第6話 物見の代償

 村に戻ると一平は、早速織田勢を迎え撃つ計画を立て始めた。

 そのためにはまず、相手を知る必要がある。彼は松任まっとう城の様子を見に行くことを懇願こんがんし、そのむねを鳥越城の佐良善宗さがらぜんそうに許しをいにあがった。


 「相馬一平、おぬしを一人で行かせるわけにはまいらん」

 善宗は未だに一平を信じてはいない。

 「それは如何なる理由でしょうか? ことは一刻を争いまする」

 一平も負けてはいない。

 「おぬしはこの村のことを深く知りすぎておるゆえ、織田方に寝返られては、我が方は丸裸となるも同然じゃ」

 善宗は冷たそうな眼差しで彼を見つめる。


 もともと佐良善宗は武将ではない。僧侶そうりょのうちから鎗刀そうとうに心得のある者が、それぞれの城や砦に配置されている中の一人である。それゆえ、物腰ものごしや言いようが武士のそれとは少し異なる。

 「では、如何すれば信じてもらえるでしょうか?・・・」

 一平もまた、苛立いらだちを隠さない。

 佐良善宗は横に控える粟木田元秋あわきだげんしゅう目配めくばせすると、大太刀を持たせて彼の横へと座らせた。

 元秋は善宗が寺より連れ来た武僧の一人である。身の丈は裕に六尺を越えるほどの大男で、大太刀を最も得意としている。


 「おぬし一人では心許こころもとなかろう。この者を連れていくがよい。元秋は役に立つぞ」

 聞こえは良いが、つまりはていの良い目付役である。

 それでも、善宗もまたこの里においては、一平の武術の腕と兵法の能力とが是非とも必要であると言うことも認識している。結局彼は、この配下の者を供にするということを約束に、一平を松任へと向かわせることを承諾した。

 そしてその日の夜、相馬一平と粟木田元秋の二人は密かに白山の村を後にした・・・



 一方、村に残った孫一や太助らは、一平が松任にと向かう前に言い残していったことを着実にこなしていた。

 彼らは一平から、織田勢を向かい打つための策を授かっていたのである。

 それは、次のようなことであった。


 手取てどり川を松任よりさかのぼると、白山の里の手前、瀬木野せきのというところで川は大きく右に曲がっている。川幅は狭くなっており、その淵を村の者は牛淵うしぶちと呼んでいる。その川の曲がり具合が、丁度牛の首から背中にかけての曲線に似ていたからであろう。

 その淵の東側は奥獅子吼山おくししくやまへと続く急な斜面になっており、土地の者でも容易に足を踏み込めるところではない。

 反対に西側には平らな河原が広がっている。さらにその河原からは、揚原山あげはらやまへと緩やかな森が幾重にも続いている。

 一平は、さらにこの森を抜けた高台に、孫一ら村人達を使ってある仕掛けを施すよう指示していたのである。


 つまりは、孫一らは来る日も来る日も、その高台に塹壕ざんごうとなるための穴を掘り続けていた。

 もちろん、彼らはそれがどのように使われるかは分からない。ただ、それが織田との戦において勝敗を分けることにもなると聞かされている。

 他方で、今度は太助ら若い衆がその高台にたくさんのわらを敷き詰める。彼らとて、それが何を意味するのかは知るよしもなかった。


 また、彼らはそれらの作業の合間を見ては、槍刀や弓の訓練も怠らない。はじめのうちは、死ぬことだけが極楽浄土ごくらくじょうどへの近道だと信じていた村の若者達も、今では皆生きるためにその汗と力を振り絞っている。

 そして、そのことは少しずつだが白山の里の村人にも浸透していった。

 中でも徳兵衛は先頭に立って、村人達と供に矢羽作りや鉄砲の弾を鋳込んだりもしている。

 また、村へと続くそれぞれの道には馬防柵ばぼうさくや竹を編んで作った盾をそれぞれ配備した。


 夏、鳥越城の動きも次第に慌ただしくなってきた。

 城主の佐良善宗さがらぜんそうは、この白山の城へと続くもう一方の進入口、火燈山ひともしやまの南側にも配備を忘れなかった。

 こちらには山間のたにとなる部分に騎馬がやっと通れるような細い道がある。両側はどこも険しいがけとなっているところが多く、守る側よりも攻める側にとってはかなりの難所である。

 当然、織田側も攻め入る部隊は歩兵ということになり、槍や刀による接近戦が予想された。

 つまり、善宗は崖の上のあちこちに岩落としや丸太落としのわなを仕掛けることとにした。また切り通しとなるところでは馬防柵を幾重にも組んで、その進入を少しでも食い止めようと試みたのである。

 もちろんこの策も彼一人が考えたものではなく、その影には相馬一平による進言しんげんがあったことは言うまでもない。


 

 そんな最中、松任より相馬一平の馬が戻って来た。彼は徳兵衛への挨拶もそこそこに、佐良善宗がいる鳥越城へと向かった。

 今でも、佐良善宗は一平のことをけっして快くは思っていなかったが、それでも彼からもたらされるであろう情報には大いに関心がある。


 「相馬一平、松任で見たままを申し述べよ」

 相変わらずに、上からの目線で物事を言う。

 「加賀より松任、そして津幡つばた一帯はすでに織田の手に落ちております。織田の主力はこれより、能登、越中にも攻め入るとのこと。また、間もなくここにも、一向一揆掃討そうとうに向けた隊が攻め寄せて来ることでしょう」

 場内はにわかにざわめく。

 善宗は顔色ひとつ変えずに、なお質問を続ける。

 「して、その数は如何ほどじゃ?」

 「寄せまする織田方の大将は、毛受勝照めんじかつてる殿。鉄砲隊と槍隊を主とした編制にて、兵数はおよそ五百」

 「五百?・・・」

 まさに蜂の巣をつついたような騒ぎである。五百と言えども、戦える人々の少ないこの里では、まさに大群を相手にすることに代わりはないからである。


 善宗は、改めて気付いたように小首を傾げる。

 「ところで相馬一平、粟木田元秋の姿が見えぬようじゃが、如何いたしたのか?・・・」

 当然戻って来た彼と並んで、そこに座っているはずの元秋の姿がないからである。

 佐良善宗はいぶかしげな顔で、もう一度一平を見つめる。

 一平は伏し目がちに一礼すると、松任でのことを静かに語り始めた。


 あれから松任に着いた二人は、まずそれぞれの身分が分からぬよう身支度みじたくを整えることとした。

 当然一平は織田軍の一兵士として雑兵ぞうひょうの衣服と甲冑かっちゅう、それに槍を用意する。 

 一方粟木田元秋の容姿はどう見ても雑兵のそれとは大きく異なっている。身の丈の大きさだけならばごまかせても、その長い顔とえらの張ったあごの骨格、そして見事なまでにり上げられた頭はひと目で異様な雰囲気をかもし出しているからだ。

 その上、彼の言葉には加賀のなまりりがあった。

 例え二人とも場内に潜入できたとしても、これでは簡単に正体がばれてしまうことになる。

 思案したあげく、一平は元秋を松任城にほど近い本誓寺ほんせいじに預けることを提案した。

 一向一揆の中心地でもあった本誓寺はこの時、すでに織田軍によって統括されていたが、武装を完全に放棄した十数人の僧侶だけは依然寺の業務に当たることが許されていたからである。

 つまりは、一平は元秋をその中に潜り込ませようと考えたのである。

 それに、二人別々に行動した方が、万が一織田方に露見ろけんされたとしても、残りの一方がそれを白山の里へと知らることができると思ったからでもあった。これには元秋も反対はしなかった。むしろ彼は、一平の指示をひとつひとつ飲み込むようにと頷いた。


 「粟木田殿には、他にわしの目付という役目があるでしょうが、ここは何卒なにとぞ互いを信じて・・・」

 「拙僧せっそうはおぬしを疑ってはおらぬ」

 間髪入れず、元秋はそう答える。それは一平も初めて見る彼の笑顔でもあった。

 「わしはおぬしが里へ戻って来た時より、常に見てきておる。おぬしにはすでに阿弥陀如来あみだにょらい様の御心みこころが通じていると信じておる」

 一平には思いも寄らぬ元秋の言葉ではあったが、しかし彼は、あえてこれには何も答えなかった。

 「粟木田殿、十日に一度本誓寺にてお会いすることといたしましょう」

 「もし、会えなかった場合は?・・・」

 元秋の顔は、また般若面はんにゃめんのような表情に戻る。

 「会えなかった場合? その時は、もう一方が松任を出て、それまでの情報を里に知らせるのでございます」

 「いま一方は如何する?・・・」

 「止むを得ぬことです。それが我らに与えられし役目なのですから」

 元秋の般若面が暗い表情に変わった。

 代わりに、一平は軽く微笑んでみせる。

 「粟木田殿、お互い必ずや生きて白山の里に戻りましょうぞ」

 今度は、元秋の方がこれには何も答えず、小さくひとつ頷いた。

 こうして二人は、それぞれの場所へと向かったのであった。


 それからは十日に一度、一平が本誓寺に来ては松任城で仕入れた情報を元秋に伝えた。元秋の方も寺で得られる数少ない話を一平へと包み隠さず話す。

 二人が持ち寄った話の辻褄つじつまを合わせていくと、どうやら織田勢による一向一揆の里への掃討戦は秋口から始まるようである。

 織田方ではその主力をすでに一向一揆ではなく、能登、越中へと集結させているらしく、必然的に一向一揆にはその他の隊がてられることとなる。彼らはそれがどの隊で、いかほどの規模のものなのかということに神経を使った。


 一平が松任城に入ってから、すでに一月ひとつきとうとしている。

 このごろは、にわかに城からの兵の出入りが慌ただしい。おそらくは越中への侵攻作戦が近付いて来ているのであろう。

 そんな中、一平はあるうわさを耳にした。それは、一向一揆の掃討戦に関するものであった。


 「おい、おまえは聞いたか。今度わしらの隊は一向衆の里へと向かうそうじゃ」

 織田方の雑兵の一人が一平に語る。

 「一向衆の里とは、白山の里のことかのお?」

 一平は何も知らぬような振りで尋ねる。

 「そうじゃ、あそこにはまだ一向一揆の連中が残っているとのことじゃ」

 別の雑兵が答えた。

 どうやらこの雑兵達は、一平も同じ掃討隊に加わる仲間だと思っているらしい。一平は核心部分を尋ねる。

 「こたびの一向一揆責めの戦には、どなたが大将を勤めるのか?」

 「何だ、知らんのか。大将はわしらの殿、毛受勝照めんじゅかつてる様じゃ」

 「毛受殿?・・・」

 一平には、加賀に来てから初めて聞く名前であった。

 それもそのはず、毛受勝照は柴田勝家の家臣で、先の手取川の戦では北之庄きたのしょう城にあって参戦していなかったからである。

 一平は危険とは知りつつも、毛受勝照についてもっと情報を集めてみたくなった。

 「ところで、おぬしらの殿様の毛受殿とはどのような方なのか?」

 「おぬしは殿のことを知らんのか。毛受様は戦の申し子のようなお方で、とにかく猪突猛進ちょとくもうしんを信条とし、常に戦場の中におられるお方じゃ」


 「猪突猛進・・・」

 一平は一人、毛受勝照の姿に想像を巡らせた。と別の雑兵が、今度は一平に尋ねる。

 「ところでおぬしは、うちの隊では見かけぬ顔じゃが、どこの隊じゃったかのお?」

 「わしはそれ、前田家家臣奥村永福おくむらながとみ様が槍隊じゃ」

 「奥村様じゃと?・・・」

 一平はにわかに手元の槍を握った。

 別の雑兵が立ち上がる。

 「奥村様の槍隊と言えば、すでに柴田様や前田様と供に越中へ向かったはず。いったい、おぬしは何者かっ・・・」

 しかし言うが早いか、一平はすでに目の前の一人のみぞおちをその槍の石突きで一突きすると、横にいた雑兵の後頭部を槍ので激しく叩いた。たちまち二人は、その場に倒れ意識を失う。

 残る一人はすでに刀を抜いている。二回ほど穂先と刀とが交わる音がしたが、すぐにそれは無くなった。なぜなら、一平はその雑兵ののどを一突きにしたからである。

 雑兵は一声も発すること無く崩れ落ちた。

 「すまぬ・・・」

 一平は転がる死体を前に片手拝かたておがみしてから、その場を去った。 一刻も早く松任城より逃げなければならいからである。

 彼は雑兵だまりを抜けると、足早に大手門へと向かった。


 しかし、それから四半時しはんときもしないうちに、場内には警戒を知らせる為の太鼓の音が鳴り響いた。

 同時に、その太鼓は城にあるすべての門を閉ざす役割も担っていたのである。それぞれの門を守る兵達は一斉に城門を閉め始める。

 一平は城外へと抜ける最後の大手門まで来ると、守衛しゅえいの兵に大声で叫んだ。


 「待たれーい。これより毛受殿の命により前田利家様の陣中まで伝令をいたす。開門かいもんいたせーっ」

 大手門の守衛兵は六名。皆一平の方を見るなり、一斉に穂先を彼に向ける。

 当然である。伝令であるにも関わらず、一平は馬にも乗っておらぬばかりか、おまけにその甲冑には返り血が生々と付いていた。

 四人の兵が素早く一平を取り囲むと、残りの二人が城門を閉めにかかる。とその時、城門を閉めようとした兵が次々と声をあげて倒れた。

 見ると、そこにはあの粟木田元秋が大太刀を構えて立っているではないか。

 「相馬殿、加勢かせいいたす」

 そう言う間に元秋は、すでに三人目と四人目の首と胴とをその大太刀でぎ払っていた。 一平も残る二人をうち伏せると、元秋と供に大手門を抜けえ行く。


 「相馬殿、こちらに馬が用意してあり申す。ひとまずは松任より手取川の方へと向かいますぞ!」

 当然一平にも、この元秋が言った言葉の意味はすぐに理解できた。

 これより城からの追っ手が来る中、一目散に白山にある一向一揆の里を目指しては、織田方に何もかも知れてしまうからである。そこでまずは、敵の目をくらますために馬の鼻先を西へと取ったのであった。


 それからすぐに、松任城からも彼らを追う騎馬武者の一団が疾風はやてのように出ていった。

 一平は馬を元秋のそれと合わせるように走らせると、大声で叫ぶ。

 「粟木田殿、如何したのじゃ?」

 元秋はなおも真っ直ぐ前だけを見て馬を走らせている。

 「何故白山の里へと戻らなかったのじゃ?」

 もう一度一平は元秋に尋ねた。元秋は答える代わりに、一度振り返ると彼らを追ってくる騎馬武者の数を数える。

 「相馬殿、追っ手は八騎はっきじゃ。これではとても逃げ仰せまい。二手に分かれることといたそう」

 一平はひとつ頷くと、さらに大きな声で元秋に叫んだ。

 「敵の大将は毛受勝照殿。兵は五百。鉄砲隊じゃ」

 「承知した」

 元秋は大きくうなずきながら、一平の馬との間をあけていく。

 しかし彼はすぐに手綱たづなを引き寄せると、馬首うまくびを今来た方へと返した。

 それに気付いた一平は、振り返るや元秋の後を追おうとする。

 元秋は馬上で大きく手を振ると、阿修羅のごとく大声で叫ぶ。

 「相馬殿、ここはこの粟木田元秋にお任せあれ。相馬殿は一刻も早く!」

 そう言う彼は笑っていた。確かに元秋は一平に満面の笑顔を見せては、敵の騎馬武者の中へと馬を走らせていったのである。


 「粟木田殿―っ」

 一平が叫んだときには、もう彼の馬は手取川を一目散いちもくさんに渡っていた。

 当然、一平も元秋の死を無駄にしてはいけないことなど百も承知である。彼は流れる涙をこうともせずに、ただ前を向いて馬の尻を蹴った。

 一平はこの時はじめて知ったのである。実は元秋が自分の目付の為だけではなく、本当に自分を警護してくれていたことを。

 事実、元秋は鳥越城主の佐良善宗より相馬一平の監視を言いつかっていた。しかし、彼は一平の中に善宗とは全く別の感情も抱いていた。だから前日、十日目となる約束の日に彼が現れなかった時も、一平のこと案じて城の大手門の前で一夜を明かしていたのである。

 本来ならば、この時元秋は白山の里に戻ることになっていた。しかし、彼はついにそうはしなかった。

 一平の動静を少しでも探ろうと、危険を冒してまで松任城へと向かったのである。

 ところがこれも運命の悪戯いたずらなのだろうか、ちょうど元秋が待つ大手門に、たまたま彼が逃げてきたのであった。


 そうして手取川を渡った一平は、一度海に出た。そして海岸へと続く松林の中で夜になるのをじっと待った。

 「元秋殿・・・」

 一平には粟木田元秋が最後に見せた、あの笑顔がどうしても頭から離れなかった。


 それから半日あまり、彼は真夜中になるのを待ってから山へと向かうこととした。

 虚空蔵山こくぞうさんの切り通しを抜け、観音かんのん山と高野山との間を通って揚原あげはら山へとひたすらに馬を走らせる。

 一平が白山の里に着いた頃は、もう陽も東の空に昇ろうとしていた・・・


 すべての話を聞いた佐良善宗は、表情ひとつ変えることはなかった。それでも彼は左手に持った数珠じゅずの玉をひとつ、またひとつと動かしては何やら唇を微かに動かしている。

 「相馬一平、ご苦労であった。下がって良い」

 善宗もまた、心の中では元秋の死をいたみ血の涙を流していたのかも知れない。

 一平は一礼すると、鳥越城を後にした。



 それから一平は孫一ら村人を集めると、今回の作戦についての詳細しょうさいを語り始めた。

 白山の里で戦ができる男は徳兵衛ら年寄りを除くと、わずか二百人足らずであったが、それでもこれまでに、彼らが準備した矢羽やばねや鉄砲の弾は潤沢じゅんたくにある。


 「徳兵衛殿、ここにある物の他、佐良殿の城にある鉄砲を合わせると、何丁ほどになりましょうか?」

 「おそらくは、百丁ほどだと思うのだが・・・」

 このような山奥の里にしては鉄砲の数はそろっていた。それはほとんどが、以前佐良善宗らが居城としていた一向衆の城より持ち込まれたものである。

 一平はその一丁を孫一に手渡した。

 「では孫一ら鉄砲隊百人は、瀬木野せきのの河原より揚原山へと続く高台にて待機じゃ」

 「相馬様、わしらはそのような場所で何をすればよいのじゃ?」

 孫一はてんで見当も付かないと言ったような顔をしている。

 「待つのじゃ。ただひたすら待つのじゃ」

 この言葉に、孫一は余計首をかたむけた。


 「次に太助ら弓隊の五十人は、牛淵より奥獅子吼山おくししくやまへと続く斜面に陣取って織田勢がくるのをじっと待つのじゃ」

 「相馬様、わしらもただ待つだけなのか?」

 「そうじゃ、じっと待つのじゃ」

 これが太助には少し不満らしい。

 「じゃが、ただ待つだけで、本当に織田をやっつけることはできるのかのお」

 一平は細い丸太を一本拾い上げた。

 「太助、啄木鳥きつつきはこの木の小さな穴の中にいる虫を、どうやって外に出すのか知っておるか?」

 「啄木鳥ですか・・・」

 今度は太助が首をひねる番となる。

 「そうじゃ、啄木鳥じゃ。啄木鳥はけっして虫のいる穴をつついたりはせん。逆に木の反対側をつつくのじゃ。すると虫はどうする。その音に驚いて自分から穴を這い出てくる。そこを啄木鳥はちょんとついばむのじゃ」

 「はあ・・・」

 太助は口をぽかんと開けたまま、やはり首を大きく傾ける。


 「つまりは、太助ら弓衆は最初に木をつつく啄木鳥で、孫一ら鉄砲衆は最後に虫を啄む啄木鳥というわけじゃ」

 「分かった。それでわしらはただ待っていればよいのじゃな」

 孫一が得意そうに頷いて見せる。

 「何で啄木鳥が二羽に増えたんじゃ?・・・」

 太助は余計に頭を抱え込んでしまった。


 「じゃが、織田勢はこちらの都合通りに瀬木野の河原に陣を張るだろうか?」

 徳兵衛が不安そうに呟く。

 「瀬木野の河原に陣を張らぬなら、張らせるようにするまでです」

 一平はふところから木の固まりを取り出すと、それをやじりの先へと取り付けた。そして弓を手にするとその矢を弦にあてがった。

 「これはかぶらという物です。矢に付けて射ると、何とも不思議な音がするのです」

 「鏑とは、形も名前もまるでかぶのようじゃな」

 孫一がおどけてみせる。

 「じゃが、これを如何するのじゃ?」

 徳兵衛は未だに納得がいかないという表情を浮かべる。

 「まあ見てて下され。大弓を使える十人ほどは、私とこの鏑矢かぶらやを撃つことが役割となります。その他の者にもそれぞれ、伝令や火付けをする者、物見の者など大切な役割があるのでみな心してかかって下され」


 「わしらにも何か手伝わせてはくれんかのお」

 今では作造さくぞうも、すっかり一平の男気にれ込んでしまっている。

 「では作造さん達には鏑を作っていただきましょう」

 「鏑とはこれのことかいな。お安いご用じゃ」

 作造は鏃についた鏑を手にすると、一平ににたりと笑みを作ってみせる。事実、作造達が作った鏑はこの後大いに効果を発揮することとなったのである。


 一平は手際よく男達の人員分担をすると、徳兵衛らにも役割を依頼した。

 「徳兵衛殿、村に残る方々は常に釜の湯を絶やさず、ひとつでも多くの篝火たきぎを村々にと点けて下され」

 「それは、あたかも村人が全員そこにいるかのようにじゃな」

 どうやら、徳兵衛にも一平の作戦が見えてきたようである。


 一平は一際大きくげきを飛ばす。

 「本日これより、織田勢を迎え撃つ!」

 「おうーっ!」

 村人達は大きく拳を振り上げた。

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