第三話 発見

眠気

 結果として、メイズは少女を振り切ることができなかった。

 少女が榊 麻耶の居場所を具体的に答えることはできなくても、方角らしいものは示した。それなら少女自体は手がかりとして必要ない。あれだけ仕込まれた子どもを、どこの誰だかは知らないが回収しないわけがなく、そのときになっていざこざを起こすのはごめんだった。こんな子どもを必要としているのだから、よほど非道い組織だろう。考えたくもない。そしてそれが、榊 麻耶であるはずもない。

 だからいつまでも付いて歩いてくるのを止めさせたかった。なにを考えているのか掴めないから空恐ろしさもある。朝方まで歩き回り――おかげで少女の示した方向に手がかりらしいものがないことを確認できてしまった――撒くことを諦めた。

 殺したいならとっくにそうしている。そうでないなら好きにしたらいい。投げやりになってしまったのは疲労がきつかったからではない。狙撃手から拝借した煙草が不味かったせいだ。

 そのようなわけで今すぐ眠ってしまいたくて仕方が無い。この際どこでも構わない。格安ビジネスホテルで足を止めて、数歩後ろで同じく立ち止まった少女を見た。ここまで来て放り出すのは寝覚めが悪い。だが、ここにこの子を連れて泊まるのか。それは、ひどい誤解を招くのではないのか。もっとまともなホテルでツインを取ればいいのか。いやそれはそれで気味が悪い。親子だと言い張れる歳だが、そうは見えない。なにせ少女は日本人だ。

 うろうろ、疲労と眠気と戦いながら、宿をああでもないこうでもないと迷った挙げ句、最初のビジネスホテルで二部屋取った。

 眠くてもうなにひとつ考えたくもないのに、当然の顔で付いてきた少女はキーを渡しても理解した風情がない。これを仕込んだ組織は一体どういった環境に住まわせていたのか。いやもう考えるな。なにもかも後だ。今はろくなことを考えつかない。

「隣の部屋だ」

 言っただけでは動かない。しょうがなく、キーで開けてやって、部屋に入れて、

「私は隣の部屋で休む。おまえも休んだらいい」

 言うだけ言ってドアを閉めてきた。伝わった感触はなかったが、どうにかするだろう。幼い少女を部屋にひとりきりというのも非常識な思いがあるが、あれは暗殺者だ。ひとりにしたところでどうということはない。おそらく。

 ひとりでいることがこんなに気が休まるものだとは。なにも言ってこないだけにあれこれ推測してしまうのがいけない。あの少女はどこまで付いてくるつもりなのだ。宿帳には適当に書いたが、そろそろ呼び名が必要になってきた。

 ヤニ臭い部屋はベッドが一つ押し込まれているだけで、朝日を透かすカーテンはすっかり黄ばんでいる。申し訳程度のテーブルは埃をかぶったブラウン管テレビが占領していた。

 シーツぐらいは洗ってあるといい。でなければ受付の男を殴り倒すだけではおさまりそうにない。

 倒れ込んだシーツはじっとりとしてカビとほこりの臭いがしたが、立ち上がるよりも先にメイズの意識は飛んでしまった。


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