あの煙草-2

 呪いに煙草。また妙なことを言う。

 だが確かに、このあまいにおいは、かすかではあるもののあの煙草のにおいだ。

 だけどあんたが吸うと別のにおいがするんだ。別物になったみたいに。

 流風の言っていたことを思い出す。あの煙草になる。呪いだと? これが?

「この煙草。あなたじゃなくてもあれになるのね。まあ、吸えるならどうでもいいけど」

「なぜそんなことがわかる」

「だって、あれはもう手に入らないじゃない。それがここにあるなら、あれに変わったってことよ。あなた、どこで呪われたの?」

「だから、なぜ、そんなことがわかる」

「わたしね、こっちに来て魔術を少しかじって、魔術のもの自体はわかる。この煙草は魔術によって変化したものだし、それを実行させられているのはあなた」

 呪いでしょ? したり顔でケイは煙を嗅ぐ。うっとりとした風情だが、懐かしさのほうが大きそうに見えた。

 いや、魔術師でもないこの女が、ただ見て、煙草を吸っただけで、魔術かどうかなどわかるものか? そもそも魔術というものさえ知らない。当たり前のように会話に出てくる単語だが、魔法とは違うのか。そんなものが――いや、シヌーグの星や、霧や、さっきのシャワーは確かに、今までのものとは違う。魔術はあるとして、それが榊 麻耶の煙草と結びつくとは思えない。

「その煙草を知っているのか」

 もちろん。ケイがわらう。不思議ではないが、初めてだった。桜花以外でこの煙草の存在を知っているのは。

「兵士が吸ってたから。どこの、とは言わないけどね。重宝したものよ。これ、なんにも感じなくなるでしょ」

 医者か。言うと、看護婦とケイは答えた。それは壮絶だっただろう。怪我を負う勇気さえなかった身には、診療所は重々しく、くらい記憶だけがある。怪我などないのに診療所へ着付け薬を貰いに通っていたことを思えば、榊 麻耶の煙草はあの場に必要だったろう。生と死、誇り、勇気、臆病。狭間で苦悩することを、いっときであれ忘れさせてくれる。

「あおい髪の男を診たのよ。あなたの連れと同じいろ。顔は似てなかったけど。そうしたら、次の日には村ごと全部燃えていたわ」

 口にくわえ吸った煙草の煙を吐いて、ケイは灰をランタンの中へ落とす。ちりちり、ランタンの火が揺れた。今気がついたが、ロウソクの火ではない。火だけがガラス容器の中に座っている。ゆらり、ちりちり、揺れるあかい色と音が、記憶の中のものと重なる。

 麻耶は、なにもかもを燃やしてきたのか。

「あの親子は何者?」

「村を燃やした人間に復讐するつもりか」

 好意でも下心でもなく、計略だった。そうはわかっても、答えられない。答えを持っていない。持っていないことがばれるより先に、確かめたかった。ケイは流風の敵か、味方か。

「まさか。わたしは生きることのほうが大事。逃げてきたのよ」

 こんなところまで。ケイはがらんとした休憩室をせせらわらった。ランタンひとつだけが灯りの、テーブルとベンチ、簡易なキッチンとシャワー。戦地よりは遙かにましだが、人が生活するには最低限すぎる。

 この態度は嘘ではない。そこまで器用ではないと思った。

「あの二人も同じだ。きっと同じ相手から逃げている」

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