戦場からの小包

 グラウと出会ったのは国境の不確かな中東の戦場だった。暴力的な男で、一度取り逃がした榊 麻耶を獲物と定めている。残忍な男と恐れられ、あらゆる戦場で暴れ回っていた。戦うことを至上の喜びにしている男だ。そりが合わず、手を組むことはしなかった。

 だが、グラウは世界中を転々としているだけあって顔が広い。麻耶を探し出せるとしたら、彼が最有力候補だろう。麻耶に追われたり追ったりしている者の中でも頭抜けて情報を持っているはずだった。だから呼び寄せた。この場合幸いなことに、こちらでも戦争中だ。しかも魔術という、今まで相手にしたことのない兵器がある。グラウを移住させることは簡単だった。

 情報を聞き出すことは簡単ではなかった。メイズは早々に諦めて流風の力を借りたが、取引材料が少なく大したことは聞き出せなかった。流風はグラウの、横柄な態度やこちらを小馬鹿にし侮辱する物言いがひどく気に障るらしかった。桜花もそうだ。桜花は、『商品』だと思われたことに怒っただけのようにも見えたが。メイズも気に入らないが、情報は欲しい。以来、度々移住者を寄越せというグラウの要求に、腕の立ちそうな移住者を紹介してきた。それも最近はしていない。そうしたらここに乗り込んできて、脅しをかけてきたのだった。脅しなんかはどうでもいい。そのときグラウの吸っていた煙草が、あまいにおいをしていた。あまったるい、麻耶の、メイズの売りさばいていた煙草の中でも重い煙草のにおいだ。

 流風が持ってきた小包は、取引してグラウに送らせた煙草だった。彼が言うには、この煙草は現地支給なのだそうだ。そこでしか手に入らないのか、そもそも戦争相手の隣国のものかもしれない。これについて調べなければいけない。

「煙草だ。私の吸う煙草からあまいにおいがすると言っていたろう。あれと似たにおいがする」

 ケイには話してあった。彼女の知る煙草と同じものであるかも確かめておきたい。二人で試すとしよう。

 へえ。流風の声には軽蔑が入り交じっている。そんなもののために。顔にそう書いてあるが、詳しくは話さない。煙草と榊 麻耶の関係については話したくなかった。自分が昔麻耶と関係していたことや、このかたちだけは煙草であるものに溺れていたことなんかを話さなければいけない。それは嫌だった。

「流風、今日来た娘の世話を頼みたい。知り合いの娘だ。手を出すなよ」

 家族を呼び寄せるほどだ。これから女を漁るということもあるまい。環が手から離れたとたん、恋人を取っ替え引っ替えしていたことを思い出すと、なくはないようにも思える。釘は刺しておくに越したことはない。

 流風は頼みを二つ返事で引き受けてくれた。彼から手を出すことは心配しなくて良さそうだった。引き合わせたカレンが、流風にすっかり見入っていたからだ。流風のタイプは、自分に興味のない女なのだから。

 だが流風の他人事のような生返事について、結局真意を聞き出すことはできなかった。

 その意味を知ったのは、それから五年経とうかというときだ。

 ある日密入国させた日本人の女が、環そっくりの顔立ちをしていたのだ。環の母親だった。

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