第六十一話 救出編【61】

 女子生徒とは違い、私は感情を殺して返事をした。

「早速だけど、明日はどう? 土曜日で学校も休みでしょ?」

「それがいいですね。場所はどこにします?」

 私は考えた。

(私が前任者の美少女からザイルを受け取ったのは橋の上だ。これも順番に関わっているのだろうか。もし、関わっているのだとしたら、私も吉田さんに橋の上でザイルを手渡さなくてはいけない)

 少し考慮した後、私は言った。

「例の橋の上はどうかしら」

「長岡さんが手すりに座っていたあの赤い橋ですか?」

「そう。公園の中にある」

「わかりました。あたしはそこで構いません。時間はどうします?」

 ここでもまた私は思考をしなければならなかった。

(時間? 私は前任者から深夜にザイルを受け取った。それもしっかりと守らなくてはいけないのか? それとも深く考えすぎか?)

 迷った私は女子生徒にゆだねることにした。

「吉田さんは何時がいいの?」

「あたしは何時でもいいですが。土曜日で学校がお休みなので、午前よりも午後の方がいいかなとは思います」

(午後か。ま、時間まで気にする必要はないだろう)

 私はお昼過ぎが良いと判断した。

「じゃあ、午後の二時位に橋の上で、というのはどう?」

「わかりました。明日の午後二時ですね」

「ザイルを渡すだけだから、特に何も考える必要はないからね」

「わかりました。気楽に行くことにします」

 女子生徒は何だか私と合う事が嬉しいかのように答えた。

「じゃあ、そういうことでよろしく」

「はい。また明日、お願いします」

 そこで通話を終了した。

 私はノートパソコンの電源を切った。勉強机から離れる。

(吉田さんは私と会えるのが嬉しいのか?)

 そんな疑問が頭に浮かんだ。


 翌日。

 学校が休みの私は午前十一時に起きた。休みの日に遅く起きるのは私のいつもの習慣だ。

 中学の時に着ていたジャージから服に着替えると、一階に降りた。

 リビングではソファに座って父がテレビを観ていた。

「おはよう」

 挨拶をすると、私を一瞥いちべつして父も、

「おう。おはよう」

 と口にした。

 それから、食卓で朝食兼昼食をった。これも休みの日のいつもの私の行動パターンだった。

 食事を終えると、私は部屋に戻った。女子生徒と会うために外に出るにはまだ時間が早い。

 スマートフォンを手にするとベッドに仰向けになった。カード形式で戦闘が行われるアプリで遊ぶ。これもいつものことだ。

 いつか母に、

「そんな格好でゲームなんてしてないで、少しはジョギングとかしたらどうなの」

 と、言われた事もある。

 肥満している私は運動が苦手だった。運動が苦手だから太っているのか、太っているから運動が苦手なのか、どちらが先なのか私自身もわからなかった。

 とにかく、私はベッドに仰向けになった状態でスマートフォンを操作し、ゲームに没頭した。女子生徒の事は考えなかった。

 十二時半。

 私はアプリを終了させると、スマートフォンを手放した。一日に行動ができる限度が越えてしまったのだ。これ以上ゲームを続けるためには課金をしなくてはいけない。しかし、私は課金をしたくなかった。

 私はベッドから起き上がった。

 私は家を出る事にした。

 私は足の短い机の上に放り出したままのリュックを手にした。リュックの中にはザイルが入っている。リュックを背負うと、中でザイルの金属部分が、「カチ、カチ」と小さく音を立てた。

 玄関から外に出る際、母が、

「あんたが休みに外に出るなんて珍しいわね」

 と、口にしたが、私は無視をした。

 私は徒歩で公園へ向かった。

 公園は人で少々 にぎわっていた。

 家族連れ。カップル。犬の散歩をする女性。ベンチに座って雑談に夢中になるお年寄りたち。

 様々な人が思い思いの行動をしていた。

 私はそんな彼らの間をうように赤い橋へと足を伸ばした。

 赤い橋へ着くと、私は驚いた。私より先に女子生徒が橋に設置されたベンチにいたからだ。

「ずいぶんと早くに来たのね」

 私は半分笑いながらベンチに近付く。

 女子生徒が立ち上がる。

「何だか手持ちぶさたになってしまいまして。ちょっと早く来ちゃいました」

「私の方が早く着くと思ってたわ」

 私はスマートフォンを取り出すと時刻を確認した。まだ午後一時にすらなっていない。

「吉田さん、ご飯はどうしたの?」

「朝食は食べてきました」

「昼食は?」

「まだです」

「一体、いつからここにいたの?」

「十二時位からだと思います」

「それじゃあ、お腹が減ってるでしょう」

 女子生徒が顔を赤くした。

「少し」

「ザイルの受け渡しはいいわ。先に何か食べましょ」

「え、でも大切な物の引き渡しじゃないんですか?」

「吉田さんの空腹の方が問題よ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「この公園のすぐそばに喫茶店があるわ。ちょうどランチの時間だしちょうどいいわ。そこで何か食べましょ」

「はい!」

 女子生徒は元気良く応えた。

(一体、吉田さんは何が嬉しくてこんなにも元気なんだ?)

 私には女子生徒の頭の中がさっぱり理解できなかった。

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