05 神との面接  その1

 左側に一房の赤い長髪を垂らしたチリが、水と手拭きを勝利のいるテーブルに用意する。

「ありがとう」と礼を告げると、無口な青年は軽く会釈のみを返してくれた。

 長期間、ここで働いてゆけるかも。そんな楽観的な思考が勝利の中で支配的になる。昨日、勝利がライム達二組分の縫修を補佐し成功に導いた事で、彼等神々との関係は修復され良好なものに変わったからだ。

 勝利に殴りかかろうとしたチリ、怒声を上げたダブルワーク。彼等二人の激しさを思い出すと、赤と緑については、縫修師よりも縫修機の方が感情の表出が派手なように感じる。

 結局、黒の縫修機・スールゥーの声だけを昨日聞く事はできなかった。相方の縫修師ツェルバのように排他的な少年でない事を祈りたいのだが。

 電車内でべとべとになった両手を拭いつつ、職歴の欄が二行になってしまった履歴書を複雑な思いで向かいの席から覗き見る。

 たった二行きりの職歴は、勝利の手書きによるものだ。しかし、元々二行分しかないものとして最初からこう書いた訳ではなかった。

 一昨日の夜、吸魔なる魔獣に襲われ、勝利は過去を書き換えられている。職歴に影響する三日分の過去を奪い去られた事で、大学卒業後に入社した池袋の会社との出会いを無かった事にされたのだ。

 不変と信じていた過去は魔物が強奪し、今の勝利は変更された過去を押しつけられた上、ヒトとして不安定な状態をも強いられている。人間・一周勝利の思考に干渉し、古き神の勝負神が時として自分の記憶を話の中に割り込ませたりするのは、その一例だ。

 加えて、三日吸いに遭った被害者として、いずれ避けようもなく吸魔化する、と聞かされた。

 いつとも知れぬ未来で、自分が人間を襲う魔物になるという事だけが決まっている。吸魔を目撃し実際に三日を奪われた者でなければ、聞くに値しない馬鹿げた話と一蹴していただろう。

 昨日、まんぼう亭のアルバイトをすると決めたのは、この店の入った三階建てのビル全体が吸魔に対する神々の砦と知ったからだ。自分が吸魔化した時の対応は迅速なものが望める上、平凡な人間が知る事のない神や闇についての知識を手に入れる機会も相応に期待できる。

 昨日、勝利はマスターの提案に即答した。

 採用される事は決まっている。湖守の自己紹介も昨日終わっているので、今日の面接は、人間としての一周勝利を店側が詳細に把握する為のものだ。

 勝利の方にも、昨日よりは自分について明らかにする用意がある。

 湖守がカウンターにホットコーヒーとモーニングのプレートを乗せた。

 それを金髪の美女が勝利の元に運んでくれる。

「ありがとうございます、ミカギさん」

「コーヒーのお代わり、欲しかったら言ってねぇ~」

「はい」

 胸元には目をやるまいと、意識して女性の顔を仰ぐ。

「お待たせ。まず食べちゃって」と、湖守がキッチンから出、何故か通用口に向かった。「僕は二階からファイルを取ってくるよ。焦らずよく噛んでね」

「はい」

 子供にするような注意を聞きながら、温められているぶどうパンを手で千切る。

 不死であるが故に、湖守やライム達は見た目通りの年齢ではない。話しぶりから察すると、四桁の年数、或いはそれ以上の時を経てはいそうだ。

 もし彼等が、人間として二四年しか生きていない勝利など小さな子供も同然と言うのなら、それは素直に肯定すべき一つの事実と考える。僅差なば逆撫でされる神経も、四桁の年齢差がついてしまえば怒る気など失せるというもの。元来、人間とはそういうものだ。

 七~八分ほどして、湖守が店に戻って来た。

 勝利は最後まで残していた兎リンゴに手をつけているところだったが、「デザートまで残さずにね」と向かいの席に座り、湖守はまず履歴書を、続いて業務経歴書を上から眺めてゆく。

 鋭い目つきだった。

 普段は温厚そうなオールバックの中年紳士だが、ライム達緑、赤、黒という三組の縫修師チームを束ねているリーダーだけの事はある。しかも店舗とは別に会社を興し、莫大な資産運用と関東地方を中心とした不動産管理、更には神々のネットワークを構築する構想も進めているという。

 精力的なだけでなく、様々な判断を行っている敏腕管理職の顔を窺わせる。

 一昨日、求職者の眼前に突きつけられた人事の顔とは別物だ。あの、萎んだ風船のような顔とは。

 そんな湖守が、三日吸いによって歪められた人間の経歴などを眺め、一体何に考えを巡らせているのか。当事者として、勝利は探りを入れてみたくなる。

「その履歴書も職務経歴書も、過去が変わった後のものです。見ていて参考になりますか?」

「十分に」勝利の目をしっかりと見据え、湖守は答えた。「これから幾つか質問するけど、いい?」

「はい」

 さて、来るぞ。勝利は、食事を終えて身構えた。



          -- 「06 神との面接  その2」に続く --

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