第五十六話 救出編【56】

 女子生徒は半分程、空になったコーヒーの缶を両手の中で転がした。まるで、自分の迷いが手のひらに現れているようだった。

「あたしにできるでしょうか?」

「私にできたんだもの。できるわよ」

 ここで、私の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。

(もしも、女子生徒が私の申し出を断ったらどうなるんだ? 私の前任者の美少女は私へと救済のバトンをうまく渡した。しかし、そのバトンが私で打ち切られたらどうなるんだ?)

 私の思考は負の方へと傾く。

(私が女子生徒を次の導き手にすることができなければ、私に何らかの災いが起こるのだろうか? それとも、何も起きず、この順番的試練を乗り越えて誰かを助ける、という魔法のような、いやほぼ魔法に近い現象が途絶えるだけだろうか?)

 私はホットのカフェオレを一口 すすると、女子生徒の顔をチラリとうかがった。

 女子生徒は変わらずにコーヒーの缶を両手でもてあそんでいる。

 何故なぜか、女子生徒が不憫ふびんに思えてきた。

「もしも、つらかったら断っても良いのよ。さっきも言ったけど、強制じゃないから」

 私は自分に何かしらの変事が起こっても良いと覚悟した。

(私は確実に命を落とすはずだった父を救うことができたんだ。ここで女子生徒が断ることで、私自身に不幸があっても文句は言えないだろう)

 私は自分の気持ちを素直に女子生徒に伝える事にした。

「さっきの私の話の続きなんだけどね、私のお父さんはがんになってね。余命三ヶ月と言われていたの」

「三ヶ月ですか。短いですね」

「絶望的だったわね。でも、私もあなたと同じように忠実に試練を順番通りに守り、父の命を救ったの」

「あたしと同じだったんですね」

「それでね、お父さんの命が救われた、とわかった時、こう思ったの。『この幸運を誰かにも味わって欲しい』って。だから、私は前任者から意志を継いで、あなたの前に現れたの」

「私もモミカさんという大切な人を守ることができました。あなたのように親という近親者でもありませんし、リアルで付き合ったこともない人ですが、あたしにとってモミカさんはとても大切な人でした。だから、彼女が助かって本当に嬉しいです。直接、モミカさんの書き込みがあるわけではないので、まだ実感はありませんが」

「その点はくどいようだけど、安心して。モミカさんは必ず助かっているから。近いうちに確証的にモミカさんが助かったとわかるはずよ」

「ならいいのですが」

 女子生徒は不安げだった。

 私は考えを少し変える事にした。

「あなたが迷うのも無理ないわ。私の言ってることが突然だものね。こうしない? モミカさんが一〇〇パーセント助かったとわかったから、私に連絡を頂戴ちょうだい。その時に、次の導き手になるか、ならないかを聞かせて」

「つまり、今、この場で決めなくても良いということですね?」

「そういうことになるわね」

「それでいいんですか?」

「本当の事を言うと、私もわからない。でも、急に決断を迫るより、時にはゆっくりと考えた方が良い事もあると思うの」

「あなたの場合はどうだったんですか?」

「私? 私は前任者に言われて、その場でオーケーの返事を出したわね。あ、だからと言って、あなたもすぐに返事をする必要はないからね」

「わかりました」

 私は安堵あんどし、椅子に少し深く腰掛けた。その時、リュックの中にあるザイルの金属部分がカチリという音を鳴らすのが聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る