせながらそんな事を呟いた。


「どういう事って何だよ?」

「私は大天使でエンジェルメイカーの超エリートなのよ!? そんな私が結界に阻まれないなんておかしいじゃない!」


 そんなラビィの叫びを聞いた時、俺はまたいつもの病気が始まったと溜息が出た。


「お前なあ、現実ってのはどこまでも厳しいんだ。お前は結界に阻まれる事無くこちら側へと来れた。これが現実なんだよ。諦めろ」

「いいや、絶対におかしいわよっ! もう一回やってみる!」


 そう言うとラビィはこちらへ来る前の位置まで戻り、今度は勢い良く走りながらこちらへと向かって来た。


「あ、あれっ?」

「気は済んだか?」


 結果は最初と変わらず、ラビィは俺の方へと簡単にやって来る事が出来た。


「ま、まだよっ! 今のはきっと角度が悪かったのよ!」


 ラビィは再び初期位置へと戻り、今度は侵入角度を変えてこちらへと向かって来る。でもその結果は何も変わらない。

 しかしラビィはそれでも納得がいかなかったらしく、その後も何かと理由を付けては結界に阻まれようとしていた――。




「絶対におかしいのよ……」

「まーだ言ってんのか? いい加減にしとけよ?」


 ダンジョン前でラビィの茶番を見続ける事しばらく。俺とラビィはようやく闇が支配するダンジョン内へと足を踏み入れた。

 真っ暗なダンジョン内を照らすのは、俺とラビィが手に持っている燃料石が入った二つのランプだけ。

 しかしその光も広範囲を照らし出せるわけではないので、前へと進むにはかなりの慎重さを必要とする。そんなダンジョン内を手探りする様に二人で進んで行く。

 ちなみに俺が習得しているスキル、ゴッドアイだが、今は使っていない。あれはとても便利なスキルだけど、使った時間が長い分だけ後から酷い眼精疲労が起こる事が分かったので、なるべくここぞと言う場面以外では使わないようにしている。


「えーっと、ここから三方向に道が分かれてるのか。さて、どこから先に調査するかな……」


 ダンジョンへ進入してから少し経った頃、一本だった道が前と左右に分かれた十字路へと出た。


「どれどれ? ふむふむ……私の勘だとこっちの方向が怪しいわね」

「勘ねえ……」

「何よ? 私の勘を信じないって言うの?」

「あのなあ。具体的な根拠があるならともかく、勘って言われて『はい、そうですか』って素直に納得できる奴なんてそうそう居ないと思うぜ?」

「他の奴ならそうかもしれないけど、私は大天使なのよ? その大天使の勘を信じないなんて、神様の言葉を信じないって言っているのも同然なのよ?」


 どう言う理屈かは理解できないけど、ラビィはとても自信満々のご様子だ。まあ、コイツはいつでも無駄に自信だけはあるようだけど。


「分かったよ。それじゃあ行って見るか」

「そう来なくっちゃ!」


 ラビィの意見を無下むげにすると、また無駄に時間を費やすはめになる可能性が高まる。

 それにどの方向へ行けば目的の犯人に辿り着くのかも分からない以上、無駄に迷っているのも馬鹿らしい。

 俺はラビィが指差した右方向へと向きを変え、その通路を歩いて行く。

 それにしても不思議なのが、一匹のモンスターとも遭遇しない事だ。状況としては戦いにならないので良い事なんだけど、こう何も無いと逆に不安が増してくる。

 こうして不安な気持ちを抱きながらしばらく奥へ奥へ進んでいると、通路の奥にある部屋と思わしき場所の中心で何かがぼやーっと光っているのが見えた。


「ラビィ、ストップ」

「何よ?」

「見てみろよ。奥の方で何かが光ってる」

「本当だ。てことは、あそこに今回の事件の犯人が?」

「それは分からないけど、とりあえずゴッドアイで状況を見てみる」


 すぐさまスキルを発動し、薄ぼんやりと光っている部分を凝視する。

 するとそこには床に仰向けで横たわっている人物と、その横たわった人物を座って見つめている人物が居るのが見えた。


「どうなの?」

「床に横たわってる人と、それを見つめてる人が居るな。ぱっと見はどちらも女性みたいだけど」

「てことは、その二人が犯人!?」


 状況的に考えて、ラビィの発想が間違いとは言い切れない。

 しかし確たる証拠も無しに犯人と決め付けるのはよくないだろう。


「待て待て。まだあの二人が犯人と決め付けるのは早計だ。もしかしたら、犯人にさらわれた人なのかもしれないし」

「だったらどうするのよ?」

「そうだな……とりあえず接触してみるしかないだろうな」

「大丈夫なの!?」

「見たところ武器の様な物は持ってないし、多分大丈夫だろう。でも、念の為にすぐ逃げられる様にはしておけよ?」

「分かってるわよ。その時はリョータを見捨てるつもりで逃げるから」

「あのなあ……言っておくけど、ゴッドアイを使えるのが俺である以上、ここで有利に逃げられるのは俺の方だからな? だから滅多な事は言わない方が身の為だぜ? じゃないと、暗闇の中で見捨てられるのはお前の方だからな?」

「ぐっ……分かったわよ。まったく、リョータてばホントに卑怯で恐ろしい事を考えるわよね」


 どの口がそんな事をほざきやがると思いつつ、奇襲スキルを自分とラビィに発動させて姿を消し、更にランプの灯りを消して暗闇に目を慣らし、奥にあるぼんやりとした光を目指してそっと近付いて行く。

 そしてちょうど部屋の出入口付近へと来た所で進めていた足を止めた。


「どうしたの? 何で中に入らないのよ?」


 さっきはラビィに接触してみると言ったものの、だからと言って真正面から正々堂々と近付いていきなり声をかけるほど俺も馬鹿じゃない。とりあえずはできるだけ近付いて中の様子を窺うのが得策だろう。


「ラビィよぉ。お前は相手の正体が分からないのに、堂々と近付いて声をかけるつもりか? 普通はまず相手の観察だろうが」

「そ、そんな事は分かってるわよ! 今のはリョータが冷静な判断をできてるか試しただけだからねっ!」

「馬鹿っ! でかい声を出すんじゃねえよ!」

「リョータだっておっきな声出してるじゃない!」

「ちょっとそこ! うるさいわよっ!」

「「ヤバッ!?」」


 思わずラビィにつられていつもの様に言い合いをしていると、部屋の中から若い女性の声が聞こえてきた。

 その声を聞いてしまったと思いはしても、時既に遅し。俺達の存在は完全に相手にばれてしまっている。

 今の状況を考えると、居ない振りをするのはもう無理だろう。かと言ってこのままだんまりを決め込めば、無駄に相手を警戒させる事にもなり兼ねない。


 ――こうなったら仕方ないか……。


 俺は自分とラビィに使った奇襲スキルを解除した後、覚悟を決めて謎の人物へと接触をする為にその方向へと歩き始めた。

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