第九話 救出編⑨

 それから、私と女子生徒は肩を寄せ合うようにしてノートパソコンに向かった。

 電源のボタンを押すと、ノートパソコンが静かにうなる。私はマウスを握った。

「Wi-Fi通信はできてるんですね。電波は拾えてます」

 ノートパソコンが立ち上がると、女子生徒はすぐに言った。

(『ワイファイ』って何だ? とにかく、このパソコンでネットができるのは確かなんだ)

 私は女子生徒の言葉をよく理解せずにノートパソコンの画面を見つめた。

 女子生徒がつぶやくように言う。

「ブラウザはインターネットエクスプローラーですか。このノートパソコンは性能はいいみたいですし、問題はないですね」

「ごめんなさい。私、本当にネットのことがわからないの。代わりにやってくれる?」

 女子生徒はすぐに返事をした。

「いいですよ。ちょっと、マウスを貸してください」

 私は机の脇に腰をずらした。女子生徒がマウスを握る。

「ポータルサイトはヤフーになってますね。あ、ヤフーメールも使えるじゃないですか。サイトに登録するのに、パソコンのメアドがいるんですけど、ヤフーメールを使ってもいいですか?」

 私は何だか面倒になってきた。

「あなたの言うサイトに接続できるようになるなら、自由にして。私は横で見てるから」

 すると、女子生徒は、

「わかりました」

 と口にすると、マウスを操作し、キーボードを叩いた。

 女子生徒が一人でブツブツと呟く。

「まずはサイトに飛んで、アカウントを作らないと。あった、あった。このサイトでヤフーメールのメアドをコピペして……と。あ、すみません。これから、アカウントを作るんですけど、ハンドルネームは何がいいですか?」

「ハンドルネーム?」

「ネット上のニックネームみたいなものです。何でもいいですよ。ペットの名前とかあだ名とか。あ、でも本名だけはめてくださいね」

 私は考えた。

(私の家にペットはいない。犬も猫も飼ったことはない。となると、あだ名か。私は普通にリョウコって名前で友達に呼ばれてるからな)

 私は腕を組んだ。

(いきなり、本名じゃないものを考えるのって難しいな)

 悩んでいると、横から女子生徒が口を出した。

「本名の読み方を変えるやり方もありますよ」

「あ、じゃあ、それにするわ」

「わかりました。何にします?」

「そうね。私の名前は涼子りょうこって言うから、スズコって名前にして」

「わかりました」

 女子生徒がカタカタとキーボードを叩く。

 その瞬間、

(しまった)

 と、私は思った。

(女子生徒に私の本名を言ってしまった。これはもしかしたら、順番に当てはまらないことかもしれない)

 次に、別の考えが浮かんだ。

(いや、待てよ。さっき、お母さんが私のことを涼子と呼んだ。それを女子生徒も耳にしているはずだ。一番最初に私から名前を言ったことにはならない。それとも、あの瞬間、女子生徒は私の名前を聞きらしたか? どちらにしろ、私の名前は女子生徒に伝わってしまった。今後は、こういうことがないように慎重にしなくては)

 私は改めて、前任者である美少女がいかに思慮深く、賢かったかを思い知った。

 私がもの思いにふけっていると、女子生徒がまたしても質問をした。

「あと、パスワードも作らなくてはいけないのですが、どうします? パスワードはなるべく、自分自身で作ったほうがいいので、あなたに入力して欲しいのですが」

 私は首を横に振った。

「私はあなたを信頼してる。言葉で伝えてもいいかしら」

「あたしは構いませんが。六桁以上の英数字でお願いします」

「六桁ね」

 私はしばらく沈黙した。突然、六桁の英数字を言え、と問われても急には出てこない。

(生年月日でいいか)

 私は生まれた日付を西暦から口にした。すると、女子生徒は顔を少し曇らせた。

「ちょっと、簡単すぎますね。ないとは思いますが、パスワードを知られて乗っ取りとか考えられるので、できればもっと他のはないですか?」

 私は腕を組んで考えた。いい案が思いつかない。

 女子生徒が溜息をついて、提案する。

「じゃあ、生年月日を逆から読んだ数字の配列にしましょう。これで、少しはアカウントの乗っ取りとか防げると思います」

「あなたに任せるわ」

 私は半ば投げやりになって言った。

 十分後。

「これで、サイトにアカウントが登録されました。後は、さっきも聞きましたが、生年月日とか血液型とか趣味を入れるだけですけど、これは後からでもできます。どうします? 今、やりますか?」

 私は早く、女子生徒のネット上の友達の母親が書いたというブログを読みたかった。

「生年月日は後から自分で入力するわ。それよりも、例の記事を読みたいんだけど」

「わかりました。あ、でも、その前にチャットができるようにアバターを作らなきゃいけないんです。アバターを作らないと、ブログも見られないんです」

「それも適当にやってくれるかしら?」

「本当に適当でいいんですか?」

「いいわ」

 私はアバターの意味もわからずに、うなずいた。

「じゃあ、一番手っ取り早く、シンプルな女性の形のアバターにしますね」

 それから女子生徒はマウスをカチカチ言わせながら何やら操作をした。私も画面を見ているが、何をしているのか見当がつかない。

 三分後。

「できました。全然、かわいくないですけど、これがアバターになります」

 ノートパソコンの画面上に机と椅子、そしてベッドがある部屋が映し出された。勿論もちろん、これらは絵だ。

 部屋の中央に、セミロングの髪に白のブラウス、焦げ茶のスカートをいた三等身ほどのキャラクターがいた。

「このキャラクターをアバターって言います。マウスを使うと、この部屋を歩いたりできるんです」

 女子生徒がマウスを動かすと、それに合わせてアバターも動いた。

 私は礼を述べた。

「作ってくれてありがとう。私じゃ、全然、わからなかったわ。せっかくで悪いんだけど、例のブログを見せてくれる?」

「わかりました」

 女子生徒がカーソルを〈フレンドを探す〉というアイコンに合わすと、「モミカ」と入力した。

 女子生徒が説明する。

「今、モミカさんのマイルームにいます。モミカさんはログインしてないので、彼女のアバターはいません。それで、ここから――」女子生徒が〈ブログ〉と明記されたアイコンをクリックする。「ブログが読めます」

 画面が切り替わる。

 一番上部に〈モミカのブログ〉とあり、その次に『モミカのフレンドの方へ』というタイトルがおどっている。

「これがモミカのお母さんが書いたブログの記事なの?」

「だと思います。なりすまし、じゃなければ、の話ですが」

「マウスを借りてもいいかしら?」

「どうぞ」

 私は女子生徒からマウスを譲り受けると、『モミカのフレンドの方へ』という記事を読み出した。

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