第15話 大物ゲットだぜっ!
『ぱらいそクエスト』は文字通り、ぱらいそのスタッフを元にしたキャラでダンジョンを探索するスマホゲーである。
だからゲーム開始から宿に登録されている冒険者は、現段階のスタッフ数と同じ数の九人。
ただしこれらはノーマルキャラと呼ばれ、成長させれば強くなれるが基本的には弱い。パーティを手っ取り早く強化するためにはやはりガチャは必要だ。
そのガチャで手に入るキャラにはランクが四つある。
弱いものから順にレア(R)、スーパーレア(SR)、ウルトラレア(UR)、ハイパーレア(HR)。
さらに職業が勇者、戦士、騎士、格闘家、狩人、魔法使い、賢者、僧侶、遊び人の九種類がある。ノーマルキャラの職業は固定されているが、レア以降のキャラにはそれぞれ職業ごとのビジュアルが用意されている。
つまり必要なキャラクターデザインは、ぱらいそのスタッフ数九人×四つのランク×九つの職業の324体。そこへノーマルキャラの九人が加わって、計333体が必要なのだが……。
「あたしの他に絵師のあてがない、だと……?」
「そう。だからキャラデザは全部葵に一任する!」
「アホかっ! あたしひとりでそんなに描けるわけないじゃん!」
しかもたったひと夏で。死んでも無理だわっ。
「馬鹿ねー。あたしは『一任する』って言ったのよ。別にあんたひとりで全部描けと言ってるわけじゃないわ。あんただって名の知れた人気絵師なんだから、その手の繋がりがあるでしょ? だからその人たちにお願いしてみてよ」
「あのねー、この時期はみんな夏コミ(夏に開催される同人イベント・コミックライブの略称)の準備で忙しいんだよ? あたしだって今、原稿を落すか落さないかギリギリってところなのに」
と言ってから、葵はしまったと口に手を当てる。
「ほほぅ、うち、言うたよなぁ? ぱらいそで働いている間はエロ漫画禁止だって」
「エロじゃないよ、久乃さん! 同人だからって全部エロってわけじゃないんだから!」
「ホンマに?」
「ほ、ホントだって。ま、まぁ、セミヌードぐらいだったらあるけど、でもつかさちゃんだから別に問題は……あ」
葵、失言に失言を重ねる天然ボケ炸裂。
「ちょ、ちょっと、僕のセミヌードってなんですか、それっ!?」
「い、いやぁ。ほら、毎月『月刊ぱらいそ』を描いてるうちに、なんだかみんなのカラーイラストを描きたくなっちゃってさぁ」
そしてせっかくだからいくつか際どいカットも描きたくなったのだそうな。
主につかさちゃんで。
「没収! そんなの没収です! 残念ですが新生ぶるぶる堂の夏コミ新刊は落ちました!」
「それはヒドいよ、司クン! ここまで頑張って描き溜めてきたのに!」
「ちなみにどれぐらい描いてあるのよ?」
「よくぞ聞いてくれました、美織ちゃん! 今年の初めに企画を立ち上げてから約半年、毎日授業中やバイト中にこっそりさぼってラフを描き、夜には睡眠時間を削ってコツコツ仕上げてきたその数、なんと九十枚! そしてあと十日ほどで十枚を描き上げて、堂々百枚のフルカラーイラスト集を出す予定だよっ!」
同人誌としてはかなりの大ボリュームだ。葵が胸を張り上げるのもよく分かる。
「……それは凄いわね」
「凄いでしょ?」
「……ホント、凄いですね、葵さんって」
「でしょでしょ? 司クンもそう思うでしょ?」
葵、ますます身体を反らして胸を突き出し鼻タカダーカ。
「まったく、まじでスゲェ馬鹿だな、葵って」
「そう、あたしすっごい馬鹿……って、レンちゃん、それってどういう意味さ!?」
「いや、だってお前」
レンが可哀想なものを見る目で葵を見つめた。
レンだけでない、司も、久乃も、その場にいる全員が「信じられないアホを見る目」で葵を憐れんだ。
「え? ええ、ちょっと? 一体みんなどうしたって」
「葵、あんたのそのイラスト、全部『ぱらいそクエスト』に使えるよう今日から修正作業に入りなさい」
「ええっ!? ヤダよー! これはあたしの同人誌の原稿だって言ったじゃん!」
「だったらお店の仕事をサボって、そんなことをするなーっ!」
美織、本日二度目のジャンプ脳天唐竹割りを葵にぶちかました。
「まったく仕事をサボって自分の趣味に没頭してたなんて信じられないわっ!」
「いててて。いや、誤解だって。そんな、没頭とかしてないよっ。ちょっとヒマな時にさらーとラフを描いてただけじゃん」
ホントにヒマな時にちょびっとだけ、と葵は主張するも。
「ああ、そう言えば最近頻繁にカウンターで、何かを夢中になって描いてましたね」
同じくカウンター内で働く司の証言によって、あっさりと主張が覆された。
「はい、と言うことでイラストは全部『ぱらいそクエスト』に使用するということに決定! だって仕事中に作業してたんだもん、当然よね」
「そんなーーーーーー!」
葵が頭を抱えて天を仰ぎ、そのままがっくしと膝を降ろした。
「まぁまぁ。そう嘆いたもんじゃないわよ。逆に考えれば、あんた、同人誌どころかちゃんとしたイラスト集を市販できるかもしれないんだから」
「……どういう意味?」
「簡単よ。『ぱらいそクエスト』が大ヒットすれば、そこで使われたキャライラストの公式イラスト集とか世間が欲しがるじゃない? だったらそこで改めて公式に作ればいい」
「おおっ! 確かに!」
むくりと立ち上がる葵、大復活。
「それから他の絵師さんへの依頼だけど、別に夏コミが終わってから作業に入ってもらっても構わないわ。それだったら受けてくれる人もいるんじゃない?」
もっとも遅くても九月下旬にはリリースしたいから、スケジュールはタイトになるけどねと続ける美織に、葵は「まぁ、ダメ元で何人かに話してみる」と答えるのだった。
「よし、これでキャラデザの方は目処が立ったわね」
一時は夏コミ新刊落ちでどん底に突き落とされたものの、公式イラスト集として市販される可能性があると知るや俄然やる気が出た葵が「んじゃさっそくRPGっぽく変更してくるねー」とリビングから出て行くのを見送って、美織はひとりごちた。
「いやいや、さすがに今から三百体以上のキャラデザを二ヶ月たらずでやるのは無理があるだろ」
「そこは葵のやる気と顔の広さ次第だけど、まぁこれまでに描いてた百体からスタートするのでも問題ないと思うわ」
理想はもちろん全キャラ、全ランク全職業のデザインが揃っていることだが、ガチャが特殊なこともあっていきなり全てをコンプリートするような猛者が現れるとも思えない。最初は百体前後でも十分であろう。
「それよりも問題はやはり資金集めでしょう。先ほど司君が言ったように、全国のゲームショップにも参加を呼びかけるのはいいアイデアです。が、現実的にスマホゲームの開発、それに運営を委託できるほどの資金が集まるとは到底思えませんが?」
黛の言葉に、久乃もコクリと頷いた。
司と違い、ふたりは数字で現実を見る大人だ。『ぱらいそクエスト』がヒットすれば、確かにゲームショップを助けるコンテンツに成り得るのは理解できる。が、その為には膨大な資金が必要だ。かつてのゲームショップが街に溢れていた頃ならばいざ知らず、今や同業者は数少ない。しかも生き残ってはいるものの、どこも経営はまさに虫の息。莫大な資金協力なんて期待できるはずもない。
「もしかして以前に黛さんが勤めていたような大手にも話をもっていくつもりなん?」
自分で問いかけておいてなんだが、久乃はこの線はあらへんやろなと思った。
確かに大手が資金協力してくれれば、実現にむけてぐっと近付く。
でも、巨大な資金援助の代償として『ぱらいそクエスト』の主導権を主張してくるのは想像に難くない。
そして美織の性格からして、主導権を相手に渡すなど考えられるわけがなかった。
全国の同業者はあてにならず、大手に下るのもよしとしない。加えて鉄織などにも協力を求めないのだから、せっかくの『ぱらいそクエスト』も絵に描いた餅だとふたりは半ば諦めているのだが……。
「ああ、それなんだけどさ」
当の美織はなんてことはないとばかりに口を開いた。
「このご時勢、どこもゲームショップは火の車でしょ。だから『ぱらいそクエスト』の参加費は十万円ぐらいと考えているわ」
「でも、それではとても必要な額を集められませんが?」
「そうね。かと言って大手もお金は出さないでしょうね。あいつらにとって、ゲームは単なる副商材。お客を呼び寄せる餌にすぎないもの」
「だったらどうするつもりなん?」
みんなを代表するかのような久乃の当惑ぶりに美織はニヤリと笑ってみせる。
「決まってるじゃない。タダで作らせて、運営させるのよ」
「「「「「「「ハァ!?」」」」」」」
しばしの静寂の後、美織を除くその場にいる全員が一斉に呆れた声をあげた。
「えーと、いくらお姉さまでもさすがにそれは無理があるような……」
「てか無理ありすぎだよっ! タダでそんなもんを作ってくれるところがあるわけないじゃんっ!」
不安げに見つめる杏樹を尻目に、かずさは美織の両肩に手を置き「もっと現実を見ろっ、このワガママ娘めー!」と揺さぶった。
「ふっふっふ、かずさ、いいことを教えてあげる。現実はね、見るものじゃないの。作り出したものこそが現実になるのよ!」
「なにカッコイイこと言って誤魔化そうとしてるんだっ、あんたはっ!」
「別に誤魔化そうとなんかして……って、ちょっと、いい加減に揺さぶるのやめなさい!」
「あんたこそ妄想をやめろーっ!」
やめろと言われてやめるようなふたりではない。かずさはさらに激しく揺さぶり、
「ちょっ……マジでやめなさいよっ!」
美織はその頭にチョップをお見舞いして、強引に揺さぶるのをやめさせた。
「そんなに揺さぶられたら、気持ち悪くなっちゃうじゃないのっ! リバースしたらどうすんのっ!?」
いててとチョップを受けた頭を抱えて蹲るかずさに、美織が吠える。
「えっと、ふたりともそのあたりにしときましょうよ」
そしてこのタイミングで司が仲裁に入った。
「おにぃ、ちょっとどいて。
「あのね、そういうネタを挟むからなかなか話が先に進まないんだよ、かずさ」
ハァと溜息をついて司は逆襲しようと奮い立つかずさを押し留めると
「でも店長、タダで『ぱらいそクエスト』を作らせるってどういうことなんです?」
話を進めるべく、ド直球の質問を美織に投げかけた。
「簡単な話よ。開発側にも『ぱらいそクエスト』を作って運営するに値するメリットがあればいいの」
「メリットって……そんなのありますか?」
スマホゲーをリリースするメリットは一般的に家庭用ゲームよりも安価に作れて、当たれば儲けが大きいところにあると言われている。
が、『ぱらいそクエスト』には既存のような純粋な課金ガチャがない。ガチャはゲームショップでの買い物金額に応じて回せるようになっている。これは店舗にとっては売上げを伸ばすチャンスだが、運営会社にとっては全く収入がないことを意味している。
収入が全くないなんてメリットどころか、最悪のデメリットだ。
仮にその運営会社がゲームを作っていて『ぱらいそクエスト』のおかげで売上げ本数が伸びたとしても、さすがに開発と運営費を賄えるものではないだろう。
でも。
「確かに常人じゃ無理ね。でも、メリットを得ることが出来る人は確かに存在してるわ。おっと、そうこうしてるうちに、ちょうどいい時間じゃないの」
美織はそう言い切ると、何故か唐突にテレビのスイッチを押した。
「なにをしているのですか、美織。まだ話の途中だと思いますが?」
「そうね。でも、ここからは私が説明するよりも、コレを見た方が早いと思うのよ」
黛の注意を軽くあしらい、美織はつけたばかりのテレビを指差す。
なにやら速報で、空港に降り立った飛行機が映っていた。
「なんなん、これ?」
「えーと、『マックロソフト会長ヒル・ゲインツ緊急来日!』だそうですけど……」
マックロソフトは現在の三大ゲーム機と呼ばれるうちのひとつ『バッテン』シリーズを作っているメーカーである。
その会長ヒル・ゲインツは十代の頃から優れたPCソフトやゲームを開発し、今も最前線で活躍する超一流のプログラマーだ。その手腕は大勢の政治家や金持ちを押さえ「世界に最も影響力のある人物」として知られている。
そんなVIPが突然何の前触れもなく自家用機で来日したのだから速報でテレビ中継されるのは分かるのだが……。
「ふーん。で、その有名人がどうしたっていうんや、美織ちゃん?」
久乃の問いかけが、皆の正直な今の気持ちだろう。
「まぁ、見てたら分かるわよ」
もっとも当の美織は問い掛けに答えるつもりもなく、ただニヤニヤとテレビを見ている。
「あ、ヒルとか言う人が出てきたぞ」
自家用機、と言っても小型機ではなく、まるでジャンボ機のような機体の搭乗口からひとりの白人が姿を現した。
正確な歳は分からないが、それでも世界を牛耳る権力者にしてはとても若く見える。四十代、もしかしたら三十代かもしれない。背が高く、がっしりした筋肉質な体型はとてもプログラマーには見えず、おまけにTシャツにジーンズといったラフな格好に、髪の毛を短く切り揃え、歯を光らせて出迎えた報道陣たちへにこやかに手を振る様子はまるでスポーツ選手か映画スターのようだ。
と、ひとしきり手を振って出迎えに応じたヒル氏が、さっと踵を返すと搭乗口から出ようとしている人物にそって手を差し伸べた。
「あんたたち、きっと驚くわよ」
相変わらずにやけたままの美織がそんなことを言う。
なにが驚くというのか、わけがわからないまま司たちはテレビを見ていたが、次の瞬間。
「……え?」
「ちょっと! そんな、アホな……」
「おいおい、なんの冗談だよ、これ?」
みんなが一斉に搭乗口からヒル氏に手を取られて現れた人物に絶句する。
「ほら、驚いた。まぁ、私もね、そのメールを貰った時は驚いたもの」
美織の自慢げな言葉をかき消すように、テレビから興奮した女性アナウンサーの声がリビング中に響く。
「ああっ、出てこられましたっ! あちらがヒル・ゲインツ氏のハートを射止めた日本人女性のようですっ!」
搭乗口から出てくるやいなや、ヒル氏にまけず劣らずにこやかに、さらには元気一杯に婚約指輪が輝く左手をぶんぶんと振って報道陣にアピールする、『ぱらいそ』の関係者なら見慣れた日本人女性……。
ヒル氏にエスコートされてタラップを一段ずつ降りる度、ご自慢のおっぱいがTシャツの中でぷるるんっと震える。
日焼けしているものの、間違えようもない、その女性は……。
「「「「「なっちゃん(先輩)っ!?」」」」」
リビングにその名が轟くのが聞こえたかのように、テレビの中で奈保が「いえーい」とVサインした。
そして。
「奈保が掴まえたこの大物、こいつに『ぱらいそクエスト』を作ってもらうわ!」
しかも経費は全部あっち持ちで、と美織は自信たっぷりに言ってのけるのだった。
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