エイローテ24時-1

 エイローテに着いたのは昼過ぎだった。移動手段を限られるのが不便でならない。

 流風と桜花に謝るべきだった。だがケイの言う通り、やることをやるべきでもある。今、部隊はそこに居もしない目標を探し回っている。

 アジトへ着く前に仲間に捕まった。彼らが言うには、とんでもないことになっているらしい。

「お隣と戦争ですよ!」

 思わずうなり声が出た。戦争。そうだろう。颯の侵犯はかなりまずい。その彼女が、行方知れずということになっているのもまずいだろう。所在がお偉い方に知れたとして、颯は開戦と引き替えに殺されるだろう。それは、環と流風には辛い。

「そんな事より撤収だ。流風達の捜索を打ち切る」

 わけを詳しく話す暇はない。部隊が前線に駆り出されることのないように方々へ顔を出さなければならなくなった。

「榊 麻耶は死んだ。復讐は終わりだ。我々が望んでいなくともな」

 皆好きにするといい。と、言おうとして止めた。別に私はボスではなかった。仲間のひとりであったのだ。ただ、最年長で見栄えがするから議員に擁立されただけのことで、これは私でなくともよかった。

 皆これまで好きに生きてきた。復讐という目的が共通していたから仲間でいた。終わったなら別れる。これも道理だ。

「こちらに住むにしろ出て行くにしろ、手は尽くす。なにかあれば相談してくれ」

 全員に伝えるよう言付ける。思いついて、ついでに頼みごともした。環を見つけたら伝えるように。ケイのところだと。

 去り際、また賭けの話をしていたのが聞こえた。全く懲りない。三人とも勝ったらしい。分け前は少なそうだ。

 議場に入ってから、執務室へたどり着く前に秘書官に捕まった。彼女は他の議員が送りつけてきた人質のようなもので、半泣きになってあれこれとまくし立てた。そんな立場ではどう転んでも破滅するというのに、何度行っても辞めないのだから相当やばい弱味を握られているのだろう。

 その、宙ぶらりん状態の秘書官が言うことには、魔導師の実験が失敗に終わったこと、そのせいで国境周辺に人的被害もあり、隣国と一触即発であるらしかった。おおむねさっき聞いた通りだったが、

「『魔女』が『皿』の後押しを受けて、この世界を開くとかなんとか」

 とんでもないのはこっちだった。冗談じゃない。

 この世界は――そもそも世界と呼ぶのがおかしい。ここに元から住んでいる人間が、自分達が外とは違うことを強く意識している、選民思想にも似たものが、ここを異世界と呼ばせているのだ。

 ここは地球上に存在する七つ目の大陸に過ぎない。『皿』に似た大地が空に浮かび行ったりきたりし、魔術があり竜がいて、魔術によって我が身を守っている大陸に過ぎない。

 世界を開くというのは、大陸を守り隠匿している魔術を解除するということを指す。

 実の所、イーゼも隣国も、この開く、開かないといった論争が絶えない。どちらにも転がっていなかったのは、まさしく絶妙なパワーバランスが保たれてきたからだ。メイズは保守派だった。当然だ。開かれようものなら仲間内の追っ手が入ってくる。

 まさかこの問題に、『魔女』ピア・スノウが頭を突っ込んでくるとは。議員の誰も、王宮でさえ寝耳に水だろう。パワーバランスは崩れた。これは政局も荒れる。

 会議の声も、あれこれと取引や密談の声も、そこらじゅうからかかった。張りぼての異人議員を利用するなら今だろう。うんざりしたが、とにかく部隊の最前線行きだけは阻止できるよう手を打った。

 それだけで気付けば日が暮れていた。がんがん、窓を叩かれ椅子から飛び上がる。窓枠は木だ。この調子で叩けば、割れるより先に窓枠が外れる。カーテンの隙間を窺うと、竜のくろい眼と目があった。大きさは違うが、国境で見た竜だ。件の魔導師、ピア・スノウの助手、アレイシアが連れていた竜。彼女の金髪も視界に入る。

 そういえば、国境の地下道で別れ別れになってしまっていた。

 窓を開ける。中に入れとは言っていないのに、一匹と一人は部屋へ押し入った。

「イオレはどこですか」

「知らない。仲間に探してもらっているところだ。無事あそこから出られたようでなによりだ」

 竜が鼻を鳴らした。人間と同じ大きさだ。カレンが、麻耶が、姿を変えた竜と同じ大きさ。

「探している? どうして」

 聞いてきたくせにそこを疑うのか。アレイシアの声は低く、問いつめてくる。

 こちらも聞きたい。ぐっとこらえて答えた。

「両親の居場所を伝えるためだ」

 アレイシアは一転、目をぱちくりさせた。頬が緩んで、ひきつる。腕を引かれた。上半身は前へ、角度と勢いが悪い。足が追いつかず、床が迫ってくる。片足がアレイシアを引っかけている。頭のすぐ上を冷たいものが過ぎ去っていく。感じる微かな風は、切り裂くものだ。桜花の太刀筋を追う空気と同じ。なにかが斬ろうとした。竜のうなり声が低い。

 くそ、見つかった。アレイシアがつぶやく。こちらを押しのけて立ち際、彼女はささやいた。

「逃げて」

 竜がこちらを見ている。眼が合うと、太く長い尾がうねった。まさか、それで。

 竜が吠える。身体はどんどん膨れ上がり、もっと太く、長くなった尾が暴れ、部屋じゅうを叩いた。そのうちのひとつが、迫ってきて、腹に当たる。次いで背が壁、窓に当たり、押しつけられて、割った。窓ごと外へ放り出され、竜もアレイシアもこちらを振り返らない。彼女の背の向こう、相対していたのはひとりの少女に見えた。浮不老不死の『魔女』。ピア・スノウだ。

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